フィンテル
朝日が昇る時間帯でようやく次の街が見えてきた。その間、魔物との戦闘はない。正確には魔物はいたがシオンの鋭敏な感覚で全て戦闘を回避したのだ。
ユイネの話ではアースウェイン法国内で王都に次いで二番目に大きい街だという。城塞都市【フィンテル】集落を除けば国境に最も近い街である。
ユイネは途中から疲れを見せたので今の今までずっと周に背負われていたのだ。途中からぐっすりと眠っている状態だったため、揺れを気にした周もさすがに目を覚まさないとあってだいぶ速度を出した結果、本来向かうはずだった街を一つ越えたことになる。
単純にどこまで速度を出せるか、また疲労の度合いを確認するためだった。しかし、予想に反して呼吸が乱れはするものの数秒で落ち着く有様にこれ以上は確かめようがないと断念したのだ。
開門の時間は過ぎていると思われたため、周は街には入らず近くでユイネを待つことにした。身なりで言えば彼女ならばまだ不審がられないだろう。
ただどうしても周には一つ気になることがあった。
(何もなければいいけど……)
木の上から俯瞰するように門扉を往来する人の多さに吃驚しながらも注意深く観察する。
周が気になっていることはシオンが指名手配されていてユイネはされていないはずがないということだった。
一応事前の打ち合わせで優先して着る物だけを買ってくるように言い伝えてはいるが、不安は増す一方だ。復讐を成し遂げる前に恩人に死なれたのでは興醒めも良い所だろう。
恩人を守ってこそ気兼ねなく復讐に徹せられるというものだ。
だからというわけではないが、こうして民衆の往来を見ているだけで不快感が湧いてくる。数多繰り返した周にとって自分の処刑を見にきて歓喜する屑だと思っている。あの罵声の渦が耳元で反響するだけで殺意が湧いてくるというものだ。
快楽だけを求めるのならば人間というだけで十分殺すに足る理由なのかもしれない。
しかし、周を助けてくれた恩人がいるように神に対して復讐をするのならば有象無象を気にしている暇はない。こんなにも繁殖してしまったのだから。
やはりそう決断を急ぐのは早計なのだろうと、文字通りゴミ粒のような虫を冷ややかに見降ろしていた。
紛れるようにして出ていく男たちの一団に周は視線を固定する。
(あれが冒険者か……)
路地裏で見たような名ばかりの冒険者ではなく、見ただけで研鑽された雰囲気を纏っている。前に位置取る二人は王都で見た兵士の甲冑よりも硬質な印象を持つ。それだけ傷が目立っていた。
一人は両手用の大剣を背中に担ぎ、もう一人は腕にバックラー、腰には細みの剣が刺さっている。
前衛二人の背後にもう二人いた。
こちらは軽装と呼べる格好で首から下げた聖印が気になる。処刑場で見た司教とは違うが、神官のような印象を受ける。
もう一人は見るからに魔法を使います、と言った風体だった。杖は持っていないがこれと言った武器も持っていなかった。
(はて、冒険者がどれほどの実力か、気になるな)
復讐を成し遂げるためにもやはり冒険者は邪魔な存在になりかねない。現に国から指名手配の通達がいっているのも原因だろう。
シオンが常識外の強さを持っていることは十分理解できたが、冒険者や国で名を馳せるほどの実力者と比べるとどうなのだろうか、という疑問は至極当然だ。
最高のパフォーマンスは自分が圧倒的優位に立ってこそ成立すると周は考えている。一般人よりも強いが冒険者よりも弱いのでは何もできない。
そういう意味でもシオンはぐにゃりと口角を上げた。
「腕試しに殺しに行ってみるか」
ユイネを待つという思考は一端忘却へと誘われたが完全に忘れずに済んだのは本当にたまたまで以外に優秀だったということなのだろうこの場合。
(――――気付かれたか?)
かなり不自然な光景だが、冒険者4人組みは道のど真ん中で身を屈めて臨戦態勢に入った。さすがに剣を抜くということはないが、明らかにシオンに警戒したことは確かだろう。
ただ場所までは特定できていないようだ。全方位に警戒の視線を振り撒き不審な目を向けて通り過ぎていく人々を注意深く観察しているようだ。
それもそのはず、シオンがいるのは城門から200mはあるのだから。
この場合は気付かなくても仕方のないこと、ただ周からは丸見えな状態だが。
(明らかにあのボンクラとは違うな、戦い慣れている)
こうして見るとシオンの思考は冷静だった。何故そんなことがわかるのかと言えば周自身不明だが、脳内では殺すための段取りが組まれていく。
もちろん実行に移す気などない。
「強そうだ……けど」
今の動きが研鑽された動きだということはわかるが、それでは明らかに不十分だった。気を削がれたという風に周は視線を逸らす。
すると数分ほどその状態で警戒していた冒険者たちだったが、ゆっくりと【フィンテル】に戻って行った。
今出てきたことを考えれば、悪いことをしたような気にもなってくる。これから仕事に行くところだったのかもしれない。
冒険者とは綱渡りのような状況に身を置く者、一時の不安や予感を重んじる。そういう物なのかもしれないと周は考えを改めた。
常に危険な状況下に身を置くということは風の噂程度でも慎重にならなければ生きていけないのかもしれないと。
そういう意味では実力の程が知れたとはいえ、予想以上に厄介な連中だと思う。
ユイネの話では冒険者と言えど一括りにすることはできないらしい。ランクがあるのだ、それは実力が物を言う冒険者にとっての格付けである。
必ず身体のどこかに冒険者を証明するプレートを身に付けているらしい。ランクは全部で8つに分類される。
今の冒険者の一人の腕に付いていたプレートを思い出す。
(少し青みが掛かった石が3つ……確か青はカルセドニだったか……?)
周はFからSSまでを数え、カルセドニの石が与えられるランクを計算し、
(カルセドニはC級冒険者か……)
さすがにあれに後れを取るとは思えなかったが、SSランクの冒険者の力は推測しかねる。やはり実際に見ないことには何もわからないだろう。
冒険者だった場合はプレートに埋め込まれている石の種類でランク判別ができる。ランクが高いほど稀少な石へとなっていくらしい。
靄が掛かった淡青色【カルセドニ】がCランク冒険者であり、その上にBランク翠色の【ヒスイ】、Aランク鮮紅色の【アルカディス】、Sランク漆黒の黒曜石【クロサイト】、SSランクは光を内包すると言われている【エーテル】である。カルセドニの下にも二つほどあるが、周は覚える必要がないとばかりに聞き流していた。
蛇足だが、Fランクが原石【クウォーツ】、Eランク透明色【クリスタル】という具合になっている。
ユイネが全然姿を現さないことに焦燥感を感じ始めた時、丁度戻って行く一団と入れ違いでユイネが掛け足で出てくる姿を見つけた。
しかし、周はその背後に視線を移してため息を安堵と共に溢す。
一先ずは無事だということ、もう一つは……。




