最近のオモチャって、すごい!
大学時代の友達と、とある週末に一泊二日の小旅行に行った時。
時間調整で入ったカフェで、私は一目ぼれをした。
今どき一目ぼれなんてと自分に言い聞かせたけど、新しい週が始まっても忘れられず、また次の土曜日、あの彼がいるカフェに行くために電車に乗っていた。
それから毎週土曜日、もしくは日曜日に電車に乗ってカフェに行く。
本当は土日のどちらも行きたいけれど、あまり通いつめると怪訝に思われるかと我慢して。
それなのに観光地だから当然のように休日は混雑していて、粘っても一時間ほどしかいられない。
名前は青沢君。
名札は付けていないけれど、同僚の子がそう呼んでいたから。
ああ、いいな。私もここでバイトしたいな。……無理だけど。
平日は仕事があるし、自宅はここから電車を乗り継いで二時間近くかかる。
無理どころか、志望したら怪しまれるよね。
青沢君はどうやら近くの大学に通っている模様。
彼女は……いるのかな?
片手に持った本に目を向けることもなく、ちらちらと彼の動きを追う不毛な週末を十回過ごして、十一回目の日曜日。
レジを担当してくれた彼に、勇気を出して連絡先を渡した。
沖江渚と名前を書いたカードに携帯番号からメルアド、SNSのIDを添えて。
何でもいいから、とにかく何かで繋がりたくて。
次の週末は用事が重なってどうしてもカフェに行けなかった。
正直に言うと、ほっとしてる自分がいる。
一週間、何も、どこにも連絡がなくて、それでなお彼に会いに行く勇気はなかったから。
このまま週末のカフェ通いもやめよう。彼のことは諦めよう。
そう決意した月曜の夜、携帯に届いたメール。
――リーフ・カフェの者です。
知らないアドレスからのちょっとぎこちないタイトル。
そうだ。青沢君は私が名前を知っていることを知らないから。
浮かれた気分でメールを開こうとしてふと思う。
ひょっとしてカフェの店長からだったり? うちの店員に付きまとうなっていう注意だったら?
ドキドキしながら震える指先で画面を押す。
――先週の日曜に連絡先を頂いたリーフ・カフェの青沢敦です。
何て連絡しようかと迷ってるうちに、一週間が経ってしまいました。すみません。
昨日も一昨日もカフェに来られなかったから心配になりました。
また連絡してもいいですか?(^o^)/
朴訥な文面に彼の性格がにじみ出てるようで、最後に付け足された顔文字がなんだか浮いてて。
迷惑がられてなかったことにほっとして、連絡をくれたことが嬉しくて。
ちょっと涙ぐみながら返信をした。
何度も何度も打ち直して、おかしくないか考えて。
それから、何度か会うようになってわかったこと。
彼は――敦はちょっと内気で口下手。
今まで付き合った子には、何を考えてるのかわからないってよく言われたとか。
もしかして、来る者拒まず、去る者追わず?
特にかっこいいってわけでもないんだけど、時々みせるはにかんだ笑顔がヤバイ。
そう。この笑顔に私はやられたんだ。
口下手な彼はあまりしゃべらない。
だけど、私が話しかければちゃんと応えてくれる。
最初の頃は沈黙が気まずくて、とにかく私はしゃべり続けた。
家族構成や趣味、特技。好きな芸能人、物、場所。苦手な教科、食べ物。
色々と訊いて、必要以上に自分のこともしゃべったりした。
次第にネタは尽きていったけど、何かないかと探す。
「敦の大学って、この前すごい有名な作家が来たんだよね?」
「うん、らしいね。でも、あまり文学には興味ないからよく知らなくて」
「そっか……」
実は私も文学にはまったく興味ないんだよね。本はもっぱらマンガ専門で。
「えっと、確かこの前ノーベル賞もらった人もいたよね?」
「うん、あの人は本当にすごいと思う。あの教授はなんていうか……考え方が好きだな。分野は違うけど、めちゃくちゃ尊敬する。インタビューとかコメントとか色々と見て……俺も頑張ろうって思った」
「分野が違っても?」
「分野は違っても全く関係ないわけじゃないから」
「そうなの?」
「うん。……例えばこの前の物理学賞で話題になった粒子、あれは何十年も前からその存在が予言されてたんだけど、研究者たちが実験に実験を重ねてやっと、その存在が確認されたんだ。その確認実験が行われた研究施設にある巨大加速器――実験装置だって、設計し、制作し、組み立てた技術者たちがそれぞれいたわけだよね。それにスポンサーだって必要だし。たくさんの人たちの力があってこそ成し得たことだと思うんだ。まあ、資金に関しては本当に頭の痛い問題で、最近のニュースでも話題になってる薬の臨床試験の不正データ操作も、資金の欲しい大学側と製薬会社との癒着が……って、ごめん。熱くなりすぎた」
彼がこんなにしゃべることに驚いて、たぶんそれが顔に出てたみたい。
私としては彼の新しい一面を見れて嬉しかったけど、敦は気まずそうにうつむいた。
彼は自分の好きなことにはすごく熱くなる人なんだ。
いつか私のことでもこんなふうに熱くなって欲しいと思う。
「じゃあ、敦はそういう方面に進みたいの? その……すごい実験ができるような装置を作るとか?」
「いや……そうじゃなくて……」
もう少し彼に話を続けて欲しくて、投げかけた疑問。
でもこれは失敗だったみたいで、彼はそれきり黙ってしまった。
ひょっとして明後日な方向のことを訊いたのかな? それで呆れられた?
その日は心配で仕方なかったけど、いつしかそれも気にならなくなってた。
そして付き合い始めて半年。
週末には彼の部屋に泊まるようになった。
土曜の夕方に彼の部屋に行って、ご飯を作って待ってみたり、たまにはバイトが終わる時間に待ち合わせて外で食べたり。
日曜の午前中はゆっくりして、お昼を食べたら彼はまたバイト。
親御さんからの仕送りだけじゃ足りないので、バイトは欠かせないんだけど少し寂しい。
本音を言えば援助したいくらいなんだけど、それはやっぱり無理な話で、外でご飯の時もワリカン。
社会人の私と三歳年下の学生の彼とは、そのあたりがなかなか難しい。
そんな日が続いていたここ最近、彼の様子がおかしいことに気付いた。
二人の間に落ちる沈黙は、今では心地良いものになって、同じ部屋にいてもそれぞれ別のことをしたりもする。
だけど今、部屋に二人でいてもどこか彼は落ち着かないみたい。
ひょっとして、私にもう飽きてきたとか?
そんな心配も頭をよぎる。
そしてある日気付いた彼のバイトのシフト。
机の上に置いた卓上カレンダーには、私にもわかりやすいように予定を書き込んでくれてる。
そこに秋の行楽シーズン三連休、初日の土曜日にはっきり丸印が付けてあって、そこから日・月とバイトの予定が入ってなかった。
観光地にある彼のバイト先はかき入れ時なのに?
これはひょっとして……初めての旅行とか?
まだ何も言われてないのは、サプライズのつもりだったりして。
付き合いだしてからは休日にあまり予定を入れなくなっていたけど、それでも自分のスケジュール帳に“?”マークをしっかり三日分書き込む。
いったい何だろう?
その日から一カ月、わくわくしながら待った。
それなのに――。
「ごめん、今度の三連休は用事があって会えない」
「……用事?」
「ん……ちょっと……」
「……電話してもいい?」
「うん、もちろん」
「わかった」
勝手に期待してた自分が悪いんだけど、これほどショックなことはないよね。
それにしても、〝ちょっと″っていう用事って何?
浮気? 浮気相手と旅行?
そんなわけないと思いつつ、もやもやが溜まっていく。
直接訊けばいいのに、年上だからって余裕ぶって理解あるふりをする。
ああ、もういや。
結局、あの三連休が何だったのかはわからない。
毎日電話すると、ちゃんと出てくれたし。
でもどこか上の空だった気がする。
もやもやが溜まったまま、一か月が過ぎた頃、それは発覚した。
土曜の夜、彼の部屋でシャワーを浴びた後。
いつもは髪を乾かしてから出るけれど、この日は化粧ポーチを取りに部屋へ戻ろうとした。
そして聞こえてきた彼のすごく楽しそうな声。それから女の子の声も。
電話? どういうこと? 相手は誰?
しばらくその場で立ちつくしていたけど、勇気を出してそっとドアを開ける。
すると彼は慌てて何かを閉じ、隠した。
もう無理。我慢できない。
「何?」
「え?」
「今の何? 何か隠したよね?」
「いや……」
「それに誰かと話してたよね? 誰?」
「……甥っ子」
「はあ? 何それ?」
「いや……本当に、甥っ子と話してた。……ボイスチャットで」
「……ボイスチャット?」
「うん、これで……」
彼がおそるおそる出したのは、青色にキラキラ光る四角いもの。
確か昔、脳を鍛えるのが流行った時、お父さんが買ってきたものと似てる。
「ゲーム?」
「うん」
「それでチャットって、無理がない?」
「いや、ホント。ちょっと待ってて」
疑う私に、彼は困ったように笑ってゲーム機を開いた。
そして何か操作して話しかける。
「唯太? 兄ちゃん、用事があるから続きは明日の夜な?」
『は~い! んじゃ、またね~』
本当にゲーム機から声が聞こえてきたのには驚いた。
甲高い声はこうして聞けば、確かに子供の声だ。
でも確か、甥御さんって遠くに住んでたよね。
最近のオモチャって、すごすぎない?
「……疑って、ごめん」
「いや、俺も隠してたから」
「……」
「……」
「何のゲーム?」
「……パチモンX」
「って、たしかペカチュウとかの?」
「うん、この前三年ぶりに新作が出たから」
この前? いや、まさかね。
頭に浮かんできた考えを振り落とす。
「甥御さんのためにゲームしてるの?」
「……いや……俺自身が好きで……さっきはモンスター交換してた」
「パチモンが好きなの?」
「うん、ゲーム全般好だけど、特にパチモンは子供の頃からずっと好きで、今回の新作もすごい楽しみにしてたんだ」
「それって……いつ出たの?」
「先月の12日」
やっぱり! あの丸印はパチモンの発売日だったんだ!
「じゃあ……この前の三連休の用事って……?」
「……ごめん。じっくりパチモンをやりたくて」
「ううん、謝る必要はないよ。けど、そんなに好きなんだ……」
「うん。小さい頃からこのゲーム作ってる会社に絶対入りたいって目指してたくらい。今はゲームに関連する仕事に就きたいって思ってて……。実はこの大学に進んだのも、このゲームの販売元の本社が近いから……」
顔を赤くして言いにくそうに話してくれる敦はすごくカワイイ。
って、男性にその言葉はもちろん言えないけど。
「でも、何で今まで隠してたの? ちゃんと言ってくれたら……。好きな物とか、趣味とか訊いた時にでも」
「嫌われたくなかったんだ。ただでさえ俺は渚より三歳も年下なのにパチモンなんてって、これ以上ガキっぽいって思われたらすげえ嫌で……。ゲーム好きなんて気持ち悪いって思われたら最悪だから……」
やっぱり、カワイイって言わなくて良かった。
それにしたって、気持ち悪いなんて絶対思わないのに。
ほっとしながら、改めて敦の言葉に心がじんと温かくなってくる。
要するに、今まで私を優先させてくれてたってことだよね。
この前の三連休はゲーム優先だったけど、それだって三年ぶり? だし仕方ない。
「そんなことくらいで嫌いになったりしないよ。そりゃ、ゲームばっかりだと嫌かもだけど、今までずっと私の前では我慢してたんでしょ?」
「……うん」
それからたくさん話をした。
今まで勝手に開けることのなかったクローゼットの中も見せてもらう。
その中にある引き出しには、たくさんのゲーム機やソフトが入ってて驚いた。
私でも知ってるゲームもいくつかあって、その一つで一緒に遊んだ。
色々なキャラクターでレースをするゲームで、ハンデをもらってもやっぱり彼には勝てなくて。
普段はネットで世界中の人たちと対戦しているらしい。
ただのオモチャだと思ってたけど、最近のゲームって、本当にすごい。
「もー。せっかくこの金ぴかハンドル貸してもらったのに、また負けた~」
「それ、色が派手なだけで、普通のとどこも変わらないから」
「でも、勝てそうな気がしたのに……。それにしても、こんな色のまで売ってるんだね」
「いや、それは非売品。クラブニンタイドーでポイントと交換してもらったんだ。他にも花札もらったり、このカレンダーも毎年それでもらってるやつ」
「あ、ホントだ……」
今まで気にもとめなかったけど、シフトを記入してる卓上カレンダーには赤い帽子のヒゲおじさんがニッコリ笑ってる。
よくよく観察すれば、部屋の中にはそれらしき気配もいっぱいあって、おかしくなった。
こんなにヒントはたくさんあったのにね。
そして彼と会えない平日。
ノー残業デーの仕事帰りに家電量販店に寄ってみた。
目的はパチモンXの購入。
初心者でもちゃんと出来ると店員さんに聞いて、必要なものを揃える。
家に帰ってさっそく始めたものの、さっぱりわからない。
旅に出ても全然進めなくて、結局その週末に彼に頼ることになってしまった。
敦は私がパチモンをやり始めたことに驚いたけど、すごく喜んで色々なことを丁寧に教えてくれた。
面倒がられたらどうしようかと少しだけ心配だったから、ほっとひと安心。
むしろ熱く熱く、たぶんその情報はいらないってことまで教えてくれて、ちょっとだけ引いた。
でもそれがまたカワイイ。内緒だけど。
やっぱり、好きなことにはすごく熱くなる人なんだね。
彼の大好きな趣味を知ってから変わった私の日常。
今までよりずっと深く、彼と繋がれることが嬉しい。
さあ、今夜も彼と一緒にいっぱい狩るぞ!
彼と離れていても、こうして一緒に楽しめるなんてすごく幸せだよね。
本当に、最近のオモチャって、すごい!