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殺人鬼の弟子_《Who Kills Whom》  作者: K糸
模造少女は笑えない 《Mad To Tears》
10/23

02-2 事件の始まり(後編)_初恋は殺される

遅くなった言い訳

・彼女に振られたショックがぶり返して執筆意欲が病的なまでに湧かなかった

・PartyBlood'sの設定を固めてた

・会話が思い付かなかった←一番の理由

・祝☆一万字越え

・バイトに殺されかかっていた


本当に遅くなって申し訳ございません。

上でも書いてる通り今回はすげぇ長いです。

篠崎灯吏_中学二年生 二月


「いやはや驚いた。本当にすごいな、君は」


 アイシャは思わずといった様で感嘆の声を漏らした。実際、灯吏はここ数週間で以前とは比らべることが出来ない程に強くなっていた。否、戦い方が上達した、という言い回しの方が正しい。

 これまでの灯吏は殺人鬼(彼女)に似て、ほとんど勘に頼った戦い方であった。しかし、その戦い方をするにはあまりにも経験が不足していた。アイシャはその不足している経験を訓練で補わせており、結果これまでより灯吏の戦闘力は上がっていた。それこそ、アイシャを越え、日に日に殺人鬼(彼女)に迫る程度には強くなりつつあり、中学生としては有り得ない程のレベルになっている。


「ああ、自分でも分かるよ。前より戦いやすい」

「まあ、基礎がなかっただけで君はもともとポテンシャルは高かったからな。それがようやく形として表に出たんだよ。それでもこれは本当にすごいが」

「遅咲きってこと?」

「いや、むしろ逆だ。たかがこれだけの日数で文字通り手も足も出なかった相手()とまともに戦えるようになったんだぞ。異常、と言っても差し支えはないさ」

「そんなもんなのか?異常って言われるほどのことでもないと思うんだけど」


 気の緩みきった様子で二人とも会話をしているが、その惨状を見た者がいるとすれば恐らく言葉を無くし、唖然とするだろう。

 壁が崩れ落ち、床が抉り壊され、天井に穴が空き、置物の類いが一つ残らず原型を留めず砕かれていた。しかもこの二人はそんな惨状を素手で、おまけに七割程度の実力で作り上げている。当然だが、進んで周りの物を壊そうとは考えておらず、相手を倒そうとした結果このような状況になったに過ぎない。


「こんな風にしておいてよく言う。ここが誰もいない廃工場で良かったよ、いや本当に」

「……まぁ、これだけのことをやれるくらいには腕を上げたってことにしときます。それじゃ俺はこれで」


 そう言ってその場を後にしようとしたとき突然ものすごい力で肩を捕まれた。灯吏はどこか諦めた様な溜め息をつく。それでも、意味の無い一応の抵抗はするが。


「なぁアイシャ、俺はそろそろ帰りたいんですけど」

「いやいや、灯吏。君にはまだやらなきゃいけないことがあるだろ?分かっててそんな態度をしてるのか?だとしたら可愛いな篠崎灯吏君」

「フルネームで呼ばないでくれ。それにやらなきゃいけないことってなんなんですか?僕は知らないですよ」

「ふふ、一人称が迷子になっているぞ。とりあえず眠れ」

「させるかっ!」


 麻酔銃から放たれた弾丸を紙一重でかわし、アイシャの首に手刀を放とうとする。


-残念だったな、アイシャ。アンタが一番分かってたはずだろ。去年の俺とは違うんだよ-


 そう心のなかで呟き去年の十二月に彼女にされた色々な事を思い出しながら彼女の意識を落とそうとした。が、


-パンッ-


 そんな乾いた発砲音で俺の意識は奪われた。俺の意識が落ちる寸前に「これからお楽しみなんだろう?たまには私も混ぜろよ」「そうだな、二人で灯吏を弄ぶのもなかなか楽しいかもしれないしな」「はは、そうだろそうだろ」等、不穏当極まりない会話が聞こえて目が覚める瞬間が不安になった。そして、その不安は的中していた。

 アイシャと初めて出会った時に殺人鬼(彼女)が加わった形になり、灯吏は都合五度目アイシャに襲われる形になった。何度も言うが性的な意味で。しかも、二人ともかなりがっつりと。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「お前の両親方もかなり分からないが、一番分からないのはお前だよな、灯吏」

「いきなり何をいってるんですか」

「ん?いきなりってほどいきなりでもないと思うんだがな。」


 アイシャと別れて二人でファミレスに行き食事を終え、殺人鬼(彼女)が唐突にそう切り出してきた。


「いや、だってさ今のお前なら私はともかくアイシャぐらいならどうとでもなるだろ?なのに何であんな、それこそお前の基盤を創った私がよく見なきゃ分からないぐらい()()()()()()()()()()?あと一応言っておくがアイシャは多分気付いてないし、私も言うつもりはない。そこは」

「ええ、分かっているし知ってもいますよ」


 灯吏()が自分の言葉を遮るなんて珍しいと思ったのか殺人鬼(彼女)は少し驚いたような表情に変わっていた。


「何て言うかですね……その、アイシャをあまり本気で倒そうなんて思えないんですよ。で、いつも結果ああなるんです」

「灯吏……私は今までの人生で最高クラスの感動を覚えている」

「は?いきなりどうしたんですか」


 唐突に脈絡のないことを言われ間抜けな表情になる灯吏。それを気にした様子もなく殺人鬼(彼女)は続ける。


「いやまさかお前がな灯吏。しかも、アイシャを相手になんてなぁ。とりあえず祝福させてくれ。おめでとう我が弟子よ」

「何を勝手に話を進めているんですか?あと意味が分かるように言って下さい」

「つまりな灯吏。お前は今、現在進行形でアイシャに恋してるんだよ」

「………………はぁ!?」

 

 理解するのに数秒ほどかかる。それほど殺人鬼(彼女)の言ったセリフは灯吏にとって信じがたいものだった。


「いやいやいやいや、アンタは何を言ってんだよ」

「ははは、照れるなよ。らしくない」


 俺の否定を笑って流す。そんなに嬉しそうな顔をしなくてもいいんじゃないだろうか。


「実際、すごい嬉しいよ」


 俺の表情から読み取ったのか殺人鬼(彼女)は今までに見たことがないくらい穏やかな笑みを浮かべていた。


「……先生?」

「灯吏。私はさ、私のせいでお前の感情ってのが機能してないんじゃないかってずっと心配だったんだよ。私と一緒にいるときのお前って殺し合いの方法と大鋏(アレ)にしか興味がなかったろ。だから、私がお前から感情的な物を奪ったんじゃないかって思ってた。

 でも、そうじゃなかった。その証拠に今お前はアイシャに恋してるだろ。だから、嬉しいんだよ」

「だから恋してないって言ってるでしょ」

「まぁ、まだ自覚がないだけさ。その内お前もそこら辺を意識し始めるよ。きっとな」

「何を馬鹿な」


 そんな会話をしながら殺人鬼(先生)は会計を済ませる。ちなみに四枚ほど福沢諭吉とおさらばした。どれだけ食えば気が済むんだ、この人。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「何ですか?環さん」

「うっ、気付いてたのね」


 アイシャの雇い主の娘、如月環。俺はアイシャに会いにこの家に来たのだが何故環さんが出てくるのだろう?いや、環さんはこの家の住人だから出てきても問題はないのだが。


「アイシャは?」

「ああ、彼女なら今父さんと話しているわ。多分、仕事の話」

「ふーん」

「興味なかった?」

「まぁ」


 そんな意味のない会話をしながら、アイシャを待つ。殺人鬼(先生)の言ったことを確かめるのが目的なので今日じゃなくても構わないのだが、善は急げと言うし、それに俺自身が暇な時に確かめたかったのだ。


「灯吏、どうしたんだ?」


 アイシャとその雇い主が家から出てくる。


「あっ、ああ。少し確かめたいことがあったんだ」

「確かめたいこと?」


 アイシャは疑問そうに訊ね、少し顔を近付けてくる。

 ……ヤバイ、目があっただけで照れ臭い。というか顔が近いって!


「灯吏?確かめたいことがあるんじゃないのか?」

「ああ、うん。あるある」


 動揺しすぎだろ俺。


「次はいつ稽古をつけてくれるんだ?」

「ああ、そのことか。そうだな、明々後日ぐらいでどうだ?」

「うん、分かった。じゃあ」

「へ?あっ、おい灯吏」


-うんってなんだ?君はそんな喋り方だったか?-


 そんなアイシャの疑問が聞こえてきそうな声音だったが思い切り無視して逃げるようにその場を去った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「先生、どうすればいいですか?」

「アーッハハハハハ、ハハハハハハハハハ!フフフ、アッハハハハハ!ヒャハッハハハハハハハッ!!」

「……おい」

「アッハハハハハ、お前はあれか、ハハハ、私を笑い殺しにしようとしてるのか?フフフ、ハハハッハハハー!」

「笑いすぎだろ、先生!どんだけツボに入ってんだよ!」


 相談する相手を殺人的に間違えたと思いながら、俺は先生の言葉を待つ。先生は笑いを堪えつつ俺の相談に答えた……と、期待した俺がバカだった。


「灯吏」

「あん」

「アイシャに抱かれた今までの夜を思い出せ。惚れた女との夜を、な」

「そろそろ殺すぞアンタ!」


 悪かったよ、と言い今度こそ俺の相談に答えてくれた。


「うーん、いくら自分の弟子とはいえ他人ひと様の恋路にあれこれ横から口出しするのも筋違いだろ。という訳で自分でどうにかするんだな」

「……まぁ、そりゃそうか」


 やや冷たい答えだったが、言っていること自体は正しい。確かにこれは自分で決着ケリをつけなければならない問題だ。


「ま、アドバイスはできないが応援はできる。頑張れよ、灯吏」

「……先生」

「そして、最終的にはお前の方からアイシャを襲え。無論、男と女の意味合いでな」

「やっぱそのオチか!」


 この人に相談するんじゃなかったと、俺は泣きたくなるほど後悔した。


 言い訳になるが、だから俺は気付けなかった。俺個人に向けられた殺意の波を全く関知できなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「許さない」


 どうして、貴女はそんな奴に、私の紛い物の様な奴にそんな楽しそうな笑顔を見せるんですか?


「ゆるさない」


 お前はなんだ、篠崎灯吏。お前には殺人的(彼女)をそんな風に笑わせる資格はない。その資格があるのは私だけだ。何故それが分からない?


「ユルサナイ」


 私から殺人的(彼女)を奪うことなんて絶対に許さない。もし、これ以上殺人的(彼女)を奪うならお前からも大切な者を奪ってやる。そう、例えばあのアイシャという女とか。


「許さないゆるさないユルサナイ許さないゆるさないユルサナイ許さないゆるさないユルサナイ許さないゆるさないユルサナイ」


 怨嗟えんさの声を綴りながら、遠くから篠崎灯吏と殺人的(彼女)を見つめた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ああ、なんかすげぇ情けない。


「灯吏、今日は動きが悪かったな。何かあったのか?」

「……いや、何でもない」


 俺は手も足もでずに無様を晒していた。アイシャの心配そうな目が心苦しい。頼むからそんな顔で俺を見ないでくれ。


-ゾクッ-


「何だ!?」

「灯吏?どうした」


 殺気を感じ身構えたが、アイシャは不思議そうに俺を見つめるだけだ。気づいてないのか?だが、これだけの殺気だ。気のせいじゃない。なのに何故アイシャがそれに気づけない?


「消えた……?」

「だから、どうしたんだ灯吏?」


 一瞬だけ感じた強い殺気はまたもや一瞬で消え失せた。何だったんだ今のは?気のせいじゃないのは確かだった。でも、それ以外が分からない。

 そんな思考に没頭していると優しく抱き締められた。


「へっ」

「灯吏、君はこの間から少し妙だ。何に悩んでいるかは知らないし、聞こうとも思わない。もしかしたら悩み事なんて無いかもしれない。でもな、辛い時は少しくらいなら私に甘えてくれ」

「……アイシャ」

「ま、私はお前を抱くぐらいしかできないけどな」

「はは、それでいいよ」

「ん、じゃあ今からお前を抱こうか?今日は優しくしてやるぞ」

「ああ、頼むよ」

「珍しく積極的だな」

「まぁ、ね」


 この時、俺は完全に自分がこの女性に恋していると自覚した。そして、しなければよかったと後悔することになる。この日がアイシャに鍛えてもらった最後の日だった。思えばこの日がアイシャに抱かれた最後の夜だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 来た。殺人鬼(彼女)は来てくれた。それだけで喜びが体を駆け巡る。


「何だよ、私に話があるって。正直言うと私はもうあまりお前と関わりを持ちたくないんだが」

「お久しぶりです。ええ、少し確認したいことがあって」

「確認?何だよそれは」

「はい、正直に答えて下さい」


 私は期待しながら彼女に聞いた。彼女にとっての本命はあんな男ではなくこの私なんだと、言って欲しかった。


「貴女にとっての私は何ですか?」


 私はその目を忘れない。どんな刃物よりも鋭く、どんな熱をも凍らすような絶対零度の瞳。そして、殺意に近い嫌悪感。


「何だ、その事か。それなら最初から答えは出ている」

「えっ」

「お前は自分のことしか考えてなさすぎる。その点灯吏は妙な所はあるが、アレは私の本当の望みを知っている。この意味分かるか?」

「……どういう意味ですか?」

「それさえも分からないか」


 殺人鬼(彼女)はどこか嘲笑う口調で私に言い放った。何を言う気かは分からない。でもめて、言わないで私には貴女しかいないのに。


「私にとってのお前は-ただの失敗作だ」


 そう言って殺人鬼《彼女》はその場を去った。誰かが私に話し掛けるがどうでもいい。気にもならない。

 

(篠崎灯吏、私はお前を許さない。お前からも奪ってやる)


 この瞬間、篠崎灯吏への復讐を決意した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


(あいつは本当に分からなかったのか)


 殺人鬼(彼女)は自分の弟子(失敗作)にかなり絶望していた。どうして自分の望み通りでなければならないと思っているんだ、あいつは。これならもう一人の方や灯吏の方がかなりマシだ。


(ま、現状は灯吏しか私の願いを叶えてくれそうな奴はいないしな)


 あの女のことだ。現時点での自分の正当後継者である灯吏を殺して自身のことを認めさせようと試みるだろう。そんなアホみたいなことやりたければやればいい。


(お前如ごときに殺される篠崎灯吏はいないぞ。返り討ちにされて終わりだ。何故ならばあれは私を殺すための殺人鬼もどきだ。お前では殺れんさ)


 殺人鬼(彼女)は嘆息して歩き出す。今の灯吏の()()()()としてはちょうどいい塩梅だ。あれ程度を一蹴できない篠崎灯吏ではないだろう。灯吏の今後のための踏み台になってもらおう。


 殺人鬼(彼女)のこの認識は間違いではないが、正しくはなかった。戦わなければ篠崎灯吏を倒すことなど少女(失敗作)には簡単だった。そして、殺人鬼(彼女)はそれを考慮に入れていなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「本当に珍しいな。お前があそこまで積極的になるなんて。私としてはとても嬉しいことだ」

「そりゃよかった」


 ホテルから出て二人で夜道を歩く。ある意味いつものことだがそれが強く特別なことだと感じる。一番の理由は灯吏は自分の隣にいる女性を好きだと自覚したからだろう。アイシャもそれを感じたから、この帰り道を二人とも楽しそうに帰っていた。

 言い方を変えれば二人とも油断しながら帰っていた。特に灯吏はそれが顕著に現れていた。今の灯吏は()()さえ感じなかったらただの中学生の様なものだった。つまり


-パシュッ


 普通の中学生には銃弾を避けることなんて出来るわけがなかった。


「えっ」


 ドサリ、と灯吏は糸が切れた人形のように倒れた。


「灯吏!」

「フフフ、大したことないですね。ま、殺気さえなければ篠崎灯吏は気付けないということですね。あはは。本当にあっけないな~。私はこんな奴より下に見られてたんだ。ハァ」

「?」


 少女は一拍、間をおき、


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 喉が潰れん限りの声量で叫んだ。狂ったような笑みをその端正な顔に張り付けて。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


(灯吏)

「ふふ、彼が心配ですか?大丈夫ですよ。彼は殺しません。ええ、彼は、ね」

「その言いぐさだと私は殺すということか」

「はい、もっちろん」


 目の前の少女に視線を向ける。手には銃。しかし、彼女は銃を撃っていない。灯吏に直撃した銃弾は後方からだ。つまり、少なくとも二人で自分達を襲ってきたことになる。ならば、三人、四人といる可能性も考えなければならない。さらに、それだけの人数、灯吏を守りながら倒さなければならない。


「事情は殺人鬼(彼女)から聞いて知っている。つまりただの八つ当たりだろう?なら、これ以上は止めとけ。更に失望を買うだけだ」

「『八つ当たり』ではなくて『証明』です。殺人鬼(彼女)の後継者は私なんですよ。それなのにそこで寝ている奴は勘違いしている。あの大鋏を見て狂わなかっただけで自分が後継者だと思っている。だから、教えてあげるんです。篠崎灯吏は殺人鬼の弟子ではないと」

(何を言っても無駄か。それに先程から彼女の言っていることは全く脈絡がない。完全に狂ったか)

 

 ならば警戒すべきは彼女以外、そう判断して彼女の首を狙った。が、


「狂った少女一人殺すくらいわけない。そう思ったんでしょう?ふふ」


 何もない空間に打撃を止められる。訳が分からない。何をした?


「嘗めるなよ、ビッチ。お前らなんかに私は殺せない」

「なっ!」

「安心してください。まだ、あなたも殺しません」


 その直後アイシャは意識を失った。意識を失う直前に見えたのは少女の邪悪な笑みだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「……クソッ、あのガキふざけた真似を!」


 殺人鬼(彼女)の携帯に灯吏とアイシャの気の失った姿が送られる。迂闊だった。灯吏だけが狙われていると思っていた。アイシャまで狙われるとは思っていなかった。


(私の甘さのせいだ)


 後悔する暇はない。二人の命が危ない。そう直感し、友人と弟子のために殺人鬼は駆けた。間に合わない、心のどこかでそれを理解しながら。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「灯吏!おい灯吏!!しっかりしろ!!灯吏!」

「あ、……あぁ、先生」

「灯吏!大丈夫か!?」

「なんとか」


 体が重い。声が掠れる。全身の痺れが治らない。だが、それだけだ。その程度だ。動けないことはない。それよりももっと重要なことがある。


「アイシャは?」

「分からない。でも大丈夫だよ。明日くらいに三人で飯にでも行こう。なんならお前が作ってもいい」

「そうですね。ええ、そうしますよ」


 はっきりと理解した。アイシャは恐らく死んでいる。もうこの世にはいないだろう。だが、まだ骨くらいは拾えるはずだ。運が良ければ最後の言葉を聞けるかもしれない。


「肩貸そうか?」

「いや、大丈夫です」


 俺達はその場をあとにしようとした。が、


-ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。


 先生の電話の通知音。確かこの音はメールだったはず。先生はメールを確認する。俺もそれを覗き見る。


「……住所か?これは」

「行きましょう。罠でも今は行くしかない」

「どうやらそうらしい、な!」


 殺気を感じた刹那に飛んできた銃弾を大鋏で弾き俺と先生は一気に走り出しだ。妙な服の連中殺気をにじませながらこちらに向かって来る。これだけ殺気を放っていれば相手を特定し殺すことぐらい簡単だ。


「使え、両利き」

「ありがとうございます。後で洗って返します、よ!」


 大鋏の左手用を俺に投げ渡し住所の場所をもう一度確認し、そこへ向かう。


 目の前の敵を全てを殺しながら、俺と先生は住所の場所へ疾走した。お互いにアイシャは死んでいると分かってはいるが走らずにはいられなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「なにがあってもキレるなよ灯吏。いいか、絶対だぞ」

「分かってますよ」


 そんな名ばかりの打ち合わせをやると俺と先生は扉を蹴破りその廃家の中に入った。そこにあったのは、


「あぁ何だ、お前ら?」

「……下衆げす共が、お前らぁ!」

「……おいお前ら誰にそんな()()やっている?」

「灯吏!?落ち……!?」

「ガァァァァァァァァァッッッ!!」

「灯吏ッ!!」


 先生から右手用の大鋏を奪うと両手の大鋏で目の前の男共を斬り殺し、裂き壊し、抉り砕いた。

 奴等はアイシャの死体を欲望のままに弄んでいた。許せない、許すわけがない。俺のせいで何故お前らみたいなクズにアイシャの死を冒涜ぼうとくされなければならないんだ。何故お前ら程度の連中が彼女の死を汚すんだ。許せない。ならやるべき事は一つだ。殺す。殺すだけだ。


「アイシャ……すまない。すまない」

「……灯吏」


 灯吏は殺した男共だった肉片をどけると普段の彼らしくないゆっくりとした歩調でアイシャの死体に近づき、その冷たくなった身体をを抱くと静かに押し殺すように泣きはじめた。血に濡れながら、肉にまみれながら、安らかに眠れ(レストインピース)と呟いた。呟くことしかできなかった。殺人鬼は自分の弟子を見守ることしかできずに、ただ悲しみを飲み干すばかりだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 アイシャの葬儀はアイシャの雇い主である如月家とそのごくごく親しい親類、それと殺人鬼とその弟子だけしかいなかった。


「おう、殺人鬼さん。と、その弟子君」

「やあ、如月さん。おい灯吏、挨拶ぐらいはしろよ」

「いいさ、今はその坊っちゃんが一番苦しいんだ」

「いや、大丈夫です。すみません如月さん、挨拶もしないで」


 案外平気そうな俺を見つめる先生。平静を装っているがまだかなり参っている。ただ、泣き疲れて冷静になってしまっただけだ。

 どうしてアイシャは殺されてしまったのかはもう先生から聞いているし、アイシャの遺書を読んで大体の理由は分かった。じゃあ俺のやることは決まっている。考えるまでもない。たった一つだけだ。


「俺があなたの失敗作を殺しますよ、先生。自分のせいで起きた事件だ。自分の不始末ぐらい自分で始末する」

「……分かった。なら、私はお前のもとへ向かわせるように手配する。何年かかるかは分からないが」

「ええ、それでいいです」


 こうして、事件は始まった。灯吏の初恋は殺され、それを嘲笑う少女を殺す、そんな事件が始まった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


-半年前の犯人。分かったわ-


 会長が殺されかけ、それを救ったのが半年前。その半年前の事件もあの少女が原因だった。


 操られた人形のような、男たちを全て殺し、事件の原因の少女の目の前に立つ。


「すごいですね。操られているだけの人達をそんな風に殺すなんて」

「俺が憎かったからか?」

「はい?」

「だから、こんなことをしたのか?俺を越えるためだけに?」

「ああ、何だそんなことか」


 そう言って少女は吐き気がするほどの朗らかな笑みを浮かべ、


「ええ、もちろん」


 そう続けた。最後にこの言葉で、彼女にとっての全てである宣言で言葉を終えた。


「だから、私はあなたを殺します。篠崎灯吏さん」


 安らかに眠れ(レストインピース)と言って灯吏へ銃口を向ける。灯吏はナイフを二本ほど投げて言葉を返す。


「お前が眠れ、クソガキ」


 篠崎灯吏はあらんばかりの殺意と敵意を少女に向けて走り出した。


 この勘違いに酔った独りよがりの復讐と初恋を殺された無意味な復讐は交差し、ぶつかる。そこに何の価値もなく、ただただ純粋な殺意と破壊をもって幕を上げた。

 この二人に多くの人間が巻き込まれ、血を流すことをまだ二人は知らなかった。そして、恐らく知っていても止まりはしなかっただろう。今の二人はただの殺意の塊なのだから。ただ相手の血に濡れることだけを望んでいる殺人鬼そのものが今の二人なのだから。

今年も終わりか~

皆様、よいお年を!そして来年も、この駄作者K糸をよろしくお願いします

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