03-ExChapter 割りに合わない取引_敗北者と殺戮者
今日で十一月も終わり、そして気がついたらもう来年になってしまう……
あ、あとがきは予告です
「ふぁあ…………」
つまらない。そんな感想しかなかった。そもそも、こんな雑魚を殺す趣味は無いのだ。
「ホント、割りに合わないな」
殺戮者は血で汚れた左手で頭を掻きながら、ある青年に連絡をとった。その青年こそが殺戮者にこんな事を頼んだ依頼者だ。
「もしもしー、ぶっ殺したよ。そちらはどうだい?」
『お前仕事が遅いんだよ』
悪いな、そう言って笑う。近場にあった生首をボールのように思い切り蹴飛ばす。
『それで?全員殺したのか?』
「もちろん。ってかさ、お前も大概イカれてるよな。普通、女一人のためにここまでするか?」
『頭イカれてるのはお前だろ?割りに合ってない取り引きであそこまでの人間を殺し尽くすなんて。それに大切な一人とどうでも良い千人、どちらを選ぶなんて考えるまでもない。
そもそも彼女に手を出そうとしたのはそいつらだ。なら、今後のために報復しとくのは当然だと思うが?』
「意見は噛み合わないか。ま、お前の言っていることは分からなくもないよ。俺自身そういう覚えもあるしな。だけど、もうちょい愛でも持ちな。問答無用で皆殺しってさ、流石に酷いだろ?しかもやるのは俺だし」
ククッ、と可笑しそうに喉を震わせる。それは誰を思い出しているのか本人さえも分からない。その笑い声を聞きながら青年は電話越しに溜め息を漏らす。
『はいはい、分かったよ。で?クロウドハーツにはバレてないんだろうな?』
「安心しろ。知られたところで問題ない」
電話の向こうから何かを言いたげな雰囲気がしたが殺戮者は一言声をかけ、背後に控えている
「悪いな、少し面倒なことになりそうだから切るわ。じゃ、騎士王さんによろしく。鏖聖光」
『おい、待て!まだ、はな……ッ!』
何かを喚いていた志條湊を無視して電話を一方的に切る。
「よぉ、テメェら殺気ぐらい隠せ……って、おい!?」
自分へと狙いを定めた術式の光弾が降り注ぐ。それを軽く総て避けるとそこに居る集団へと言葉を投げる。
分かってはいたが面倒な連中だった。
教会の制服を自分の双頭の戦狗の制服とは違い崩さずに着こなし厳格そうに整列している狂信者が数十名。
中央の一人だけ制服に装飾が飾ってある女に声をかける。
「ったく手荒い挨拶だね。んじゃ、初めまして、こんにちわ。それで二度と会いたくないから早いところ失せてくれない?」
あくまでふざけた様子で。真正面から戦わないように。
女はそれが気に入らなかった。己の、己達の信仰を真っ向から否定する存在の一人にそのような口の叩かれ方をされれば、彼女ではない教会の人間は総じて目の前の漆黒の殺戮者に憎悪と殺意を抱くだろう。
だが、女は違う。殺戮者に対しては憎悪も殺意も嫌悪もある。しかし、勝てないと言う理由で逃げ腰を良しとする他の者達とは別格であると自負している。
確かに殺戮者は圧倒的に己達と総てが違う。勝てる見込みが零と言っても過言ではない。そう、殺戮者が相手ならば。
「ふざけるなよ、篠崎灯吏。貴様のようなゴミ屑を逃すわけ無いだろ。戯れ言も大概にしておけ」
今の状態で勝てないなら弱らせれば良い。殺戮者から篠崎灯吏へと。
「おっ、そっちの名前で呼ばれるのは久しぶりだな。過去の一切合切はかなり念入りに隠蔽したんだがな。何処で調べた?」
「……フン」
返答の代わりに再び光弾が迫る。その数は先ほどの比ではない。百や二百程度ではない。千を越える量だ。そして、その一弾一弾が人間をまるごと飲み込めるだけの質量とサイズだ。
全く、馬鹿げている。たかだか、この程度で俺を殺せる気なのか?
「雁首並べて揃いも揃って無能です、ってか?笑えねぇな、おい」
瞳の奥で刹那に深紅が煌めく。それは騎士王の瞳のように宝石めいた輝きではない。血のように、あるいは錆のように黒く濁りきった輝き、などとは口が裂けても言えない煌めきだった。
左腕の義手を一閃。それだけで総ての光弾が砕け散った。
その光景にあるものは動揺し、あるものは悔しそうに唇を噛み締める。それを知ってか知らずか殺戮者は大袈裟に腕を広げふざけるように言葉を放つ。
「レスト・イン・ピース。幸福なる最期をどうでも良い君達へと気が向いたら捧ようか。
あぁ、そう言えば俺の名前は誰から聞いた?そこだけ答えてくれ。言ってくれれば先刻あんなことを言った手前だが生きて帰してやるよ」
殺戮者は命を奪うつもりはない。しかし、逆に言うならば五体の内の四つは伐る、そう暗に伝える。そもそも、殺すと宣言しておきながらそれを一秒もしない内に撤回するような舌の軽さだ。殺さないと言う言葉も真に受けるべきではないだろう。
「知りたいのか?」
「気が向いたらで構わないさ。この提案にしたって君らが生き残る意思があるかどうかの確認のようなものだし」
だが、それでも女はまだ勝てると思っている。思い上がっている。だからこそ殺戮者への質問へ正直に答えた。
「日暮美夜」
「………………何?」
殺戮者はこの場で初めて嘲笑以外の感情を露にした。
「聞こえなかったか?なら、もう一度言ってやる。日暮美夜だ」
「バカな、なんて言えないか。お前らの内の誰かの解理か?」
「そうだな。死者を一時的に蘇らせる、それだけの能力だ。
にしても酷いな篠崎灯吏。自分の師をあんな風に殺すのか。全く、やはり貴さ……」
瞬間、篠崎灯吏の姿が残像となり消え失せ女の手足が斬り飛ばされた。
「悪いな。今から約束破るわ」
胴体だけになった女が何かを叫ぼうとしたが顔を踏み砕きそれを黙らせる。気持ち悪い生ぬるさが服の中に染み渡る。
女達は一つ勘違いをしていた。いくら篠崎灯吏が殺戮者に比べて弱いと言えど、それが即ち自分達の勝利へと繋がるとは限らない。
つまり、篠崎灯吏にさえ彼女達は劣っていた。
「テメェらの頭潰されたぐらいで狼狽えんなよ。殺し合いやっといて一人や二人死んだぐらいで逃げ腰になるなんてどんだけ舐めてんだ?百人死のうが千人死のうが一人でも生きてるんなら敵を殺しに行け素人ども」
女が死んだ事により後ろに控えていた集団が一気にどよめき出す。目の前でリーダーが一瞬で殺されたのならこうなるのが道理だろう。だが、殺戮者にはそんな話は知ったことではない。自分一人でも生きているのなら敵を殺す、それだけの意思がないと人殺しとしても兵士としても劣等だ。
「ま、もう君らには興味も殺意もないが灯吏としての俺を知られたんでね。_悪いな、死んでくれ」
篠崎灯吏と呼ばれた男は、己の為に無意味な殺戮を始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「感じの悪い切り方……」
湊は何も表示されてないディスプレイを一瞥し溜め息を吐く。冷めきったブラックコーヒーを一気に飲み干し、いつの間にか目の前に座っていた死狩刃の分のコーヒーも追加注文を頼む。
死狩刃は何の前置きも置かずにいきなり本題へと入る。
「シュライクとはどんな取り引きをしたんだ?」
「俺が奴にある情報を流す。その代わり俺が死んで欲しいと思っていた奴を殺すように頼んだ。俺が自分で殺しても良かったんだが色々と今は身動きが出来なくてね」
へぇと軽く相槌をつき運ばれてきたコーヒーに口をつける。
「死んだ連中はどうでも良いがお前は奴にどんな情報を流すつもりなんだ?いや、ものによってはライルに報告しなきゃならなくてな」
志條湊は口元だけに笑みを乗せ呟いた。
「俺の記憶」
何処か納得したように死狩刃は笑いその場を後にした。
ー彼らは各々武器を構え灯吏を囲むー
「俺が死ぬべきだと思うか?」
ーその問いに答えるわけもなく彼らは一斉に灯吏へと攻撃を開始する。だが、ー
「悪いが、お前達じゃ俺は殺せない」
殺人鬼の弟子 四章
「なんか殺され屋の仕事も久しぶりだな」
「灯吏君はあのお二人の事がお嫌いなのですか?」
「下手なストーカーも大概にしろ」
「いや、うん。普通は死ぬべきだよね」
「アカリちゃんの彼女さんなんてどう?」
「マスター、篠崎灯吏を殺害してもよろしいですか?」
「緋室、この人を連れて出来るだけここから遠くへ行ってくれ」
「三対二だ。数ではそちらの方が有利なんだ。逃げるなよ?」
戦乙女の憂鬱 《Shrike And Valkyrie》
「『我が本身へ捧ぐ』」




