追う者の企て
キョロキョロと辺りを不自然な程警戒するユイネに周はそっと木の影から姿を見せ手招きした。
そのまま二人は木々が乱立する奥へと入って行く。
その様子を後方から窺う者たちがいた。
南門から出ていった女を尾行したのはそれなりの理由があったからだ。冒険者ギルドから出てきた女を見た時は棚から牡丹餅が降って来たと思った程だった。
すぐにメンバーに連絡を取り、出来るだけ人数を集めて貰ったのだ。
ここで取り逃がしたのでは冒険者の名折れだろう。普段はモンスターや舞い込む依頼に精を出し、誇りを持って臨んでいる。
人間を相手にすることも珍しくはない。賊対峙など警護の依頼にはよくあることだ。そして稀にこうした指名手配犯の捕縛がギルドに依頼として舞い込む。依頼書に明記されている成功要件はここまでだが、下方にはしっかり【生死問わず】と記載されている。
大抵の冒険者は顔だけを覚えるだけだ。というのも捕まえることができれば大きいがほとんどは見つけることすらできずに終わることのほうが多い。ただの徒労で終わることを考えれば地道に依頼をこなしていったほうが現実的だというのは冒険者を長いことしていればわかることだ。
だから彼らが指名手配されている女を見つけた時はついに運が向いてきたと感じたとしても仕方のないことだった。
薄暗い中から目当ての人物が姿を見せた時はそれこそ今すぐ飛び出してしまいそうなほど鳥肌が立っていた。どんな相手でも油断はできない、それぐらいには彼らも経験を積んできた。
それを証明するかのように腕に巻かれているプレートの翠色がいくつも光り輝く。
さすがに彼の伝手では同じランクの冒険者を集めるのが精一杯だった。というのも手柄を横取りされては堪らないという私欲に駆られた決断だ。逆に下位ランクを連れて来ても不平不満が湧く。逆に上位ランカーを呼べたとしても漁夫の利を得ようとするれば判断が鈍ることを知っている。
最初から均等に分配する前提で話しているのだから大勢が取り囲でいる中でも彼は逸る気を抑えることができた。
「どうする? 追うか?」
そうメンバーの一人が小声で問い掛ける。
この場には彼をリーダーとして長年組んだ来た【ボエンス】のメンバーがいる。基本的に4・5人でチームを組むのが最も効率的であり【ボエンス】のメンバーもそれに洩れない。
リーダーの男が仲間を見渡し伸ばしている髭を震わせた。自分も含めてこの場には3人しかいなかった。この【ボエンス】では前衛と後衛で計4人で構成されているのだ。
「それよりもアイツは何で来ないんだ。こんな機会滅多にないぞ」
「いや、声を掛けたんだが、気乗りしないとかで遅くなるってよ」
リーダーとしても目に余るのはずっと前からだ。それでも正式な依頼を受諾すればしっかりと仕事を果たしてくれる。何よりもこのメンバーの中で圧倒的な実力があり、そのおかげBランクでも難しいような任務を達成できているのだから多少の事は目を瞑って来たのだ。
その人物だけは【ボエンス】内で唯一のCランク淡青色が入ったプレートを持っている。しかし、その実力は彼らの中でも頭一つ二つ跳び抜けていた。未だにCランク冒険者であるかは疑問だったが、メンバーの補充を必要としていた彼ら【ボエンス】にとってかなりの拾い物だと思わせたのだ
今回は額が額だけに全員で当たりたかったが依頼というわけではない。そういう意味でも急な招集に応じずとも文句は言えないのだろう。
ただリーダーとして一言二言あって然るべきだとも思っていた。仲間の不和は不信の元だ。そうなればチームとして活動するのは難しい。
冒険者とは信頼できる仲間があってこそ成り立つ職業でもある。中には例外もあるが、ほとんどのチームはそうして生き残っていた。
「遅れた分は分け前から引いておくか」
「そうしましょう。アイツもそれでいいと言っていましたから」
仲間が先んじて分配に付いて説明していたようだ。報酬に関しては揉め事が多いため、事前に決めておくのは当然の措置である。
ただ、それだけに他のメンバーも一物抱えているのも確かだろう。
「西門から出てってた奴らは?」
「こっちより遅いはずだ。今出れば丁度挟みこめるぞ」
「良し、てめぇら準備はいいな」
それぞれ武器に手を添えて頷く。
他のチームも準備は出来ているようだ。彼らのいる南門からは3チームが合流し、西からは更に2チーム。Bランクが総勢20名程で事に当たる。
男たちは一人当たりの配分を計算していることだろう。細かく計算する必要はなく大雑把でも良いのだ、新白金硬貨が数枚、それだけで涎を堪えるのに苦労するのだから。
新しい武器を買うのもよし、いっそ魔法具を買ってしまうおうか。そうなればBランクともおさらばに違いない。
そう考えたのは【ボエンス】のメンバーだけではないはずだ。
男は髭をジョリジョリと擦る。随分長かったと感慨深くもあるのだ。
冒険者になってから二十年、この仕事にもプライドがあり、腕に覚えもあった彼は若くして冒険者に夢を見て踏み出した。
仲間を何人も入れ替え、繰り返したことだろうか。それでも自分だけは今日まで生きている。すなわちそれなりの実力があるということだ。こんなBランクでいつまでも立ち止まっている器ではないと言い聞かせてきた。
武器も草臥れ、そろそろ代え時だったのだ。彼が見た夢は今そこまで……手の届く位置にある。
柄を握る手にも力が入った。
指名手配されている女は囮だ、必ず一緒にいると踏んだ大物……シオン・フリードは見事に釣れた。もう躊躇うことは何もない。
仲間にジェスチャーで合図を告げ木を背に慎重に動く、他のチームが逸る気持ちを抑えきれず先行しても彼には止める権利もなければ、気持ちがわからなくもない。
だからリーダーである男はメンバー全員に見えるように手を木々の中へと大きく振った。
(良い所はもってかせぇぞ)
ニタリと持ち上げる頬に男は鼠を刈る猫のような狩人の笑みを張り付け、奥へと走り出した。
大口を開けて薄暗い闇の中へと誘われていくように。




