表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第3章 「断面の再構築」
32/38

商会の裏

 シオンたちはアジトがあるとされる場所まで向かう。

 まだ陽は頂きを回った頃だろうか。

 南門とは違い西門から出たシオンは雑木林がここまで伸びていないことに爽快感を抱いた。見渡す限りというわけではないが、平原が広がっている。

 そこから伸びる踏み慣らされた街道が蛇行しながらスッと伸びていた。



 目的地までは徒歩で行くことになりそうだったが、それも仕方がない。歩けば軽く10日以上は掛かるらしい。人気が少なくなったら一気に距離を稼げばいいだろう。一応4日分ほどの食材は買ってある。

 確かにオウレンから徴収? した金貨を使えば二頭立ての幌馬車を要だてることも可能だったが、唯一の財産を無駄に散財するわけにもいかない。



 追手など本当に危機が迫っているのならばシオンがユイネを抱きかかえてでも走ったほうがいいだろう。

 法国を出るまでは居場所を掴まれるのはまずい。

 だからこそ【フィンテル】近郊で襲ってきた冒険者を全員始末したのだ。



 突然目覚めた世界でまずは地盤を固めることが必要になる。

 シオンは力強く、これからの予定に考えを巡らせるだけで武者震いしながら大きく地面を踏み締めた。




 ♢ ♢ ♢




 フェリテローゼ王国は大陸における4つの大国の一つである。

 南をアースウェイン、北にカルステイン公国があり、更に東では最も領土の広いリベリオ帝国が控えている。万が一全ての大国同士が戦争となれば最も被害が出るのがフェリテローゼ王国なのだ。



 かつて法国に敗れてることからもその戦力には開きがあった。

 というのも法国には神眼を持ち神徒と謳われる法王がいる。問題は法王アイリス最高神官長に使える3人の使徒だ。

 神器は神の如き絶対的な力を宿している。使徒が参入していくる戦いでは王国に勝ち目はなかった。そもそも数で負けているのだ。

 王国が保有する神器は1つ、扱える者もまた一人しかいない。帝国には2つと2人。そしてカルステインには神器がない代わりに神の領域に匹敵する可能性を秘めた魔法具、星器【アストラル】の位を多く保有している。



 この均衡は一時の平和だけを延長させた。



 停戦となってから国境沿いで非公認の小競り合いは続いているが、表だって争う姿勢はどの国も見せてはいなかった。

 しかし、ここ数年で法国は神器の回収に躍起になっている。それが王国を、如いては他国の悩みの種だった。



 神器が1つあるだけで十分な抑止力となるというのにそれを法国が奪おうと画策しているのだ。彼の国には神の現し身と呼ばれる神子――神徒がいる。

 法国の主張は神器を一つにすることにある。神器が神、クルストゥエリアによって生み出されたその時より聖域と称し、管理する権利を主張しているのだ。

 無論、これは他国から見た法国の印象である。



 王国や帝国も使徒に匹敵する御旗を立てることで対等な位置に着いているのが現在だ。しかし、その均衡は非常に微妙な位置にあるとされている。



 取り分け王国は神器を守ることも含め、法具をかき集めている最中だ。しかし、そんな圧政に近い隙を見せれば現国王、コルセオ・フォーネイア・ヴォル・フェリテ・アンスリウスの失墜を狙う貴族派が黙ってはいないだろう。

 何も王国が魔法具を集めているのは王命であると同時に貴族の力を増強させてもいるのだ。つまり、貴族は貴族で非合法なやり方で魔法具やそれに匹敵する力を求めている。



 それがわかっていても王は魔法具を集める、作ることを強いられていた。世界情勢は張り詰めた糸のようだ。

 少しの重み、衝撃が加われば何が起きても不思議ではない。現法王は聡明な人間・・だ。乱世に入ることを良しとはしないだろうが、その一歩手前までならば踏み込んでくる。



 神器さえなければと考えれるの保有数の少ない国だけだろう。

 壊してしまえれば楽なのだが、他国も同じように神器を破壊しなければ意味がない。唯一の対抗手段を自ら失う失策はできないのだ。



 そんな王国と法国の国境沿いに富裕層が集う屋敷があった。用途はただ一つだけだ。

 しかし、今この屋敷にいるのは催し物を開催するための準備に必要な人材だけだった。



 時は夜が更ける頃合いだろうか。周囲には背の高い木々と広い庭、長大な門扉までの道。

 一ヶ月に一回催される。今はその準備にてんやわんやだ。



 恰幅の良い腹を揺らしながら従業員に声を荒げる男がいた。

 仕立ての良い装飾が施された衣類は聖職者のようでもあり貴族のようでもある。しかし、彼が身なりに気を付けるのは商売上必要なことなのだ。



 貴族など上流階級を相手にする場合には特に気を付けなければいけない。最高の商品を良い状態で届ける。それは信頼からなる果実だ。



「違う!! 配置は壇上が見るように視界を妨げるな!! 今回をいつもと同じだと思うなよお前たち、遠方からも爵位を持った方々が足をお運びになるんだ。適当な仕事をするなら……わかってるな」



 罵声を聞いていた作業員は全員顔を向けてゴクリと唾を呑み込む。

 現に今いる面子が一年変わらないことはない。適度に何人か消えては補充要員が追加されている。



 だというのに誰もこの仕事から足を洗おうとは思っていなかった。ミスさえしなければ最高の職場なのだ。

 最長でも半年続いている何人かは顔だけを向けて慎重に行動する――この後に続く男の言葉を待ちながら。



「だが、この仕事が成功したら給金に上乗せ分を追加報酬として支払っても構わない」



 男は腹を揺らしながらびっしりと嫌味たらしい指輪を着けた手を二重顎の下に添えて擦る。

 作業員の表情を見て男は満足そうに点検に戻った。



 今回に限っては人生で一番と言っても良い大仕事になる。そのための下準備も済ませ7日後には万全な状態で臨めるはずだ。

 内装は上々、大枚を叩いただけのことはある。



 商品への自信だけではなく、顧客の中には超が付く程身分の高い方もくるかもしれないのだ。

 一応内々に招待状は送っておいたが、実際に賓客としてもてなすにしてもまだ不十分な状態。招待状を出しておきながらみすぼらしい内装では礼を欠くことになる。



 男は作業員に徹底させた。

 防護柵は特注品のものを置き、二階からはテラスのように会場となるホールを見渡せる。

 階下では背もたれつきの椅子が講堂のように段々と高くなっていた。


 

 ざっとみただけでも3・40人は収容できるだろう。屋敷のほとんどはこのホールのためにあるようなものなのだ。

 男は練り歩きながら細かくチェックを入れていく。



 そんな時、背後から彼を呼ぶ慌しい声が掛かる。

 気分を害されたように男は振り返りながら「どうしました」と不機嫌面で返した。



 肉体労働として雇っている彼らには守秘義務を課している。もちろんここにいる連中はそれなりの給金と信頼を持って取り組んでいる。

 寧ろ、そういう粗野な連中を集めたのだ。金さえ貰えれば良い、それに見合った給金がでるならば何でもするような連中だ。



 だから、誘導するのも容易い。人心を掌握する術を彼は商人という経験から身に付けていたため、実に扱い易い輩ではあった。

 唯一の懸念は頭の巡りが悪いということだけだ。



「ジェフコスさん! 商品が飯を食わないのですがどうしましょうか」



 指示を仰ぎに来るのは殊勝なことだが、それぐらいは自分でなんとかしてもらいたい。と考えジェフコスはこの青年が最近雇った者であることを思い出す。

 そう言えばまだちゃんと仕事を仕込んだ記憶はない。



 最近は何かと忙しかったが教育係も付けているはずだ。その男もこの場に姿を露わしていなかった。



「彼はどうしたのですか」



 柔和な表情を作り語りかける。

 すると青年は息を切らすほど荒げていた呼吸をあっという間に整え「体調が思わしくないようで裏で休んでいます」と申し訳なさそうに言った。



 ジェフコスは気付かれないように青筋を立てる。

 粗暴な連中とはいえ、まともに体調管理すらできないとは、後でお灸を据えておく必要がありそうだ。



 教育係の代わりにジェフコスは青年の肩に脂肪の着いた重たい腕を回す。



「いいかな、商品に傷を付けてはダメですよ。その上で口を無理矢理こじ開けて詰めるだけ詰め込むのです。もちろんしっかり呑めるように押して上げるといいでしょうね」



 愛情すら窺える表情で残忍な言葉が青年に放たれた。

 それで怖気づくような連中を雇ってはいない。青年は全ての疑問が解消したように晴れやかな笑みを浮かべ、ジェフコスに礼を述べる。



 彼の顔にもジェフコスと似たような表情が張り付いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ