3話 成長と関係の進歩
3話目です
バラスティア親子のお世話になり始めてから今日で三週間の月日が経った。
最初は使い慣れていなかった簡易魔法と属性魔法も今ではそこそこ扱えるまでになっていた。
アイ曰く、飲み込みが早過ぎるのだとか。名付魔法といい、本当に異世界人なのかと尋ねられたほどだった。
しかし、俺のステータスに載っていた出身を見て、なんとか納得してもらえる事になった。
なんでも、どんなに素性の知れない者だろうが、ステータスは決して嘘を吐かない証明みたいなものらしい。なので出身が不明というのは、どうしても有り得ないという事だった。
「フレイムアロー!」
そんなステータスすら匙を投げる世界から来た俺は、アイの手解きにより今度は戦闘訓練も行っていた。今日は岩場の多いグラウンドのような場所を使っている。アイの格好は動きやすいように袖のないシャツにミニスカートである。正直言って、彼女の特訓はスパルタだった。
先程ので技名で分かると思うが、生身が相手でも平然と矢を放って来るのだ。考えれるか? 鏃が燃え盛る矢がわざとらしく身体のスレスレを通って行くんだぜ? しかもアイの顔はいつでも当てられるのよ、と優越感に浸っているようだし。
「ちょっ!? おま、鬼かコノヤロー!」
ヤバい物はヤバいので、文句を呑みこむ事なく、発すると更なる試練が待っていた。
「フレイムアロー! フレイムアロー! フゥレイム……アローッ!!」
「おぉっと! 洒落になってねぇぞテメェそれは!?」
「ならいつもみたいに、あの魔法で防いで見る事ね!」
「くそ……っ!」
俺は毒づきながら飛んでくる無数の矢に向かって手を翳した。
そして、ただ単純に念じる。
止まれ、と。
すると、無数の矢の動きは瞬く間に停止してしまった。空中に浮かんだまま、何かに支えられているのかのように止まっている。制限時間内で決して動く事のない。ある意味、最強の瞬間が出来ていた。
「フレイムアロー!」
アイが今一度矢を放つ。
しかし、その矢は先に放った矢と同じ場所に来た瞬間、ピタリと停止してしまった。
そう、あの場所は既に停止の壁が出来ているのだ。どんな物でも通さない無敵の防御空間が出来ていた。
「なら!」
ただ残念なのが、正面しか停止出来ないので、回り込まれたら無駄なのと、生物には効かないという事だった。
この前、実験で魔物のグランドコヨーテに時間魔法を発動したのだが、一切動きを止める事はなかったのだ。あれはマジでビビった。「止めた!」と思ったグランドコヨーテが平気そうな顔で俺に迫って来た時は、死ぬかと思った。魔物も「何やってんの、こいつ?」みたい表情を浮かべるのな。
それでも魔法攻撃とかは止められるようで、グランドコヨーテから放たれた泥団子のような玉は、俺に届く事はなかった。
あの実験で分かった事は、生物の動きは止められないという事と魔法や道具の動きは止められるという事だった。
身体を使った物理攻撃なら痛いが、道具や魔法を使った攻撃なら俺はある意味無敵であると分かった。
そう考えると、俺も生物のうちに入るから、傷を負う前に戻す事は不可能という結論に達した。やはり誰か治療してくれた人がいるのだ。
どこかで会う機会があったら、きちんと礼を言おうと思う。
「こっちはもう回り込まれる事は分かってるんだよ!」
「ならどうするのかしら? フレイムアロー!」
「こうするんだ!」
そう言って俺は、アイに向かって手を翳した。炎の矢を止めていても埒が明かないと思った俺は、アイの――正確には動き周るアイの足に向かって《時間魔法》を発動したのだ。
するとどうなる?
「きゃっ!?」
その場に固定された靴がアイの足を取り、シンプルに彼女は転ぶ事になった。その瞬間、間一髪のところで矢を避けていた俺は、アイの服に向かって《時間魔法》を発動させた。
前のめりに倒れた状態で、地面に身体を押し付けていた。
ミニなのでスカートが少し捲くれていたが、見ていない事にしよう。
「ハハハハ! どうだ動けまい!」
「くっ! 段々、使い慣れてきてるわねその魔法……!」
その通りだった。もう一方の《断罪魔法》に比べて、こちらの名付魔法は少しは使い慣れてきていた。でもまだタイミングやら何やら発動する環境を考えないといけないので、使いこなせてまではいないが。消費量も考慮しなければならないので、考える事は沢山あった。
「ハハハ! 散々、遊んでくれたな! ここからは俺のターンだ!」
それより今は現状を楽しむ事にした。こいつ、どうしてくれようか? ホント、どうしてくれようか!?
「な、なによ!? どうする気? 私に一体、な、なな、何をする気なの!?」
顔が上げられず、地面に顔が近い事で迫り来る俺の足音がはっきりと聞こえるのだろう。恐怖によって声が少し震えていた。
だがそんな物は関係ない。俺の感じた恐怖に比べれば、アイの感じる恐怖など些細なものなのだ。こちとら矢の動きを止めなくては、あっという間にお陀仏だという恐怖を何度も味わっていたのだから。
その間に浮かべるアイの憎たらしい顔と言ったら……三度目だが、こいつ本当にどうしてくれようか!
「い、いや……来ないで……」
「フヒヒ」
なんかもう、自分から漏れる笑い声がヤバかった。これ、見ようによっては完全に変態である。
俺ですらそう思ったのだから、襲われるかもしれないという恐怖を味わっている
アイにはどう感じられただろうか。答えは簡単――
「キャアァァァァァァァァァッ! 強姦魔! 変態! 不審者! 性犯罪者! 来るな! 来るな! 私に近付くなぁぁぁぁぁぁっ!?」
――こうだ。
俺は精神に対する攻撃には耐性がなかった。
(なんだよそれ……。そこまで言わなくたっていいじゃねぇか、ちくしょう……)
膝を地面に着き落ち込んでいる少年と、五体同地で少年を罵倒する少女を傍目から見て、他の人にはどう映るだろうか?
「だから謝ってるじゃない。悪かったって……」
「…………」
あれから延々と罵詈雑言を浴び続けた俺は最早、精神のライフポイントが尽きかけていた。
癒しであるユウさんもこの場にはいない。
家に帰るまでが憂鬱な時間だった。
「だって、あんな状態になったら誰だって怖いじゃない……」
「そう、だけどさ」
それでも、あそこまで言わなくてもいいと思う。なにせアニメではピー音、小説なら伏字しなければならないほどの言葉が一方通行に飛んでくるのだ。
俺にはなすすべなく、聞き続けるしかなかったのである。耳を塞ぐなどという選択肢もあったが、アイからの罵倒が始まった時点で手遅れだった。
「もう! アンタ、男なんだからもう少し男らしくしなさいよ!」
「お前ももう少し、女らしくしたほうが良いと思うぞ。じゃないと俺、もうお前と一緒に居たくなくなる……」
容姿はともかく、性格がきつ過ぎる。言いたい事ははっきりと発言するタイプである事は知っていたが、日に日に遠慮が無くなって来るのだ。
同じ屋根の下で暮らす身として、打ち解けていると言えば聞こえはいいが、実際は腹の立った事も一度や二度ではない。
もう、あの家から出ようかなとどれくらい思った事か。しかし、その度に――。
「ヨ、ヨウタ……私を嫌いになってどこかに行っちゃうの……?」
――これである。たった三週間という日数で彼女に何があったのか。俺が家を出て行くような発言を仄めかすと、決まってこんな反応を返してくるのだ。どうしてこんな時にだけ、しおらしい女の子モードになるのだろうか。
リアクションに困るったらありゃしない。
「う、嘘だよ」
だから俺も決まってそう返すしかないのである。もうここ何日かで何回やったかこのやりとり。いい加減、面倒臭くなってきたというのが本音だった。
「そう! なら早く帰りましょ!」
アイはそう言って俺の手を取った。そしてそのまま家に向かって走り出す。女の子なのに、性格と相まって意外と力が強い。
「ちょっ! うわ!」
「ちゃんと走らないと転ぶわよ?」
分かってるならいちいち手を掴むな!
そう言おうとしたが、自重した。
なぜなら目の前を走るアイが妙に嬉しそうだったからだ。
俺の一体、どこが気にいったのか。アイに握られた手は結局、家に着くまで離される事はなかった。