目指すモノ
周は内心で口を挟みたい気持ちを抑え込む。
ユイネは本当にどこにでもいる普通の村娘だったわけだ。話を聞いた限りでは彼女の認識では法国民ということなのだろう。だから神にも祈る。
ユイネを助けたシオンの性格も何をしにその村に立ち寄ったのかもわからない。今のシオン――周はこれだけは言わなければ、というか我慢することができなかった。
「ユイネ、俺も良く分からないんだけど、俺が君を助けたのは神に導かれたからでも、君が祈ったからでもない」
全てが神の掌の上なんてのはまっぴらご免だ。そんなことがあっていいはずがない。村を救ったのも周になる前のシオンが自分で考え行動した結果だ。
だから、周はシオンとユイネに感謝しても神には唾を吐かなければならない。
しかし、気持ち怒気が籠ってしまった声音をユイネは噛み締めるように。
「はい。わかっています。私がそう感じたというだけです。そうですね、神様と言えば【クルストゥエリア神】ですけど…………私が感じたというのはシオンさんが神様のように見えたということです」
微笑を浮かべるユイネに周はこれ以上何を言ってもダメだろうと感じた。確かにそう思うのは個人の勝手で価値観を押し付けることはできない。
周は神を信仰し崇拝する者は殺すつもりでいたが、事ユイネに関しては例外にしなければいけない。
自分を神と同列視されるのは非常に遺憾だが、それも我慢しなければいけないのだろう。などと考えていると。
「シオンさんは神様が嫌いなのですか?
「ああ、嫌いなんてものじゃない……」
「だから司教様も……その……」
「殺す。せっかく助けてくれたのに悪いとは思うけど、俺がすることはたった一つだけだ」
「…………」
ユイネは口を引き結んで続きを待つ。その顔はやはり恐怖の色を湛えていた。
「神を殺すことだ。神に俺が味わった苦痛を与えることだ」
「【クルストゥエリア】にですか!?」
「そうだ」
「じ、実在していたのですね」
「さぁな、でも司教は信徒を殺せば神に背くと言っていた。だからもっとこの世界のことを知らなきゃいけない」
「…………」
周は今シオンであることをすっかり忘れていた。あまりに不自然な単語が出てしまったことに気付くと恐る恐るユイネを見る。
この世界で生きてきたシオンにとって知らなきゃいけないなんてのは不可解な発言だ。
しかし、彼女は顔を俯かせて一言。
「そうですか、そうですよね」ボソリと呟いた。
「え? ユイネは信徒だろ? もちろん君に関しては返し切れないほどの恩があるから何もしないけど」
「すみません、それほどまでに苦痛…………」
「は?」
「だから、その捕まってから非道なことを……」
「そのことか、今はなんともな、い」
そう、身体の傷はまったくと言って良いほど治癒しているのだ。痛みを感じない周でもまったくというわけではない。無意識に痛覚がシャットダウンされるのであって擦り傷なんかの軽傷は圧迫されるような感覚がある。
だが、今は、というか路地裏の時点で全ての傷は塞がっていたように思う。
これもシオンという身体になったからなのだろうか、と解消し得ない疑問がまた一つ追加された。
ユイネは神を周が恨むにあたって信奉する法国で非道な拷問にあったのだろうと勘違いしている。
「俺のことはいいとしてユイネはあの場で死ぬつもりだったのか?」
「…………はい。先ほど信徒かとシオンさんは聞きましたね」
首肯して彼女の胸中を予想する。
信徒が神に背いたのだ、それは死を以て償うものなのかもしれない、と。
「信徒と言えば大袈裟なのですが、私が暮らしていた村では王都のように常に神と共になんて考えはないんです。本当に些細なこと、食事前や何か祝い事があった時に祈る程度なんです。私は法国という国でそれが当たり前だと思っていましたから……信徒、なのでしょうか?」
「俺が知るか」
「そうですよね。でも都合の良い時だけ祈りを捧げるのはきっと違うと思います。だから一度だけ逆らってみました」
空笑いを浮かべるユイネはそこまで背信という行為に打ちひしがれたのだろう。決死の覚悟でシオンを助けたのだ。自分の命を投げ打って。
「神様なんて碌なもんじゃないぞ」
「クルストゥエリア神に会ったことがあるんですか!!」
「どうだろうな、でも神は何もしてくれないだろ?」
ユイネは首を傾げて「へ?」という顔を向けた。
「シオンさん? 知らないんですか、さっきも世界がなんとかって……」
「い、いや……そ、そうそう……」
周はもう一つ都合の良い理由を思い付いた。
「実は記憶がなくて、だから君の村で俺が何をしに行ったのかもわからないんだ」
「―――――!!! もっと早く助けていれば……」
「い、いや、それはやめてくれ!」
全てが噛み合ってこそ周が今も生きていられるのだ、あんな杜撰な計画性もない救出劇では絶対と断言できるほどあの瞬間以外では何も変わらなかっただろう。
「ユイネには感謝しているし、過ぎたことをどうこう言っても始まらないだろ? 記憶は失くしたが生きているんだ二人ともな」
「そうですよ、ね。わかりましたシオンさんがそう言うのでしたら……それで【クルストゥエリア】が神様として信仰の対象になるのはそれなりの理由があるんです。もちろん私なんかじゃ本当かは判断できないんですけど」
周は「で?」と続きを促す。心なし期待しても仕方のないことだ。これからこの世界に付いて調べるに当たって大きな足掛かりとなるかもしれないのだから。
復讐が現実のモノとなるのかもしれないのだから、浮かれる気を抑え込むのは身体に悪いだろう。
「初めに【クルストゥエリア】がこの世界を創造したと言われています。同時にいくつもの種族がこの世界では息衝き始めました。その一つが人間である私たちなのですが、他の種族、特に魔物と呼ばれる存在も生存競争の中で生まれ人間とは敵対関係にあります。これは俗にモンスターと呼ばれるもので互いに疎通することなく来たんです。私の村でも群れを逸れたバトルウルフなんかも襲ってきた時がありました。本当はお互い不干渉なのが良いのでしょうけど……。ただ600年前に爆発的に魔物が増え、凶悪な魔物が現れるようになって【クルストゥエリア】は血肉を分けた人間と血肉で作った6つの神器を人類に与えたと言われています。神として崇められるのはその聖具が今も存在しているからです。神子を使徒と呼び、使徒は神器を唯一扱える存在と言われ、その一人が法国の最高神官長です。ただ今では最高神官長のことを神徒、それに仕える神器使いが使徒と呼ばれているようですけど、さらにそれら信仰の力を借りているのが司教であり神官と呼ばれる人たちなんです」
「…………ユイネは博識なんだな」
「そ、そうでしょうか? 昔からそう言い伝えられています、よ」
と言われれば周としてもそうなんだろうな、と思うしかないのだが。
これは思ってもみない収穫であるのは確かだ。この世界の知識に付いて学ぶ良い機会である。それに不思議と周自身もそうだと思えてくる節があった。
すでに既知としていたような感覚だ。
もっと、腰を据えて聞きたい所だがこんな場所で一夜を過ごすのは憚れるだろう。周だけならばともかくとして。
「一先ず場所を移そうか、ここもまだ法国内なんだろ? 夜が更けたとは言え俺は重罪人だからな」
「…………そうですよね」
ユイネは生き苦しそうにそう紡ぎ出した。
「悪いな君まで犯罪者にさせてしまって、最後まで責任は持つ。この国から離れて辺境で暮らすといいだろう。それまでは俺が守る」
「ありがとうございます。でもそうじゃないんです。私もそれぐらいの覚悟はあります。でもシオンさんはこれからも罪を重ねるのですか?」




