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初恋(仮のタイトル)  作者: まほろば
中等部卒業まで
15/46

旅立ち



私は立ち直れなくて5日授業を休んでしまいました。

ぼんやりベッドに座ってる私を、クラシック先生は静かに見守ってくれていました。

自分でもあの時何を考えていたのか、まるで覚えていません。

ストーンと記憶が欠落しているのです。

我に返った、は大袈裟ですが『お腹が空いた』と思うまで3日掛かりました。

その日は後から後から涙が零れて、お腹が空いたと思った記憶も消えて何時しか泣き寝入りしていました。

思い出したくないのに、お父様の言葉や態度がぶつり、ぶつりと甦ってその度に涙が止まらなくて授業に出られませんでした。

あの時カラが来てくれなかったら私は狂っていたかもしれません。

お父様から向けられた憎悪は立ち直れないほど私を傷付けたのでした。



カラの支えで教室で勉強出来るようになるまで1週間も掛かって、クラスでずる休みだと噂されていたのを知りませんでした。

やつれた姿で表れた私を見て、やり込めてやろうと待ち構えていた数人が黙ってしまうほど憔悴していると見えたようです。

図書館の司書が男性になったのを知ったのは残り少ないバイトを再開した時でした。

友達に助けられて、お父様から離れられる『留学』が待ち遠しくて、卒業までの2ヶ月がとても長く感じられました。

「ルナと離れたくない、だけど今の私ではルナを守れないのね」

カラが涙を浮かべて悔しそうに言いました。

カラが言っている『守れない』の意味をその時の私は何も知りませんでした。



妹とサロンを結び付けたのは妹のクラスの伯爵の子息なのに、お父様が流した噂では私がそそのかした事になってしまっていました。

懲りずにお母様の話を信じたお父様の中では私はフランソワーズ家に不幸を呼ぶ悪魔にでも見えていたのかもしれません。

お母様は私にそそのかされた妹を助けに嫌々サロンに通っている、とお父様を言いくるめたのです。

お父様は自分の話が真実だと思っているから強気で、周りが違うと説いても私が悪いの一点張りでした。

あった事の証明は出来ますが、無かった事の証明は難しく、公爵たちがお父様の話を否定しても『証拠』が無いので裏で囁かれる噂は消せませんでした。

「ルナフには可哀想だが、忠誠の計りにこれほどの都合の良い物はない」



公爵夫妻たちはお父様の話が出る度に私を庇う発言をしました。

それにしかたがう者、両方の話を聞いて静観する者、隠れて伯爵の噂を肯定する者等々、親族を信頼のふるいに掛けるのに私は格好な見せ餌でした。

カラはその話を偶然聞いてしまっていたので、離れたくなくても私を留学させた方が安全だと思っていたのです。

公爵夫妻たちは合格ラインに届かない親族を巧みに排除しました。

「カラメル。これも当主の役目だ」

カルチェラタン公爵夫妻はカラとカラとお兄様に微笑みを消さず教えました。

カラも15歳、子供から大人になる時でした。



「留学の仕度は出来たの?」

公爵夫妻とクラシック先生から貰ったドレスの他はトランク1つで十分です。

先生は改めて私の荷物の少なさに声を無くしていました。

「卒業パーティーのパートナーは誰にするか決めた?」

先生は話題を変えてきました。

「卒業のパーティーがあるんですか?」

「あるわよ。ああ、去年は婚約破棄でミランの卒業パーティーのパートナーにならなかったから知らなかったのね」

知らなくて良かったと思いました。

「…知りませんでした。パーティーは全員出席しないといけないんですか?」

これ以上傷付きたくなくてミラン様には近付きたくないと本気で思いました。

「欠席も出来ますよ。卒業して直ぐ結婚する人も居ますから学園側も強制してないの」



「きっとカラメル公爵令嬢は残念がるわね」

先生の言葉に『あっ』と思いましたがパーティーに出たくない気持ちが強くて、下を向いて先生に聞きました。

「留学準備を言い訳にしてパーティーを欠席したいと…」

「卒業生とそのパートナーだけですからルナフの心配は無用よ?」

「違います。カラにまた気を使わせしまうので出来れば欠席したくて…夏休みのパーティーもエスコートしてくれる方が無くてカラの従兄弟の方をお願いして…」

言葉にしませんでしたが、公式の場でのパートナーをお願いすればその後もなし崩しで…それでは今まで何とか保っていたカラとの関係に上下が付けられて壊れてしまいます。

言えない言葉を飲み込んで気まずいからと先生に話したら頷いて貰えました。

「分かったわ。留学の時期が早まったから、と誤魔化してあげるわね」

「お願いします」

ですがそれは現実になってしまいました。



卒業式の半月前、隣国までの道が長雨からの土砂崩れで封鎖されてしまいました。

じりじり復旧を待ちましたが、発表では早くて1年遅かったら3年掛かるとの事でした。

そうなると隣国の高等部の入学式に間に合わせるためには陸路を諦めて遠回りな海路を行くしかありません。

私の送りを兼ねて隣国まで一緒に行く予定にしていたクラシック先生も、陸路なら4月の入学までに帰ってこれますが海路なら間に合いので今回は諦める事になりました。

「手紙を書くから向こうの先生に渡してね」

久し振りに友人に会える、と楽しみにしていたのでとても残念そうでした。

高等部の入学式に間に合わせるには卒業式の途中で退場して昼過ぎの船に乗るしかありません。

「本当になってしまったわね」

「…はい」



出発まで残すところ3日しかありません。

私は急いでカラに手紙を書きました。

カラとゆっくりお別れを言えないのは残念ですが、泣きそうなので良かった、と自分に強がりを言ったりしました。

カラは『今すぐ飛んで行きたい』と返事をくれましたが公爵令嬢が卒業パーティーの準備を抜け出せるはずもなく、式で顔を見たら3年間お別れです。

『手紙を書くからルナもちょうだいね』

『うん』

『夏休みは絶対訪ねていくからね』

『待ってる』

約束しても叶う事は無いと分かってますが気持ちが嬉しくて頷きました。

次の住人のために部屋を空けなくてはなりません。

2年住んだ部屋を掃除してお礼を言いました。



「帰るまで不用な物は預かりますよ」

先生の言葉に甘えて、どうしても捨てられない本を数冊保管をお願いしました。

「荷物はそれだけで良いの?」

「はい」

「高等部は初めに顔合わせの立食パーティーがありますからね。それはパートナーは必要ありませんよ」

「…パーティー」

貴族の令嬢が成人の15歳を過ぎれば当然誘いは増えると思います。

ですが私は中等部を卒業すれば平民になるのです。

そう思った所で現実が迫ってきました。

「先生…平民になる私もパーティーに参加するのでしょうか?」

「そうだったわね」

先生は忘れていたと困った顔をしました。



「留学の書類はルナフ・フランソワーズ伯爵令嬢で揃えたんだわ」

先生は高等部卒業まで伯爵令嬢を名乗るように言いました。

「偽証になるんじゃ…」

「それはならないわ。ここを見て」

クラシック先生は書類のサインを指しました。

「承認したのは陛下ですもの」

どう返して良いのか分かりません。

「爵位を決めるのは陛下よ」

だからと言って安易には頷けませんでした。

「なら従姉妹に確かめて貰って手紙を書くわ。それで良い?」

不安は消えなくても頷くしかありませんでした。

「私からの手紙が届くまで、あなたは伯爵令嬢だと名のってね」



クラシック先生が荷物の手配をしてくれて、卒業式の当日はバックだけで出席しました。

教室に集まらず直接式場の決められた椅子に着席なのでカラと話すチャンスも無くて。

後から思い出すと笑い話しですが、その時は悲しくて離れ離れになる恋人同士みたいな気持ちでした。

カラと見詰め合っているだけで泣けてきて涙が止まりません。

式が始まっても半分上の空でした。

学園側の配慮で出航に間に合うよう学園長が1番最初に私の名前を呼びました。

「頑張っていってらっしゃい」

「…はい」

壇上から同級生たちと集まっている父兄に深く頭を下げました。



きっともうここには戻らない。

何故そう思ったのか、学園長とみんなの顔を見ていたらそう感じました。

クラシック先生に連れられて式場を出た後待たせていた馬車に私だけ乗りました。

「見送りに行けませんが、頑張ってね」

「…はい、ありがとうございました」

「持って行なさい」

先生はリボンの付いたお財布を卒業のお祝いにくれました。

中には隣国の硬貨が入っていました。

先生に深くお辞儀をして港に向かいました。



港には大勢の人が乗船を待っていました。

ここから隣国の港まで約半月の船旅です。

乗ってみると乗客の大半は着飾った貴族で、平民は商人しか居ないように見えました。

船の中には先客がいて、聞こえてくる言葉も少し違います。

不思議に思っても周りは知らない人ばかりで、疑問を聞ける人がいませんでした。

後から知りましたが、先客の大半は反対の隣国からの乗客でした。

船のキャビンに地図があって、この船は周辺の国々を順に回っているのだとその時初めて知りました。



幸い船酔いはしなかったので初めの3日は退屈でした。

何もする事が無くて、ぼんやり過ごす1日は長かったし毎晩開かれるパーティーは負担でした。

「パーティーに出席されないのでは退屈では?」

船の従業員に言われて、自分が留学しに行く話をしました。

「それで緊張なさってるんですね」

私の説明に納得すると3日目に船内の図書室の場所を教えてくれました。

「持ち出しは禁止しておりますがご自由にお読みください」

そう聞いた時は嬉しくて、それからのほとんどの時間を図書室で過ごしました。



船の図書室とは思えないほどの本があって、読んで見たかった本が2冊見付かりました。

これで半月の船旅も退屈しなくて済みそうです。

そんなある日図書室で綺麗な衣装の男女3人と一緒になりました。

男子2人と女子の3人で私と同年代か少し上に思えました。

「つまらない。何でこんなにつまらないの」

苛々と当たり散らす女子に男子も苦情を言います。

「仕方無いだろ、土砂崩れで道が通れないんだ少しは我慢しろよ」

「嫌よ。新学期が始まる前にニルギリと距離を縮めるはずだったのに」

彼女は悔しそうに爪を噛んで、本をテーブルから押し落としてしまいました。



新学期、の言葉で彼女たちも学生らしいと思いました。

中等部か高等部かは分かりませんが、雰囲気的には私と同じ高等部の可能性が高い気がします。

他国からの留学生を受け入れる学校がいくつもあるとは思えないのできっと同じ学校でしょう。

彼女たちが『先輩』になるのかも、と思ったら何故かがっかりな気分になりました。

逆に学年が違えば普段顔を合わせる事も無いはずです。

つい心の中で『同じ学年じゃありませんように』と祈ってしまいました。



「リゼになんてニルギリを絶対渡さない」

「確かリゼとニルギリは婚約の話が出てるんじゃなかったか?」

男子の1人が思い出したように言いました。

「海船を所有しているリゼの家と組めば販路が広がるからでしょうけど、家と組めば我が国の販売を独占できるのよ」

「下火な麻を国の者が有り難がるわけないだろ」

「馬鹿ね『買ってあげる』私に感謝させるのよ」

麻と聞いて『まさか』と思いました。

近隣の国では綿は『フランソワーズ伯爵家』で麻は『バイカル伯爵家』と言われるくらい有名です。



もしこの女性が言っているのが『バイカル伯爵家』だとしたら…他人事には思えませんでした。

隣国のバイカル伯爵家とは祖父の代から交流があるからです。

「リゼの家は侯爵家だぞ。下手に動くならアップルだけでやってくれ、俺たちは降りる」

「怖じ気づいたの?」

「いくらお前の家が『ブレンド侯爵家』でも思うようには出来ないと言っているんだ」

男子の声は冷たかった。

「国際問題になれば国力の劣る我が国が劣性になる。それを考えているんだろうな」

アップルと呼ばれた彼女は悔しそうに口を閉じました。



彼女たちが図書室を出てから『貴族名鑑』で聞こえた名前を調べまさした。

バイカル伯爵家は隣国にしかありませんでした。

残念ですが名鑑が古くてニルギリの名前の記載はありません。

ならば、と『ブレンド侯爵家』を調べると、反対側の隣国にその名前がありました。

1番知りたいと思っていた彼女たちの年齢のヒントはありません。

留学の最初から躓いた気がして…気が重くなりました。

私の不安を他所に半月の船旅は順調で途中海が荒れる事もなく無事に隣国の港に着きました。




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