2話 世界と四つの魔法
俺は隠す必要も無いと思い、この世界とは別の所から来た事を伝えた。最初は驚いた様子を見せていた二人だが、どこかに納得出来る理由でもあったらしく、簡単に信じてくれた。
昼時になり、昼食を終えると、アイがこの世界について説明してくれるらしい。俺は彼女が寝室に戻って来るのを手持ちぶたさに待っていた。
「お待たせ」
「ああ」
簡素にそう返した。実際はそんな待った訳ではないが、この世界の事が聞けると思って楽しみしていたのは事実だ。魔法があると聞いてワクワクしない訳がない。
「じゃあ、まずこの世界の名称から」
「名称? 世界に名前なんて付けるのか?」
「付けるのよ。いいから黙って聞きなさいよ」
「う……分かったよ」
いきなり気になるところがあったので質問したのだが、怒られてしまった。昔からそうだが、人の話は最後まで黙って聞けと言われていた事を思い出す。まあ、それが出来ないからこんな性格なのだけど。
「この世界には三つの大陸があるの。まずは私達が住む大陸。ここには主に人類種と呼ばれる者達が暮らしているわ。
最も数が多い種で、多種にあまり偏見を持つ事が少ない種ね。次に神人種が住む大陸。あそこはアンタも気付いたと思うけど、天に浮かぶ太陽のような輝きを放っていたアレよ」
あの太陽、大陸だったのか!? 初めて見た時は普通の太陽にしか見えなかった。なぜ、二つの太陽が浮かんでいたのか疑問だったが、これで得心がいった。
「昼間のうちはピカピカ鬱陶しい大陸だけど、夜になるとその光も収まるわ。まあ、移動もしてるし、いつも見かける訳ではないんだけどね。
それから最後の大陸の名前が《ヘル》よ。あそこは《アカデミス》と正反対の場所に存在するわ。主に魔人種が住む大陸で《アカデミス》と比べて、魔物の量が尋常ではない大陸ね」
どうやらこの世界には魔物と呼ばれる存在がいるらしい。RPGでもお約束だし、魔法が使える世界なのだから驚きもなかった。おそらく、空を見上げた時に見たあの恐竜も魔物の一種なのだろう。話が終わったら、後で訊いてみようと思う。
「これら三つの大陸を合わせて《魔法世界アイリス》。通称、世界と呼ばれているわ。《アイリス》では私達のように魔法が当たり前と考える者達が多いの。
何百年前まではこれら三つの種で戦争をしてたんだけど、今は魔法という力が拮抗してから争いも少なくなってきてるわね。
その代わり、自分達の同種での争いが少し多くなったようだけど。ここまでで何か訊きたい事はある?」
「あ、えっと各大陸には国は存在するのか?」
「もちろん、存在するわよ。そもそも人類種というのは総称なだけでもっと細かく別ける事だって出来るんだから。
ちなみにここは一応、王都から南にある《カルタ》という村ね。周りは山々に囲まれているわ。王都の名前は大陸の名までもある《アカデミス》よ」
細かく別けるというのはおそらくエルフやドワーフなども居るからなのだろう。神人種と呼ばれるのが想像するに天使や神様なのだとすれば、魔人種と呼ばれるのは悪魔などが住んでいるのだろうか? 一度、気になりだすとどうしても確かめてみたいという衝動に駆られてしまう。
「次は魔法についてね」
「待ってました!」
「…………」
「すみません……」
睨まれた。怖い。
「それで魔法なんだけど、この世界で代表的なのは主に四つあるわ。まず一つ目。簡易魔法よ。これは物を動かす。空を飛ぶなどの単純な事を行う時に便利な魔法ね。
ただ簡単な事は容易に出来るんだけど、物を造ったり、直したりとかある程度技術がないと出来ない事もあるから意外と難しい魔法でもあるのよ。単純だけど複雑で、誰でも簡単に使いこなしちゃったら、鍛冶屋とか必要でなくなっちゃうしね」
「さっき、俺を運んでくれたって言う魔法もそうなのか?」
「そうよ。ほら」
そう言って、アイは花瓶に生けてあった青い花を宙に浮かせてみせた。その様子は魔法というより、念力に近いように見える。
俺が感心している事に気付いたのか、青い花は花瓶に戻され、すぐに次の話が始まった。
「次は属性魔法ね。これは四大精霊の力と人が体内に持つ陰陽の力を使って行う魔法。精霊はそれぞれ火、水、風、土の四種類が居るわ。彼らはどこにでも居る存在でいつでも力を貸してくれる存在よ。 ただ人よって相性もあるから、一人で六つとも使えるって人はあまり見かけないわね。
それよりどれが一種類を極めたっていう人の方が多いんじゃないかしら? それからこの陰と陽の力なんだけど、人類種は一応、どちらも使える事になっているわ。だけど、使いこなせる人は少ないわね。
神人種と魔人種はそれそれが片方ずつ使えるはずよ。用途は戦闘から生活まで様々で、簡易魔法と同じぐらい使われている魔法よ」
簡易魔法と属性魔法は人々の生活には欠かせないものへと根付いてしまっているのだろう。俺が水を貰った時もそうだが、わざわざコップに水を汲みに行くという面倒な作業が短縮されて効率がいいのも確かだ。
だが魔力というものがあるなら、あまり使い過ぎる事は出来ないはず。そこら辺はどう工夫しているのだろうか?
「魔力の消費量の事だったら気にしなくて大丈夫よ」
俺の顔に疑問が出ていたのかもしれない。質問せずとも説明してくれるようだ。
「次に説明する付加魔法もそうだけど、初級、中級、上級の三段階に別れているの。初級なんていう簡単なのは、消費魔力量も多くて二ケタと少ないし、上級に行っても三ケタで四ケタになる事はないわ。
でも噂では極級という段階もあって、四ケタになるとも聞いたけど、使える人を見るまでは信じられないわ」
そう考えると。俺の使える魔法の魔力消費量が尋常ではない事が窺える。いや、3500と2000って、どんだけ消費するんだよ。燃費が悪過ぎだろ。
「で、今言った付加魔法。これは戦闘時には欠かせない魔法よ。主に剣の切れ味を上げるとか、身体を軽くして素早さを上げるとかそんな効果を齎す魔法なの。まあ、特徴はそんな物だし、ギルドに所属するハンターしか使う人も少ないわね」
「へぇー」
「それで最後が名付魔法ね。この魔法はさっきまで三つの魔法と比べて謎が多い魔法なの。だから私でも上手く説明出来ないのだけど。分かっているのは魔法自体に名前が付いていて、莫大な魔力消費量と絶大な効果を齎すという事ぐらいかしら。
あ、あと使えるのは当人のみで、他の人には使えないから唯一無二の魔法とも呼ばれているわ。簡単に言っちゃうと、アンタの《断罪魔法》や《時間魔法》はアンタ以外には使える人がいないという事ね。
まあ、ユニークの名前を冠するほどだから使い手もこの世界に十人いないと思って間違いないわ」
なんつうチート設定。俺はそんなレアな魔法を一人で二つも持っているという事らしい。我ながらまだ実感が湧かない。
あの二つがどうゆう効果なのか今一分かっていない俺だが、使い過ぎるのはよくないという事だけは分かった。そもそも今、考えるとあの時耳元で聞こえた声は魔法の声なのではないだろうか? もしかしたら、身体の怪我が治っていたのも名付魔法のおかげだったのかもしれない。
「それとさっき魔力の消費について気にしていたようだから説明するけど、それはマジックポーションで回復できるわ」
「へぇ、じゃあ魔法に関係ない質問なんだが、良いか?」
「どうぞ」
「さっきギルドがどうとか言ってたよな? それは?」
「ああ、ハンターギルドの事ね。あれは王都に本部があってそれぞれの国に支部がある人類種で一番大きい組織よ。主に魔物の討伐やアイテムの採取を生業としているわ。まあ、依頼があれば家事から護衛まで何でもするから、万屋みたいな組織ね。
人類種の大陸にあると説明したけど、実力があれば種にこだわる事なく所属出来るし、最も友好的な組織と言っても過言じゃないわ」
ハンターギルドと聞くとどうしてもあのゲームを思い出してしまう。話を聞く限りではほとんどゲームの内容がそのまま反映したような組織なので、俺の好奇心が刺激されたのは言うまでもない。というか、入ってみたいと思った。
「それってやっぱりランクに応じて仕事も変わったりするのか?」
「ええ、よく知ってるわね? そうよ。最低ランクのEは家事とか家の修理手伝い、アイテムの採取が多いわね。逆にそれらをクリアしてランクを上げて行くと討伐クエストや護衛依頼が受けられるわ。
ちなみにランクはEからSまでの六段階になっているわ。一応、私も所属してるから……ほら、これがギルドカード」
そう言って渡されたのはステータスとはまた違った内容の書かれたカードだった。
アイ・バラスティア
ランク:C
使用武器:弓
依頼受付数:70
依頼成功数:58
依頼失敗数:12
称号:炎の踊り子 必中の弓矢
炎の踊り子! なにこれカッケー!
「よし! 俺も登録――」
「場所、分からないし、魔法を使い慣れていないでしょアンタ」
逸る気持ちとは裏腹に厳しい現実が待っていた。たしかに場所が分からない上に、魔法の使い方もよく分かっていない。さっき発動出来たのも、偶然の産物に近いだろう。
そもそもまだ身体を動かすのがダルイ。もしかしたらこれは、魔法を使い慣れていないのにも関わらず、発動してしまった反動だろうか?
「――そうでした」
「よろしい。まあ、身体の調子が戻ったら、魔法になれるように特訓に付き合ってあげるわよ。単純に魔力量も多いようだし、簡易魔法とかも覚えておいたほうがいいでしょ?」
「ああ……というか、良いのか?」
「ん? 何が?」
「俺がこの家に居ても」
「別に良いんじゃない?」
「もっと真剣に考えろよ」
そこは一番重要な事だった。見ようによっては、俺は得体のしれない人間なのだ。それが病人を装ってここに居る――そんな可能性を捨てきれないとどうして言えるのだろうか。
「じゃあ逆に訊くけど、アンタに行くあてはあるのかしら?」
「…………」
「お金は? 食料は? 住む所は? そして何より名付魔法以外の魔法は?」
「すみませんここに住まわせて下さいお願いします!」
俺の負けだった。忠告の一つでも入れようと考えていたが、普通に考えてピンチなのは俺のほうなのだ。女性に甘えるのはどこかプライドが許さなかったが、この際、背と腹はかえられない。
プライド一つで生きていけるほど、俺は自惚れてはいなかった。でなければ、この世界に来て、いきなり死にかけたりはしないだろう。あれはもう一種のトラウマ兼黒歴史だ。
「よろしい! ふふ、じゃあこれからよろしくね、ヨウタ!」
「ああ、こちらこそ」
こうして俺はこの家の居候となった。
ルビ機能を上手く使いこなせていない……