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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
異国にて
20/46

カラとリゼと



「疲れたでしょう。宿は決めてあるの?」

カラが聞くとニルギリが当然の顔で答えます。

「俺とリゼはフランソワーズ伯爵家に泊まる。お前ら2人は好きにしろ」

ニルギリが何を考えているかは分かっています、断ろうとしたら先にカラが言いました。

「ルナとお友達のリゼは家へ招待するわ」

「勝手な事を言うなっ」

ニルギリは怒って言いますがきっとカラの爵位を知れば青くなるでしょう。

「フランソワーズ伯爵に言えば分かってよ」

カラは自分からは身分を知らせないつもりのようでした。

「なら僕はリゼと一緒に君の所に泊まるよ」

「あなたを招待して無くてよ」

カラは平然とアッサムを退けました。



「僕は隣国の伯爵だぞ。対応次第では外交問題になるぞ」

「ふふ、なるでしょうね」

カラは可笑しそうにアッサムを見返しました。

どちらが処罰されるのか、分かっているのにリゼは沈黙していました。

乗客を迎えに来ていたりこれから船に乗ろうとしている方を見送りに来ている方がカラに貴族の礼をします。

カラはにこやかに笑みを浮かべてそれに応えていました。

「生意気な女だな。俺を怒らせたらどうなるか思い知らせてやるからな」

まさか挨拶を受けているカラを見てもニルギリが気付かないとは思いませんでした。 

「楽しみにしているわ」

カラの後ろに控えていた騎士がカラとニルギリの間に動きニルギリと対峙します。

「お嬢様。場所を移されては」

後ろに控えていた執事がチラリと周囲に視線を投げてからカラを促しました。



「形だけでもフランソワーズ伯爵に挨拶するべきでしょうね」

カラの言葉に息が詰まりました。

頭では分かっていても気持ちはお父様を拒否していて、体の震えを止められません。

学園長室でのお父様が記憶に甦って吐きそうでした。

「大丈夫。私が付いているわ」

カラがぎゅっと手を握ってくれました。

「馬車の用意をしてございます。皆様こちらへお越しくださいませ」

執事が停まっている馬車を指しました。

騎士が手を貸してカラ、リゼ、私、と乗せました。

馬車は4人乗りなので後1人しか乗れません。

乗ろうとするニルギリをアッサムが腕を掴んで邪魔しました。

「その席は僕の物だ」

「リゼの婚約者の俺のに決まってるだろ」

醜い2人の言い争いにカラとリゼが扇子で顔を隠します。



「お2人はあちらの馬車へお乗りください」

明らかに劣る馬車にニルギリが舌打ちします。

「他国の貴族を怒らせたら外交問題になるぞ、それでも良いんだな」

「ルナフをあれに乗せれば問題解決だよ」

ニルギリの後からアッサムが言いました。

「たまには良い事を言うな。おいっ、ルナフを降ろせっ」

ニルギリが騎士に命令しました。

騎士は馬車の入口を体でふさいでニルギリを通しませんでした。

「退けっ!」

騎士が無言で剣に手を掛けました。

「お怪我をなさりたくなければこれ以上はなさいませぬよう」

執事が有無を言わせぬ気迫を漂わせます。

ニルギリは悔しそうに執事を睨み付けて御者台へ乗りました。



それを見たアッサムが勝ち誇った顔で騎士を退けようとしても騎士は頑として動きません。

アッサムが咎めるように執事を見ても騎士は微動だにしませんでした。

「退いてっ。リゼ、退くように言ってよっ。聞かないなら融資しないからね」

アッサムの言葉でリゼの顔が一瞬般若になりました。

リゼは一生アッサムを許さない気がしました。

空気を読んだ執事が出すよう合図を送ります。

「待ってよ」

アッサムも慌ててニルギリの反対側から御者台に乗り込みました。

御者を挟んでニルギリとアッサムが睨み合う姿は滑稽でした。

執事と騎士は平然と馬車の後ろのステップに足を乗せて立つと馬車はフランソワーズ伯爵邸へと走り出しました。



「元気そうね」

カラに頷いて見せました。

御者台で2人が耳をそばだてているのが分かっているので自然に声を落とした会話になります。

「カラも元気そう。会いたかった…」

言葉にしたら泣きそうでした。

「私も会いたかった」

カラと手を握り合いました。

「友達が出来て良かったね」

カラはリゼを見ながら言いました。

「助けて貰ってるの」

「私が助けられてるのよ。感謝してるわ」

リゼが微笑みながら言いました。

アッサムの言葉が聞こえていてもカラは何も無かったように振る舞います。

リゼも触れずにカラと話を合わせていました。



「2学期が始まるまで居られるの?」

「リゼに予定を合わせるつもり」

「そう」

リゼの事情を薄々感じているのかカラはそれ以上深くは聞いてきませんでした。

「留学先の方が寒いと聞いてるわ」

「そんなに変わらないよ。気持ち雨が多いかな、って感じるくらい」

普通に話してるつもりでも、窓の外の景色が気になって手のひらに嫌な汗をかきます。

「そうなの、私も1度行ってみたいわ」

「是非いらして。その時は私が案内させていただきますわ」

「ありがとう。行ける時はお願いするわ」

ぎこちないながらもカラとリゼは互いの距離を計っているように見えました。

あの角を回れば…緊張して冷たくなってる私の手をカラが握ってくれました。



「大丈夫、私が付いているから心配しないで」

到着したフランソワーズ家は私の記憶と違って何処か薄汚れた雰囲気でした。

離れていた4年の間に何があったのでしょうか。

ニルギリが御者台から飛び降りるとアッサムもよろけながら降りました。

出迎えに出てきたお父様はニルギリを見る前に私を見て不愉快な顔をしましたが隣のカラを見て口を閉じました。

お父様の後ろには着飾ったお母様と妹が居ました。

お母様と妹のドレスは1度全部処分したはずですが、やはりお父様はお母様の言いなりなのでしょう。

憎らしそうに私を見ていたお母様もハッとして顔を伏せました。

理由は…カラが冷たく横目でお母様を見ていたからです。

お母様にもカラを怒らせたらどうなるか分かってきたように見えました。



「あなたがフランソワーズ伯爵か?」

「そうだ。良く来られたな」

お父様から手を伸ばしてニルギリと握手します。

遅れて出てきたお兄様も手を出しました。

挨拶もそこそこにニルギリはカラを指差して大きな声で罵倒しました。

「あなたが絶縁した娘の友達は何ですかっ、田舎の貧乏貴族の癖に生意気な」

ニルギリの言葉にお父様が青くなりました。

兄の顔にはどう収拾を付けようか焦りが見えています。

「きつい処罰を希望する」

ニルギリが『どうだ』と言ってるような顔でカラを睨みました。

カラは動ぜずにニルギリの視線を受け止めます。

「そう絶縁したのね」

カラは後ろに控える執事に『お父様にお伝えしてね』と微笑んで言いました。



「あ、あのそれは…」

お父様が動揺を露にカラに向き直りました。

これ以上社交界で冷遇されたらフランソワーズ家は終わりです。

「話す許可は与えていませんよ」

カラの顔から表情が消えて目を細めます。

それは17歳とは思えない貴賓と迫力でした。

ニルギリが静かなので視線を向けたら、彼は何かに吸い寄せられるように妹を見ていました。

妹もにっこり笑ってニルギリを見ています。

直ぐにニルギリが妹に魅せられたのが分かりました。

きっとミラン様もニルギリのように妹へ魅せられたのでしょう。

アッサムは…と見れば、彼は妹を見ても平然としていて思わずカラとリゼを見てしまいました。

ですがカラもリゼもニルギリの変化に気付いていなくて、教えたくても言葉になりませんでした。



「俺はニルギリ・バイカル。君の名前は?」

「私はキャンディー・フランソワーズよ」

「美しいと評判の妹か」

「失礼ね。私が妹じゃなくて、綺麗な私の不細工な姉がルナフだわ」

妹は綺麗な顔で膨れて見せました。

その会話でリゼが2人に気付きます。

ニルギリの心を奪われた表情で察したのか、ホッとしたのと同時にムッとしていました。

いくら気持ちの無い相手でも心変わりの場を見せられては面白くないでしょう。

リゼの苛立ちの表情は直ぐに作られた笑みに変わりました。

「ルナフ、挨拶も必要無さそうだしそろそろ行きましょうか」

リゼが言うとカラが頷きました。

リゼにも私が家族からどう思われているのか知られてしまったと思うと辛かったです。

聞こえてるはずなのにニルギリは妹から視線を外しませんでした。

「私の家へ案内するわ」

騎士が素早く馬車のドアを開けました。



カラ、リゼ、私の後にアッサムが乗ってこようとするのを騎士が体で阻止しました。

「ニルギリが居ないんだから僕の席はあるだろ」

「お嬢様はあなたをお招きしておりません」

「じゃあ僕はどうすれば良いの?」

アッサムが半泣きの顔で言ってきます。

「泊めて貰えばよろしいでしょう」

執事の提案をお父様は即座に断りました。

「見も知らぬ者を泊めるわけにはいかん」

アッサムはすがる目で執事を見ました。

「ここまで連れてきた責任を取ってよ」

「港で宿を取られる事ですね」

執事は平然と返して御者台に乗りました。

「港までどうやって帰れば良いんだよっ!」

アッサムが自棄になったように叫びました。

「通りに出れば辻馬車が走ってますから捕まえられると良いですよ」

タイミングを計ったように馬車は走り出しました。



「ゆっくりしてね。時間が許す限り居て欲しいわ」

カラは私とリゼに言いました。

「半月後の船を予約しているの」

「それまで家に滞在してね」

子供みたいに喜ぶカラへリゼも嬉しそうに頷いていました。

「父と母は領地に戻ってて来週帰ってくるの。ルナに会いたがっているわ」

気遣ってくれるカラに小さく『ありがとう』を言いました。

「私もこの目で真珠の養殖を見てみたいわ。カルチェラタン公爵家の真珠は有名よ」

「海の輸送のグランボアシェリ・バニラ侯爵家も有名よ」

2人の視線が宙で絡まって、笑顔なのに目は笑っていませんでした。



「これは運命の引き合わせかしら」

「きっとそうね」

互いに名前を知っていて、組めれば大きな利益に繋がると分かっていても国の違いが邪魔をして今まで組む切っ掛けが掴めないでいたのでした。

「お父様に早速手紙を書くわ」

「土砂崩れが恨めしいわ」

2人が急にお茶を煎れている私を見てきます。

「何?」

後ろに引きなから見返せば『何も』と穏やかな視線が返ってきました。

カラも養殖を見せたいと思いましたが他国の侯爵を安易に誘うわけにもいきません。

侯爵に聞いてから、と慎重でした。

互いにルナフが運んでくれたこの幸運を絶対手離さない、と決めていました。



公爵夫妻は予定を繰り上げて戻ってくると契約を交わず準備を始めました。

「ルナフが結んでくれた縁を大切にするよ」

公爵はそう言ってリゼと握手しました。

これからは何度も慎重に手紙で条件を合わせあい、小さい商談から信頼を積み上げていくのです。

実際の契約へ進むのは1年か2年先ですが、大きな商談だけに公爵は時間を掛ける気持ちを固めていました。

それはリゼもでした。

将来嫁ぐリゼが口を出せる事は少ないので、控え目に始めの話し合いに望みました。

「利口な子だね。ルナフと同じで将来が楽しみだよ」

「ルナフの人柄ね。あなたの周りには人が集まるわ」

公爵夫妻の言葉で両親が思い出されます。

親子なのに…思い出すのは辛い気持ちだけで…『孤独』の言葉が脳裏を占めました。



「明日は息子の友人が集まるの。内輪のパーティーだから2人も参加してね」

遠慮しようと思いましたが先にリゼがOKしてしまったので断れませんでした。

真夏のドレスは辛いのでカラの提案で私たち3人は軽装にしました。

カラのお兄さんと一緒に着いたのはフレーバー侯爵家の後継ぎのはずのストレート・アフタヌーンでした。

私と同じ年だと聞いていましたがとても大人びていて知的な雰囲気でした。

何より身長が高いので伸び過ぎな私と並んでも違和感がありません。

「もう少し話していても良い?」

ストレートはカラのお兄さんしか知り合いが居なくて、私もリゼとカラが挨拶に回っているのでポツンと1人でした。



同じ年なのもあると思いますがストレートは話しやすくて、時間の経つのがあっという間でした。

「もし僕がフレーバー侯爵家の養子になっていたら、ルナと婚約したかもしれないね」

そう言われて侯爵夫人の言葉を思い出しました。

きっとそうなったってたらこうして話す事も無いと思います。

「ルナフなら婚約者が良かったかな」

驚きの言葉に思わずストレートを見上げてしまいました。

「ブスな私でも良いなんてどんなジョーク」

怒りと悲しみがごちゃ混ぜになって、気持ちをしっかり立たせてなければ叫びだしそうでした。




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