じゃあ神様。戦いとかしたくないので、こういうチートを下さい
寂れた冒険者ギルドに一人の少年がやってきた。この地方では珍しい黒髪に黒い瞳。奇妙な、だが仕立ての良い衣装を身につけている。
その少年は冒険者ギルドのカウンターを見回すと、目が据わった妙に疲れた雰囲気のエルフ娘に近づき、話しかける。
「登録をお願いしたいのですが」
その声を聞いた受付エルフは突如跳ね上がる様に起き上がり奇声を上げた。
「あいえええ! こ、この魔力はありえません! 全属性に適正があって魔力量もSSSS級だなんて!」
電池が切れたようにパタリと机に突っ伏して動かなくなる。固まる少年。
受付エルフの後ろから、年老いかつては歴戦の戦士であっただろうという風貌の老人が現れると、受付エルフの肩を優しく叩くと、少年に顔を向ける。
「すまなかったな。冒険者登録がしたいんだろう? 奥の修練場に来てくれ。そこで次のイベ……いや、腕を見させて貰おう」
「あの、名前書いたり書類読んだりとかはしなくていいんでしょうか? 俺まだ文字が読めなくて」
「まぁまぁ、どうせすぐ読めるようになるんだろ。あっちにモンスター捕まえてあるからそこで強さを見せてくれ、な。武器は剣でいいだろ。魔力量の計測もしてないけど、まぁきっと伝説級だろうし」
「あの、俺の名前は……」
「いいって、こっちが名乗ったってどうせ呼ばれる事も無い」
老人は慌てる少年を手で押さえる仕草で黙らせると、奥の扉へ誘う。有無をいわせず、といった強引さだが、ルーチンワークのようにも思える。
少年は恐る恐る老人について扉をくぐり、冒険者ギルドに併設されている修練場に向かう。そこには大きな檻があり、中からドラゴンが出てくる。
「ちょ、なんでいきなりドラゴンなんですか!」
「どうせ勝つんだろ」
「はい。『神殺斬魔砲!』」
試験はいきなりのドラゴン。しかし少年は伝説の魔法を無詠唱で繰り出し、修練場の壁もろともドラゴンを消し去った。
「はいはい、SSSランクです! もういいか、これで」
「良いかって言われましても」
「お前はドラゴンスレイヤー。剣も使ってないけどだいたいわかったから。早く中古の武器屋とか言って掘り出し物見付けてこい。伝説の剣あるから」
「あの、実は俺お告げで」
「そういうのもいいから。早く迷宮潜ってこい。学園には近寄るなよ?」
あらかじめ用意してあった金色のギルド証を押し付ける。彼が周辺のモンスターをどっさり狩って亜空間倉庫に入れて帰ってくると、ギルドは大出費を強いられるのだ。早く王都とかに行って貰いたい。
「そういえば、登録に来る途中で誰か助けたりしてないか? どっかその辺の王女とか」
「はい。ワイバーンに襲われていた伯爵様を」
「よしそれだ。いいぞいいぞ手際が良いのは良い事だ。数日以内にお前は爵位貰えるから服仕立てておきなさい。代金はギルドにつけておいていいから、伝説の剣拾って王都行きなさい。領地貰ってNAISEIする頃には次の黒髪の新人冒険者が来るから、この街の事はもう気にしなくていい。いっそ忘れてくれ」
やたらと急かされた少年は、背中を押されてギルドから追い出されていった。
武器屋に行けと言ったのにスラムの方に歩いて行ったので、きっと奴隷市場に迷い込むのだろう。まだ大した金は持っていないはずだが、きっとどうにかするはずだ。ギルドとしては出費を最小限に抑えるために彼が出会う奴隷チョロインが安く済む事を祈るばかりだ。とはいえ、奴隷商の方とも話は付いている。黒髪黒眼の童顔の男をみたらあまり無茶な額はふっかけないという取り決めだ。
老人は緑色の渋みの強い茶を入れると、受付のエルフの前に置いた。
「もう、常識がなんなのかわからなくなってきましたよ。毎日毎日……」
「そういうのをな、日刊っていうんだ。気にしたら負けだ。彼らの活躍を追って応援するのはなかなか楽しいぞ?」
「そんなもんなんですかねぇ。世界崩壊寸前の魔物災害なんかも頻繁に起きてますし、平和に暮らすって難しいですね」
「いや。そういう災害は彼らが全部何とかしてくれてるだろ。俺らは英雄達の無名時代をサポートしてやれば、あとは安泰に暮らしていけるんだよ」
甘く煮た豆を固めた茶菓子を頬張ると、エルフ娘の危惧を杞憂だと教えてやる。
彼は知っているのだ。世界は平和であると言う事を。
「神様が頑張ってお仕事されてるからな」
「あれ、ギルド長って神様を信仰されてるんでしたっけ?」
「おう。超信じてる。マブダチみたいなもんだよ」
「なんなんですか、それ」
けらけらと笑うエルフ娘。エルフは種族的に独立独歩の精神が強い。そのせいか、あまり神頼みと言う事をしない。だから、彼の神への感情が信仰とはかけはなれている事に気付いては居なかった。
彼は神を信仰していない。知っているのだ。神様という存在は気軽にとんでもない事をやらかすと言う事を。
頻繁にミスで人間を殺すし、お詫びの為にいろいろ願いを聞いてくれたりもするのだ。
「『魔法とかある世界に転生したいです。でも戦ったりとかは怖いので街で真面目に働いて英雄のSUGEEEEを見て楽しみたいです』なんてな。無茶な願いをする方もする方だけど、叶えてくれちゃう神様も神様だよな」
なんとなくカッとなって書いた。後悔はしてない。