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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第1章 「芽吹きの狂花」
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始まりの報復

「逃げられるものか!」


 騒ぎを聞き付けた兵が更に数を増し、慌しい処刑場の囲いの外で何事かと市民が興味本位に集まりだしていた。


 女は縄を切ったナイフを持っていない。縄を切ったと同時に用済みだと言いたげに捨て去っていたのだ。それこそ敵意がないと主張するように。

 そんな行動は凶器を持っていないだけで兵たちが手心を加えるかという違いでしかなかった。それこそ甘い考えだろう。彼女が何の為に現れたのか、兵士たちには理解できなかった。



 いや、目的は罪人の救出にあることは明白だ。縄を切っただけでは状況に変化はないと断言できる。処刑が少しだけ伸びた……ただそれだけのために女は死を覚悟して救出に乗り出たのか。



 女が解放した罪人の罪過を考えれば一刻も早く断罪しなければならない。もちろん罪人に残された力などあろうはずもない。それほどには弱らせてあるのだから。適度に拷問に掛け、食糧も一日に一回、それも微小で腐った物だけ。



 兵士たちはいくらか焦りはしたものの現状を見ればそれほど切迫していないことが手に取るようにわかる。両手両足には頑丈な鉄の拘束具、足には動かすこともできない重さの鉄球が無骨な鎖で繋がれているのだから逃げられるはずもない。

 他にも仲間がいるかもしれないが、未だに姿を見せないのであれば可能性は低いだろう。絶好の機会を逃したに等しい。時間が経つほどに警備は厳重になるのだ。



 だが、そんな微塵も逃亡する可能性がない状況だというのに兵たちは機を逸したようにおどろおどろしい声にゾッと硬直した。



「ハハハハハッハハハハッ!! クックックククク…………」



 女の背後で地面を舐めるように顔を押し付けている長髪の男から底冷えするような無邪気な笑い声が上がった。



 気でも狂ったのかと思うのが自然なのだろう。兵たちはあまりにも場違いな笑い声に逆に恐れを抱いた。状況は絶望的で助かったわけではない。彼らからすれば寿命が伸びた程度の違いしかない。だというのに槍の切っ先を突き付けるだけで動けた者はいなかった。

 弓の弦を限界まで引き絞ったような張り詰めた空気において、その手を放してしまうことができなかったのだ。



 そんな硬直状態を司教と思われる男がゆっくりと兵たちの中から割るようにして出てきて視線を下げ見下すと。



「哀れですねシオン・フリード。お仲間と共に召されないとは……」

「司教様!」



 前で庇うように動いた兵を優しく制した司教は聖書を広げてシオンと呼ばれた罪人の前で庇う女を見て柔和に微笑んだ。



「神の執行を妨害した罪は万死に値します。その非礼を死んで詫びるのが良いでしょう」



 そう滔々と告げると隣の兵の肩にポンッと手を添えて告げる。



 聖書をパタンと閉じ「二人とも早く死なせて差し上げなさい。クルストゥエリア様の御許へと速やかに送って差し上げるのです。それが我らに出来る善行であると知りないさい」



 ハッと声を上げた兵たちは一斉に槍を突き出す――その刹那。

 バキバキと何かが折れるような、ともすれば弾けるような甲高い金属質な音が鳴り、女の背後に視線を向けて戦慄する。



 そこにはあるはずもない。そこにあってはいけない物が打ち捨てられていた。

 腕と足にしっかり嵌まっていなければならない枷が何故口を開けたように転がっているのか。



「ヒッ!!」



 ありえないとわかっても現実は容易く否定し、兵たちは務めの前に自身の命が脅かされる予感からか細く悲鳴を喉が絞り出した。

 が、その中において最も動揺が大きかったのは司教と呼ばれた男だ。一歩二歩と後退り、兵の背中を押して盾にする。




 周は入ってくる言葉を記憶し、意味を理解する。この身体の持ち主は【死音シオン】という名前らしい。どんな罪を犯したのかまではわからない。それに助けてくれたこの女には感謝してもしきれない。その意図は、今は考えるだけ意味がないだろう。

 それどころ今は、ただ、ただ歓喜することが優先だった。



「キッシシシィ……ハァハァ、ハハッ……ハハハッ」



 口から零れる吐血も再度呑み込んでしまう程の美酒にさえ思える。

 拘束具はどうやったのか、助けてくれた女に向かった矛先を自分に向けるために身じろぎした程度に力を入れた時に簡単に外れてしまった。



「や……っと、ハァ……やっとだ。クククッ、あっはっはっは! 自由だぁ」



 腕に力を込めて地面から身体を押し上げるが上手く動かない。それに足は震えるだけで覚束なかった。

 生まれたての小鹿のような無様格好だったが、それでも周は動き出した時間に陶酔する。



「ハハッ身体の起こし方ってどうやるんだったっけ? もうそんなことも忘れちゃったよ」



 可笑しくて嬉しくもその顔は歪んだ。笑みを作っていた。しかし、数回の試みで感覚を掴んだのか震えながら中腰になってよろけながらも立ち始め。



「早く、早く殺せ。奴を逃がすんじゃないぞ」

「シオンさん。早く逃げてここは私が……」



 司教は兵の群れを抜けながら怒声を上げて処刑を急かす。

 一方で危機迫ると感じた女は無防備に立ちはだかるだけだった。



 しかし、シオンの中の周は一切聞く耳を持たない。それどころではなかったのだ。逃げるなんてもってのほかで論外だ。そんな思考は持ち得ない。だって今こそ自由なのだから。



「これで復讐ができる」



 そんな悠長な言葉を発した隙にも兵の無数に突かれた槍は有無を言わさず女の身体を串刺しにするために他方から襲いかかった。



「キャッ!!!」と案の定戦ったこともないようなか弱い悲鳴が鳴る。それは女が不意に手を引かれて後ろに引っ張られたからだった。ただその力加減は少々乱雑に過ぎたため女は吹き飛ぶように転がる。



「ハハハッ貰った時間だ。ボォーナスステージだぁ。どうせ死ぬなら一矢報いて一人ぐらいぶっ殺してやる」



 周は目を塞ぐほどの前髪の隙間から槍を突き出した兵たちを睨みつけた。



 だが、口火を切った兵たちはそのままに槍を更に一歩踏み出してシオンを殺さんとする。そこで彼は――いや周は驚愕した。

 身体に致命傷を負わされたとしても怖くはない。それぐらいは覚悟の上だ。それでも自分が味わった今までの苦痛に対して復讐が少しでも成せれば報われるだろうと。

 そう思ったのだが、向かってくるいくつもの刃先はゆっくりと自分に向かい身体が自然と回避の足運びを選ぶ。



 気が付けば周は槍を真下にして跳び上がっていた。そして続いて頭がどうすれば良いのかという案をいくつか提示し、考えるよりも早くシオンの身体は動き出した。

 空中で数回転、高速で回り遠心力を載せた蹴りが落下と同時に槍の柄を全て叩き折る。



 周の記憶では戦ったどころか喧嘩の経験もないはずだ。武術や徒手空拳などその手の経験は皆無だということはわかる。だというのに明らかに練度を感じさせる突きを置き去りに動ける身体、寸分違わず見える動体視力。戦うために高速回転する思考。

 その全てが周の予想を遥かに超え、常軌を逸して裏切ってくれていた。結果として捨て身の突進は達成されず優位者として自覚させるに終わった。



 槍を盛大に粉砕された兵はその勢いに吹き飛んでいた。

 その隙間になんなく着地した周は髪の上から額を手で覆い、天を仰いで笑う。



「何だこれ……ククククッ…………今は考えるよりすることがあったな。見ているか神とやら、だったら今から俺がすることを見ていると嬉しいなぁ。俺を牢獄に閉じ込めたツケがこの力だ。なんて理不尽なんだろうな、ここからだ。ここから初めてやる……」



 周は長髪を傾け、首をコキッと鳴らして兵たちへと嗜虐的な眼を向ける。ボロボロの身体でも力は十分に入った。重傷と思われる傷も彼にとっては痛みの内に入らない。



「怯むな、罪人をここから出すことだけはあってはならん。神への反逆である。今すぐ、早く殺しなさい」

「ハッ!」



 そんな声が兵の遥か後ろから聞こえた。

 そして盲目的に従う兵らは腰に下げた剣を引き抜き振り被ってくる。



「キヒッ!! キッシッシシシィィィ……」



 醜悪な笑みで周はするりと向かってきた二人の兵の懐に入り、振り下ろされる前の剣を掴んでいる手ごと握る。両手に二人の剣を手の上から掴むとそのまま握り潰した。少し力を入れて後ろに引こうと考えたがこれも凄まじい握力として予想を裏切る。

 手に骨が砕ける音とともに柄も一緒に砕け、皮膚から突き出た骨が鮮血を滴らせた。



「ギャアアアアァァァァァ!!!!」

「グブッ!!」



 耳障りな悲鳴が途切れたのは横から振り払った蹴りが二人纏めて吹き飛ばしたからだ。脇腹に深く突き刺さるように食い込んだ足は甲冑を粉砕し兵をくの字に折り曲げた。



「ハハッ、これは凄い!!」



 あまりの力に狂喜してしまう。

 周は内心で「絶対に見逃すなよ」と抑え難い高揚と共に吐き出した。



 更に襲い掛かってくる兵たちの隙間で周は確認する。背を向け逃げ出そうとする司教の男を。



 彼にはまだ退場してもらっては困るのだ。神の代行者と名乗った男だけは絶対に逃がすことはできない。それどころか周の復讐には欠かせない人物だ。この見世物の主役は司教であって然るべきだろう。もちろんバッドエンドであるべきだ。そうでなければ意味がない。



 並み居る剣の隙間を縫うように駆け抜ける。その速度は兵士たちに打ち取ったと思わせるほどだった。



 司教は背後で聞こえた悲鳴にもう振り返ることをせず、この場から離れようともがくように恰幅の良い身体に鞭を打つ。

 だが――。



「おい神の代行者が真っ先に逃げるのか……それは背信じゃないのか」

「はぇ!?」



 背後から囁かれるように聞こえた言葉を理解するより早く、真っ直ぐ走っていたはずの身体が傾いていることに疑問の声を上げた。そして体勢を立て直そうと足で踏ん張る。そう思っていたが踏ん張るための足はどこにいったのか身体は傾く一方で、そのまま盛大に転んだ。



「は?」と身体を起こし足を見た司教はサアッと青褪めた。あろうことか両足ともあらぬ方向に曲がっていたのだ。それを自覚した時。



「ああああああぁぁぁ、足がぁぁぁ、私の、私の足ぃぃぃいい」



 一瞬でびっしょりと汗を浮かび上がらせた司教に、振り返った兵が驚愕の声を上げた。



「――――!! 司教様!」

「貴様!」



 その言葉には耳を貸さず、周はまだ感覚の鈍い足で折れた司教の足を踏みつけた。

 バキバキバキッ! 


「ギャアアアアア!!!」

「うるさい! これぐらいなんだって言うんだ。お前には見せしめになってもらうからまだ死ぬなよ」



 囲いの外で様子を窺っていた人々は悲鳴を上げながら走り去っていく。

 その悲痛の叫びを心地良さそうに周は鷹揚に両手を広げて嘲嗤った。



「今度はお前らを処刑してやる」

「は、早くこいつを何とかしろぉぉぉ!!」



 苦悶の表情を浮かべながら助けを乞う司教に兵たちは馬首を翻して襲い掛かった。鍛えられた太刀筋が周の影だけを捉える。

 そして次には視界が反転するのだ。



 剣を掻い潜った周の手には兵の頭がもぎ取られたように握られていた。

 ゴトンと兜の重みだろうか落下したボールほどの塊がゴロンと転がる。



 一拍遅れて何を捨てたのか兵たちが理解し、周囲を見渡すと首から上のない兵が一人。一歩、二歩とふらふら歩くと噴水のように血飛沫が噴出し兵たちの頭上に降り注いだ。



 半身の周が醜悪に口元を持ち上げた瞬間、兵たちの間で力の優劣が確定した。どれほど束になろうともあれには勝てないと直感してしまった。なまじ鍛えただけに。

 それは瞬く間に伝播し、震え上がらせ戦慄させる。もう居ても立ってもいられなかった。



「ウ、ウアアアアァァァ!!!」

「ば、化け物!」



 一人が背を向けて出口へと逃げ始めれば後は酷いものだ。我先にと他者を押し退けてがむしゃらに逃げ出す。

 兵士としての矜持は容易く瓦解した。司教でさえ気に掛ける者はいない。



 周はその背中を冷ややかに見て歪に口が湾曲する。なんてみっともない光景だろうか。犯罪者を野放しに自分の命を優先する身勝手な逃走。いや、それもわからなくもない。

 たとえ一度だろうと死に際の苦痛は耐えられるような類の物ではない。魂が切り刻まれるような|死(痛み)は。

 そういう意味では彼らには同情しよう――無論助ける気などないのだが。



「どこへ行くんだよぉお前らに逃げるなんて選択肢はないんだよ。誅殺だ。神を崇拝するお前らは復讐の対象だよ……クククッ」



 逃げ惑う兵、いや、もうただの人間だ。

 人間業とは思えない力で蹂躙する周を止める者はいない。狂人と呼ぶにふさわしい光景であった。

 およそ人体ではなし得ない力。

 成す術もなく兵士は一人残らず天に召された。真っ赤に染まった血はこれ以上ないほど濃い死の匂いを漂わせ鮮血の雨を降らせる。



「アッハッハッハアアァ……フフッ、一度くらい死んだっていいよな。構わないよな。だって俺はその数万倍味わってるんだから」




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