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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第3章 「断面の再構築」
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天然の防壁

 シオンたちは法国国内から国外へと渡り歩きやっとのことで国境近辺まで到着していた。

 その間実に4日。



 当初の予定よりもかなり早い到着となった。

 シオンとオウレンに関しては少ない睡眠でも十分活動時間を回復することができたが、この4日でユイネの疲労は限界に近付いていた。

 満足にベッドの上で寝ることもできず、シオンたちと一緒に野宿を続けていたのだ。根を上げない辺り逞しいのだが、ただの村娘ではこの辺りが限界だろう。



 そう思った矢先に目的地に到着することができたのだ。

 正確には一歩手前と表現したほうが適切だろう。



 過去法国と王国が争った地。

 境界線の赤地【レッド・ライン】と呼ばれており、数多の血が地面に染み込み赤黒く変色していることからそう呼ばれるようになった。



 目的地はここから少し離れた場所に広がる深い原生林だ。

 軍を率いる時もこの原生林を遠ざけるように進軍するらしい。



 そこはまるで景色が違う。一歩踏み込んだだけで深い森に迷い込んだように陽の光が届かない色濃い場所に変わる。

 別世界のように景色が一変しているのだ。



 境界線とでも言うようにくっきりと原生林と外とが区別できる程だ。



 足が棒のようになったユイネをおぶるシオンはオウレンに先導を任せるように口を開く。



「案内は頼んだ」

「任せろ、魔物が出た場合は俺がぶった斬る。時間が掛かるようなら逃げるでいいんだよな」

「あぁ、ユイネを担いだままじゃどうにもならん」

「すみません」



 シオンの背中から顔を上げて謝るユイネだったが、その表情はいつものような活気がなく弱々しいものだった。



 ただアジトに着くだけならば問題はないだろう。本番は到着した後だ。



「ユイネは寝てろ。後は俺たちに任せてくれ」

「はい」

「さっさと行くか、アジトには上等なベッドもあるしな」



 道中幾度か魔物との戦闘を繰り広げたが、やはりオウレンは相当な手練だ。

 魔技すら使う間もなく一瞬で両断していく。



 その都度、オウレンはシオンに魔物に関する知り得る知識を開示した。

 例えばオーガと呼ばれる巨人もこの辺りでは珍しくはない亜人種らしい。加えて体皮が赤褐色なのは亜種。通常のオーガは浅黒い色をしている。

 亜種で何が違うのかというと全体的なスペックが一回りほど高いのだ。

 知能も高く、フェイントすら使うようになる。



 それでもオウレンの敵ではなかった。それどころかユイネに気を使ってできるだけ瞬殺する。



 ここまでの4日でオウレンについてもいろいろ話を聞かせて貰えた。この世界についてもおざなりだが知識は付いたはずだろう。



 彼の刀は魔法具だという。それを聞いたシオンは試したのか、と癪に障る思いでオウレンを斜視する。それよりも魔法具という言葉に雑木林で殺した冒険者から一つ奪ったことを思い出す。

 徐にポケットから取り出しオウレンに渡した。



 するとモノクルでも掛けているように目を細めて見つめると。



「【離脱:リーヴ】か」

「逃げられると厄介だったから奪っておいたんだが、これは逃走用ということでいいのか?」

「だな、俺もお前にも不要の長物だ」



 そうなるとやはりこれはユイネにこそ持っていて貰いたい物だ。

 オウレンもそれがわかったのか引き千切られた紐を結び直す。



「これはユイネが持ってろ」



 そうシオンが言い、オウレンから受け取ると足手纏いにならないためと自分に言い聞かせてお礼を述べながらユイネは自分の首に掛けた。

 彼女は既に一度、低具【ビギナ】である閃光を使用しているから魔法師としての適性みたいなものはあるのだろう。



 ユイネは取り立てて使用方法などを聞き返すことをせず、すんなりと受け取った。



 そんな時、丁度オウレンがシオンの前で制止のために腕で遮る。

 どうしたのかと先を見てシオンも気付く。



 明らかに不自然な配置で木々が乱立しているのだ。根は地表に出ており強風でも吹けば倒れてしまいそうだ。しかも枝の生え方が異様に低かったり、捻じれていたりと樹木ではあるのだろうが、なんとも奇怪な木々だ。



「こっからは走った方がいいな」

「どういうことだ?」

「あれがお前の見つけた天然の防壁なんだよ」



 聞けばこの先にアジトがあり、この木はアジトを覆うように密集しているらしい。

 そして――。



「エンピリアツリーだ。肉食の食性植物、れっきとした魔物だな。ここを抜けなきゃアジトには到達できん」

「抜け道は?」

「もちろんあるが、それを残しておくほどハロルドも馬鹿じゃない」



 もちろん、シオンとオウレンならば完全に塞がれていない限りは突破できるだろう。しかしユイネがいるため強硬手段はできるだけ避けるべきだ。

 オウレンはシオンにとってのユイネにどれだけの価値があるのかが未だに把握できていない。ならば計っておく必要はあるのだろうが、それは自分がすべきではないはずだ。



 シオンは不気味すぎる。正確には不可思議過ぎるとオウレンは判断していた。そのつもりはないがシオンと再度戦闘になろうものならば勝算はゼロに等しい。

 何も満足できないまま死ぬのはご免だった。せっかく拾われた命、もう少し使い道に慎重になってもよさそうだ、とオウレンはシオンへと振り返り覚悟のほどを確かめた。



 いや、心配など不要だろう。

 ユイネを背負ったままでも機敏に動けることは道中で嫌という理解させられた。オウレンも巨体にそぐわないが俊敏さには自信があったのだ。

 それが追い付けなかったのだから、もう何も言えまい。



「行くか」



 そう切り出すシオンにオウレンは自分が最初に行くべきだと先導する。エンピリアツリーは動く物に対して枝を鞭のようにしならせて叩く。

 一撃でも食らえば大抵の人間は皮がずり剥けるか、骨が砕ける。それほどまでに凶悪なのだ。

 それは死んだ後も続くため、一度足を止めてしまえば集中砲火にあう。


 

 根をうねうねと這わせて少しずつ移動するエンピリアツリーは獲物が粉微塵になって初めて養分を得る。だからこの辺りで魔物の死骸を見つけた場合、それがエンピリアツリーによるものならば一目でわかるのだ。



 故に以前のシオンはここを抜けた場所にアジトを立てた。他の魔物もエンピリアツリーがいることによって近づかないためだ。

 この手の植物種は火には絶対に近づかないため、アジトの周囲には常に火を灯している。



 オウレンは出来るだけ自分は回避しつつ枝を切り落としていくのが最善だろうと考えた。

 瞬時に回復するということはないため全て切り落とせば楽に通れるのだが、数が数だけに相当な時間が掛かる。



 この後控えている大仕事の前に疲労は極力抑えておきたい。

 走り抜けるまではシオンの周囲をオウレンが振り払う。それが仕える者の務めだと思っている。

 そう、今度こそは……自分のためにも役目を果たすと強く胸中に刻みつけた。



 

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