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小学生の××事情。  作者: 摩天楼
第一章 憂鬱な新学期
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「やっぱおかしいよな……」


 夏樹なつきが図書室へと向かって行った後、男子だけとなった教室で俺はそう呟いた。八時十七分、今はいつもなら『朝の学習』で読書かテキストをやっている時間だが、先生が不在で男子のみの教室で、そんな決まりを守ろうとする奴はいなかった。それぞれ好きな所に出歩き、話すなりふざけるなりしている。ここで先生戻って来たら怒られるだろうな、なんて思いながらも、注意なんてしないし、自分はテキストをやろうなんて思わない。でも、先生が来たとき自分まで怒られないように、手には『読書中』という意味の本を装備そうびしている。「いや、俺は本読んでましたから」という言い訳用の。

 一番窓側の一番後ろ、ラノベの主人公みたいな特等席とくとうせきに座っている俺は、窓から差し込む強い日差しに目を細めた。薄めのカーテンはあるものの、先生が「せっかく外が明るいんだから開けておけ」なんて言うのだから困る。眩しいんですよ、授業に集中できません、なんて言っても、それはお前が―――とか言い出す、理不尽りふじんな大人である。

 外から教室へと視線を戻すと、前にいた俺の男友達が、同じように目を細めながら俺の呟きに言葉を返した。

「なに、先輩せんぱいのこと? ……なら今更だよ」

「まあな……っつーか、『先輩』ってなんなんだ? お前、そんなに夏樹のこと敬ってんのかよ……真悟しんご

 外からの日差しは、彼の体によってさえぎられ、しっかり目を開けるようになった。

 俺の男友達――――高杉真悟たかすぎしんごは、苦笑しながら首を横に振った。

「いや、そういうんじゃなくて、さ。自分でもよく分かんないんだけど……まあ、先輩は凄いし」

 なんとなく目線を左に―――夏樹の席へと向けて、彼は少し顔を上に上げた。そして、何か思い出すように、くすりと笑う。それが気になって俺がたずねてみると、真悟は予想通り思い出し笑いをしていたようだった。

「いや……ちょっとね、やっぱり先輩は凄いなって。なんだってできるし……あと、性格もね」

「……激しく同意、だな」

 あまりにも真悟の発言が的をていたからか、俺もつられて笑ってしまう。

 真悟は、髪は短いが前髪だけ少しボリュームがあって、ふわっとしている。絶妙なバランスのそれは、よく夏樹に「すっげえもふもふー」とか言って手を突っ込まれているが、崩れることはない。そんな感じでよく夏樹にいじられているが、それでも嫌われないのが凄い。夏樹は、『いろいろやってくるけど嫌いになれない』という奴なのだ。

 真悟はこのクラスで珍しい『常識人』なので、わりと話すことは多い。特に「あいつなんなんだよ……」といった会話では。

 真悟は俺へと目線を戻して、首を少し傾けながら言った。

「先輩はさ、本当に何でもできるからいいよね。先輩にできないことってあるのかな?」

「………空飛ぶとかじゃねえの」

 そうだ、誰もが認めるほど、あいつの能力は高い。

『学年の平均ラインより下なのが落ちこぼれなら、夏樹は浮きこぼれだ』

 これは、家庭訪問かていほうもんで夏樹の母に担任が言ったんだという。教師がそんなことを言うのだから、その頭の良さは相当だろう。でも、夏樹が全く勉強をしていないのは俺が一番知っているし、それも一種の才能なのかもしれない。席替えをしたら、一ヶ月後くらい経ってまた席替えをすることになっても、まだ三二人の席順を覚えられていないような俺からしたら羨ましい限りだ。

 身体能力も並外れて高く、どんな競技だって軽くこなしてしまう。部活でも大分活躍していたようで、同じ部活の後輩からは凄く慕われている。体育でもその身体能力を生かせばいいのだが、「めんどい」と言っていつも手を抜くのだから、まさに宝の持ち腐れだ。

 ピアノも弾けるし歌も上手い、そして絵も上手い。そしてあのルックスなのだから、もの凄くモテるに違いない。


 ―――――それが男なら、という話だが。



 でも、それはあくまで表面的な話。

 これだけの情報だと、「なんでもできてイケメンのチート野郎だけど実は女」という、だいぶ個性的だが漫画ではよくいるキャラだ。そう、「格好いい女子」。まあ漫画みたいな奴がいることからおかしいのだが、それは一旦置いておいて。

 奴が本当に変なのは性格の方であって、こんなの序の口だ。

 なんであんな酷い性格をしていて嫌われないのか、俺は本当に不思議である。嫌われるどころか、逆にほとんどの人から好かれている気がする。なんだかもう、何もかも恵まれたチートとしか思えない。

 ―――――俺は、奴のそんなところが気に入らないのかもしれない。


 俺はそんな風に考え込んでいると、上から声が降ってきた。

 反射的に上を向くと、またもや見慣れた顔があった。

「なんだよ……真太しんた

「なんだよって、話しかけただけじゃん」

 声の主――――平井真太ひらいしんたは、声変わりした低い声でけたけたと笑った。彼も、少し……いや、大分変わった奴だ。自然にカールした短い髪は、真悟同様、絶妙なバランスで立っていた。

「あれ、真ちゃん。遅かったね」

「そうなんだよ。うちの登校班のクソガキが……」

「うわ、聞かない方がいい?」

 真悟とさりげない会話をしている彼だが、暴走すると人が変わってしまう。先生に対してだけ万年反抗期であり、とにかく食って掛かる。でもそれは暴言を吐いたりするわけではなく、納得がいかなかった時にちゃんと話し合いをしようとするのだが、先生はちゃんと取り合ってくれないことがほとんどなので、真太は先生を限りなく嫌っている。まあ、先生のことが嫌いなのはこのクラス全員ではあるが。

 そんな真太は、授業中とは全く違う穏やかな声で俺に問う。

「そういや夏樹さんは? ていうか女子全員いないし」

 また夏樹かよ……と俺は若干うんざりする。お前ら本当に夏樹大好きだな。

 でもそんなことを言うと、二人ではなく夏樹が怒るので、言わないでおく。

 俺は、そんな邪念を頭から振り払って、何事もなかったかのように言葉を返す。

「夏樹……っつーか女子は、今図書室でお説教中。なんでかは知んねーけど」

 それを聞いた真太はあからさまに嫌そうな顔をして、図書室のある方向を睨み付ける。こいつにとって先生の話題はタブーなのだ。

「あー、確かにちょっと声聞こえるかも、教室隣だし。それにしても、なんだろうね……まあ、あいつのことだからまた変な言いがかりつけてんじゃないの?」

「――――真太鋭いな。まさにそうだった」


 不意に背後からかけられた声と共に、俺の背中に衝撃が走った。

「うおっ、いってえ!」

 情けない悲鳴を上げると同時に振り向くと、決して機嫌の良くなさそうな、当人――――沙上夏樹が立っていた。どうやら、俺の背中を殴ったのはこいつだったようだ。俺は恨みがましく奴を見上げた。

「夏樹!? いつの間に……つーか痛えよ!」

「おーそれは良かったな。殴った甲斐があるよ」

「良くねえし!」

 このドSが……と内心文句を言うが、それを声に出すと今度は顔面にストレートが来る。それをこの場にいる男三人は身を持って知っているので、それについては誰も口を出さなかった。

「先輩、結局なんだったの?」

 先ほどと同じ苦笑いを崩さないまま、真悟は遠慮がちに夏樹に聞いた。遠慮がちなのは、夏樹の機嫌が見るからに悪いからだろう。予想通り、夏樹は図書室の方角を睨みながら言った。

「……ああ、さっき言った通り言いがかりつけられただけ。なんか女子更衣室に落書きがあったとか言ってた。なんで六女だけ怒られんだか意味不だけど」

 真悟が「うわあ……」と声を漏らす。

「六年にもなって更衣室に落書きしたところでさあ、俺らになんもメリットねえじゃん。でもあのクソ教師さ、六年がやったとか決めつけて……」

 「あ、お前女子だっけ」なんて思ったことは言わないでおく。

 真悟と真太は気の毒そうに夏樹を見上げている。この男三人は男子では背が高い方だが、夏樹に背で勝てている奴はいない。いやこいつがでかすぎんだよ。

 夏樹は不服そうな表情かおで、先生―――森秀樹もりひできの向かった方向を横目に、真太の足を蹴る。なんで、と思うだろうが、夏樹は不機嫌になると大概こうなる。自動販売機を蹴るようなノリで他人のこと蹴っているが、何故か怒られることはない。

「うわっ、痛い……痛いって! ちょ、ギブギブギブ!」

 悪いけど真太、ドンマイとしか言えないわ。

 いや、だって何か言ったところで俺も蹴られるってだけだし。

「いやーもうマジであいつウザいわー死ねばいいのにー」

「いやいやいや怖いから!! 目に光がないよ!?」

「……真太、もうそうなると止めらんないから」

「じゃあ俺はどうすればいいの!?」

「耐える」

「無理!!」

 ぎゃああああ、という真太の悲鳴が学校中に響きわたったところで、俺は目を逸らした。ちょっと慣れていても見ていられない。真太は犠牲になってくれたが、こうも機嫌が悪いと他の人にも被害が出そうだ。でも流石に、夏樹も女子に向かって暴言を吐いたり蹴ったりはしないが――――だからといって誰かが止められるという訳でもない。もう夏樹はサッカーでもやればいいと思う。

 もう真太は屍と化しているが、夏樹は気にすることもなく蹴り続けている。いつになくイラついてるなあ、とは思うが………きっと本気で怒っている訳ではないのだろう。俺たちは少なくとも六年間一緒にいるが、奴が本当に怒っているところを見たことはない気がした。おそらく十三回目の蹴りをヒットさせたところで、夏樹は目を細めて呟いた。

「なんなんだよもうあいつ……マジで殺してやろうかッ」

 そんな奴のイラつきがMAXに達した―――その時。


「――――夏樹、そんなに怒らなくても……」


 オカリナの音のような、小鳥の囀りのような―――その声は、夏樹の背後から響いた。え、という声と共に夏樹が振り返る。そこにいたのは、『女神』だった。

 肩で切り揃えられた艶やかな黒髪と、陶器のような白い肌、ブラックダイヤモンドのような光を持つ瞳、そんな目を覆う長い睫毛。そして純白の服を纏う彼女は、まさに『女神』だった。

 誰もが見とれ、一瞬硬直した。振り向いた夏樹も、その動作のまま固まっていた。

 俺が一番先に我に返り、驚きも込めて名前を呼んだ。

「……………坂谷さかたに杏奈あんな

 『女神』こと坂谷杏奈は、微笑みを崩さずに、そのまま首を傾げた。

「なに? わざわざフルネームで呼んだりして」

 杏奈はふふふ、と口角を上げて俺を見る。この人、本当に女神なんじゃないか、と本気で疑いそうになる。夏樹よりも背が高く、高校生や大学生と偽っても全然バレなさそうな大人っぽい雰囲気は、女神に相応しいような気もする。

 久しぶりに顔を合わせたからといって、同級生に見とれるとは……と内心呆れる。あまりにも顔面偏差値高すぎないか、夏樹といい杏奈といい。

 そんな時、固まったままだった夏樹が―――――豹変した。

「―――なぁあああっさまぁあああああああ!!」

「うおっ!?」

 いつもの低い声とは裏腹に、ロリキャラを演じる女性声優のような高い声で夏樹が叫んだ。一瞬誰が声を発したのかわからないくらいの豹変ぶりだ。

 そんな奇声を発しながら、夏樹は杏奈に――――抱き着いた。

「なさまぁぁ! 一生ついていきます!」

「え、なんで? どうしたの夏樹」

 正面から抱き着かれて目をぱちくりとしている杏奈は、なんだかさっきより年相応に見えた。

 ところで――――抱き着いた夏樹は、至福とでも言わんばかりの笑顔で、杏奈を見つめていた。いきなり奇声を上げて抱き着いたものだから驚いたが、今思うといつもこいつはこんな感じだった、と思い出した。

 夏樹は、『女神』な杏奈を異様に慕っている。いや確かに、憧れるのは分かる。容姿はもちろん、勉強であろうが運動であろうが、夏樹と張るぐらいの才能の持ち主である。長所しかなくて、面接で自分の短所が思い浮かばなかったりしそうなほどに。短所といえば――――やはり、性格面だろう。別に夏樹のようにドSだったりするわけではないが。あの人が黒い笑みを浮かべながら見下ろしてきたりしたら、ある意味コアなファンができそうだ。

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