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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第1章 「芽吹きの狂花」
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国外

 検問所内では昼夜問わず常駐している検問員が5名はいる。

 何かあればすぐにでも武器を携え抵抗できるだけの戦力は用意されていた。しかし、日没後の入国は法国アースウェインでは許可されない。

 それでもこうして人員が配置されているのは不審者を入国させないため徹底しているからだ。何よりも急ぎで出入国する者がいるための最低限の人員である。



 検問所は壁外と内の間に出来ており、分厚い城門は閉ざされている。

 男たちは円卓を囲い遅い夕食を食べていた。こんな所でも温かい料理にあり付けるのだから至れり尽くすせりだろう。給料が安いことだけを除けばだが。

 しかし、その仕事には公益のための責務が圧し掛かっている。不法入国を許せばその処罰はあまりに大きい。いや、彼らの信じる神を信仰するこの法国でそんな怠慢が許されるはずもない。



 だが、現実は甘くはなく神の信仰は懐を豊かにはしてくれないのだ。

 食事に苦労することはないが、安い給料であるのは事実。男たちはヘルムを脱ぎ、見張りを一人立てて交互に食事を取っていた。

 この後は週に一度の賭け事の予定だ。安い給料で微々たる額だが、それでも男たちの暇潰しには打ってつけの娯楽だった。

 週の終わりに決まって行うのだ。これは夜間に出国できないという周知の事実があるからで、こんな時間に訪れる者などほぼ皆無だった。

 それでも男が5人も集まれば自然とこれぐらいの手抜きにご都合的な免罪符が生じても不思議ではない。



 そんな時、見張りの一人が目を凝らしこちらに向かってくる馬車の姿を視認する。仲間に告げる声は少し弾んでいた。



「また、ジェフコス商会か……」



 こんな夜更けに出国する者、それも馬車とくれば大体予想は着く。



「間違いない」



 食事の手を止めそれぞれ検問員としての張りぼての体裁を整えた。わざわざ全員がと思うがこれは日常的な決まりで最低でも3人以上で検査しなければならない。

 だが、今回に限っては少し意味合いが違う。



 全員の支度が済み、門の手前で待ち構える。



「止まれ!」



 馬を引く男にやはり検問所の男たちはワザとらしく肩を竦めて見せた。



「またですか、ジェフコスさん」

「へへへッ、スイマセンね。こんな夜更けに……」

「日没後の出国はあれほどお断りさせていただているのをお忘れですか? 我々としても困るのですよ。ちゃんと出入国は記録しているんですから、これが上に知られたら我々の首も危ないのは御存じですよね」



 明らかに迷惑そうな顔を浮かべているが兵たちにはそうする建前と理由がある。



 御者台に乗り馬を引くこの壮年の男はジェフコス商会のトップで、各国を手広く渡り行く大商人だ。規模は大きく従業員を抱え各国に支部を置いている。それでも彼の凄い所は自身で各国を渡り歩き情報を仕入れることだ。最近では特に法国への出入国を繰り返している。



 いつもいる部下が馬を引いていないことは不自然だったが、だいたい毎度こんな感じだ。聞けばすぐ近くに部下が迎えに来ているということらしい。日没後ということもあり入れないのだとも……。

 ただ日没直後というならまだしも夜が更けてからだいぶ経つ。

 これはいつもの常套句だ。そんなことは検問員も知っているし、それについて追及する必要性がなく蛇足であることを彼らはこれまでのやり取りで心得ていた。



 彼はこの法国にとっても経済を左右する重要人物だということは誰もが知っている。初めから通さないとは一言も言っていないのだ。



「えーえー存じてますよ。これは少ないですがね……少しでも足しにしてください」



 お決まりだと言うように脇に用意していた袋を手渡す。受け取った兵はずっしりとする重みに頬が緩むのを抑えるのが難しいほどだ。


 そして用意していた仮面が張り付いた。



「こ、困ります。ジェフコスさん、我々は国を守るこの仕事に誇りを持っておりますので……」



 しっかりと膨らんだ袋を下から大事そうに支えて返そうとする素振りはない。



「もちろんです。裏金など汚いことを神のお膝元でできようはずもありません。ですから……これは神への貢ぎ、いえいえ捧げ物です。交渉が成功しますことを願ってです」

「そういうことでしたら一先ずお預かりしておきしましょう。それと、ですねジェフコスさん一応荷台を調べさせてもらっても?」

「もちろんです……と言いたい所なのですが、何分急用でして」

「そういうことでしたらすぐに済ませてしまいます」

「困りましたね」



 ふくよかな腹が作りの良い外套の隙間から覗き、御者台から見下ろすジェフコスの冷ややかな目に兵は踏み込み過ぎた、欲を出し過ぎたと思った。

 荷物検査などいつもはしない。だが、今回だけは何も欲ばかりとは言えない理由があったのだ。



 ピンと弾くような音とキラキラと光り回転するコインを兵は慌ててキャッチして目を見張った。



「今回だけで構いません。いいですね、私は急用があるんです!」

「は、はい! 失礼しました」

「わかっています。あなたたちの仕事も重々承知してますとも、えぇ」



 一変して満足そうなジェフコスの顔に金を受け取った兵は仲間に向かって頷く。

 すると門がゆっくりと軋みながら開き始めた。



「ジェフコスさん、夜道は危険ですのでくれぐれもお気を付けて……」



 ハハッと楚々として笑んだジェフコスは手を上げて心配無用と告げた。



「ちゃんと護衛も呼んでおりますので」

「でしたら心配はありませんね。最近盗賊に加えてオークやバトルウルフも近郊まで降りてきておりますので」

「御忠告ありがとう」



 そう礼を述べたジェフコスは手綱を引いてゆっくりと馬を歩かせる。



 兵はその荷台を見送る形で呆然と嬉しさと不安が過った。



「ん?」と金を受け取った男が幌馬車の荷が不自然に動いたように見えたが、今更引き止めることはできそうもない。握った一枚のコインのせいで手汗をじっとりと濡らし確認するのも恐ろしい。



 彼の手の中には白銀が一枚。とは言え追加資金にしては破格だった。これを一枚ポケットに忍ばせれば彼の貧しい生活を数年は延長できるし、蓄える期間にしては十分過ぎる。いっそ、引っ越しても良いだろう。

 いつものように先ほど貰った袋の中には大量の銅貨や銀貨が余り物のように入っているはずだ。さすがに金貨が1・2枚でも入っていれば兵士たちは小躍りしてしまうだろう。

 それだけで3ヶ月分近い給料なのだから、それよりも彼が受け取った1枚の硬化は金貨の10倍の価値がある白銀貨、逆に怖くすらある。

 だが、彼は忍ばせるという底意地の悪い考えよりも不安が占領していた。

 直感と言えばいいのだろうか、予感という曖昧な物だが以前に聞いた噂の信憑性は高まっている。



「おい! うぉ、ジェフコスさんは太っ腹だな。今日は負けられねぇ戦いになるな、へへっ」



 仲間の声に耳を貸さず彼は閉ざされる門の隙間から今も荷台を見つめていた。

 そしてこう溢したのだ。



「もうあの方を通すのはやめたほうがいいんじゃないか?」

「あの噂か、確かにな……今回の急用も一体どんな用なんだろうな」



 大商人であるジェフコスを通す理由は決まり以上にアースウェインでの物流に影響を与えるからだ。彼らの上司も黙認しているがこれが上、それこそ司教の耳にでも入ればどんな処罰が下されるか。職を失うだけならばまだ良い。しかし彼らのような国に仕える兵士は信仰を順守し民衆の一歩先を歩く信教者でなければならない。神への背信と下されればこの国では暮らせないだろう。正確にはこのアースウェインの王都からは追放される。



 蛇足だが、この国にはトップに最高神官長がおりその下に4人の神官元老院、神官、更にその下に司教という位置づけになっている。この国での司教とは神託の流布など様々な仕事を兼ねているが、国を支え神官元老院から下された命令を神官が担当する部署で司教に渡る。

 彼らのような検問所の責任者として司教がいるのだ。



 そう考えても眩む程の額に今までは考えないようにしていたが、今回の噂によって嫌な予感は現実的な危機を彼に与えた。男は真っ当に仕事を遂行してさえいれば良いという基本に立ち返る判断をする。



「あの形相は異常だ」

「俺らの首も危ないからな。お前はジェフコスさんが本当に関わってると思うか?」



 自然と首が縦に振られるに任せた。否定するだけの信頼も信用もない。裏金を渡すような人だ。受け取るほうもほうだが、連座だけは勘弁してもらいたいと思うのは人としての性なのだろう。

 彼はこの噂が流れるまではジェフコスは真っ当な商人で一から成り上がった尊敬する人間だと思っていた。

 しかし、今となっては……。



「人身売買に加担しているかもしれないな」



 一部の国では奴隷制度があり、人身売買を容認している国があるのは事実だ。だが、この法国アースウェインでは認められていない。それに関与したとする者の一切を排除しているのだ。

 そんな者を国に入れたとあれば彼らの首は簡単に飛ぶだろう。知らぬ存ぜぬでは責任の回避もままならない。ましてや裏金を貰っていたなんてことが知られでもしたら。



 そう考えたら居ても立っても居られず男は検問所に戻り、出入国の名簿からジェフコスの名を急いで消した。



 その切迫感漂う男に仲間たちは「これで最後にするか」と口々に賛同する。と、直後に頬を緩ませて「最後の大勝負だぁ」と息巻いてテーブルの上を片し始めた。




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