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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第1章 「芽吹きの狂花」
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脅威の掃討、そんな姿を見て……

硬貨の表記を一部変更しました。

白銀硬貨を白金硬貨へと変更しました。価値は以前の表記と変わりありません。名前だけ変更です。

 魔物とは言え所詮は獣だ。

 もちろん普通の獣よりいくらか凶悪なのだろうが、周にとっての違いはほとんどない。特にこのバトルウルフは少し犬を大きくした程度の可愛げのある動物だ。

 もちろん今の周だからこそそう思えてしまうのだが。

 当然、だからと言って手加減するほど周は優しくはない。というよりも人間だろうと魔物だろうと殺しに来るからには相応の覚悟を持って然るべきだ。



 だからこの場では確実に命を絶ってもその方法は手心が加わっていると言えた。



 気が付けば本能なのか出方を窺っているバトルウルフに周は自ら進んで狩りに打って出ている。

 そして――。



「ユイネ、もういいぞ」



 そう言っても返事が返ってこず、周は訝しむように見上げた。

 何故か見下ろされる視線に覚えがない周は眉頭を寄せて小首を傾げる。そんな姿にユイネは肩を竦めるのだった。



「こんな高い所一人で降りられるわけないじゃないですか、足が届く所に枝もないですし」

「あっ! 悪い悪い」



 そう言うと僅かに足をたわめただけで一気に枝へと飛び乗る。それこそ階段を軽やかに上るような動作だった。



「シオンさん、凄く強いんですね」

「あ、うん、まぁな……それより降りるぞ」



 今度は両手で抱っこしてもユイネからは異論の声は上がらない。

 そっと足から降ろしてあげると彼女はボソッと呟いた。



「私が助けなくてもシオンさんなら自力で脱出できたんじゃないですか?」

「それは違う!」



 思いのほかきつい返しをしてしまったが、これだけは正さなければいけない。

 あの場でしか助からなかったと断言できるからだ。周だからこそわかる。擦り切れた思念が漂う常闇の中で抵抗なんて手段はあと何万回続こうとも取りはしなかったと言い切れた。

 それほどまでに全てがどうでもよく、殺される瞬間をドラマのワンシーンのように当事者たちから一歩引いた世界から見ていたのだ。

 興味を失くし、関心を捨て、感覚を欠落させた。そんな世界で考えることと言えば達成されるはずがないとわかっている復讐だけだったのだ。


 どんな形であるにせよ周を止まった世界から解放したのはユイネなのだ。

 が、しかしそれを馬鹿正直に伝えたとしてもわかるはずがない。



「本当に諦めていたから、ユイネが助けに来てくれなければ俺は確実に処刑されていた」

「本当ですかぁ~」



 このあからさまに眇められた目を向けられてユイネが本気で言っているわけじゃないことがわかる。最初はあれほど恐れを抱いていたはずだったのにたった数時間で打ち解けあえたのは良いことだったのだろうか。



 腰を曲げて周の顔を覗き込むユイネは無邪気に頬を持ち上げていた。

 たとえ冗談だったとしても、彼女に今伝えられる精一杯の感謝はどれほど伝わっただろうか。

 そう思いながら周はふぅとため息を吐いて見せた。



 そしてユイネは徐にバトルウルフの死体に近づいて腰を降ろす。



「何をしてるんだユイネ?」

「父の教えで命を奪ったことに対して黙祷を捧げるんです……ごめんさない、気分を悪くされましたか?」

「いいや、それぐらいは構わないが俺はしないぞ」

「はい……これは神に、というよりも生命を育んできた自然に対しての習慣のようなものなんです。少しだけ待っていてくださいね」



 知らず周は顔を顰めていたのだろうか。

 そんなことを思いながら十秒ほど待つとユイネはそっと立ち上った。



「それにしてもこれどうしましょう?」

「腹が減ったのか?」

「少しだけ……でも食べられるんですか? 一部の魔物の肉は臭いって聞きますけど」

「知らん。俺に聞くな、というか調理道具も何もないじゃないか」

「あ、そうでした。でもそうすると……」



 顎に手を当てて考えだしたユイネに周はため息を溢しながらゆっくりと先を歩き出した。



「待って下さいシオンさん。確か、冒険者とかだと毛皮を剥いで売ったりしていると聞きますよ。それに冒険者組合、ギルドなんかで依頼になっていた場合は成功の証を見せれば登録していなくても半額は貰えるはずです」



 そんな言葉を聞けば周の食指が動くのは必然だ。

 金銭目的ではないが。



「さっきも出てきたけど冒険者って何だ?」

「冒険者ですか?」



 それすらも忘れてしまったのかとユイネは思ったのだろう。しかし、意図して間を開けずに口を開いた。



「冒険者はですね各国に置かれるギルドからの依頼を請け負う人たちのことですね。その成功報酬で身を立てていると言えば良いでしょうか。先ほども他種族の一部が冒険者となっているというのは冒険者組合自体が国とは無縁の不干渉の立場で中立だからです。お互いに干渉せずとなっていますが、国に支部を置く為にある程度の譲歩として国はギルドに対して閉鎖的ではなく一般の依頼として受理することになっています」

「だからか……」



 周は裏路地でシオンのことを知っていた者たちのことを思い出す。

 彼らが冒険者だからとすれば納得がいく。



「ユイネが気絶している時に俺を狙ってきた奴らがいたんだが、そいつらが俺の懸賞金を教えてくれたんだ。となると冒険者組合? では既に依頼として俺は指名手配されていることになるのか」

「……可能性は高いと思います」



 「まっ、適当にあしらったけどな」と付け加えればユイネは胸を撫で下ろす。

 一人だけだが、は余計な一言なのだろう。



 周は気疲れを感じ、話題の転換を図った。



「それよりもユイネは殺すのはダメでも皮を剥いだりは平気なのか?」

「えぇ、もちろんです。そうじゃなきゃ村ではやっていけませんよ?」



 さも当然のように言うが、それはそれで怖いものじゃないのかと思っていると。

 察したおかユイネは儚そうな笑みを浮かべる。



「確かに必要以上に命を殺めることは悲しいですけど、生きていくために最低限の殺傷は必要なことだと思っています。もちろん食べていくためですよ。ただ……やっぱりあるものがなくなるというのは心苦しさがあります。それが本当にかけがえのない物なら尚更……」



 周はそんなユイネの言葉を聞き流していた。正確には感化されることがなかったと言えばいいだろうか。

 彼女とは決定的に相容れないのだと、そう思いながら「そうか」と淡白に返しただけだった。



「でも、何も持っていないんだからどうすることもできないだろ?」

「いえ、確か……」



 そういうと両手でバトルウルフの口を開く。こういう所は以外に度胸がある。



「身体の一部で証明することができるのですが、バトルウルフは以上に発達した犬歯が二本あるはずです。それを持っていけ、ば……んんん~」



 ぬるぬるしているのか、いや、普通に考えて女性の力では抜くことはできないだろう。折るという選択もあったはずだが、ユイネはシオンへと助けを求めるような眼差しを向けてきた。



 周は髪を掻き上げてしょうがないとばかりに一歩ずれたユイネの隣に腰を降ろす。

 彼女が両手で口を開けている隙に片手を差し込み二指で犬歯を掴んだ。

 そして捩じるように引き抜くとあっさりと犬歯が抜ける。もうこの程度では驚きすらしない。人体を容易く粉砕する力があるのだ、指圧が強くて当然だ。

 寧ろ割れてやしないかと観察する。



「やりましたねシオンさん、これだけの数です今後の旅の足しになりますよ」

「これがねぇ~」



 ねっとりとした粘液が付いた犬歯を顰め面で見つめているとユイネが可笑しそうにクスリと笑う。



「何か不味かったか?」

「いえ、ち、違うんです。シオンさんはそういうのが苦手なのかなぁ~って思ったら可笑しくなっちゃって」



 ひょいっと周から犬歯を取るとはにかんでボソリと「その気持ちを忘れないでくださいね」と発した。



「どういう……」

「あっ! これだけ数があると持ち切れないですね。シオンさんの腰にある布を頂いてもいいですか?」

「あ、あぁ構わないけど……」



 路地裏で破いてきた衣類の一部が役に立つというのであれば別にそれは構わない。

 ただ遮られた言葉を周は再度口に出して問うことを躊躇った。意図が良く分からない台詞を深く考えてしまうことが自分の中にある何かに触れてしまいそうだったのだ。




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