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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
異国にて
21/46

カラとリゼと2



「ルナフは目の覚める美人じゃないけど、ブスでも無いよ」

ストレートは不思議そうに言いました。

「おばさんに聞いたけど、昔から妹と比べられてたから自分をブスだと思い込んでるだけだよね」

ストレートの言うおばさんはフレーバー侯爵夫人だと思います。

「妹を見たこと無いから…」

私は言い掛けて口ごもりました。

「見た事あるよ。ミランが連れ歩いていたから。君の妹だから悪く言いたくないけど、彼女は危険だよ」

「危険?」

ストレートの言ってる事が理解できませんでした。

「どう言えば伝わるのか分からないけど、僕は近付きたくないかな」



妹を好きと言わない人はストレートが初めてな気がしました。

その時ふっとアッサムの顔が浮かびました。

そう言えば…彼も妹を恋してる目で見てなかったな、と今さら思い出しました。

「留学した隣国はどう?」

素直に思った事を話しました。

「卒業したら戻って来るよね?」

ストレートの質問に言葉が出てこなくて…上手く答えられませんでした。

「僕のために戻ってきて欲しい」

その時の私はお父様の影を引きずっていて、2度と帰らないと決めていました。

「向こうの住所を教えて、手紙を書くよ」

思ってもいなかったストレートからの言葉に無意識に言ってしまいました。

「手紙は検閲されてるの」



「見られて困る事は書かないよ」

ストレートはメイドに紙とペンを持ってこさせました。

「…ほんき、なの?」

「もちろん」

信じられませんがストレートは彼の住所を書いて渡してきます。

メモには侯爵領と掛け離れた地方都市の名前が書かれていました。

「家の領地に近いから」

さらっと言うストレートが『住みやすい所だよ』と『今度おいで』と招待してくれました。

私も寮の住所を書いて恐々ストレートに渡しました。

「授業はどんな感じ?違う所はあるの?」

メモを胸ポケットにしまうと聞いてきます。

「言葉が少し、最初は辞書が手放せなかった」

「僕もその辞書を見てみたいな」

「古本で良ければ贈ります」



戻ってきたカラとリゼへストレートを紹介すると、彼はリゼと気が合うのか2人で話し込んでいました。

その様子に胸がチクンと痛みましたが考えてみれば当然です。

少しでも期待した自分がみっともなくて、食欲は無いけどその場を離れたくてカラを誘ってテーブルの食べ物を取りに行きました。

「良い雰囲気だね」

カラが心配そうに言いました。

「リゼの婚約者はどっちなの?」

真剣な顔で聞いてくるカラにどっちも候補だと話しました。

本人の居ない所で私に話せる事は少ないのでカラも深くは聞いてきませんでした。

「分別は持っているでしょうから大丈夫でしょ」

カラは妹に『信者』を取られた鬱憤を彼で晴らしているだけ、と分析していました。



カラが心配していたのはこれが恋に進展したら面倒だからです。

同じ国でも侯爵が伯爵令嬢を妻にする事はありますが逆な侯爵令嬢が伯爵家に嫁ぐのは醜聞になるので反対されるのです。

それが他国の侯爵令嬢ならもっとです。

何時もなら侯爵令嬢の立場から初対面の相手には慎重になるはずなのに、ストレートへはリゼから積極的に近付いている気がして。

カラが危惧したのも限度を超えた親密さだからでした。

「彼は容姿も頭脳も良いけど何より場を読む才能があるってお父様が誉めていたの。残念だわ」

私は目を伏せて聞き流しました。

期待すれば裏切られます。

苦い笑いを堪えていたら…信じられない方が執事に案内されて入ってきました。



何故かの方が…驚きで立ちすくんでしまいました。

「ルナ?」

固まっている私に気付いたカラが私の視線の先を見ました。

「まさかジョルジが好きなの?彼だけは止めておきなさい」

カラは射るような視線でかの方を見ました。

その時のカラが『好き』と表現するほど私はかの方を見つめていたのでした。

「お名前も知らないわ…」

図書館で見掛けるだけだとカラに話しました。

「彼はジョルジ・モンターニュブルー。モンターニュブルー侯爵家の長男よ」

…やはりそうでした。

「傲慢で周りを見下してる最低な男よ」

何時も目で追っていたかの方ですから言われなくても気付いています。



現実世界ではなく私の空想の中の大切な方だとカラに打ち明けました。

「辛くて仕方が無い時、かの方の笑顔が私の支えだったの」

図書館での話をして、その時見せた笑顔に救われていた事を泣きそうになりながらカラに話しました。

「真夜中の暗い部屋で、頭に浮かぶのは生活に困る自分の姿で、不安に潰されそうな私を支えてくれたのは空想の中のかの方なの」

カラは真剣な顔で見返してきます。

「本当に空想の中だけなのね?」

怖い顔のカラに頷きました。

図書館での数少ないやり取りは決して気持ちの良い物ではありませんでしたから充分すぎるほど分かっています。

「最低な男だって分かってるなら良いわ」

カラは性格に難が有りすぎて王女の婚約者候補からも外されそうだと教えてくれました。



「候補…」

小さい声でパーティーの時の話をするとカラは本当に嫌そうにかの方を見ました。

王女様の婚約者候補はかの方の他に公爵の長男と2つ離れた異国の王子様で、陛下は異国に嫁がせたくないのでかの方か公爵の子息を希望しているそうです。

「モンターニュブルー侯爵夫妻はとても良い方なのに、どうしてあんな奴を…」

普段人の悪口を言わないカラがきつい目でかの方を見ていました。

「モンターニュブルー家が装飾で有名だったのはルナも知ってるでしょ」

確認してくるカラに頷きました。

カラが過去形で話している事に最初気付きませんでした。



この数年装飾界に変動が起きていて平民の中に高価でも肌触りの良い絹を好む人が増えています。

綿は肌着や下着の需要があるので麻のように収入が激減したりはしませんでしたが危機感を感じて私も調べていました。

そこへ最近養蚕の成功で少しずつ野生以外の絹が市場に出回るようになったのです。

アッサムのロイヤルイングリッシュ伯爵家が養蚕に固執したのもだからでした。



「最近は絹がドレス生地の主役だからモンターニュブルー家でも買い付けに動いているんだけど態度が横柄で彼に売る所がほとんど無いのよ」

「え」

思わず声が出てしまいました。

「買い付ける担当の人が居るはずよ」

綿も担当同士の話し合いでその年の価格を決めるのです。

「あれに言わせると『買値が高い』んですって。何人も辞めさせて今はあれが仕入をしているそうよ」

昔必要に迫られて調べた絹市場は綿よりはるかに高額でした、それは今もそう変わらないと思います。

「国内で生産される絹はまだまだ少なくて、奪い合いらしいわ。それなのに高飛車な態度で買い付けようとするから」

カラがチロリとかの方を見ました。



「新しい勢力に押されて、モンターニュブルー家の内情は火の車のはずよ」

驚きの話しです。

「もし王女との縁談が流れたら絹を生産する貴族の娘を妻に迎えるでしょうね」

かの方はメイドが持って行った飲み物が気に入らなかったらしくこっちまで聞こえるほどの声で叱責していました。

「あんな男なのよ」

分かっています。

分かっていても私には初恋の方なのです。

かの方はストレートと話しているリゼを見ました。

かの方の目を細めてリゼを見る表情に嫌な予感がして思わずカラの手をぎゅっと掴んでしまいました。

リゼもストレートもかの方が近付いていくのに気付いていません。

「ルナ?」



カラが驚いて見てくるので訴えるようにカラからリゼに視線を移しました。

状況を把握したカラの視線がきつくなって近くにいたメイドに一言二言命令すると私の手を掴まえてリゼの方へ歩き出しました。

「お前が輸送船のバニラか」

つかつかとリゼに近付いたかの方は挨拶も無しに言いました。

突然の事でリゼは目をぱちくりさせてかの方を見返します。

驚きから立ち直ったストレートはかの方を知っていたらしくすかさずリゼを背中に庇いました。

「仕事をさせてやる」

さも当然の顔で、かの方はリゼに隣国から絹を輸送して来るよう命令しました。

リゼはふっと笑ってかの方を見返します。

「どの国にも常識を知らない愚か者は居るのね」

「何だと」

かの方の声がぐんと低くなりました。



「ジョルジ、私が招待したお客様にそれ以上失礼な真似をするとあなたが困るわよ」

向き直ったかの方はうんざりした顔でカラを睨みました。

「邪魔だ、下がっていろ」

「お父様が来ても言えるかしら」

カラはこちらへ向かってくる公爵夫妻を視線で指しました。

「余計な事を、まぁ良い」

かの方はカラのお兄さんの方へ歩いて行きました。

分かっていても見たくなかった光景でした。

カラの話しにあったように絹の仕入れに困ってこんな行動に出た気がします。

「誰がリゼの事をあいつに教えたのかしら」

カラの視線がかの方と隣にいるカラのお兄さんに刺さりました。

カラの推測通りリゼの滞在を不用意に漏らしたのはカラのお兄さんでした。



それを知った公爵夫妻はカラのお兄さんを後継者から降ろしてしまいました。

「最近は軽はずみな発言が目立ちましたから良い機会だったのよ」

フレーバー侯爵夫妻と違って公爵夫妻は我が子でもばっさり切り捨てました。

私情より長としての責務を優先したのです。

「ルナが気にする事は無いわ。兄もあいつも伯爵の爵位と小さいけど領地もあるから」

「え?…」

ついカラを見返していました。

「国に功績があった事にして、兄は陛下から伯爵の肩書きを授かっているの、ミランもジョルジも成人の儀式で授かったはずよ」

初めて知る話しに驚きが隠せません。

侯爵家を継がなくてもミラン様は伯爵なのです。



隣国への船に乗る前日、私はクラシック先生を訪ねました。

もっと早く訪ねるべきでしたがリゼの希望であちこち案内していたので自分のために使える時間は今日しか作れませんでした。

「今日はストレートが来るはずよ」

リゼが引き留めますが、私が居なくても問題はありません。

「申し訳ないけど私は出掛けようと思っているの。留学の世話をしていただいた先生にお礼を言いたいから、もし引き留められたら明日港で待ち合わせましょ」

「大切な先生なのね。男の方?」

リゼがすねた顔で聞いてきます。

「ご主人を病気で亡くされて、寮の寮官を勤めている方なの」

「そんな平民に会いに行くの?」

リゼの無意識な一言は私を酷く傷付けました。



「私にはとても大切な方なの」

それ以上言わずに、私はクラシック先生を寮へ訪ねました。

「お久し振りです」

クラシック先生は何時ものように寮官室へ招き入れてくれました。

「あちらの暮らしに不便は無いですか?」

「はい、皆さん良くして下さいます」

「それは良かった」

お茶を飲みながらこの1年半の事を話しました。

言葉で躓いた話や桑の話、知り合った人の話もすれば先生も知っていました。

「友人が3ヶ月に1度ルナフの近況を知らせてくれるの」

「え…」

驚きでした。

留学先の先生とは必要最低限の会話しかないのでクラシック先生の話は意外だったのです。



「ルナフは女生徒だから距離を置いているのよ。ぶっきらぼうだからルナフも第一印象は良くなかったんじゃないかしら」

確かにそう思っていたので何も言えませんでした。

「彼も夫と同じ侯爵家の次男なの、それも気が合った1つかもしれないわね」

先生との楽しいお喋りは時間の経つのがあっという間です。

いざ帰ろうとすると、公爵家を出てきた時の会話が思い出されて気持ちが重くなりました。

クラシック先生は帰り渋っている私の顔を見て困ったように話してくれました。

妹とミラン様が学園を退学した話を聞いた時は驚きましたが、納得できてしまいました。

お父様の話も…。

私にはもう世界で1番遠い人です。



お母様の話を聞いて、お母様と妹が着ていたドレスは噂の人に買って貰った物の気がしました。

この時の私はミラン様がまだ妹と関わっているとは思ってなくて、ニルギリとミラン様が妹を取り合っているとは夢にも思ってませんでした。

「今日はここへ泊まっていきなさい。明日の朝港まで送ってあげましょうね」

気落ちした私を気遣ってくれるクラシック先生に甘えて、その夜は泊めていただきました。

先生は眠るまで色々な話をしてくれて、私が卒業したら学園で教師に雇う話が出ている事も教えてくれました。

「不安はあると思うけど今はしっかり勉強なさい。それがルナフの道を開いてくれるわ」

「…はい」




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