5話 王都に向かって
家に着くと、いきなりアイに外へ連れ出された。なんでも王都に行くらしい。そこで買い物を済ませるのと、ついでにハンターギルドに連れて行ってくれるとの事だった。
王都は山を越えた所にあるようで、村からけっこう距離がある。それでも村から半日もあれば往復出来るようだ。
村といえば、あそこは皆親切で優しい人ばかりである。そのほとんどが年寄りばかりで五十人も満たない小さな村だが、それゆえ一人一人の結束が強かった。他所者の俺を何の躊躇いも無く受け入れてくれ、時々話しかけてくれる。そんな優しい村だ。
ユウさんもアイが産まれる前はあの村の住人ではなかったらしい。しかし、その時も簡単に受け入れられ、打ち解けて行ったようだ。その影響なのか、産まれも育ちもあの村であるアイは、よく言えば人懐っこい性格となっていた。自分が思った以上に遠慮が入ってしまう俺にとって、少し羨ましいとも思えた。
さて、現在は山の中腹を下って行くところである。ここを降りて、その先にある橋を渡れば門番が居るので、アイのギルドカードを見せれば通してもらえるようだ。俺はその付添として入れてもらえるのだとか。
「しっかしまあ、片道六時間は遠いな。家を出てから今、大体どれくらい経った?」
「う~ん……太陽の位置から見て、四時間ぐらいってとこかしら」
「そっか。まだ二時間分の距離はあるんだな」
「まあ、高速移動を使えば走って行けると思うんだけど、あれは走力と脚力と一緒に俊敏性が上がるだけだから、体力や持久力までは上がらないのよね」
付加魔法の高速移動は大よそで元々の三、四倍のスピードで駆ける事が出来るようになっている。本人の足の速さにも比例するもので、素早さの上がり方は個人差があった。事実、俺よりアイの方が速いのではないだろうか? というか、俺がアイに勝るところなんて魔力量ぐらいしかねぇぞ。
「地道に足で進めって事だな……」
「そうゆう事。まあ、本当は転移という簡易魔法があるのだけど、一度行った場所ではないといけないしね」
なるほど。その転移という魔法が俺の想像通りなら、アイは一人でも先に王都に行けるようだ。
「ん? あれは?」
会話の途中で俺の目に見た事も無い魔物が映る。身体の前半が猪で、後半が蛇のような魔物だった。山の中で初めて見かけた魔物の姿はなんとも珍妙な奴だ。
「あれは、ボアボアね」
「ボアボア?」
(なんとダサいネーミングだよ。そのまま繋げただけじゃねぇか)
俺が会った事も無い名付け親に呆れていると、なぜかアイは武器(弓)を構えていた。
「お、おい。何してんだよ? まだ見つかってないんだから大人しくしといた方が……」
「あれを仕留めれば、買い物の手間が省けるでしょ」
(こいつ、今何て言った? 買い物の手間が省ける? まさか、喰うってか!? 魔物を喰うってか!?)
俺が驚いていると、アイは更に驚く行動に出る。それは――
「ちょ、おま! 鏃が燃えてるんですけど!?」
こんな燃えやすい物がいっぱいある場所で何を考えているのか。山火事でも起こす気ですか、こいつ。
「しっ! 静かに! 逃げられるでしょ。アイツは見た目の割に臆病で逃げ足が速いんだから」
「いいよ。むしろ逃がそうよ」
はっきり言って、あんなの喰いたくなかった。つうか、さっさとその火を消せって。
「バーニングアローッ!」
「――っ!?」
アイは外れる事や山火事を恐れていないのか、引き絞った弓から矢を放った。その矢はいつもフレイムアローとは違って、鏃だけでなく、矢全体が炎に包まれていた。
(こいつ、本当に放ちやがった!?)
最早、驚きを通り越した気持ちでその矢の行方を見つめていると――
『……っ!?』
――なんと矢はボアボアの身体に刺さるどころか貫通し、炎が消えた状態で木の幹に突き刺さったではないか。ボアボアの身体はビクンと震えあがり、一瞬だけ痙攣する。
そしてそのままズシンと地響きをあげて倒れると、ピクリとも動かなくなった。なんという一撃必殺。言葉もないとはこの事だ。
(やっぱ今まで手加減してやがったな、こいつ……!)
本気を出されるよりはマシだが、炎の消えるタイミングまで計っていたとは恐れ入った。さすがは必中の弓矢は伊達じゃないという事か。
「ふぅ……火が消えてくれてよかったわ」
「え? ちょっと待て。お前、消えるって分かってて放ったんだよな?」
「全くの偶然よ。奇跡ね! 木にぶつかった時は焦ったもの」
(ちょっ、この女、マジで頭より身体が先に動くタイプだ!)
もうびっくりである。一発、殴ってやろうかなと思ったぐらいびっくりである。それぐらい大事になるかもしれない事を仕出かしたのだ。しかし、俺もアイに意見が出来るほど立場が大きくないので自重する事にした。
なにせ、アイは俺の師匠も同然なのだ。師匠を信じてやれなくて、何が弟子かという事だ。まあ、本音を言うと説教とか柄じゃないからだけど。
それからボアボアに向かって簡易魔法:収拾を(触れた物を違う空間にしまっておく魔法)使ったアイはすぐさま俺の隣に並んで歩きだした。
「さっ! 行きましょ」
「ああ」
二時間ちょいが過ぎてようやく、王都の門前まで辿り着いた。
「止まれ! …………よし、入って良いぞ」
「それと連れもいるけどいいかしら?」
「かまわん」
「そ、ありがと」
アイと門番のやりとりはそれぐらいだった。なんだか自棄にあっさりとした門番である。ちゃんと仕事はしているのだろうか。
「ここのギルドは全ハンターギルドの総本山と呼ばれているの。ハンターギルドは各国家に一つは支部を構えていて、組織力でいえば第四の勢力が創れるとまで言われているわ。それだけにギルドカードを持つ事には責任が伴うし、不正やら犯罪を犯せばただ事じゃ済まなくなる。だから門番も信頼を持って国に通す事が出来るのよ」
「へぇ。凄いな」
特に第四の勢力の辺りが。おそらく人類種、魔人種、神人種などの種にこだわり持たない新たな勢力になるのだろう。それほどアイが所属するハンターギルドとは大きい組織らしい。
「まあ、組織の大きさでいえば次に大きいのがアイリス教ね」
「アイリス教?」
聞いた事がない宗教だった。いや、この世界に来てからまだほんの一カ月ちょいだから、まだまだ知らない事で溢れていてもおかしくないけど。
「人類種が神人種を崇めるというよく分からない団体よ。この王国にも居るから、口を滑らせて悪口とか言っちゃ駄目よ?」
「いや、知らないうちに何が悪いとか決めつけるような性格じゃねぇよ……多分」
「そう。なら大丈夫ね」
「ちなみ悪口を言ったらどうなるんだ?」
「信者にどこまでも死ぬまで追いかけ回されるわ」
(怖っ!? 狂信者、怖っ!)
俺達はそんな仕様も無いやりとりをしながら王都の街を歩いていた。さすがは王都とあって、村に居た時とは活気が違う。あちらこちら客の呼び込みや談笑やら聞こえてくる。とてつもなく賑やかな場所だと思った。
「ところで最初はどこに行くんだ?」
「まずはアイテムショップね。店主が知り合いだから、顔を出しておきたいのよ。そろそろマジックポーションも切れそうだしね」
「マジックポーション?」
ゲームとかならお馴染みの名称だった。俺の知っているマジックポーションと同じ意味なら、まず間違いなく魔力を回復させる薬だろう。
「魔力を回復させる薬だけど――」
やはりそうか。魔力というのは無尽蔵ではない。せっかくクエストをクリアしてもその後に襲われたりでもしたら、意味がない。加えて普通にクエストをしていて、魔力切れを防ぐのに必要なのだろう。
きっと魔法が主軸となるこの世界では、そのマジックポーションというのは欠かせないアイテムとなっているはずだった。
「――ヨウタにはあまり必要ないわね」
「は? 何でだよ?」
「だって回復なんていっても、何百って単位よ? アンタの魔力量だと何本飲ませれば気がすむのよ」
「そういう事か……」
たしかに俺の魔力量では何百という量は大して回復とは呼ばない。そもそも名付魔法を使わなければ、マジックポーションなど必要ないぐらい保つ事が出来るのだ。
魔物とかの戦いになったら、あとは機転を効かせるだけで済むと考えれば安いものだろう。
「着いたわ。ここよ」
「…………」
《雑貨屋ラミリ―》
そこは街の喧騒が嘘のように思える寂れた小さな店だった。
次回、新キャラ登場予定