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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第1章 「芽吹きの狂花」
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裁きの所在

 幽鬼のように姿を露わした男に彼らは驚きはしたものの、その風体を見て鼻で笑った。

 自分たちのような大柄でもなく、明らかに盛り上がりに欠ける身体付き。この中で一番力が劣る者でもあしらうのは造作もないだろうと予想が付く。



 ただ、女のように長い髪を見た時はギョッとした。無論、声だけは聞き間違いのない男の物だったが。



「男連れか、悪いな兄ちゃん痛い目見る前に女は諦めろ」

「あぁ、ちゃんと使った後に返してやるよ」



 フンッと一瞥した男たちはすぐに女へと薄汚れた手を伸ばした。



 周は臆することなく歩き始め、手前の男が壁面に手を付いて塞ぐ。ニタニタと嘲笑を浮かべた顔がふいに鳴りを潜めてドスの利いた声が不快感を露わに発せられた。



「聞こえなかったか? 殺すぞ」



 シオンの身長は平均的なのに対しては男は頭半分ほど高みから見下ろすように睨め付けた。そしてもう片方の手が腰に差してある剣の握へと触れる直前。



「あん!? 何のつもりだ? ブッ!!!」



 剣を引き抜こうとした男の手を包み込むように周の手が覆った。男は自分の手が剣を鞘から出せず、ビクともしないことに見下ろし、顔を上げた瞬間。

 周の拳が裏拳の要領で男の右頬を打った。頬の骨を砕き、歯を散らす。不音を発し頭がもげる勢いで壁に激突し脳漿を撒き散らした。

 壁面に水をぶちまけた、そんな光景だ。



 「は?」そう惚けた顔で振り返る中心にいた男の手は彼女の胸元を掴んでいた。上体を浮かされたまま、首が力無くのけ反る。



 男は視線を仲間に移し自分の顔に何かが跳ね、それを空いた手で拭い。



「なんだこれ?」



 近づく周に通りの光が姿を薄らと映し出した。

 それを見た背後の男が酔いを一瞬で覚まし、声を上げる。



「シオン・フリードォォ!!!!」



「なんだ?」男は指先についた血痕を気にした風もなく指で擦り、どこかで聞いた名に問い掛けた。



「ま、間違いない。昼間国からギルドに発行された手配書だ。処刑から逃れたってのは本当だったのか」

「とするとこの女は……ハッハッ、言い拾いもんしたな、懸賞金は?」

「法国の刻印入りで新白金硬貨100枚だ」

「とんでもね~な、一生遊んでも使い切れねぇ、決まりだ」



 女の胸倉を浮かせるほどに掴んでいた手を乱暴に放すと巨体がのっそりと立ち上った。先ほどの男の比ではない巨躯だ。この男一人だけでも路地裏に隙間がなくなるほどだった。



 半身になった男は剣を引き抜く。

 研ぎ過ぎて薄くなっている刀身だが、人体を貫くにはこれ以上ない鋭利さである。背後の男は隠れていて周からは確認できなかった。



「指名手配されているんだ生死は問わないんだろうな」

「無論だぜ」



 ひゅ~と酒臭い息で口笛を鳴らした巨躯の男は周が武器を持っていないくとも油断を見せない。すでに仲間が一人やられているのだから。どうすればあんな壊れ方をするのかわからないが自分にもできるという過信が剣を抜かせた。

 それに二人の男からしてみればそれほど付き合いの長い仲間ではなかった。如いて言えばそういう仲間だということだ。酒を呑むには丁度いいが命を預けるには二人の信用を勝ち取ってはいない。だからこそ、殺されたとしても特段感傷に浸ることはなかった。

 しかし、残った二人に関して言えば何年もチームを組み、互いのことを熟知していると言えた。それは仕事上の話しだけだったが。



 刀身を軽く下げた男は手首のしなやかさを見せるように緩やかに剣先を振った。



「ハハッ……彼女には触るなと言っただろう。殺す価値もないのだろうが、安心しろ二人とも必ず殺してやる」



 狂気とも思える声音に巨躯の男を以てしても胸を締め付けられる息苦しさを感じていた。この手の手合いは初めてではない、それどころか今までは国の外で人外との戦いを生き抜いてきたのだ。

 そういった矜持と酒の酔いがほんの僅かに危険を察知するための警鐘を聞き逃した。



 巨躯の男の背後、少しだけ隙間を見せた脇から剣の切っ先が周に向かって襲ってきた。背後の男が隙と見たのか、恐怖に駆られたわけではないのだろうが口火を切る。



 二人の常套手段の一つとして空間の狭い場所で一列という構図が成り立った場合の連携である。人間を相手にする時に使う手だ。

 当たれば御の字だが、当然予想だにしない攻撃に防ぐか避けるだろう。そんな不意の攻撃を完璧にかわすことなど常人では不可能だ。後は体勢を崩した一瞬の隙を前の男が確実に仕留める二段構え。



 しかし、彼らのミスはこの戦法をやぶる相手と当たらなかったことにある。



 脇から迫りくる剣先を周は真っ正面から近づき上体を横にずらしただけでかわした。数本の髪が宙を舞ったが、それは長髪という経験の無い余剰から偶然触れただけのことだ。癪に障ったがどの道殺すことを考えれば一時の激情に任せるほど周の……シオンの脳内はポンコツではない。そして前に出ていた男が下に向けた刃先を一気に振り上げた。



「なっ!!」



 驚愕の声は確実に取ったと思わせるほど男に確信を持たせたからだ。しかし、結果はシオンの命を絶つことはできなかった。それどころかありえない光景に言葉すら忘れたように呆然とするしかない。一瞬の驚愕は男の酔いを完全に抜き切らせたと同時に、まだ酔っているのかと思わせるほどだった。

 それほどまでに想定外だったということなのだろう。



 上体を傾けた周の首を確実に飛ばすように下から凄まじい勢いで振り上げられた剣は首に触れる前にピタリと動きを止めていた。男が制止させたのではもちろんない。



 そこには首元で剣の刃を二本の指で摘むシオンがいた。次の瞬間――。



 バキッと金属質な音が悲鳴のように鳴る。それは摘んだ部分が割れた音だ。剣の刃には丸みのある穴が空き、手から剣が離れた瞬間でもあった。



 周としても案外脆かったのか、それとも指圧が凄まじかったのか恐らく後者であると結論付ける。


 

 男は剣を引こうとしたが、またしてもビクともしない。今度は四指でしっかりと掴まれていた。力だけは自信があった男が青筋を立てて引けども手の革が剥ける感覚だけしかなかった。



 そして自分の力を以てしても抵抗できず、あっさりと引かれる剣に男は前のめりに一歩踏み込んでしまった。



「ガハッ……!!」



 自分の鍛え抜かれた腹筋に差し込まれる腕を見て男は朦朧とする意識の中で後悔する。

(しくった……こいつは化け物だ)



 腹の中をまさぐられる感触は何かを探り充てようと動く、男にはそれが不気味で何を探しているのかがわかってしまった。

 押し込まれる手の先にある物を男は知っている。



「……あった」



 周は勢い良く腕を引き抜いた。そこには背骨を思われる骨の一部が握られている。

 男は自分の身体から引き抜かれた骨に戦慄し、止めどなく流れる血はあっという間に命を刈り取った。ドンッと地面に膝から倒れる音が通りを通っていた人々の耳に届くのは必然だったのだろう。



 しかし、明るい所から暗い場所を見ようとすれば慣れていない視野では限界があるのか訝しむように覗きこむだけで立ち入ろうとする者はいなかった。

 辛うじて見えるのは粗野な感じを受ける男の背中だけだ。ただその光景は後ずさる瞬間でもあった。



「ヒィ!!」



 何が起こったのか前を覆っていた仲間が倒れたことぐらいしか理解できていない。ただ彼が見た物は恐怖するのに十分な物だった。

 そう、彼は仲間の背中を見ていたのだ。そして皮膚の内側を蠢くように服の上から押し上げる何か。それに続いてバキバキと不快な音が彼の耳を木霊して行った。



 倒れた仲間の奥でその男は前髪で表情を隠し、楽しそうに口を歪めていた。内から来る震えは彼の下半身を瞬く間に濡らす。剣は仲間がやられると同時に落としてしまった。

 経験から来る警鐘は遅れながら彼に覚らせた。冒険者としていくつもの苦難を乗り切ってもこれほど死を実感させられたことは今までになかった。冒険者という命を張った職業に就いていながら初めてダメだと思ったのだ。

 どんな抵抗も無駄だとあの口元がわからせてしまう。



「わ、悪かった。俺たちが悪かったから……せめて命だけは……頼む、頼む、お願いだ。お前のことは誰にも言わない。本当だ! 口が裂けても言わねぇ」

「随分都合がいいなぁ~。自分たちの命が危なくなったら掌を返すのか? それが通るとでも?」



 蒼白となった男はその場でぺたりと膝を屈した。逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。いや、逃げられなかっただろう。

 大声を上げて助けを呼べば通りの近くだ。すぐに駆けつけてくる人がいるだろう。



 それでも男は自分が助かるビジョンを見ることができなかった。全てはあの口元と醜悪なまでの眼の光の前では可能性が微塵もあるとは思えなかった。

 それほどまでに狂った表情を髪の下で見てしまったのだ。人間が人間を殺す顔ではない。まるで幼子が地面を這いずり回る虫を生き物とすら自覚せず弄び殺すような、そんな無邪気であり、これほど醜悪だと感じた瞬間は男にはなかった。



 しかし、一方の周は殺すと言ったものの、これが神への報復になるのかと疑問を抱いていた。命を奪おうとす者……周をまた繰り返しの牢獄へと誘う者に死を与えるのはどうしようもなく当たり前のことだ。忠告を無視した巨躯の男も当然の報いだ。

 だが、この背後から突いてきた男はと言うと……当然死罪。しかし、あの太刀筋では一撃で殺せないことは確かだった。普通の人間ならば当たっていれば致命傷で間違いない。


 

 だが、周を相手にあれでは当たってもどうということはなかった……何故かそれだけはわかってしまう。痛みを感じないからなのかもしれないが。

 いくつも見えた対策と反撃の中には当たったとしても、という場合が想定されていた。

 ならば彼には情状酌量の余地があるのか?

 いや、心情的にはない。ないのだが、果たしてこの男を殺して神への報復に繋がるのかは大いに疑問が残る。


 無論そんなことは今更なのかもしれないが、境界線をあやふやにしたままでは変なポリシーが働くのだ。 



 殺そうとしてくる者には相応の死を。

 復讐を妨げる者にも相応の死を。



 では、殺したいから殺す。これはただの殺人鬼だ。しかしそれは本当に今更なのだろう。あれだけのことをしたのだから。

 だとしても、周は考える。どこかで線引きしなければきっとどこかで見失ってしまう。そんな恐怖にも似た懸念を抱いた。絶対に神を苦しめ、神を殺す。これだけは譲れないがもう魂だけの存在でない周には様々な影響が決意を鈍らせるかもしれないと思わせた。



 絶対に譲ることができない誓いだからこそ自分の中で楔として刻み込まなければいけない。形としなければいけないのだ。



 そう考えた周はふと、司教が言っていたことを思い出した。



「お前は神を信じ、崇拝するか?」



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