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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
異国にて
19/46

トラブル2



春休み直前に届いたクラシック先生からの手紙には先生の近況と陛下の『伯爵令嬢を名乗りなさい』のお言葉が書かれてました。

短過ぎる手紙の内容に不信感を持ちましたが、それより大きな問題が起こっていて私は深く考えずに手紙をしまいました。

問題はリゼの事です。

王都から戻ってきたリゼは不機嫌でした。

やっと聞き出した話しだとバイカル伯爵家におじいさん2人の署名付きでリゼとニルギリを婚約させる旨の書類が残っていたのだそうです。

「お父様も断れなくて私を養える財力がある証明をしたら考えるって言ったの」

「それならずっと無理だよ?何故怒ってるの?」

「アッサムを覚えてる?」

「うん、覚えてるけど…」



リゼの話では肥料が好走して去年の収益は3倍で今年は更に収益が望めるそうです。

「アッサムが何か関係あるの?」

「うちの船が年末に座礁して補償や修理に大金が掛かって、それを今年の収益で助ける代わりに私と婚約したいって申し込んできたの…」

泣くのを堪えるリゼの声は震えていました。

「年明けのパーティーでニルギリとアッサムが言い争って、お母様は寝込んでいるわ」

「船は他にもあるよね」

「あるけどどうしてもさばききれなくて…断る仕事も出てくるから信用問題になって修理を急がせないといけないの」

今のままならアッサムと婚約するしかないとリゼは震える唇を噛みました。

力になりたくても現実に潰されそうなリゼを慰めるしか出来なくて、重い空気で3学期が終わりました。



春休みを利用して、バニラ侯爵家でお茶会がありました。

お茶会にはニルギリもアッサムも招かれていて、空気を重くしていました。

お茶会の目的は…きっと…侯爵は2人が潰しあってくれないか、と思っていた気がします。

侯爵の予定では一刻も早く船を修理して運送を再開するはずでしたが船の修繕にかなり時間が掛かり納期が9月まで延びてしまったのでした。

そのお詫びもあって修理先が船を1台貸し出し修理の請求代も5分ほど値引きされ支払いも納入時から年末に変更になったのです。

支払いが年末ならば収益で賄えるのでアッサムから融資を受けなくても支払いが可能になります。

目処が立てばアッサムを切りたい侯爵ですが自分から切れば外聞が悪いのでわざとニルギリと同席させたのでしょう。



初めて見るニルギリは粗雑な印象でした。

大柄でマナーを知らないとは思えませんが、わざと音を立てて周りの視線を引いていて普段なら敬遠したいタイプの人でした。

リゼを挟んでアッサムと牽制しあっているのを見て、見かねて助けに行こうとした所を侯爵に止められました。

「これくらいあしらえなくては侯爵令嬢は務まらない」

その目はリゼを信頼している目でした。

「不愉快だ。彼を追い返してくれ」

ニルギリが言えばアッサムも負けません。

「そんな口は侯爵家を救ってから言うんだな」

「俺はおじいさま同士が決めた許嫁だぞ」

ニルギリの切り札にアッサムはグッと手を握りました。

「許嫁と決まった訳じゃないわ。お父様が出した条件をクリアできなければ何時までも候補でしてよ」

リゼは扇子で口許を隠して訂正しました。



「夏休みに隣の国から綿花の苗を輸入して麻から綿に大々的に植え替える。そうなれば絹何かあっという間に追い抜いて見せるさ」

ニルギリが強気に出るのはアッサムの領地の地質で桑は育ちにくい、と周りが言っているのを聞いたからです。

「今は肥料で生産が上がっているがそれももって数年だろう」

自分で調べていないので根拠の無い話なのですがニルギリにはそれだけで充分でした。

「それより隣国の令嬢だ」

「こちらに取り込みたいがバニラ侯爵がガードしてて近付けない」

「留学先が王都でなく港なのも敗因だ」

「そこに娘を近付けた。先を読んで通わせていたなら侯爵は恐ろしい男だ」

私には幸運でしたが、後からの会話をニルギリは聞いていませんでした。



綿花で思うのはお父様です。

思わずニルギリを見てしまいました。

リゼもニルギリを見ています。

「そう言えば、フランソワーズ家の娘がここへ留学してるらしいな」

「何故知ってるの?」

リゼが聞きました。

「綿花の苗の買い付けで手紙のやり取りをしているから知っているのさ」

アッサムが私を見ます。

それに気付いてニルギリも私を見ました。

「ふーん、お前がフランソワーズ家の娘か」

ニルギリはガッカリした顔を隠しません。

「お前の母親と妹は美人って評判なのにお前は普通なんだな」

言われ馴れていても、やはりリゼの前で言われるのは辛くて顔を背けました。



「私のお友達を侮辱する方は帰って」

リゼはニルギリに出口を指しました。

「何熱くなってるんだよ」

ニルギリが焦った声で言いますがリゼは黙って出口を指差します。

「分かったよ。結婚したら今日の事を後悔させるからな」

「それはどうかな」

リゼとニルギリの間に見知らぬ青年が割り込みました。

ニルギリは何か言おうとして、相手が誰か分かったらしく悔しそうに口を閉じました。

「お前は誰だ」

アッサムが青年に向かって言いました。

「馬鹿っ、公爵家の長男だぞ」

ニルギリが青い顔でアッサムに言いました。

「えっ、公爵がこんな田舎に来るわけないだろ」

アッサムは本気にしませんでした。



「私もリゼの婚約者候補だ」

青年はリゼにウィンクしてからニルギリとアッサムを見ました。

歩が悪いと思ったのかニルギリはそそくさと帰っていきました。

「…ホントに公爵様なの?」

アッサムが逃げ腰でリゼに聞きました。

「そうよ。私の従兄弟で公爵家の長男よ」

途中からアッサムの表情が固まりました。

「君が絹で大儲けしたって夜会で自慢してた伯爵だね」

青年はチロリと冷たくアッサムを見ました。

「金に物を言わせて従姉妹を落としにきた、と?」

青年はリゼからアッサムに視線を流しました。

「君みたいな人を『成金』って呼ぶんだろうね」

「成金より悪いでしょ。ルナフに桑のヒントを貰ったのにお礼も無いのよ」



リゼは大袈裟に入学当時の話をしました。

「それで我が従姉妹に求婚したの?彼女が従姉妹の友人だって知ってるのに?」

青年は呆れた顔で苦笑した。

「山のオレンジの段々畑みた?」

「見せて貰ったよ。良く考えてるね」

「考えたのは彼女なの。お父様は毎年収穫の1割を彼女に贈ると決めているわ」

「それは当然の報酬だね。知識は金より高い」

ポンポンと流れるような掛け合いに私はポカンとしていました。

仲が良いと見ているだけで分かります。

「あなたはどんなお礼をするつもりかしら」

リゼが真剣な顔でアッサムを見ました。

「もしかして貰ったまま謝礼も無しとは言わないよね」

アッサムはキョトンと青年を見ました。



「国の恥を他国に晒すつもり?彼女は隣国の伯爵令嬢だと分かってるだろうね」

「…あ、ぼっ僕も収穫の1割を彼女に上げますっ」

アッサムは悔しそうに言って私を睨ました。

「私を前にして、するのか」

青年の雰囲気がガラリと変わります。

気迫に飲まれてアッサムが身震いしました。

「今年の社交界を楽しみにするがいい」

公爵に睨まれたらどうなるか、アッサムは知りませんでした。

「ルナフは留学生だからいずれは戻ってしまうでしょ、だからってお父様は書類に残すつもりでいるの」

「彼にも残して貰うべきだね」

「そうよね。証人になってね」

「姫の望みのままに」

青年は優雅に騎士の礼をしました。



「城から事務官を呼び寄せよう」

「え?…」

アッサムは驚いた顔を青年に向けました。

「書類は城に保管させる。くれぐれも約束をたがえないようにね」

驚きですが、バニラ侯爵は本当にオレンジの収穫の1割を私に譲渡する約束の書類を作ってしまいました。

アッサムにその書類を見せて、リゼは同じ内容の書類にサインをさせたのです。

「去年の分から権利は発生してよ」

「良いのか?そうなればそっちへの融資がこの分減るぞ」

それを聞いた侯爵の表情が消えました。

「君は義務を先に終わらせるべきだ」

アッサムの暴言とも思える言葉で、侯爵の中に借り入れをしてでも今年を乗り切る決心が付いたのでした。

もちろんアッサムからのお金は侯爵に投資しました。



「去年苗木を植えたばかりなのに今年もう花を付けそうなのよ。秋にオレンジが少しでも収穫出来ればアッサムからの融資を断っても持ち直せるの」

リゼがホッとした顔で言います。

「良かったね」

「うん、まだニルギリの方は終わってないけどね」

リゼが肩をすくめて夏休みに綿花の買い付けに同行するよう話が来てると言いました。

「フランソワーズ家まで自ら買い付けに行くんですって。絶対成功させるから私に同行して欲しいって言ってきてるの」

「馬車は通れないから船で?」

「そうなるわ。もう部屋も押さえたそうよ」

リゼの言葉に恐ろしい可能性が浮かんで、侯爵に予約の確認を申し出ました。

結論は…残念ですが私の予感が当たってしまいました。



「スイートを1つとか信じられないわ」

事実を知ったリゼが目尻を吊り上げて怒ります。

ニルギリは既成事実を作ればリゼも逆らわなくなると1部屋しか予約してませんでした。

「どうせ来年には結婚するんだから、契るのが遅いか早いかの違いだ」

侯爵が抗議してもバイカル伯爵側は嘯いて取り合いません。

今から断る事も出来ず、ならば私にリゼと一緒に行ってくれるよう侯爵から要望がありました。

「リゼとルナフで1部屋取ろう」

「ルナフとなら行っても良いわ」

リゼに頼まれても国へ戻る勇気は無くて、お父様の怒鳴る声と捕まえに来た時の恐怖が甦って体が震えました。

それでもリゼの未来が私に掛かっていると言われては…覚悟を決めて引き受けるしかありませんでした。

2度と帰りたくない祖国への旅は気の重い3人の船旅になるはずが、何故かアッサムも同行する話しになっていました。



「どうなってるの?」

「私と2人で旅行に行くとニルギリが学校でアッサムを挑発したらしいわ」

「だからアッサムがいるのね」

こんな時は低くても防波堤に出来ます。

都合の良い話ですがアッサムの参加は神の救いに思えました。

船の中でも多少のトラブルはありましたがリゼは上手にかわしていました。

「お友達には帰るって知らせたの?」

「うん。夏だから領地に帰ってるかも知れないけど…」

カラからの返事は無くて…忘れられたのかも…打ち消しても打ち消しても不安は膨らむばかりで潰されそうでした。

「一年半は長いものね…」

リゼが私のショックを薄めようと言ってくれますが上手く笑顔が作れなくて、涙目になってしまいます。



港にはカラの姿が有りました。

嬉しくて嬉しくてカラに向けて大きく手を降りました。

「彼女がルナフの友達?」

リゼはじっとカラを見ていました。

「うんそう」

「ふーん、伯爵令嬢の割には綺麗だな」

ニルギリの馬鹿にした言い方にムッとしましたが私が勝手にカラの身分を言うわけにはいきません。

グッと口を閉じました。

岸壁に船が着くのももどかしくて、降りる人を押し退けてカラに抱き付きました。

「カラ…カラ……カラ」

言葉にならなくて泣きながらカラの名前を呼び続けました。

「お帰り、そんなに泣かないの」

カラに背中を擦られて、頷いても涙は止まりませんでした。



「紹介してよ」

リゼが強目の口調で言いました。

手紙は『検閲』されるので友人の付き添いで戻るとだけしか書けなかったのでカラもリゼが誰かを知りません。

私が1人興奮している間にカラとリゼは互いに相手を見定めていたのでした。

カラに言われて振り向くと後ろにリゼと2人が居ました。

「あ…ごめん」

「怒ってないわ。それだけ友達に会いたかったんでしょ」

「うん」

カラがぎゅっと手を握ってくれたので握り返して頷きました。

「自己紹介するわね。私はリゼ・グランボアシェリ・バニラ、ルナフの同級生よ」

「俺はニルギリ・バイカル。侯爵令嬢のリゼの婚約者で伯爵だ」

「嘘は言わないで。婚約者候補の1人でしょ」

「卒業したら夫になるんだ。婚約者だろ」



「違うっ、リゼの夫になるのは僕だっ」

アッサムが怒った顔で話しに割って入ってきました。

「いい加減にして、他国で恥をかきたいの」

リゼの冷たい声に2人は不本意な顔で黙りました。

カラには私が説明しなくでも分かったはずです。

カラはにこやかにリゼにだけ握手を求めました。

2人が言い合いをしている間にカラとリゼは挨拶を終えました。

「ようこそ。私はカラメル・カルチェラタン。ルナフの親友よ」

互いに家名でお互いの爵位を理解したのでしょう。

静かに頷き合っていました。




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