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面影 綾と明綱の物語  作者: 槇野文香(まきのあやか)
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特別篇 第四話

 綾の縁談は壊れた。

 そして、綾は明綱の屋敷に上がって来た。

 明綱の屋敷はさほど広いものではなかったが、庭は美しく整っていた。

 綾は奥座敷に座り明綱の来るのを待った。明綱が部屋に入って来ると、上座に座った。

「綾、今日より私に仕えてもらう。そなたわかっておろうな」

 と明綱は毅然と言った。綾は平伏して言った。

「はい、明綱様には心よりお仕えさせて頂きます」

 あまり元気にない声だった。

「それで良い」

 とだけ言うと、明綱はその場を立った。


 明綱は奥向きを任せている加代という年配の侍女を呼んだ。

「今宵から、綾と寝所をともにする。用意をしておくように」

 加代は福々しい体をふるわせて言った。

「綾殿は今日来たばかりでお疲れの様子。今宵から寝所をともにしても、明綱様の思うようにはならないかもしれませんよ」

「それでもよい。今宵より寝所をともにする。綾にはそなたから、その心がまえをよく言ってきかせるように」

 今日来た綾は以前よりも女として、いっそう華やかな輝きを増していた。その綾を見て、同じ屋敷内にいて、寝所を別にすることはとうてい受け入れられないと明綱は思った。


 夜になり、加代は綾に身支度をさせた。綾は確かに美しいと加代は思った。透けるような肌。可憐なたたずまいは野の花のようだった。これでは明綱様も夢中になるわけだと思った。鏡の前に綾を座らせ、加代は綾の髪をすいてやりながら言った。

「綾殿、明綱様は良いお方ですよ。これからは、あのお方を頼みとするのですから、明綱様の望まれるようにして下さい。そうすれば、御寵愛が続いてあなたも幸せになりますよ」

 綾は返事をしなかった。加代は同じ女として無理もないと思った。いかし、明綱はそれなりに魅力のある男である。そのうち、綾も明綱を好きになるだろうと思ったが、それには今しばらくの時間を要するだろう。


 枕を並べた寝所で、綾はまんじりと明綱を待った。本心は不安のあまり、泣き出しそうだった。だが、泣くわけにはいかなかった。泣くなどしたら、そんなに私が嫌いかと明綱が怒りそうだった。それだけではない、明綱なら刀を抜き手打ちにすると言いかねない。剣客の明綱はそういう底しれぬ怖さのある男だと綾も感じていた。

 親子ほども年の違う明綱という男と、あの気難しそうな男とこれから寝所をともにするかと思うと、我が身が恨めしかった。


 明綱が寝所の襖を開けて入って来た。夜の灯りの中で見る明綱は別な人のように、綾には思えた。

 明綱は綾のそばに座ると、その手を握った。綾は一瞬、体をよじり身を引こうとしたが、明綱の手はいっそう強く握られ、それを許さなかった。その手は熱く、何者ものがさない手に思えた。

「そなた震えておるな」

「そのようなことは」

 そう言いながらも綾の声は微かに震えていた。明綱はさらに綾に身を近づけると、もう一方の手で綾の顔に触れた。

「そなたは美しい」

 その言葉の響きに、綾の心の硬いものが溶けた。

「そなたは、私のものだ。拒むでないぞ」

 明綱は綾を抱きしめた。綾が明綱のぬくもりを初めて知った瞬間だった。そして、明綱という男を受け入れた瞬間でもあった。

「怖くはない。そなたを慈しむだけだ」


 

 

 

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