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面影 綾と明綱の物語  作者: 槇野文香(まきのあやか)
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特別篇 第一話

 佐藤家の家老佐々木明綱は風変りな人物であるというのが、城内での評判だった。剣客であり笛の名手であり、顔だちも端正で整っていた。だが、四十を過ぎても独り身だった。彼の妻にと望む女もいたが、本人はいかなる縁談も受け付けなかった。そうした明綱のかたくなな態度は次第に、人嫌いの様相をていしているようにも見えた。そのため、御家老は変わり者ということに落ち着いてしまっていた。しかも、最近の明綱は激務が続いたせいか、孤高の人の影をおびてきていて、近づきがたい雰囲気をかもしだしていた。


 明綱が従者を一人連れて歩いているときだった。その日は初夏で、風に草の香がしていた。

 その通りには多くの武家屋敷が並んでいた。その中で武家の家らしいが、いかにも荒れた感じの門の前に一人の女が立っていた。

「御家老の佐々木様でしょうか」

 とその女が声をかけた。明綱が振り向き、立ち止まった。

「そうだが」

 女はやつれ粗末な恰好をしているが、武家の妻らしかった。

「戸田右衛門の妻にございます」

 ああ、そうか。明綱は思い出した。戸田右衛門は、何年か前の戦の折りに、鉄砲に打たれて死んだ。右衛門はなかなか小回りのきく男だったので、明綱が気に入っていた。

「いつぞやはありがとうございました」

 右衛門の妻はそう言った。その後、右衛門の妻が病気になり困っていると聞いた明綱が金を工面してやった。

「そのような事、もう忘れていた。病のほうはよいのか」

 と明綱が言った。

「一進一退でございます」

「そうか。大事にするがよいぞ」

 すると右衛門の妻が、少し間をおいて言った。

「御家老様、実は私には一人娘がおりまして、その子のことが気になっております」

「ほう」

 どういうことかと思った。

「私は病に侵されている身、いつどうなるかわかりません。その前に、良き縁があれば、娘を嫁がせたいのです」

 明綱は、良き縁談があれば頼むという事かと理解した。

「そうであろうな。私も心がけておこうぞ」

 右衛門の妻は嬉しそうな顔をした。

「綾、綾、こちらへまいれ」

 と言うと、少しして、娘が家の中から出て来た。

「御家老様、これが娘の綾です」

「お初にお目にかかります。綾でございます」

 と言うと娘は深々と頭を下げた。娘は可憐な姿をしていた。明綱は一瞬沈黙して、綾の顔を見た。

「そなたが綾か。わかった」

 と言うと、従者を連れて明綱は立ち去った。右衛門の妻と娘は頭を下げてそれを見送った。


 明綱の心臓が強く打っていた。綾は似すぎている。別れたあの方に。

 もう一度、綾の顔を見たいと強く思った。

 それから明綱は一人で、編み笠をかぶり、毎日綾の家の前を通った。綾は出て来ないか。その度に思ったが、そういうわけにはいかなかった。やはり、何か理由をつけて訪ねるしかないかと思った頃だった。

 綾の家を通り過ぎて、明綱が角を曲がろうとしたときに、綾が風呂敷包みを持って、明綱とすれ違った。明綱はそれとなく、綾を編み笠の下から見た。綾は気づかなかった。

 明綱は確信した。綾は麗そのものだ。他人のそら似ではない。




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