5話 橋が忽然と姿を消したんだってよ
「おっはよーさん」
普段通り学校へ登校して鞄から教科書などを机にしまっている俺に宗吾が嬉しそうな顔をして寄ってきた。
立嶋宗吾、中学で同じクラスになってからの関係で今も同じクラスだ。その流れで高校に入っても主につるんでる仲の一人だ。間柄について深く考えたことはないけど世間一般的に友達と呼んでいいんだろう。向こうはよく「友達じゃないか~」って言ってくるからおそらくそうなんだろう。
暇があるときは大抵向こうから俺に寄って来る。普段からニヤついた顔をしているが、今日はいつにもなくニヤついていた。
「なぁなぁ聞いたか?小坂井橋消失事件。昨日の夜、小坂井橋が忽然と姿を消したんだってよ」
「なんだそれ、小坂井橋ったらあのでっかい橋だっけ?モールの手前の」
こいつは無類の噂好きだ。恋の噂から都市伝説までジャンル問わず、不明確で非現実的な話に目がなく、そういった類の話をどこからともなく仕入れてくる。
小坂井橋といえばショッピングモールに行く時に通る道に掛かっている橋だ。
4~5年前だろうか、街の中心部から少し外れたいかにも土地が余っている地区にどでかいモールができた。大型駐車場が完備され、土日には賑わっているようだ。歩いて行くには遠く、自転車でならがんばって行けなくもない程度の距離にある。俺はそこまで張り切って出張る用事もそうそうないため、片手程度の回数しか行ったことはない。
「そうそう!それがよ、昨日の夜中に橋が消えたんだって」
「消えたってなんだよ。まさか橋が落ちた訳じゃあるまいし」
「いやいや、そこがこの事件の怪奇なところなのよ。音も立てずにいつのまにか消えてて、でも今朝にはまるで何事もなかったかのように橋はそこにあったっていう」
「………いや、嘘だろそれ」
こいつは何処で拾ったかもわからない根も葉もない小さな話をさも本当の事のように話してくるからな―――というか宗吾の中では本気でありえると思ってる事なんだろう。
これまでもにわかに信じ難い噂の真相を確かめると付き合わされたのは一度や二度じゃない。ちなみにそれらの噂が本当だった事は一度もない。
「そう思うだろ?さすがの俺も最初は信じらんなかったんだけどさ。でも橋がなくなってるのを見たって人もたくさんいるし、それに警察も動いてんだよ」
「ふーん」
「ふーんって、それだけかよ」
それだけだよ。ガセだとわかりきってるオカルト話にそれ以上の感想はない。
「釣れないなぁ。なぁなぁ気になるだろぉ。だからさぁ、放課後一緒に見に行こうぜ!俺も気になるし」
「『俺も』ってなんだよ。俺は全く気にならねぇよ」
「いいじゃんよぉ!俺は気になるんだよぉ!」
「ほらそこっ、チャイムなってるぞ。騒いでないで席に着け」
宗吾のお誘いは担任の一喝によって中断された。だけどあいつ、俺が行くって言うまで今日一日ずっとその話をしてくるんだろうな。いつものパターンだ。
別に放課後に用事があるわけでもないけど、わざわざ橋を見に行く為に河川敷までいくのもだるい。ただでさえ今日は調子が悪いからおとなしく過ごそうと決めているのに。野郎とデートするくらいなら授業のノートのひとつでもとったほうがまだ有意義だ。
しかしながら、陸橋消失事件の話をしているのは宗吾だけではなく、その日は学校中がその噂で溢れていた。
どこからそんな話が広がったのか、それとも本当なのか。今は何事もなかったかのように橋が健在している為、真相の確かめようはないってことだけど。
放課後、その日は春香と宗吾と俺の3人で下校した。
朝は春香と一緒に登校するよう約束しているが、下校に関しては特に一緒に帰ると決めているわけじゃない。タイミングが合えばって感じで、一人で帰ることも一緒に帰ることも珍しくない。
「ねぇねぇ春香ちゃん聞いた?小坂井橋消失事件」
「うん、聞いた聞いた。橋が消えたって話でしょ」
「だったらもちろん。ねー」
「ねー」
顔を見合わせて意気投合する2人。
はぁ…結局こうなるんだな。
2人の足は自然と橋へと向かっており、俺も成り行きでこのまま一緒にいく空気になっていた。
まぁ予想通りというかなんというか、別にいいんだけど。