01-5 魔刃の煌めき_その刃は闇と共に血と踊る
5話です。そして長い。
(おまけもあるよ)←短いけどな
その男は人生に飽きていた。優秀過ぎたと自覚していたのが主な理由だろう。男は幼少期にこれではダメだと思い、趣味を探した。しかし、それは無意味だった。簡単すぎるから、その理由一つで彼はあらゆることを面白いとは感じることができなかった。彼は、通り魔・藤間明彦には生きているという実感がなかった。
そんな時だった。この異能力に目覚めたのは。正直、最初はこのチカラを恐れた。どんなものでも消滅させる自身のチカラは恐怖の対象にしかならなかった。しかし、その認識は少しずつ、そして確かに変わりだした。
-この異能力を使えば、何でも殺せるんじゃないのか?-
そう思い至ったのが発端だった。その認識は間違いではなく、目の前の生き物が一瞬で消滅した。虫、雀やネズミのような小動物、犬、猫、と、どんどん殺す対象が大きくなっていき、大学に入る頃には消滅させる相手が人間になっていた。
彼は初めて生き甲斐を見いだせた。殺すこと、消滅させること、それが楽しくてたまらなかった。何度も何度も繰り返しても飽きることがなかった。生きている実感がようやく湧いてきてくるのを感じていた。それからは、不定期的で気が向いた時に消滅してきた。その全てが愉快だった。今日、この日を除いて。
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深夜2時前 ビルの外
「……つまらん殺しだったな」
そんな感想しか出なかった。実際ここまで人を殺すのがつまらないと思ったのは初めてだった。藤間明彦は殺したあとに味わえる恍惚とした快感ではなく、言い様のない苛立ちを噛み締めながらそこを離れようとした。そして、ふと気付き、疑問が浮かぶ。
-あれだけの銃声があったのに警察がまだ動いていないのか?-
既に、戦闘終了から五分はたっている。戦闘を開始したのが20分ほど前で、しかも開始から発砲していた。時間的に考えればそろそろサイレンの音が聞こえてきてもいい頃合いだ。なのにサイレンどころか人の気配すらしない。
流石にこれはおかしい、そう考えるとだんだんと、不安が自身の内から湧いてくる。とにかくここからすぐにでも離れなければ。
そんな焦りを醒ますような声が響いた。
「いい夜だな」
「……う、うそだ」
その少年は外灯に照らされるように立っていた。焦げ茶色の髪。切れ長の目。滑り止め以外の使用方法が無さそうな指なしグローブ。そしてこの場にはひどく場違いな紺色のブレザータイプ制服。それら全てが先程殺した少年と同じだった。
「こんばんは、変態通り魔クソ野郎」
「ふざけるな!!私はお前を今、殺したぞ。殺したんだぞ。なのに何故、どうして貴様は生きているんだ!?」
「決まってるだろ。アンタが殺したのは俺じゃないからだ」
そう言って静かにビルの方へ指を指した。そこには裸の上にジーンズとワイシャツを着ているだけの黒髪の男と、白髪混じりの青年がビルの入口の前に座っていた。黒髪の男はタバコを吸いリラックスした様でこちらを見ていた。
「誰だ、お前らは……どうしてここにいる!」
「そこのガキにな依頼されたんだ。アンタに殺されろ、アンタのエサになれってな。だから、変装してまでこの状況のお膳立てをしてやったんだよ」
「僕は彼らの手伝いかな。警察が来ないようにしたりとか」
そこでようやく藤間は以前聞いた都市伝説のような話を思い出した。あり得ないと思い小バカにしていた話だ。
「お前が殺され屋か?」
「ご名答、察しが良くて助かる。こういう時、頭いい奴は便利だな」
そこで藤間はこの戦いの目的が理解できた。つまり彼らは私を殺すためにここへ誘き寄せたのだ。そして恐らくだが、ここで私が来なかったとしても他のやり方で私の命を奪っていただろう。しかし、しかしだ。それでも一つ疑問が残る。
「何故、貴様は消滅しない。先程、確かに私が消滅させたばずだぞ殺され屋」
「アホか、劣等。お前程度の奴に殺されて殺され屋が務まるとでも思ってんのか?あの程度で死ねたら俺はもっと前に死んでいる」
劣等、その言葉を聞いた瞬間、感じたことがないような殺意が体を巡った。
-劣等?この私が劣等だと?-
ほぼ無意識に光を放とうとした。が、
「おい、そろそろ行くぞ変態」
「なっ!?」
ゴッォン!!
頬を殴られ、三メートルほど飛ぶ。今まで受けたことがないような痛みと衝撃に耐えつつ立ち上がる。
「来いよ、殴られたんだから殴り返しに来い。痛ぇのも、痛めつけるのも、結構クセになるぜ」
「……殺す。お前らは絶対にここで殺してやる」
怒りと屈辱で燃え上がった感情を押さえるように呟き少年_殺人鬼の弟子と向かい合った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
灯吏は何の気負いもなくその場に立っていた。対する藤間は何の気負いもなく、とは決して言えなかった。
後ろにはまだ二人も控えている。この少年を援護する形でこちらを攻撃してくるかもしれないない。それに控えてるのが、彼ら二人だけとも限らない。
藤間はそのようなことを考え攻めあぐねていた。
「さっさと消滅させてみろ、出来るんだろう?倭さんがやられるのを見るまですっかり忘れてたよ。マスターに言われてようやく思い出したんだ」
「……貴様は私の異能力を知っているんだな」
「ああ、だいたいはな」
ならば、もう迷うことはない。そう判断し、光を放った。灯吏は三連続で出された、計六発の光を全て避け一気に距離を詰め手刀で喉元を狙った。それを後方へ体を反らすことで避け、再び光を放とうとする。しかし、灯吏は軽くもう一歩近づき軽く刺すに鳩尾辺りに手刀をたてた。そして、
「ハッ」
「グァハァッ!」
体から血が吹き出た。藤間はふらつきその場に倒れるのを耐え、距離をとった。
「やっぱり、久々にやるから上手くいかないな」
「何を……した?」
「手刀で軽く傷をつける。そのあとに傷の上に直接 掌底を叩き込んで、傷口を破壊する。分かりやすい人間の壊し方だ」
藤間は確信した。この少年は_灯吏は自分と違いこういった状況や戦いに馴れている。恐らく何十、もしかしたら何百と修羅場をくぐり抜け、その上でそれら大半以上を殺している。生き残っている。
-まずい、地力が違いすぎる。異能力以外での勝てる要素がまるで見当たらない-
灯吏との間合いを測りつつ、彼を殺す手段を思案する。
-確かに戦闘面ではありとあらゆる部分で私は彼に劣っている。認めたくないが、これは仕方がない事実だ。
しかし、彼は戦闘において玄人だ。だからこそ、素人以下である私には戦い方によってはこいつに勝ち目がある。戦いというものを知らないからこそ、そこに勝ち目を見いだせるんだ-
灯吏は構えておらず指先を血に濡らしながら、その場に立って藤間の出方を伺っている。
灯吏を殺すための策をいくつか考えつきその一つを実行しようとしたそのとき、いきなり灯吏が消えた。
「カットだ。いくら素人でも長すぎる」
「なっ!」
「あと驚き過ぎだ。これぐらいのことでいちいち声を荒げんな」
そう言って思い切りローキックが足に入る。痛みよりも重みで足が壊れそうだった。 崩れた体制で灯吏が先程まで立っていた場所を見てゾッとした。抉られたようにコンクリートの地面が蹴られていた。
「はぁはぁ……クソッ」
地力が違うとか、玄人と素人の差とか、そんな低次元のレベルの問題じゃなかった。無意識に理解してしまった。人間と人外の差を。
-逃げなければならない。逃げないと死ぬ。この少年に殺される
そんな現実を受け入れ消滅すためではなく逃げるために異能力を使おうとした。
「ああ、メンドくせぇな。倭さん、マスター。ビルの中に隠れてくれ。倭さんはともかくマスターはガチでヤバいから」
灯吏の大きくはないがよく通る声が響いた。灯吏は自身の凶器を取り出した。
戦いはもうじき終わるだろう。しかし、夜はまだ明けない。
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深夜2時前 ビルの中 篠崎灯吏の戦闘開始直前
「あるところに女の殺人鬼がいました」
「倭くん?」
マスターは疑問そうに倭へ顔を向けた。倭はそれに構わず話を続ける。
「彼女は人を殺したくないと願っていた。しかし、彼女は呼吸をするように人を殺す。己の殺意と意思でな。彼女は殺したくないが殺してしまう、その二律背反のような矛盾を抱えたまま殺し、そして生きてきた」
-そういえば倭くんは彼女のファンだったな
その事を思い出しながらマスターは倭の話を聞いていた。
「だからかな。彼女は自身の殺意を押さえつけるためにあることをした。自分より殺人や戦いの才能があるやつに、自分を越えさせ殺させることを彼女はやったんだ。つまり、彼女は殺人鬼を作ろうとしたんだ」
倭が三度目という言葉を選んだ理由。それはあの日、篠崎灯吏に殺されたその刹那に彼を、篠崎灯吏を殺人鬼に重ねてたからだ。彼女には1度会い、彼には2度会った。ならば三度目という言い回しが適切だろう。
「マスター。篠崎灯吏がなんで殺人鬼の弟子なのか分かるか?」
「いや、どうしてだい?灯吏君も十分な殺人鬼じゃないのか?僕にはそう思えるんだけど」
「違うんだよ、マスター。篠崎灯吏は殺人鬼じゃない。だって彼女は殺人鬼に似て非なる人間を作ったんだ。だから、あいつは殺人鬼じゃないんだよ」
『安らかに眠れ。穂坂倭』
あの日、彼女に殺されたあの瞬間。あの瞬間、俺は彼女に惚れたんだ。
「なぁ、マスター。俺はきっと今でも彼女に恋してるんだ。彼女に殺されたいって多分きっと誰よりも願っているんだ」
「……えっと、それは恋なのかい?」
「ああ、きっとな」
だから見守ろう。彼女が作った『殺人鬼』に最も近い『人間』である『人外』の戦いを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
-何だソレハ。欲しい、ほしい、ほしい、ホシイ。よこせよこせよこせよこせヨコセヨコセヨコセヨコセェェェ-
簡潔に言うならばその瞬間、藤間明彦は狂った。篠崎灯吏の凶器によって。
「やっぱそうなるか。少しは期待したんだぜ。狂わないんじゃないか、って」
篠崎灯吏が右手に持っていたものそれは自身に自身の師が渡した凶器だった。
片方の刃は刃物の完成形といっても差し支えがないほどの切れ味と輝きをもつ、シンプルな25cmほどの銀色の両刃。もう片方の刃は美術品としての完成された美しさをもつ黒と金の装飾で彩られた20cmほどの両刃。
その魔性の美しさもつ篠崎灯吏の凶器つまりその大鋏は人を狂わせる。人を殺したくなる衝動を掻き立てる、そんな魔刃だった。その魔刃は月に照らされ美しさを際立たせていた。それが藤間明彦をもっと狂わせる。
「それをヨコセェェェェ」
「やらねぇよ。女にはともかく凶器には一途でいたいんだよ、俺は」
後に名を捨てる直前の篠崎灯吏は彼のことをこう語った。
『人を越えたと酔っていた、人でしかない者の当然の末路』と
そしてこの一幕はそれを証明する一撃であり、一瞬だった。
「グゥゥァァァァァァァァァッッ!!」
すれ違いざま右腕を斬り飛ばした。血飛沫が雨のように舞う。藤間明彦だった殺意と狂気の塊は振り向き様に消滅の光を放った。しかし、それは理性があったときとは違い当てる気があるように思えない。あくまで鋏を奪い、それで殺す気なのだろう。そんなこと灯吏は許すはずもないが。
「ガァァァァァァッッッ!?」
「誰が一振りだけだと言った?」
両手に_右利き用と左利き用の違いこそあるが_同一の鋏を持ちその二振りで脇腹を切り裂いた。抉られたような傷跡ができ、をもう本来なら藤間は戦えないほどの重傷だ。だが、狂気に体を蝕まれた藤間にどんな傷も関係なかった。
「コロス」
そう言って左腕で殴りかかった。だが、その拳は宙を切った。
「アンタは、殺す、とそう言ったな」
「ッ!!」
灯吏は五メートルほど飛び上がり鋏を逆手に持ち、振りかぶりながら急降下してくる。藤間は光を放とうとするが出来なかった。血に濡れ、月夜に煌めくその魔刃とそれを持つ彼があまりにも綺麗だったから。そして、彼の次のセリフを死ぬ前に聞きたかったから。藤間明彦は最後の最後に正気に戻りかけた。戻る直前に全ては終わってしまったが。
「殺人犯が殺人鬼を殺しきれるわけないだろうがァッ!」
両肩を抉るように裂き、そのままし通り抜けるように全身を斬り壊し、跳躍しながら斬り上げ、藤間明彦だったナニかを殺し、戦いは終わった。
「レストインピース……って殺したあとに言うことでもないか」
事後処理と後日談を残し、通り魔・藤間明彦の事件は割りとあっさり終わった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
奴は死んだか、そう呟いてその場を去る。
私の復讐はこれで終わった。ならば覚悟を決めて彼らに全てを話さなくてはならない。私は彼らにならば殺されても文句は言えないだろうから。
その夜まるで分かっていたかのようなタイミングで彼らに、会わないかとメールで(恐らくハッキングでもしたのだろう)伝えられた。
-行くしかないな。彼らに会うために
そう覚悟を決めた。死ぬ覚悟と殺される覚悟を。
オマケ
殺人鬼の弟子の初期設定アンド没設定
・主役は倭
・灯吏は倭の助手で高校生ではない
・灯吏の武器は刀
エピローグのあとがきと人物設定でもっとここら辺詳しく書きます。
次回と次章もこの駄作者K糸と殺人鬼の弟子をよろしくお願いします