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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第2章 「物語る素性」
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絶対強者

 【ボエンス】のメンバーが見たのは不自然に置かれている大岩の上で片足を立てながら待っていましたと言わんばかりに寛いでいる男の姿だ。いや、岩の下にはまだ青々とした草があることから最近移動してきたのだろう。それこそ座るためだけに。

 そんなはずはない。馬鹿馬鹿しいとばかりに視線を上げて男を見やった。右手は真っ赤に染まり、付けてきた女の姿がない代わりに男の真下には神官の頭が転がっている。



「やっときたか」



 そう発せられた瞬間、全員が硬直から解き放たれたように臨戦態勢へと移る。リーダーは自分が見ている光景に違和感を抱いていた。

 怒りに身を任せて襲い掛かるなんてのは新米冒険者のすることで、未熟な証だ。

 煮え滾るような怒りを必死で押し留めながら脳を回転させた。



(どうなってやがる。奴は逃げていたんじゃないのか、俺は追ってたんじゃないのか、なら何故姿を見せる)



 違和感はそれだけじゃなかった。さっきから雑木林に入ってきた他の冒険者の姿も見えない。信じたくはなかったが全員やられたと考えるのが妥当だろう。

 すでに油断はなく、リーダーの思考は報酬のことを考えなくなっていた。それこそ今まで対峙してきた凶暴な魔物を相手にするような緊張感を持っている。



 思考は怒りではなく戦うために研ぎ澄まされていた。

 背後の仲間のことも意識の中だ。リーダーはチラリと目で確認を取るとガーディアンの男が一歩近づく。



「間違いない。長髪に目の下の黒子、酷似している」

「あぁ、そっくりさんじゃないようだ」



 仲間に優位だと告げるように軽く口を叩くが、彼らも気付いているのだろう。思考は冷静でも身体は本能的に強張っている。

 それは不思議な感覚だった。仕入れた情報では確実に倒せる相手だ。身体付きも引き締まってはいるものの、戦い慣れているような鋼の肉体ではない。



 だが…………胃の腑がキリキリするのは意識に反してなのだろう。確かにあんな前髪では満足に戦えやしない。そもそも戦闘をする者にはありえない。一瞬のやり取りが生死を分かつというのに視線を遮る前髪など百害あって一利もないだろう。それでも隙間から覗く眼は刃物を首に充てられているような鋭さがある。如いて頭で考えこの疑念を表現するなら、まさに不気味だ。

 



「お前がシオン・フリードだな」

「あぁ、知っててつけたんだろう」

「――――!!」



 それに対しての返答をリーダーは持ち合わせていなかった。気付かれていると思いもしなかったのだ。

 だとしたら。



「気付いていたなら何故逃げない」



 岩の上で立ち上ったシオンは見下ろすように醜悪な笑みを浮かべて。



「俺が逃げる? わざわざここまで連れて来てやったのにか?」

「罠でも仕掛けてやがったか」



 情報通りならばBランク冒険者がこれほど容易くやられるとは考えづらい。シオンの発言からも連れて来られたのだ。ならば罠と考えるのは当然の流れ。




 そんな的外れな推測に周は目を見開いて驚いて見せた。しかし、それを正そうとするほど不毛なことはないだろう。



 彼らはシオンを殺しに来ているのだ。逃げようとすらしないでのあればここで殺し合うだけだ――一方的に。

 そしてやるべきことは済んだというようにシオンは口を開く。



「Bランクがどんな物か確かめるために一個撃破したがよくあの程度で向かってくる。あぁ、でも神官っぽい奴を見つけた時はつい我を忘れてお持ち帰りしてしまった」



 地面に転がる頭を一瞥して、すぐに視線が戻される。

 わざわざ一個撃破したのは実力を測りかねたからだ。しかし、その必要がないと判断すれば纏めてってしまえば楽だろう。



「お前らも俺を殺しにきたんだろ?」

「話が早くて助かる」



 リーダーは臆することなく大剣を構えて感情を冷却する。そう余計なことは考えず仕事に専念する。完遂されれば仲間も報われるだろう。お互いの素性を明かさない、詮索しない、が冒険者でチームを組む暗黙の了解だ。それでも墓ぐらい建てても良いだろう。

 背後の二人も、いつでも戦闘に入れると背中からひしひしと伝わってくる。



 魔法師の男も最初こそ動揺が酷かったが今は逆に怒りをぶつけられる標的を見つけたことでなんとか平常を保っていた。



 タンッと周は岩から飛び降りた。

 服装は何故そう思ったのか、ユイネが買って来たのはそこそこ上等な代物だった。黒の上下と白いシャツは貴族然としているし、身を隠すように二着頼んだ外套は周のだけマントのようでもある。彼女曰く似合いそうな服を選んだらしい。見た目ほど高くはなかったようだが。

 無論その後、彼女がどこに向かったのか一端追及するのをやめてユイネをあえて【フィンテル】に入らせた。

 それも木を隠すには森の中というわけだ。もちろんどこかで宿を取って隠れているようにも伝えている。



 杜撰な包囲網などシオンの身体能力を持ってすれば容易く抜け出せるのだ。逃げなかったのは本当にBランクの実力を計るためで、そんな連中に尻尾を巻いて逃げることを周は良しとしなかった。

 だから、シオンは颯爽とマントを翻しながら降りたということなのだろう。



 これでは自由とは言えない。向かってくる物がいれば真正面から打ち砕けばいい。戦略的撤退も時には必要だろう。しかし、それは今ではない。

 今はリスクを最小限に抑えて情報を得るほうが先決だったのだ。




 そしてポケットに片手を収めて、もう片手を突き出し嗜虐的な笑みで手招きするように指を折った。



「気張れよ冒険者」





 冒険者の感と言えばいいのだろう。罠と言ってみたものの武器すら持たない相手に覚えるのは疑問よりも警戒だった。

 楽に殺せるのであればそれに越したことはないが、油断してやられたのでは話にならない。

 全力を出してダメならば逃げればいいなどと、依頼の難度を考えれば到底ありえないのだが、そういった不測の事態に対処する切り替えの早さは冒険者の持ち味だ。

 だが、真っ先に逃げの手を考えてしまうということにリーダーは気付かない。それが冒険者として培ってきた第6感のような感覚であるのにも関わらず。圧倒的に有利だという状況が倒れていった冒険者を映さず、見る物を見させず理解させなかった。はたまた金額が脳裏をチラついたのかもしれない。

 だから都合の良い解釈が生まれるのだ。きっと卑怯な手を使ったのだと決めて掛かるように。



「最初から全力でいく。攻撃魔法はいい、防御を徹底してくれ」

「わかりました」

「俺たちで首を落としてやろうぜ」



 盾を構えて腰を屈める仲間の啖呵でリーダーも剣を握る手に力が入る。怒りはあるが仲間の敵なんてそんな殊勝な物じゃない。

 もっと単純でいいのだ、金のためで十分なのだ。今までだってそうして生きてきたのだから。

 合図をしたわけではなかったが、前衛の二人が走り出したのは同時だった。



「【身体防護:アンチ・プロテクト】ダブル、【肉体強化:ボディ・フォース】ダブル」



 すぐに背後から魔法名が聞こえ二人の身体を淡い膜が覆った。筋力が増し身体に掛かる負荷を全力で大剣を握ることで堪える。



「それが魔法ってやつか、面白い」



 唸るような声でわかるように周に動揺や焦りはなく、本当に面白そうに観察している。



 リーダーは走り出してすぐにコンタクトを取りつつ、いつも通りの作戦を念入りに告げた。 



「よし、良いか魔技を出し惜しみするなよ。俺らのアビリティはこの状況じゃ役にたたねぇからな」

「もちろん、リーダー初っ端かますんだろ?」



 初手で終わらせると力強く頷いた。最も得意として破壊力も抜群の魔技だ。



 彼らが言うアビリティは先天的に保有していることがほとんどであり特定の条件下で発動するタイプが多い。アビリティの性質は多岐に渡る。それこそ魔法と遜色ない物まであるがそういった場合、大抵は条件発動がない代わりに回数制限が付いていたり副作用など欠陥を伴う能力だ。もちろん万能な能力もあるのだから何事にも例外は付き物なのだろう。

 そんな物は羨むだけ無駄という物だ。持てる物で全力を出してこそという考えは冒険者に一貫している。



 先に仕掛けたのはリーダーのほうだった。

 シオンは未だ余裕を見せて片手をポケットに入れている。それが癪に障ったのだろうか上段に振り被り声を荒げた。



「さっさと死ねぇ【鉄鋼斬】」



 鈍い銀光を放つ大剣が一瞬凝縮するように刀身が硬く引き締まる。鉄をも容易く断ち切る刃は常人の筋肉量では不可能だが、それを可能にするのが鍛錬によって習得できる技だ。俗にスキルとも呼ばれ、冒険者の間では魔法のような技として【魔技マギ】と呼称されている。【肉体強化:ボディ・フォース】の効果もあり、今持てる最大威力だ。

 生身では受けることは不可能。そう確信を持って振り下ろす大剣の重量に強化された力も加わり何物も妨げることができない威力と速度へと昇華された。



 視線をシオンへと固定し。



(かわせるならかわしてみろ)



 背後では剣を抜いている仲間が次の手を待っている。

 しかし、大剣の刃が回避不可能な距離まで切迫し確信を得た。



(もらった!)



 が、シオンを真っ二つにするはずがあり得ない光景にリーダーは反応することができなかった。確実に殺したと思った刹那、大剣が横から叩かれたように刀身を砕けさせたのだ。

 何をされたのかまるで見えなかった。

 ただ現実は半ばから砕かれた大剣だけが物語っている。そしてシオンは未だに片手をポケットに突っ込み、もう片方は。



「――!! 何をし、た」



 頭の少し上に空いた手が掲げられドアをノックするように軽く握られた状態で制止している。まるで鬱陶しい虫でも払うかのような光景だった。



「ハッ、素手で折っただけ、だ」



 周はそのまま腕を降ろしつつ手刀の形を作り先端を男へと向けて目にも止まらぬ速度で突く。



「リーダーッ! 魔技【相殺】!!」



 光に包まれた盾が上げるバキバキと砕ける音。周の前に立ちはだかったのは盾を構えた男だ。素手という考えられない攻撃にリーダーを守るため盾で防ごうとしたのだろう。




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