6話 銀髪の店主
「いらっしゃいませ!」
店に入ると鈴を鳴らしたような可愛らしい女性の声が耳に届いた。見ると、なぜか頭上に三角巾を浮かせた銀髪で色白の美少女が商品棚の掃除をしていた。どうやら彼女が店番をしているようだ。
歳はだいたい俺やアイと同じぐらいだろう。ならば、この店に雇われて働いてる子に違いないと勝手に思った。
「あ、アイ様でしたか! お久しぶりです!」
「久しぶりね。ラミリ―店長」
「もう! 店長は付けなくていいっていつも言っているじゃないですか!」
どうやら俺の予想は外れたらしい。まさかの店長でしたか失礼しました。俺がそんな風に内心で頭を下げていると、若過ぎる店長はゆっくりとだが、こちらに気付いたようだ。その時、彼女の胸がたゆんと揺れた気がした。
咄嗟に目を逸らし、振り返ったアイと目が合ってしまう。おそらく、ラミリ―の胸を見ていた事はばれていないだろうが、とてつもない罪悪感に苛まれた。
「…………」
なぜならアイを見た瞬間、不憫に思えてしまったからだ。どうして彼女はあんなにも薄いのだろうか。目の前のラミリ―といい、母親のユウさんといい、この娘の周りには持つべき者が多過ぎた。
(強く生きろよ、アイ……)
「なぜかしら? 今、アンタを燃やしても罪悪感を抱かない気がするわ」
直感で俺が無礼な事を考えていたと気付いたのか、アイは鋭い眼光を俺に向けてきた。
「き、気のせいだろう……っ!?」
「や、やめて下さい! わたくしの店でそんな物騒な物を構えないで下さい!?」
さすがに殺されるとまでは思っていないが、殺気は凄まじかった。しかもラミリ―の胸が揺れた直後のタイミングで、俺の方を見るという確認の速さが半端なかった。
そんなアイが目だけで俺に訴え掛けてくる。
比べてんじゃねぇぞ、と。
物言いは俺の脳内変換によって目付きと相応なものに変えられていた。それほどに彼女の目が怖かったという事だ。
「まあ、いいわ。それとラミリ―。アイツの前でなるべくそれを揺らさないでちょうだい」
「それ……とは?」
アイの言っている意味が分からなかったのだろう。彼女は可愛らしく、小首を傾げてみせる。
それとさっきから気になるのだが、頭上の浮くその三角巾は何だろう。どうして頭から離れた場所で三角巾が浮遊しているのか気になって仕方なかった。
きっと浮遊でも発動してるんだな、と意味も無い自己完結をしていると、今度はアイの方がキョトンとした表情を浮かべていた。
「え? 私の口からそれを言わせる気? 嫌よ? あの日からその単語を言う度、胸が張り裂けそ……うぐっ」
馬鹿だ。馬鹿が居るぞここに。その言いたくない単語を自分で口にしていては世話はない。だが、俺はその言いたくない単語に対して腑に落ちない気分になっていた。
「お前、俺と初対面の時、連発してなかった?」
たしかお母さんのがーとか。私のがーとか口に出していたはずだ。それをなぜ今更になって、そんな事を言い出すのか不思議でならなかった。
「う、うるさいわね! その日はまだ大丈夫だったんだから良いでしょ別に!」
じゃあ、あの日というのがきっかけになっているのだろう。それがどんな日なのか、俺には見当もつかないが。
「と、ところでその方はどちら様でしょうか? 見かけた事のないお顔ですが……」
「ああ、俺は初めてこの街に来たからな」
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「えっと……」
俺がどうするべきか悩んでいると、アイは「大丈夫よ」と口だけを動かして教えてくれた。それを信じて口を開こうとして――
「ああ、異世界人なのですね?」
「――っ!?」
出掛かった言葉が全て、消えていくような、そんな衝撃に襲われた。
(こいつ、何で俺が異世界人だって知って……!?)
まだ説明もしていない事がどうしてバレたのか。何かの魔法でも発動したのかと警戒の色を強くしていると、アイが目でさっさと自己紹介なさいと促している事に気が付いた。仕方なく、彼女の前まで歩み寄る。
「俺はヨウタ・ヤスナギだ。つうか、まだ言ってないのにどうして俺がこの世界の住人じゃないって分かったんだ?」
「ヨウタ様ですね? 覚えました。わたくしはラミリ―・トトリポートと申します。どうぞ、ラミリ―とお呼び下さい」
ラミリ―はそう言って、深々と俺にお辞儀をしてきた。日本人として、それもバイト戦士だった性なのか、俺もつられて頭を下げてしまっていた。脳内では「あ、これはご丁寧に」というアナウンスが流れたのは言うまでもないだろう。
(くそ、つい癖で反応しちまった……!)
「ラミリ―。それで、どうして分かったんだ?」
反射的に頭を下げてしまった事を突っ込まれるのが嫌だったので、話題が変わらないうちに答えてもらおうとした。するとラミリ―は少し思案顔をして口を開く。
「わたくしの言葉を思い出して頂けると、その理由が自ずと見えてくるかと思いますよ?」
ニコっと笑顔を浮かべる。ただでは教えないという事なのだろう。なんとも食えない性格をしている奴だった。そのくせ、さっきの笑顔はまるで天使のようなのだから始末に負えない。
とりあえず、ラミリ―が口にした言葉で自己紹介以外に覚えている台詞を言う事にした。当たっていれば、微笑むなどの反応を彼女なら返してくれるだろう。根拠はないが、そんな気がする。
「いらっしゃいませ……?」
「確かに言いましたけど!」
どうやら違ったらしい。ぶっちゃけ、もうお手上げだった。
「わるい。これ以上は覚えてない」
「ラミリ―はさっき、アンタの事を見かけた事のないお顔って言ったのよ。それがヒント。というか、ほとんど答えね」
「ふふふ、その通りです。アイ様」
俺は事情を知るであろうアイから答えを兼ね備えたヒントをもらうが、未だにさっぱりしたままだった。はて、初対面なのだから見かけない顔なのは当たり前である。
それどころか、俺の事をどこかで見かけて、それを覚えているというほうが凄いと思った。
(というか、見かけた事ない? それってもしかして……)
「なあ、質問良いか?」
「どうぞ」
「それって規模で言うとこの王都で納まるのか?」
「ふふ、もっと広いですね」
ああ、そうか。なるほど、分かった。そういう事か。
「じゃあ、一応確認するけど、それって世界で俺を見かけた事がないって意味で言ったのか?」
「大当たりです」
ラミリ―はその瞬間、わざとらしくパチパチと拍手をくれた。俺はそれを複雑な気持ちで聞いている事しか出来なかった。
「つまり、この世界に居なかった存在だから俺が異世界の住人だっていう事に気付いたって訳か…………どんだけだよ」
それはまさに有り得ない事だった。今だってこの世界で人口は増え続けているはずである。それこそ種族問わず、交わった番いの数だけ沢山産まれているはずだ。
それを一瞬で把握するぐらいのレベルでなければ、そんな気付き方は出来ない。もしや、これも魔法の力なのか。
「いちいち驚いてちゃ切りがないわよ、ヨウタ」
「いや、だってよ」
驚くなという方が難しいだろうこれは。どう頑張ったって有り得ない。それこそ名付魔法等という規格外の力がない限りは。
「ユニークは関係ないわよ。これはラミリ―の産まれもっての性質。先天性の魔法みたいなものね」
「……どういう事だよ?」
俺が訳も分からずそう返すと、突如、ラミリ―が眩い光に包まれた。その一瞬だけ、目を瞑り、再び開けてみると、そこには衝撃的な物が見えていた。
「なっ!? 三角巾が胡散臭い天使の輪っかに……!」
「う、胡散臭いとはなんですか!? 失礼しちゃいますね! 本物ですよ、これでも一応」
「本物……?」
にわかに信じられなかった。どうしてここに天使が居るのか。魔法を見慣れてきた俺でも他種族をこの目で実際に確かめるのは初めてだったので少なからず衝撃が走っていたのだ。
おそらく、彼女は神人種。俺がこの世界来て、初めて遭遇した違う種族の人間だった。