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処刑から始まる神殺しの起源  作者: イズシロ
第1章 「芽吹きの狂花」
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揺るがない誓い~存在意義~

「…………」



 周は徐に歩き出す。その後をユイネも返答を待っているのだろう無言で続いた。

 月明かりのおかげでまったく見えないということもないし、馬車が通って行った道に沿っているのだから道に迷うということもないだろう。



「罪か……君にはそう見えるのか……いや、罪なんだろうな。でも俺はやめない。神という存在がどんなモノであろうと苦痛を与え続けるだけだ。そしていずれ殺す」



 それが実際に胸に刃を突き立てて殺害することなのかもわからないが、周の決意は揺るぎようがない程硬く不動を貫いた。

 何万回と繰り返した常闇の空間でそれだけを願ってきたのだ。それだけに縋って来たのだ。

 殺すことができればまたあの永劫続く輪廻に戻っても良いとさえ思えるほどに憎んで憎んで憎悪した。



 たとえ恩人であるユイネに言われたとしても変えようのない存在意義なのだ。



「あんたに復讐を手伝えとは言わない。でも口出しはさせない!」



 一拍、いや数十秒もの沈黙が続き、乾いた足音だけが響く。

 気まずい雰囲気であるが、周にとってもこれだけは譲れないことだった。特別仲良くする必要はない、これから山となる屍を築き上げるのだから。



 しかし――。



「わかりました。私は何も言いません。何も言えません。でも……」



 震えるようなか細い声に周は足を止めて振り返った。



「ユイネ……」

「でも……できるだけ私がいる所では楽に死なせて上げてもらえませんか? やっぱり人が死ぬのは怖いですし……ぃ……たい……ですし……」



 語尾に向かっての言葉はほとんど声として発せられられない。弱々しく胸を締め付けられるように息苦しさを周に感じさせた。



 彼としても普通の人間である彼女をいつまでも連れ回すつもりはない。

 それこそ酷というものだ。残酷というものだ。

 周のように鎮火することのない業火を宿していない者には凄惨過ぎるだろう。追手の手が届かない場所まで送り届け、安全であることがわかればきっと大丈夫なはずだ。



 頽折れそうで青白い顔をしたユイネに周は慌てて近寄った。



「おい! やっぱりどこか痛めていたのか!」



 気を失った時の彼女もうなされるように苦痛に顔を歪めていたのだ。

 しかし、彼女は楚々として顔を横に振った。



「本当に大丈夫です。ただ少し刺激が強すぎました」



 無理に笑おうとするユイネを見ているとチクリとした罪悪感を唯一感じさせる。あの場ではどうすることもできなかった。いや、狂乱に浸っていてそこまで考えていなかったのだ。



 そう考えると今後も十分考えられる。周は殺すことに何の躊躇いを見せなかったが、恩人である彼女を苦しめる行為は自重すべきなのかもしれないと思い始めた。



「まだ起きたばかりだ。無理をしても良いことはない、抱えてやる」

「えっ――! いえ、もう本当に大丈夫ですって」



 シオンの腕は前に突き出されていた。そこに乗れと言うことなのだろうが、ユイネは恥ずかしそうに頬を染めた。つまりはお姫様抱っこだったからだ。



「早くしろ」

「あ、あの~だったらおんぶではダメですか?」



 周としてもそれは血まみれの服では気持ち悪いだろうと思ったから抱っこという選択をしたまでなのだが、彼女が良いと言うのであれば否応もない。



 片膝立ちで背を向けたシオンにユイネは背中に流れる黒い髪を掬い上げた。



「シオンさんの髪って綺麗ですよね」

「血を吸ってるけどな……」

「はははっ……」



 ユイネは漆黒の髪を纏めて肩から前へと流す。髪の上からでは痛いだろうという配慮だ。



 周からしてみればそんな気遣いと言葉は嬉しくすらあった。

 体重を預けられる感覚、自分よりも温かい体温が背中に広がっていく。事、周に関して言えば生前は健全な一男子だったが、長い繰り返しの中で様々な感情を欠落させていったため、ユイネの花のような香りすら投影されない。



 ほとんど重みを感じない動作で立ち上り、歩き出した。もちろん失礼がないような社交辞令、巧言令色などではなく本当に重さを感じない。支えているという感覚があるがほとんど力を要さないのだ。

 つくづく凄まじい身体能力だな、と思うのだった。



「ユイネ、まずは法国を出たいんだけどどこに向かえばいい?」

「法国は三大国の一つですからかなりの距離がありますよ?」

「でも、このままじゃいずれ見つかるだろ」

「それもそうですね。信仰が薄いということならフェリテローゼ王国が一番安全かもしれません。法国は各国に対して中立的な位置付けになっていますが、実情は国境を越えて異端者を捕縛しています。【クルストゥエリア神】を唯一神としているアースウェイン法国は各国にある神器を集めて一つにすることを目標にもしています。その点では他国は一線を敷いている状況なんです。ただ工作員として派兵されているという話は聞きますね」

「まぁ、そこまで行けば法国ほど危険じゃないか」

「はい、フェリテローゼ王国は東にあります。それに商人が入りやすいように整備がされているので入国するのも難しくないかもしれません」



 これらの情報は非常にありがたい。一人だけならばどこへ向かえばいいのかもわからなかっただろう。

 しかし、やはり不自然に思う。詮索するつもりはない、助けてくれただけでも十分だ、これ以上のことは欲張り過ぎるだろう。

 しかし、含ませるような言葉にはなってしまった。



「本当にユイネは博識だな」

「そ、そうでしょうか」



 どの世界に工作員を派兵しているなんてことを村娘が知っているのか。この疑問は当然周の中で噛み砕かれ呑み込まれた。



「博識ついでに教えてほしいんだけど」

「はい? なんでしょうか、私が知っていることなら……」

「ユイネのポケットに入れたお金のことなんだけど」

「え?」



 あまり揺れないように歩く背中で、少しだけ身じろぎしたユイネはポケットから数枚の硬貨を取り出し、息を呑む。



「シ・オ・ンさ~ん。これ盗んだんじゃないですよね」

「ん、あぁ、拾った」



 背中から突き刺さるじっとりとした視線に周は居心地の悪さを感じる。本当のことを言ってもよかったが何分2名ほど殺しているのだ。

 まだ拾ったと言った方が受ける印象としてはマシだろう。

 当然、後ろから突き刺さる視線は猜疑心に満ちていたのだが。



「ま、そんなことよりもお金に付いての知識も忘れたみたいなんだ。手間だろうけど教えて貰えると助かる」



 「もう~」と呆れ混じりのため息を吐き出した後。



「1、3っと……銅貨が3枚に銀貨が6枚分ですね……結構な額ですよ?」

「そ、そうなのか?」



 そんな額を拾ったというのはやはり無理があるようだ。しかし、ユイネは特に一層鋭い視線をぶつけるだけで追及することなく説明し始めた。



「基本的には全ての硬貨は銅、銀、金、白金の順で一律十倍が相場です。各国によってや両替商によっても少し変動しますが。それに加えて全ての硬化の半分、え~とつまり二分の一、四分の一硬化もあります。これは個人ではできないのでやらないでくださいね」

「今、出来ないって言っただろ」

「わかりました。白金硬貨が一番価値がありますが、各国が製造する刻印入りの新白金硬貨が一番の価値があるんです。そこまで行くとほとんど出回らないですよ。白金硬貨でさえ私も見た事ありません」

「へ~じゃ~俺の首に刻印入り新白金硬貨100枚ってのは相当じゃないのか?」

「え! えええぇぇぇぇ!!!」



 ゴクリと耳元で鳴る音を周は確かに聞いた。



「変なことを考えるなよ」

「シオンさん……それ失礼ですよね。私、命を張って助けたんですけど」

「ユイネも捕まるかもしれないからな、面倒なことになる」



 その言葉を聞いた彼女は背中にしがみ付いて顔を近づけた。



「しませんけど……私がシオンさんを騙したとしてもシオンさんは私を助けるんですか?」

「もちろん、ユイネは俺に助けられたと言ったけど、俺に記憶がない以上俺が恩人であるユイネを助けるのは当然のことだ。裏切られてもそれが覆るわけじゃない」

「本当に悪い人なんですか?」

「悪い人だな。最凶最悪だ」

「ふふっ…………それにしても新白金硬貨100枚って一体何をしたんですか? 多分ですけど聞いたこともない懸賞金額ですよ」

「俺が聞きたいな、結構なことはしたけど、そもそも俺は何をして処刑されるに至ったんだ?」

「さぁ……」

「ユイネは俺が大罪人かもしれないのに助けたのか……?」



 呆れて言葉が出ないとはこのことだろう。そのおかげでもあるのだが。



「はい。私が先に命を救われたのですから……」



 そういう物なのか? と思ったが現に今、周は同じことをすると言っているのだ。自分は良くて他はダメなんてのは通らないだろう。

 ただ、周の狂った思考が正しいとは思えないが。



「それよりもシオンさん、次の街で服をなんとかしないとどこにも行けないですよ。幸いにも服ぐらいならば対した出費になりませんし、宿に止まることもできますけど」

「いや、先を急ぎたいから、服と食糧だけ調達して早くこの国を出よう」

「はい……」



 月明かりの下、シオンはユイネを背負い林の中を進んだ。

 復讐以外のことに思考を傾けられるのは不思議と悪い気がしない。それでも片隅では常に報いを受けさせると言う思念が怨念のように燻っていた。



 当分の目標はこの世界の知識とユイネが安全に身を隠せる場所を探すことだ。


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