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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第2章 「物語る素性」
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一致しない過去

 オウレンの異様な出で立ち。

 ただならない雰囲気に呑み込まれそうになるシオンは吸い込まれるように歩き出す。



(別格だな。これぐらいじゃないとシオンの身体スペックを計れないのは厄介だが、運はよかった)



 戦うための、殺すための思考が大量のアドレナリンを分泌しているのがわかる。

 まだ何かしようとするオウレンに見てみたいと思えてしまうのだから。

 その上で上回る。この高揚感と絶望した時の顔が今から楽しみだ。全てを出しても勝てない相手にオウレンはどうするのか、その先に興味を惹かれた。



 殺したいと……戦った末に絶対に勝てないと覚らせた後で殺す。



「あぁ~楽しいな」



 彼が重要な情報を握っているかもしれないことはすでにシオンの中ではどうでも良いことだった。

 もっと言えば、それを考えないことでこんなにも陶酔したような気分になれるのだから、無粋な思考は閉ざされる。



 これがオウレンにとって間違って死ぬということになるわけだが、両者にとって死線を紙一重で逃れ、反撃するためには邪魔な考えだ。

 頭で考えてから身体が動いたので遅い。

 それができるのがシオンなのだが。やはり相手次第ということなのだろう。オウレンを相手に悠長に考えていてはせっかく拾った命を無駄に散らせてしまうかもしれない。



 敗北の可能性すら微塵も考えていないが、肌がゾクリと粟立つ感覚につい頬が緩んでしまうのは不可抗力なのだろう。



 互いの距離は10メートルもない。

 シオンはだらりと両腕を降ろしじわりじわりと距離を詰める。



 オウレンはじっと下段に構えた刀を制止させていた。隙間を縫うように吹き込む風と一体になるような、ともすれば絶対に動かない巨石のように思わせる。

 薄く、鋭く開かれた瞳はシオンを映していた。



「じゃあ行くぞ! オウレン――」



 シオンが地面を蹴り、オウレンが握りに力を込める。

 認識した時にはすでにシオンは懐まで迫ってきていた。下から振り上げる刀は滑らかに空を切り裂いていく。



 たとえ相手がどんな速度を出そうとも光の速さに到達し得るオウレンの剣閃を躱ことは不可能だ。

 【瞬光】と【不動流】を合わせた技。【神光】は誰の眼にも映ることがない。

 初速から最大速度で振るわせる【瞬光」、更に相手の時間を奪う【不動流】があれば結果は必然。つまらない幕切れではあったがオウレンの全力を以て迎え撃った。



 人体であれば剣の質さえ無視できる速度だ。腕に掛かる負荷は技の発動と同時にアビリティの併用で使用後までは保護される。

 そしてオウレンは姿勢を低くしたシオンの胴体を斬り上げた。

 だが、噴出する血液は少量で捕えたと思っていたシオンの姿がぶれる。



 力に振り回されるように刀が天を向く。

 そしてオウレンは見た。

 刀の間合いから出たシオンの姿を。

 恐らく驚異的な速度で間合いに侵入し、再度一歩分後退したのだ。残像――そうオウレンが見ていたものだ。



 しかし、残像なんてものは人間相手で見たのは初めてのことだった。



 間髪入れずにシオンは刀が振り抜かれた直後に切迫する。手は先ほどのように手刀を形作っていた。

 オウレンは咆哮を上げる。



「ウオオオオオォォォォ!!!」



 刀が翻り空気を纏わりつかせながら急降下した。

 【神光】の連続発動は試したことがない。これにはさすがの腕も悲鳴を上げ始める。



 衝突は一瞬。

 だが、無残にもオウレンの放った【神光】二撃目は地面を斬り付けた。

 シオンは身体を捻じり見事にかわして見せたのだ。



 オウレンは諦念を持った。これでダメならば満足だと言いたげに。

 そんな気持ちとは裏腹にオウレンの正常な部分が疑問を発した。大きく肥大する疑問は解消されることがないとわかっても。



「何故、知っている!!」



 そう最後の最後で洩らしてしまった。

 死闘の世界においてこれは汚く、潔くはない。オウレンはそんなことを口走ってしまう自分に驚いていた。



 オウレンは刀を握るための握力が抜けるように尻もちを着き、首に迫る手刀の先端がピタリと停止する。



 シオンと目が合ったのはその時だった。殺意に彩られた形相は嘘のように鳴りを潜める。

 そして――。



「何故とは、なんだ?」



 命乞いのような問いにオウレンは羞恥しながら、口を開いた。

 それもそうだろう。オウレンがシオンの元にいた時に明かした技は少ない。ましてやアビリティ――【不動流】については隠し通している。

 だからこそ、シオンとの戦闘において不覚を取るはずがないと高を括っていたのだ。

 【不動流】は知っていてもどうこうできる代物ではないが、それ以上に知らないというだけで確実に屠る凶悪な能力だ。



 それが完全にかわされたのだ。

 知っていなければ回避するなんてことはできない。

 だからオウレンは問う。



「なんでてめぇが俺の能力を知っている」



 オウレンに命乞いの意図はない。

 この後しっかりと殺されてやるつもりだった。しかし、一度紡いだ疑問は答えを貰うまでは心残りとなってしまう。



 どうせ死ぬなら冥土の土産にしてもいいだろう。



 首に付けられた手刀はオウレンに息づく暇を僅かに与えた。

 シオンが何故知っているかという疑問に対して、その答えを周は持ち合わせていない。感覚的な物、直感に近いと思えるのだから。



 オウレンが何をしようとしているのか、それは推測という曖昧な結論ではなく先ほどの能力が確実に絡んでくるという蓋然性故だ。

 そこから導き出される攻撃の数。

 その脅威度。諸々が脳内で構築されていくのだ。だからこそ事前に最悪の事態に備えて出方を窺ったわけだ。



 それでも確実に回避できると踏んでいたのだが、現実は思い通りにいかないということなのだろう。シオンの腕から伝え血がそれを物語っている。

 オウレンが使った能力に関してはシオンの思考が弾きだす可能性から、時間の停滞、もしくは自身が加速する能力だという当たりをつけていた。



 今周は思い出す。



(やっぱりこいつには聞かなきゃいけないな)



 そう、何故知っているか、という問いは周がシオンになる前では知らないという結果が導き出される。

 オウレンが知らなかっただけかもしれないが、彼の話、様子からして周になる前のシオンという一個人は不可解な点が多い。



 というのも周はこの絶対的、圧倒的、凶悪なまでの力はシオンという男のスペックだと思っていたからだ。

 だからこそ運が良いと思っていたのだ。これほど強靭な肉体に宿れたことが。

 しかし、オウレンの話を聞いている限りでは乖離がある。


 

 周は手刀を首元から遠ざけた。

 反撃されようとも対処ができるという強者の奢りだけではなく、実際に可能だと判断したからだ。

 オウレンの身体は先ほどの万全に近い状態ではない。



「オウレン、お前は以前の俺を知っているのか? シオンを知っているんだな」



 そんな不思議な反問にオウレンは尻を地面に接着させたまま口をあんぐりと開け放つ。

 即答は返ってこない。

 こんな意味のわからない言葉に裏を考えるオウレンにシオンは言葉を選び直した。



「俺は処刑前に記憶を失くしている」



 という都合上の嘘を補足する。

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