03-5 殺戮者の胎動(前編)_悪夢の崩落
八月も後半なのに暑い……皆さんも熱中症とか脱水症状とか注意してください。きっと九月になっても暑いままでしょうから……いつまで続くんだよ
「あぁ~、目覚めた直後に死神を見るなんて俺ももう終わりか」
「誰が死神だよ。むしろ私は殺人鬼だ」
化け物達から美味しそうに補食されていた倭の脊髄の一部を拾い上げ、それがどんどん肥大化していき人間の形へ変わっていく。正直言って気持ちが悪い。
そんな分かりやすい人間の再生過程を通りすぎ元通りになった倭に美夜は自分の上着を投げる。
「そう言えば穂坂」
「んあ?」
「以外といい体してんのな。一瞬、見惚れたよ」
「いやん、お婿に行けない」
「ハッ、そん時は私が貰ってやんよ」
「嬉しすぎるプロポーズだな」
軽口を叩けるだけの体力は戻った。なら、ここからは動くのみだ。あの学生達は死ななきゃいいが。
「灯吏と合流出来れば一応は無事だろうが、ここに居るんだろ灯吏も?」
「あ~、まぁ、居るには居るんだがちょっと今はカワイイ女の子さんと殺し愛しちゃってんだよ」
「……日暮、頼むから俺に分かるように説明してくれ」
アインの事を倭に説明する。双頭の戦狗や『彼』の事は上手い具合にはぐらかした。
「何者だよ、そのアインとやらは?」
「カワイイ女の子さんだが?」
「いや、そういう意味じゃない」
さて、と回りを見渡し美夜は歩き出す。
「待てよ、日暮。こっちでいいのか?」
「ん、知らん。適当。勘。歩けば当たる」
「えぇ……」
そんな美夜の後ろを着いていくしかない倭であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
化け物達が一斉に蠢く。小春を狙い迫る。だからこそ、小春はすぐに決断できた。狙われているのは自分。そして、連中は自分以外には興味がない。なら、
「えっ、緋室ちゃん!?」
「皆はそっちに逃げて!」
小春は一人階段とは別方向に走り出した。
巻き込まれる必要はない。篠崎や美夜なら巻き込んでも自力でどうにかするが、彼ら、彼女らはそうではない。ただの一般人だ。自分達のような異常者のせいで死ぬ必要なんてどこにもない。
(大丈夫。私が死んでも美夜さんがどうにかしてくれる)
彼女は基本ふざけた人だが決める所はちゃんと決める。それに篠崎もいるなら問題ない。私が囮になって時間を稼ぐ。
(不味い!)
小春の行動に危機感を感じたのはマスターだった。
奴等の狙いは確かに小春だ。しかし、彼女が死んだだけで奴等は満足するか?そんな事はない。こちらに狙いを変えるだろう。
(倭くんは……駄目だ。あの状態じゃ期待できない。灯吏くんは美夜さんを探している筈だから運が良くない限り合流できない。美夜さんはそもそもいるのか分からない)
「クソッ」
戦える人間がいない。剛太郎君も一対一なら何とか倒せるが、ここまで数が多いと無理だ。自分も含め他の者は論外だ。
(どうすればいい。どうすれば)
考える。考え続ける。この状況を打破する方法を。
ーキィン…………キィン……キィン……
(金属音?この階の上から?)
その金属音は更に苛烈にはっきりとした音に変わっていく。
ーキンッ!キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!キンッ!
ー誰だ?誰と誰が戦っている?
それを確かめようとした瞬間だった。
「オラァッ!!」
美夜の声が響き渡り、この学園全体が大きく揺れた。
「何?」
「え?」
それと同時に謎の打ち合いをしていた人間達が分かった。
「灯吏君!!」
上の階から灯吏が顔を出した。
「そこに居んのマスターか!?何だ今のは!?」
灯吏が大鋏を仕舞いながら此方へ来る。その様子を怯えたように香澄が尋ねた。
「灯吏、大鋏なに?」
「悪い、後で説明する。それより……」
「多分だけど今の美夜さんだ。彼女の声が聞こえた」
「何をやってんだよ、あの人は……」
灯吏は呆れたようにため息を吐く。
「待ちなさい君!」
「何だよ?俺はもうアンタの邪魔はしないぜ?」
「そういう事じゃない!」
「じゃあ、どういう事だ?」
「まだ話しは終わってません」
「そもそも話してすらいないんだが」
「ふざけないで。返答次第ではあなたを殺します」
灯吏はその言葉を吐き捨てるように鼻で笑った。
「先刻あれだけやったてのに分からないか?アンタじゃ俺は殺れないよ」
「そんなの……」
「試すか?分かりきった結果しか出ないだろうがな」
アインは言葉を詰まらせ灯吏を睨み付ける。
灯吏を追って来たアインはここで灯吏を倒そうと灯吏を止めようとする。しかし、灯吏はあくまで自分の事を優先して行動しようとしている。そして、アインは直感している。この男はここで殺さなくてはならないと、それと同時に自分では彼に勝てないとも。
「篠崎君あの人は?」
「俺のストーカー。ってか居たのかよ、こまっちゃん」
「誰がストーカーですかッ!?」
一々突っ込むなよ、と思いつつ灯吏は服を翻し走り去ろうとした。が、
「あぁ、そうだ。エセ軍人」
そこで一つ区切り、アインへ視線だけを向ける。その目はもう普通の虹彩へと戻っていた。
「そいつらに手ぇ出すなよ」
「……あなたをここで殺すためにそこの方々の死が必要だと言えば?」
「本気でアンタを殺す。それだけだ。死にたくないんだろ?」
それだけ言うと灯吏は小春が向かった方向へ走り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「な、こっちで正解だろ?小春!ここだ!」
「うわ、マジかよ。嬢さんは俺の後ろにでも下がってろ」
小春が走っているのを見ると二人は小春に声をかけ、その後ろに群がっている化け物を視界に捕らえた。
「………………いや、まてよ。何だあの数?新手のイジメか?数の暴力が極まってんな。日暮、嬢さん連れて逃げない?」
「だらしない。あの程度の化け物の群れにビビるな。それでも男か?灯吏なら喜び勇んで斬り殺すぞ」
「アレを基準値にするなよ……色々ぶっ壊れってンだろ」
小春を背後に隠すように軽口を叩き合いながら(倭は割と本気で逃げたかったりする)迎え撃つように美夜は長刀を抜き軽く首を鳴らす。
「美夜さん。穂坂さん。気を付けて、化け物のボスがいる」
「へぇ……そりゃ重畳な。穂坂、小春と一緒に下がっていろ。私が殺る」
美夜は二人を下がらせると長刀を思い切り振り抜いた。
「オラァッ!!」
一振り、そして一戟だった。
たったのそれだけで化け物の群を八割以上を蹴散らし、学校の一角を半壊させた。
「殺人鬼ってこんなバカげた事も出来るの……?」
「安心しな。灯吏と日暮がおかしいだけだ。普通は殺人鬼が刀振っただけで建物がグラつくなんて有り得ないだろうよ」
「ンだよ、お前らさっきからグダグタと。今から私のカッチョイイ見せ場なんだから黙って見てろよ」
二人はこの時、言葉にこそしなかったが同じタイミングで同じ様な感想を覚えた
(よく、篠崎灯吏はこんな人の弟子であり続けられたな)
、と
「バカな……」
「あ?」
美夜が斬り飛ばした化け物達の残骸をかき集めるようにしている小太りの男がいた。いや、年齢的には灯吏や小春より二つか三つ上という程度の少年だった。
「お前誰だよ、お坊っちゃん?」
「美夜さん。彼がここを創った人」
こいつが?そんな疑問を隠そうともせずに少年に訝しむような視線と殺気を向ける。
この少年、殺気にはともかく視線には敏感だった。
「や……めろ。そんな目で僕を見るなぁぁぁぁぁ!!」
「悪い。もう癖になってんだよ」
しかし、美夜からしてみれば知った話ではない。
殺気を緩めずに迫る数体の化け物を斬り裂いた。その血が僅かに美夜の腕や頬にかかる。そして、
「チッ……おい私に何をした?」
「ヘヘヘ、そいつらの血にはな、即効性の神経毒が有るんだよ。どう?手足が痺れてきたでしょ?ババァはそこでくたばれよ。あと、アンタもだよオッサン」
美夜の指先が小刻みに震える。指先だけではない。膝も立てているのが不思議な程に揺れている。しかし、
「と、言っているが?日暮」
「こりゃ随分とまぁ舐められたもんだな」
二人は余裕の表情を崩さなかった。
美夜は迫る化け物の爪の弾を全て長刀を振った際の衝撃波だけで弾き飛ばし、化け物達の目に着弾させた。それでも、なお迫る化け物を一閃に斬り裂いた。
「……バカな」
「弱いな、やっぱり」
斬り裂いた、そうは言っても倭以外は視認すらできなかった速度だ。
「すごい……」
「だろ?流石は日暮美夜だと思わないか?」
「どうして穂坂さんが自慢気なの」
美夜の後ろでは緊張感のない会話を続ける二人がいた。その二人を見た瞬間だった。少年が静かに怒ったのは。
「ふざけるな……」
「あぁ、済まない。ふざけるのは得意だがこれ以上は少々厳しい」
勝ち誇るように不敵な笑みを浮かべ、まだ痙攣する手足を知らんと言わんばかりに言葉を並べる。
「弱ぇ弱ぇ。コレなら灯吏に譲らないでアインちゃんとバトってた方が楽しかったぜ」
「ここはボクの世界なんだぞ!ボクが一番強いんだ!偉いんだ!!」
「いや、お前もお前の化け物も雑魚だよ」
長刀をゆっくりと殺気をと共に向け、お決まりの死刑宣告を口にした。
「くたばれ。屑野郎」
そして、長刀を一閃。それで、終わるはずだった。だが、
「案外多芸じゃないか」
「うるせぇんだよ!クソババァ!」
化け物の死体をかき集めていたのは意味があった。そこに斬り伏せられた数十の化け物の死体が混合し美夜の斬戟を耐えた。
「どうだ?これが僕の切り札だ。お前みたいなババァには勝てないだろ」
「……はぁ」
美夜はため息を一つ漏らすと長刀を仕舞いその場に座った。
「日暮?」
「止めた止めた。話にならん。振る舞いも行動も全てが雑魚過ぎる。見たくもない。何でこの私がこんなバカ相手に長刀を汚さなきゃならんのだ」
美夜は少年の言葉を聞くとやる気を無くした。
「って訳だ。選手交代だ、私の弟子」
「……いや、話聞いて俺もやる気失せたんだが?」
灯吏はいつの間にか少年の背後に立っていた。
「お、お前は……」
「なんつーか反応がテンプレ過ぎて突っ込む気が失せるな。あの探偵みたいなオッサン、ちゃんとお前に俺の事を伝えてたみたいだな」
気怠けにアクビをしながら首を軽く捻る。手に鋏を持っていなければ美夜のように殺気を剥き出しにすらしていない。
簡単に言えば灯吏は美夜以上にやる気がない。
「もうさ、俺らも色々冷めたからさ、とっとと元の場所に帰してくんね?お前だってこの状況で勝てるなんてバカな夢見てるわけじゃないだろ?」
「……」
「その沈黙はどっちの意味で捉えればいい?肯定か否定か、俺達に勝てるのか勝てないのか?」
「達じゃない。戦るのはお前だけだ。私は疲れた」
「アンタはちょっと黙ってろよ、先生」
美夜の余計な軽口に突っ込みを入れつつ少年を睨む。
少年は不適に笑った。勝てると確信したから。
「バカが。お前の敗けだ」
「へぇ。それで?
俺が敗けるとして?俺を殺して?その次に倭さんと先生を殺して?俺達を殺した後テメェの好きなように緋室を汚して?この学校にいる他の連中もついでに殺して?
で?どうするんだ?あのエセ軍人に殺されるだけだろ。と言うか先ず俺を殺すのもお前程度じゃ無理じゃないのか?それぐらいも分からないのか劣等君」
殺気はない。それが少年が勝てると確信した理由だった。
殺気がない。つまりそれは油断しているということ。なら、
「ギャァァァァ!!」
灯吏の背後に化け物が創造され、腕を一思いに振り下ろす。
「篠崎っ!」
「安心しろ嬢さん。アレと殺り合ってるのは誰だ?この程度で灯吏が殺せる分けないだろ」
「そもそも当たってすらないしな」
瞬間、化け物の首が落ちた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………えっ?」
ボタボタと指先から血を滴らせ不気味に笑っている。その血を腕を振り払い落とす
「で?これで終いか?」
血を浴びた。つまり神経毒に犯されている筈だ。なのに、あの女同様弱った様子はない。
「……ぃ、行けェッ!!」
先程美夜の斬戟を耐えた大型の化け物が灯吏に突っ込む。勢いそのままに腕を振るい_
「本当に救いようがないのな」
素手の灯吏に心臓部を抉られ倒れた。
「嘘……だろ……?だって、ア、アイツはぼ、僕の切り札なんだ!!お、お前みたいな奴に敗けるはずがないんだ!!」
「なら好きなだけ今の奴等を創ればいい。ほら、時間なら幾らでもくれてやるから早く創れよ」
大鋏は出していない。その視線や雰囲気に殺気がない。なのに、なのに、なのに、どうしてだ!?
「行けェッお前らッ!!殺せ!!アイツを!今すぐ殺せ!!」
美夜の斬戟を耐えた大型の化け物より更に大きい化け物が五体。
「五ねぇ?」
灯吏はまだ大鋏を抜かない。抜く必要がない。
「よぉ、聞こえてるか?まぁ、聞こえてても無視でいい。どうせ大したことじゃない」
灯吏は少年に呼び掛ける。少年にその言葉は届かない。彼は今、己の事だけに必死だ。
フ、とどこか儚げに笑うと灯吏は駆けた。
そして、
「舐めんなよ劣等が。雑魚等で俺を殺したきゃあと一万は連れて来い!」
右腕一本で五体とも殺戮し、左腕で少年の頭を掴み上げた。
「ガァ……アァッッ!」
ミシミシと首から音が漏れる。そして、
「ま、もう一度会うことになるとは思うけどさ。お休みなさい」
ーグギャァ!!
「良い夢見ろよ、お坊っちゃま?」
左腕の握力だけで首を砕いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おい、日暮、嬢さん。今の見えたか……?」
「いや、全然。篠崎は今何したの……」
「……」
倭と小春はその常識外のスピードと強さに呆気を取られていた。美夜は辛うじて見えていたが、
(どうやら灯吏は本格的に化け物染みてきたな)
師として止めるべきか、それとも大鋏に裂かれる願望を持っている者として更なる成長を期待するべきか……
(ま、何はともあれ)
徐々に崩落する学校を見渡す。これで元に戻れるのか。
「あぁ~帰ったら寝直そ」
「だな。こんなの睡眠に入らねぇわ、君もそう思うだろ?アインちゃん」
倭の言葉に同意し、自分達の近くで気配を絶っている女性に声をかける。
「…………」
「よぉ、エセ軍人。まだ居たのか?」
「あなたを殺す件については保留します。私の上司とも話さなければならない問題かもしれませんから。…………結果的にとはいえ、私の仕事の手伝いをしてくださった事には感謝します」
アインは軽く礼を灯吏と美夜にする。
「なぁ、『黒い柱』って何だと思う?」
「それ何の謎かけですか?」
「……なら、殺戮者は?」
「それも知りませんよ」
二人の_灯吏とアインのその会話を最後に架空の学校は消滅した。
灯吏「何で俺の戦闘シーンってすぐに終わるの?」
駄作者「君が最初から本気だすと双頭の戦狗と美夜さん以外が完全に詰むからね」
そんな理由で戦闘シーンが毎度短い灯吏君であった