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3話 君は今、世界の主人公な訳

 彼女を飲み込んだ巨大な黒球はコンセントでも抜けたかのようにその活動を停止しその場に沈黙する。

 俺はただその場にうずくまって全身を襲う疲労と絶望をひしひしと受け止めていた。

 静かだ……この場所に来て初めての静寂。気付いたら見ず知らずの場所にいて、わけもわからず追いかけられて、そして彼女が食べられて――。


「ハァ…ハァ…なんなんだよ、クソッ…」


 困憊の体を仰向けに返して二の腕で目を覆った。まだ息があがって苦しい。

 とにかく今の状況を考えるんだ。ここはどこなのか、どうしてこうなったのか、彼女はどうなったのか………だめだ、なにも考えられない。目の前の事実を反すうするばかりでなにも思いつかない。

 どこまでも続く一本道、すり抜けた彼女、街を喰らう巨大な鉄球、そして彼女が最後に言っていた事。


『悠を殺したの、私なんだよ』


 俺を殺した?どういうことだよ。じゃあなにか、ここは死後の世界で天国か地獄だってのかよ。俺が幽霊だったから彼女をすり抜けたってことなのかよ。

 道に寝そべったまま辺りをゆっくり見回してみるが俺の持ってる天国や地獄のイメージとはどちらとも似つかない。黒球の周囲には木片が飛散しており、破壊された周囲の建物は木の板がめくれて剥がれ落ちそうになっているものもある。

 霧に隠れてわからなかったが、どうやら建物だと思っていた両辺のシルエットは建物を模したハリボテだったようだ。しかしこれは現状を考察する上でさらに混乱を悪化させるだけの情報にしかならない。

 またいつ動き出すかわからない黒球には、動くなら動いてみやがれと半ば半ギレともいえる気持ちを抱いて、ただただ酸素を求めて地に背を付けていた。

 と、どこからともなく人の怒声のようなものが近づいてくるのが耳に入った。それが勢い良くこちらに向かってきていることを察して急いで上体を起こした。


「・・・・ぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!しゃーーーーーーーーーぁらっっ!!!」


 空から降ってきた人影は気合のこもった掛け声と共に道路いっぱいにそびえる黒球にとび蹴りを食らわす。しかし黒球はビクともせず、蹴りを放ったその人は飛び退いて、未だ地面に座りこんでいる俺の横に着地した。


「くそっ、やっぱ駄目か……おい、いつまでへたりこんでるんだ」


 飛来した人物は俺の襟首を掴んですごむ。


「え…はい?」


 どう反応していいのかもわからず疑問形交じりのすっとんきょうな返事を返した。


「お前、どうして助けなかった」

「助けるって…」

「彼女だよ。どうして助けなかった」


 そういって男は俺を睨んだまま黒球を指差した。


「どうしてって、あんなんどうしろっていうんですか!」

「どうにだってなるだろ、お前なら!」


 そういって悠に迫るのはボサボサの白髪に赤いコートを来た男だった。

 男はより一層に目を鋭くさせて悠を睨みつけるが当然、あんな巨大物体に手も足も出せる力など俺には全くない。

 この男は一体何を根拠にどうにだってなるなんて言ってるんだ。


「なるわけないでしょ!どうがんばったって!あんなボーリングの球100倍にして削岩機くっつけたようなやつ、どうしようもないでしょ!だいたいあんたなんなんだよ」

「は?お前まだ寝ぼけてんのか?」


 彼女にも言われたような言葉、まるで俺がこの状況を理解していて当然と言わんばかりの言い草。だからその根拠は一体何なんだよ、教えてくれるやつがいるならいますぐ出てきて説明してくれと言いたい。


「まいいや、お前一旦帰れ」

「は?」

「お前が向こうにいないと世界が崩壊すんだろ、帰れ」


 そう言うと男は地面に投げ捨てるように襟から手を離した。


「だからあんたなんなんだよ。いきなり出てきて勝手なことばっかり言って。こっちはいきなりこんな場所にいてわけわかんねぇんだよ」


 右も左もわからないまま不気味ばかりの現状に抱えていた不安が男の態度でイラつきに変換されていく。


「んだよ逆切れかよめんどくせぇ。なんでお前がわかってねぇんだよ」

「やっぱりうまくまわってないんじゃないの?」


 言い争う2人の会話に割り込んでくる女の子。というかこの子、浮いてる!

 悠の肩元をするりと通り抜けて間に割って入る女の子の足は地から離れており、風船のようにその場に留まって浮いていた。


「ここに来るまでも異様に長かったし、やっぱり全体的におかしいんだよ」

「ったくどうなってんだよ、めんどくせぇ」


 見た目的には小学生低学年くらいだろうか、羽根などがあるわけではなく、まるで空中に佇む見えないソファにでも腰掛けているかのように浮遊しているその少女は、愛想のない男と違って明るくかわいい印象だ。

 とそのとき、辺りに地鳴りが響く。彼女を飲み込み停止していた黒球がゆっくりと後ろにさがり、180度方向転換、そのままゆっくり霧の彼方へと消えていく。


「あーあ、持ってかれちまった…。どーすんだよったくよぉ」

「こっちに何とかしてもらうしかないんじゃない?一応今の主役なんだし」


 二人の視線が自分に向く。


「……へ?俺?」

「そうだよお前だよ。他に誰がいんだよ。主役さんよぉ」

「主役さんって…初対面で変なあだ名つけるのやめろよ」

「あだ名じゃないよ、君の役職」

「はぁ?役職?」

「そっ。君は今、世界の主人公な訳。ホントになんにもわかってないんだ」

「だからさっきから何度もそう言ってるだろ」

「う~ん…普通はそんなことないんだけどなぁ。まいいいや、えっとね~…」

「待ちなさい」


 現れたのは黒いコートに身を包み、頭にはハット、左手には本を抱え、丸いフレームの眼鏡を掛けた長髪の男だった。


「ライター、なんであんたがいるのよ~?」

「ひっきーが外出たぁ珍しいなぁ、明日は嵐か?」

「天気は私の担当ではありません」


 眼鏡の男は愛想の悪い男の嫌味を軽く受け流しながら俺の目の前まで来ると、俺に軽く触れようとする。

 しかし彼女のときと同様、男の手は俺の体に触れることは叶わずになんの感触も持たないまますり抜ける。


「やはりそうですか……、説明は必要ありません。記憶がないと言うのならちょうどいい。そのまま帰っていただきましょう」

「えっ、いいの?」

「今はまだその方が都合がいいでしょう。まだこちらだけでやれることが尽きた訳じゃありません。今後の選択肢は多く残しておいたほうがいいでしょう。彼女の存在が消えてしまった場合、そのまま主人公になってもらうことだってできるかもしれません。その場合、こちらでの記憶は邪魔にしかなりませんから」

「あぁ、まぁそうだな」


 当人抜きで進められた会議はどうやら早々に結論に達したようだ。主人公だとか記憶がどうとか彼女の存在がなんだとか聞こえていたが、話の断片を要約するに、何の説明もないままとりあえず俺には帰って頂くという旨だけ理解できた。


「すみません。我々はあまり他と接する機会というものがないもので、自分勝手な者ばかりで。これからあなたを元の世界に帰します。こちらに来てください」


 そう言って眼鏡の男はこちらに愛想笑いをかけ、扉の方ではなく、先ほどまで黒球のいた方向へと進む。俺もしぶしぶそれに着いていく。


「あの…」

「気になることはいろいろあるでしょうが知らないほうがあなた自身の為でしょう。安心してください。向こうに戻れば元の日常が待っています」

「はぁ…」


 話をしている間に黒球の喰べた街の端まで着いた。

 そこには何もない世界が広がっていた。霧で見えないとかではない、まるで雲の中でプールの飛び込み台にでも立っているかのような感覚。どう考えても下があるとは思えない。


「それでは、どうぞ」

「………はい?」


 眼鏡の男は霧の向こう側へ、一流ホテルのスイートルームにでも案内するかのように優雅に、断崖へどうぞと手を向けて勧める。

 言っている事を理解したくなかった俺は思わず返事ひとつで聞き返した。


「飛んでください。ここから飛べば元いた場所に戻れます」

「おらー、さっさとしろ~」


 後ろから愛想の悪い男の面白半分の野次が飛んでくる。


「怖いとは思いますが大丈夫です。この世界はこの道以外、すべて出口につながってます。ここから落ちれば自然と目覚めますから」


 眼鏡越しに見える愛想笑い。

 いやいや、この状況で大丈夫と言われてハイそうですかと平気でここから飛び降りれるやつなんているだろうか。少なくとも俺にはそんな度胸もないしそんなに単純にはできていない。


「どうしました?」

「え…いや、どうしましたと言われましても」

「どーーーん!!」

「どわっ!…ったったっっと…ぉ…」


 宙に浮く女の子が僕の体を思いっきり押した。なんとかふんばっては見たものの一度外に向いた重心を片足のふんばりだけで盛り返す事なでできるはずもなく……


「おわあああああああああああああああ!!!!!」

僕の体は霧の中へと消えていった。





「ああああああああああああああ―――」

「なにしてるの?」

「あああぁぁぁぁぁ………ぁ?」


 落下の恐怖からくる絶叫を続けていた俺に静かに問う声がかけられる。

 気がつくと俺は静止していた。着地しているのか、宙に浮いたまま停止しているのか、なんともいえない不思議な感覚。

 あたりを見回すとそこは一面、白の世界だった。霧の白さではなく、そこに何も存在しないかのような延々と続く無の世界。

 そして目の前には白い半そでのシャツに白いハーフパンツ、色白で白髪の少年がしゃがみこんで積み木を積み上げていた。


「あっちだよ」


 少年はこちらに目をやることもなくうつむいたまま腕を伸ばして方向を指し示す。

 その先にはごく平凡なドアがあった。

 この少年がなんなのかも気になるがなんと声をかけていいかもわからず、様子を見つつも黙って扉へ向かった。

 ノブに手をかけるとドアを開ききる前に隙間から光が溢れ出し、悠はその光に飲み込まれるように姿を消した。

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