14話 自分の人生がたった3行だなんて
「はぁ…そうですか」
「反応うすっ!」
いやだって、それがどれほどの栄誉なのかわかりかねますから。
「主役だよ?!世界の中心だよ?!代理じゃない!私たち創造者全員があなたを中心に動くのよ?」
「そういわれても、よくわかんないですし」
「そんなにやる気がないならもうやめちゃいなさいよ!」
「え、やめれるんですか?」
「辞めれないわよっ!」
「じゃあなんでそんなこと言ったんですか?」
「言葉のあやよ!」
フェイトは少し涙目でムキになって怒鳴る。
この子はなんだか表情豊かでリアクションがおもしろい。話しているとからかいたくなって、つい煽るような返事をしてしまった。
「とりあえず、やっぱりフェイトの説明じゃ全然わかんないんだけど?」
「もー!なんでわかんないのっ!あなたが世界の主役になる!だけどそれには今のままじゃ問題があるからそれをあなたが解決する!単純明快じゃない!」
「いや、だからそもそもその主役ってのがよくわかんないんだ」
「主役ったら主役でしょうよ。それ以外に何ていうのよ?どんな物語だって主役がいないと始まらないでしょ!」
「いや、そうだけど。だけど世界ってなんだよ。みんなひとりひとり生きてるんだから、誰が主役とかそういうことじゃないだろ」
「なんで?物語の主役は一人でしょ?」
ダメだ、話が平行線だ。いや、平行線なのかもわからない。とにかくフェイトが何を言いたいのかが全く理解できない。そもそもの理屈や考え方が違うようだ。そしてフェイトはそれを比較して噛み砕いて説明しようとしてない。俺にはフェイト達に常識というか認識がまるで理解できないから比べようも説明の糸口の掴みようもない。
「あーーもうっ!やっぱりあたしじゃ無理!やっぱりライター呼んでくるわ!」
そういってフェイトは部屋の奥の暗がりへ飛び去っていった。
俺としてもそちらの方がいい。その方が話がスムーズに進むだろう。
と、誰もいなくなったこの場所で手持ち無沙汰に辺りを見回すと、机の上に数枚の紙が散らばっているのが目に留まった。
「『長瀬悠』、俺?」
400字詰めの原稿用紙が2枚。1枚目の真ん中には俺の名前が書かれていた。そしてめくった2枚目には3行の文章が書かれていた。
『道に横たわったまま、最後の力を振り絞って開いた瞳に映ったのは、自身が身を挺してかばった彼女の静かな姿だった。
風になびいて舞い散る桜のように、命の灯火を散らした。』
なんだこれ?
「やはりフェイトには荷が重かったようですね」
「ライターさん、わかってて任せたんですか?」
「まぁ、そのほうが面白いかと思いまして」
そういって常に変化のないやんわりとした笑顔をこちらに向ける。やっぱりこの人は食えないな。
と、ライターは俺が手にしている原稿に目をやる。
「おや、それを読んだんですか。どうですか?自分の人生の感想は」
1枚目に名前が書かれていたから少し予想もしていたけどこの内容は―――
「これは、これから起こることなんですか?」
こんな出来事に覚えは無いし、それに――そう、この内容はまるで死ぬ瞬間を表しているようにしか思えない。
俺はこれが、これから起こる俺の未来を書き記したものなのではと推測した。
「いいえ、それは既に過ぎたシナリオ。あなたの人生の始まりから終わりまでを記したものです」
「は?」
そう言われて手に持っている原稿を見直す。
「いやだって…でもそれじゃあまるで僕が死んでるような、って、えっ?始まりってこれ、最初じゃないですよね?」
「いいえ、それが最初のページ。そしてそれが君の物語のすべてです」
「でもこれ―――」
中途半端な場面から始まって、そしてほんの数行しかない。これが俺の人生のすべて?
言われていることがまるで理解できなかった。
「腑に落ちないようですね。まぁ無理もありません。自分の人生がたった3行だなんて、ショックでしょうね」
そう述べるライターの表情が少しだけ感情を含んだように感じた。
この人は―――そうなのか、表向きは人面のよさそうな笑みを常に浮かべているけれど、それ以上にこちらにプレッシャーをかけてその反応を伺っている。食わせ者や掴みどころがないばかりではない、もっと悪い性格をしていると確信した。
「気にすることはないですよ。それはあなたが主役になってからその生涯を終えるまでの物語。あなた自身が生まれてから過ごした今日までが嘘ということではありません。ただ、主役になったのが死ぬ直前だった。それだけの事です」
「はぁ…」
「おや、どうかしました?」
「いえ……その、そうだとしても、僕は死んだ事になってる事実は変わらないのですが」
「そう、そこがまさに問題なのです!」
ライターは急に興奮したように声を大にして、顔をずいっと俺に近づけた。
「いま、世界には主役がいない。故に不安定、不明確。既に崩壊も始まっています。このままではこちらの世界、私達までもが消滅してしまう。それを阻止するためにも今は主役の存在を確立する事が早急なのです!」
「崩壊…ってもしかして、その一帯が真っ黒になるあれですか?そういえば俺、ここにくる直前、あれに吸い込まれたんです!それで気づいたらここに…そうだあの時、春香も一緒にいたはず。それと巻谷と、それにもう一人……大きな鎌を持った少年が現れた。そう、あれはまるで死神のような。それに公園が消えていくとき、平然とその中を歩いていったんです。もしかしてあれもこっち側の、真理世界の人なんじゃないんですか?」
「大鎌をもった少年?ふむ……それは―――」
「それはこいつの事か?」
イレイザーさんが戻ってきた。肩には大きな布の包みを背負っている。
「ったくいきなり襲ってきやがって。なんだってんだめんどくせぇ…うおっ!」
イレイザーの抱えていた物が暴れだす。それはマントに身を包んだ人だったようだ。
小柄なそれはイレイザーを振りほどくと右手を振り上げる。その手には巨大な鎌が握られている。
この子、公園にいた大鎌の…ってやばっ―――
少年はそのまま鎌をこちらに薙いだ。