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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
異国にて
16/46

入学式とアッサムと桑畑



隣国の港は船が何艘も停まっていました。

迎えの馬車がたくさん居て、私が場の空気に飲まれてるうちに彼女たちは人混みの中に見えなくなってしまいました。

船を降りておろおろしている私に青年が近付いてきて学校の名前を言います。

「留学生だよね」

「は、はい…」

事務的な言い方に慌てて頷きました。

「名前は」

「はい?」

「名前」

青年は紙を見ながら聞いてきます。

見るとチェックしようとペンを持っていました。

「ルナフ・フランソワーズです」

「伯爵令嬢ね」

チェックを入れると馬車を指差しました。



馬車の中は中等部らしい女子2人と男子1人が先に座っていて、女子2人は同じ国らしくお喋りに夢中になっていました。

「こんにちは」

挨拶しても誰も答えないので空いている場所に座って窓の外を見ました。

さっきの青年が前方へ走って行って何か言うと馬車が動き出しました。

見慣れない景色の町の中を通って、港から学校までは40分ほどでした。

到着して分かりましたが港からの馬車は10台も有りました。

門からは歩きだそうです。

「新入生は着いてきて」

青年の後からぞろぞろと20人くらいが寮まで着いて歩きました。

門から女子寮まで20分くらい掛かりました。

男子寮は更に奥らしいです。



「いらっしゃい」

寮では寮官の先生ではなく3年生の寮長が出迎えてくれました。

「早速だけど部屋割りをするわね」

寮長が寮の中を簡単に案内しながら部屋へ移動しました。

「部屋はここを使ってね」

寮長の3年生が私と同じ船で来た2人を順に部屋へ案内してくれました。

説明で2人部屋もあると聞かされてドキドキでしたが幸運にも私の部屋は1人部屋でした。

女子寮は中等部と高等部で別棟になっていて、食堂と談話室は6学年一緒でした。

この学校の習慣?で右は高等部で左は中等部と暗黙に決まっているそうです。

夕食の時彼女は右に座っていました。



翌朝朝食の前に寮官の先生の形だけの挨拶がありました。

「先生は居るだけだから。何かあったら私に知らせてね」

寮長の3年生が1年を集めて言いました。

「寮の門限は8時よ。外泊は届を出すようにね」

無意識に笑ってました。

寮長の言う『門限』とか『外泊』は私に1番縁の無い言葉だからです。

高等部用の寮には3学年合わせて12人の生徒がいて、船の彼女は2年らしいです。

船で一緒だった男子2人も男子寮にいる気がしましたがその勘は外れて、彼らは学校の近くにシェアして部屋を借りていると後から知りました。

申請すれば寮を出て暮らせるそうですが私は自炊の経験が無いので諦めました。



入学式は明日。

町を見て歩こうと急に思い立ったのは異国に来た解放感からかもしれません。

言葉は少し違うけど、理解できないほどじゃないのもあったと思います。

迷子にならないよう寮長が配ってくれた地図を便りに大通りを歩きました。

隣の国なのに建物の感じも変わっていて、ここは『異国』なんだと実感しました。

文具屋さんと本屋さんを見付けて順番に入ってみました。

言葉は分かるのに文字を見たら読みにくくて辞書が必要そうです。

辞書の値段を見たらかなり高くて、まず図書室を見てから決めようと思いました。

私の中に古本屋から辞書を買う発想が無くて、入学から半月は苦労しました。



翌日の入学式は静かでした。

20人ほどが大きな講堂にポツンといて、凄く居辛かったです。

聞くと中学からの持ち上がり組は式に出ないで明日の授業で顔合わせになるそうです。

先生の説明だとここに居るのは高等部からの新入生と他国からの留学生で、1年が6人ほどであとは2年と3年でした。

2年や3年が入学式に居るのはおかしい気がしてましたが『初めて』だかららしいです。

留学生はみんな3年間だと思い込んでいたので2年や1年もあるとこの時初めて知りました。

この日は驚きと残念が同時に来ました。

私の国からの留学生は私だけで、他国の輪の中に言葉の壁が邪魔して入っていけません。

友達を見付けられないまま入学式は終わりました。



翌日からの授業はやはり言葉が壁でした。

1年生は合わせて35人も居て、留学生と在校生の間には見えない空気の仕切りがありました。

「授業の前に挨拶の時間にしましょう。留学生は自己紹介してね」

つっかえながら何とか終えると在校生が先生に呼ばれて手を上げました。

在校生からの挨拶は無いようです。

中に聞き覚えのある名前がありました。

「リゼ・グランボアシェリ・バニラ侯爵令嬢」

きっと『リゼ』とは彼女の事だと思いました。

リゼはカラをもっとおっとりした感じの容姿で笑顔が優しい印象でした。

残念ですがクラスにはもうグループが出来上がっていて私が入れる雰囲気はありません。

孤独な3年間を覚悟して、放課後挨拶とクラシック先生の手紙を届けに行きました。



驚きですが先生は男性でした。

クラシック先生と同年輩の先生は知的な印象でした。

「キーマンからくれぐれもと言われてる。困ったら私を頼りなさい」

「よろしくお願いします」

「仕事はキーマンと同じだと思ってくれ」

「はい。あの図書室は?」

「図書館へ案内しよう」

図書館は校舎の裏手でした。

バイトは週明けからでそれまで学校に慣れるように、と言われました。

まず最初に辞書を探しました。

何冊も辞書を見比べて使いやすい一冊を見付けてから教科書の分からない部分を引きました。

それからは毎日授業の予習復習をしに図書館に通いました。



バイトが始まる前に言葉のハンデをクリアしたかったのですが思うようにはいかなくて辞書を引きながらの書き写しになりました。

そんな中、古本屋を先生から教えられました。

「言葉で悪戦苦闘しているようだね」

先生は笑いながら書き間違いを指摘してきます。

「すみません…」

情けなくて泣きそうになりました。

「古本屋へ行ってみなさい。この国の言葉のテキストが置いてあるはずだからね」

「古本屋…」

翌日、授業が終わってから古本屋へ行ってみました。

私が図書館で使っている辞書も売っていて10分の1の値段でした。



クラシック先生が持たせてくれたお財布と相談して、辞書とテキストを買いました。

この時どれ程先生に感謝したか分かりません。

その日から寝るギリギリまで辞書を引いてテキストで勉強しました。

それからは授業とバイトと図書館と寮の往復が私の生活になりました。

この国でも図書館は男爵や子爵の姉弟のために作られた物でしたが実際に使うのは高位貴族がほとんどでした。

やはりこの国でも高等部へ進学するのは高位貴族の姉弟だけだそうです。

最近は平民にも学ぶ機会を与えようと言う貴族もいるそうですが反対が強くて実現しないでしょう。

貴族と平民の壁を低くする事がどんなに危険な事か知らないから安易に言えるのです。



そんな中、試験がありました。

ここでは毎月小テストがあるそうです。

今の学力を本人に自覚させるために行われると聞いてドキドキでした。

1ヶ月授業を受けてみて、学力はこの国の方が上だと思います。

どこまで通用するのか、緊張して挑んだ初めてのテストは40人中18位の成績でした。

何故か別に男女別の順位も発表されました。

「来月は負けないわ」

「来月も俺たちが勝つさ」

会話の感じだと男女で競いあってるようでした。

羨ましい、と思いました。

この3年で将来を決めなくてはならない私と違って、彼女たちにとって勉強はゲーム感覚なのでしょう。

今の目標は学力で追い付く事です。

…本音は、正直ビリじゃなくて本当に良かったです。



やっと生活に慣れてきて寮でも図書館でも黙礼する方が数人出来ました。

その中に1人熱心に何かを調べてる男子生徒がいました。

のっぽで細くて童顔なのでもしかしたら中等部の学生かもしれません。

高等部の1年じゃないのは確かでした。

栽培の本を何冊も並べて見比べていて、時々ため息を付いていました。

横を通った時ちょっとだけ見たら『桑の育て方』のページでした。

桑?

疑問に思って私も調べてみました。

桑は絹を作る蛾が幼虫の時に食べる物でした。

その蛾は育てるのが難しくて、絹が高値を呼ぶのは生産出来る量が少ないから、と本にありました。



3年前綿花で苦労した私には他人事に思えませんでした。

調べ始めてみても、彼が何に頭を悩ませているのかが分かりません。

彼が桑の栽培で困っているなら力になりたいと思っていても話し掛ける勇気は無くて、足踏みのまま1ヶ月が過ぎました。

その日も書き写しながら彼を見ていました。

ノートから顔を上げたら、彼と目が合ってしまいました。

咄嗟に横を向く事も出来ず、互いに見合う形になってしまったのでした。

彼が決心した顔で近付いてきます。

私も緊張でガチガチになりながら逃げずに彼を見ていました。

今でも思い出すと不思議ですが、この時私の中に『逃げ出す』選択肢はありませんでした。



「…あの、最近良く僕を見てるよね?」

彼はおずおずと体を引き気味で聞いてきました。

「ごめんなさい」

両手をテーブルの下で握り締めながら謝ります。

「栽培で困ってるように見えたから…」

「え?…」

彼は困惑した顔を私に向けてきました。

「私の家は隣国で綿花の栽培をしてて、何か手伝える事があれば…」

上手く言えなくて、その先が出てきませんでした。

「成功してるの?」

「生活出来るくらいは」

「そうなんだ」

彼は考える顔で私を見てて、決心したように私の前に座りました。



「実は…桑の木を増やしたいんだ。何回挑戦しても苗が上手く育たなくて」

「苗だけが育たないの?」

そんな事があるのだろうか…。

「うん、辛うじて10本に1本くらい根付いてくれるけどそれじゃ駄目なんだ」

「土が合わないの?」

「分からない…」

彼は分からないしか無くて、何を言ったら私も良いのか分かりません。

「土はどんな感じ?乾いてる?じめじめしてる?」

「どちらかと言えばじめじめしてる。粘土質だと思う」

本の知識だと乾燥質の土が合うとあった。

「乾燥してる土が最適ってあったけど家の領地は昔から粘土質なんだ」

「それなのに桑を植えてるの?」



彼は昔からそうしてきた、と困った顔で言った。

「それじゃあ収穫量は望めないでしょ?」

「うん、毎年暮らすのにぎりぎり…去年は長雨で…」

小さく借金したと唇を噛んだ。

「大変だったね…」

「うん…」

彼は勢いを付けた感じで顔を上げた。

「僕はアッサム・ロイヤルイングリッシュ。高等部の2年だよ」

「え、…2年」

思わずじっと見返してしまいました。

彼は中等部じゃなくて年上でした。

「君は?」

「あ、私は高等部1年のルナフ・フランソワーズです」

急いで立ち上がり挨拶しました。



「アッサム先輩…」

「サムで良いよ」

さらりと言われても先輩を呼び捨てには出来ません。

それに爵位が無くなったら私は平民です…。

爵位で気が付きましたがロイヤルイングリッシュ家の爵位は何なのでしょう。

直接相手に爵位を尋ねるのもはばかられて呼び方に困ってしまいました。

「アッサム先輩で…私はルナフかルナで呼んで下されば…」

「それならルナフと呼ばせて貰うよ。ルナフの爵位は?」

「隣国で父は伯爵を…」

嘘を付いてる気がして、気がとがめます。

「僕の家も伯爵だよ」



「あの…いくつか試してみませんか」

私は他から土を持ってくる方法や桑の周りに水分を吸い取る草花を育てる提案をしました。

「比べられるように区切って、変化を観察するんです」

「そんな事して辛うじて生きてる木が枯れないかな」

「枯れないですよ」

心配そうな先輩に試してみるよう進めた。

「あの、肥料はどうしてるんですか?」

「あげてないよ。じめじめしてるのがもっとじめじめしそうだから」

桑の木が育たない原因を見付けた気がしました。



「肥料無しで育つ作物はありません。騙されたと思って2本だけ肥料をあげてみてください」

「え、でも…」

先輩に肥料の大切さを綿花の時の話をしながら説明した。

「肥料はこれが良いです」

名前を書いたメモを渡した。

「本当に撒くの?」

「畑を甦らせたいなら」

「わ、分かった」

先輩はゴクリと喉を鳴らして頷きました。



「昨日家に手紙を書いてルナの案を送ったよ」

「実行してくれると良いんですが」

「お祖父様に書いたから大丈夫だと思う」

秋に結果が出るはずなのでそれを見てから来年への策を練ろうと先輩に話した。

「え?秋に分かるんじゃないの?そうだと思ったから我慢して言う通りにしたんだよ」

驚きと非難の目で見てくる先輩に自分がでしゃばり過ぎたと痛感しました。

「すいませんでした」




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