16話 久しぶりのカルタ村
「くそっ!」
緊急クエストの紙を読んだ俺はアイを追い掛けるようにして「転移!」と唱えた。南の山という内容を読んで何とも思わなかった自分が心底嫌になる。王都から南の山のふもとにある村といったら、真っ先にあの村が思い浮かぶじゃないかよ!
瞬間的に景色が切り替わる様に少しだけ吐き気を催すも、それどころではなかったのでグッと堪える。それより村はどうなってるんだ!? 転移する時に思わず瞑ってしまった目蓋を開いて俺は絶句した。
「――っ!?」
そこに広がっていたのは、いつものほのぼのとした平和は村の光景だったからだ。何か危険な事があったようにはとても見えない。きわめていつも通りのカルタ村の様子である。
え? あれ? あの緊急クエストの依頼書はデマだったのか? いや、そんな事はありえるはずがない。そう思った俺はとりあえず、先に転移してきたであろうアイを探す事にした。
しばらく村の中を歩いて行くと、そこには肩透かしをくらったようにポツンと立ち尽くすアイの姿があった。
「アイ」
「…………」
「この村じゃなかったみたいだな」
「……ええ、そうみたい」
俺の言葉にアイは事も無げにそう答えた。その表情はどこか安心しきったように見える。まあ、あんなに泣きそうな顔をして慌ててたのだ。村に何もなかったと分かって、安心するのも当然と言えるだろう。さすがの俺も慌てたしな。あとでラミリーを置いてけぼりにした事を謝らないと。
「それじゃあ、あの依頼は何だったんだ?」
「それは多分、他の村から送られてきた依頼だと思うわ」
他の村。そうか、そうだよな。
山のふもとにある村は何もここだけじゃないもんな。
そう思いながら俺は、その村が今どうなってしまっているのか気になって仕方がなかった。依頼内容からして襲われてたって事だよな。助けに行くにしても、今から行った所で間に合う訳がない。おそらく、ポイズンスネークは既にどこかに移動してしまっているだろう。まあ、その村の近くにまだ居る可能性が高いだろうけど。
「その人達ってどうなったんだ?」
「依頼をしてきた後だから、多分どこかに逃れているんじゃないかしら? 村人全てとは言い切れないけど」
「じゃあ、その村は……」
「おそらく、もうなくなってると思ったほうがいいわね」
その言葉を聞いて俺は歯噛みする。ポイズンスネークの討伐依頼は以前から出ていた事を知っていたが、誰かが先に倒してくれるという期待を持っていた事がいけなかったのかもしれない。今の実力じゃ倒せないとか、弱腰になってる場合じゃなかったんだ。
俺には名付魔法がある。それをいかさなくてどうするんだよ。
「何を考えてるのか大体は予想が付くけど、今からポイズンスネークを探そうなんて思っちゃ駄目よ」
「は? 何でだよ」
「私の魔力がないもの」
「お前、慌てて出て行ってそれはないだろう……」
「し、仕方ないでしょ! 自分の生まれた村が襲われたと思って頭の中が真っ白になったんだから!」
それは、まあ、仕方ないと思う。俺も依頼の内容に気付いた時には慌てて行動していたのだから。それにオーガ戦を終えたばかりだった事を完全に忘れていたのだ。いや、咄嗟に血の気が引いて、判断が付かなかったのだろう。
「そういえば、その村の人達が最初にギルドに依頼を出したんだよな? 普通はこの村とかに助けを求めてこないか?」
俺は気になった疑問をアイに訊ねた。
「それは出来なかったんだと思うわ。というより、この村以外の集落は王都に向かって山を下った場所に一つだけだから、その村だとこの村よりも王都に向かったほうが早いのよ」
「そうか。それでこの村の人達は何も知らないんだな」
それはそれで酷いような気もするが、その村の人達も必死だったのだろう。せめて、その村の様子でも見に行って――。
「だから、やめておいたほうがいいと言ってるでしょう」
「俺はまだ何も言ってないし、やろうともしてないんだけど?」
「分かってるわよ。そこまで長い付き合いじゃないけど、アンタの考える事なんて」
「…………」
「襲われたっていう村に向かおうと思ってるんでしょ?」
「あ、ああ。そうだけど、やめておいたほうが良いってどういう事だよ」
「無駄だからよ。アンタ、まさかと思うけど、忘れたの?」
その質問を聞いて俺は訝しげに首を傾げる。今から村を助けに向かった所で間に合わないかもしれないという事は分かっているが、そんな無駄と断言する必要はないじゃねぇか。こいつ、自分の村が無事ならそれで良いのかよ……。
「そうかもしれねぇけど」
「じゃあ、理由を説明してあげる。一つ、今から行った所で村に人は居ないという事。居たとしてもその人はもう生きていないと思ったほうがいいわね。ポイズンスネークは動物の熱を感知して襲い掛かってくる魔物だから、隠れてやり過ごす事は不可能なのよ。
二つ目、それでも生き残った人が見つかったとして、私達はなんて声をかければいいの?」
「それは、普通に」
「普通に助けに来たぞって言うの? 多分、その村の人達は冒険者なんて信用してないわよ」
「そんな事行って――」
行ってみなくちゃ分からないと言い掛けて、俺は口を噤んだ。そうだ。ポイズンスネークが山に出現したという依頼を出したのは、どこの誰だ? この村の人達がギルドに依頼をしていないという事は、消去法でその襲われた村人が出した事になる。
そして、その依頼はどうなった? 俺の記憶が正しければ、冒険者の誰も受注していなかったはずである。それはつまり俺達がその村人から信用を失くしてしまっているという事で……。
「今回の依頼を出して来た人も苦渋の決断だったでしょうね。なにせギルドに頼むぐらいしか出来なかったんですから」
「だったら!」
「だから無駄だって言ってるでしょ! それに今からこの村を出て行って、襲われたらどうするのよ!」
「……っ!」
お願いだからココにいてよ、と言われたような気がして、俺は何も言えなくなってしまった。たしかにその通りなのだ。そのポイズンスネークが今どこに居るにしろ、倒してしまわぬ限り、この村にまで危険が及ぶ。それから下手にココを動いて、俺がポイズンスネークとすれ違いになったらどうする?
アイの魔力は残り少ないのに、アイ一人でどうにか出来る訳がない。いや、魔力が充分だったとしてもそれは変わらなかっただろう。なにせ相手はAランクなのだ。
Bランクであるオーガにさえ三人がかりであそこまで苦労して倒したというのに、一人で挑める訳がなかった。俺はこの村の人達とアイの事を考えるなら、下手に動くべきではないのだ。ただ、村の周辺を警戒しておくべきであって……。
「俺はじゃあ、この村に残っていたほうがいいんだな?」
「ええ、そうよ。怒鳴ったりしてごめんなさい」
アイはばつが悪そうに謝るが、俺は「気にするな」と首を横に振るぐらいしかできなかった。それより、さっきから村人達が俺達を見てるぞ。
「あ、すみません。なんでもないですから」
俺は一言謝って、なんでもなかった事を伝えた。今思えば、数分とはいえ周りが見えなくなってたな。反省しなければ。アイも他の人達に見られて事に今更になって気付いたのだろう。顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
この村の人達は皆俺達の知り合いなのだ。話の内容は、遠目からなので分からないにしても、その見守るような視線をぶつけられて恥ずかしくない訳がなかった。かくゆう俺もここまで視線を浴びせられるとは思わなかった。
「そ、それでラミリーはどうするんだ?」
「あの娘はこの村に来た事がないから」
「そうか。じゃあ、転移してこっちに来る事は出来ないんだな」
「ええ」
アイが頷くのを見て、俺は一旦村の外に向かう事にした。その様子を見て、アイに待「って! どこに行くの?」と訊ねられたが、周辺を警邏すると伝えて許可をもらった。
「そう。じゃあ、私はアンタと反対のほうから見て回るから」
「ああ、そうしてくれ。頼むから無茶だけはするなよ」
俺はそう言って、一旦、アイと離れるのであった。
カルタ村は山に囲まれている。これは俺がこの村に初めて来た時にアイから説明された事で、改めて周りを見てみると、村の外は山で覆われていた。とはいえ、獣道ばかりが多いのではなく、王都に向かって馬車一台が通れそうな道はきちんと整備されていた。
他にもアイが向かった方角には岩場が多く、ここよりも見晴らしが良いはずである。ポイズンスネークがどこから出て来るかは分からないが、油断は出来なさそうだ。
パトロールを始めてからかれこれ一時間は経つが、ポイズンスネークらしき魔物には遭遇していなかった。ボアボア―の尻尾を見つけて勘違いはしたけどな。
「ここら辺は居ないみたいだな」
俺は懐に武器をしまいつつ、そう口にした。いつ襲われてもいいように警戒していたが、この分だとこの方角には居ないように思えた。アイと合流してこの場を離れるか。雲行きも怪しくなってきたので、そろそろ屋根のある場所にも行きたいしな。
そう思いながら、村に向かって踵を返すと、背後からガサゴソと物音が立った事に気が付いた。先程からずっと強い風が吹き荒んでいる事には気付いていたが、その音とはまた違う。
「…………」
俺は無言で懐にしまったナイフを取り出して、瞬時に刃を構える。そして振り向きざまに背後の気配から距離を取った。
「魔物か……?」
いや、茂みから出てきたのはただの兎が一匹だけだった。俺は「驚かすなよ」と溜め息を吐きながら、再び武器をしまい込んだ。さっきから武器を出したりしまったりと我ながら忙しないと思う。
「そうは言っても現状だと警戒するに越した事はないもんな」
そう呟きながら、俺は村に向かって歩き出した。とりあえず、アイと合流するとしよう。
アイと村の中で合流すると同時に雨が降り出した。俺達は立ち話もそこそこにして急いで家に向かった。
「ただいまっ!」
「あらあら、おかえりなさい。ヨウタくんも久しぶりね~」
玄関から入った瞬間、柔らかい声に迎えられた。見ると、そこにはアイとは似ても似つかぬ双丘を持つ美女がにこやかな表情で立っているではないか。あ、嘘です。睨まないでアイさん……。
「お、お久しぶりですユウさん……」
俺は勢いでこの家に入っちゃったけど、そういえば挨拶もしないうちに暫く王都で過ごしてたんだよな。そう思うと、途端に目を合わせづらくなってしまった。それでも何とか口を利く事は出来たようだ。
「すみません、挨拶も無しに離れっぱなしで」
「あまり気にしなくても大丈夫よ~? あなたは冒険者になったんだから~」
「え? あ、はい」
冒険者だから気にしなくても良いというのもおかしな話だが、俺は何か返す言葉も思い付かずにただ頷く事ぐらいしか出来なかった。すると俺達が濡れている事にようやく気が付いてくれたのか、ユウさんは「ちょっと待ってて~」と行ってから、すぐに布を二枚持って来てくれた。それを「はい」と言って渡される。
「あ、ありがとうございます」
「お母さん、ありがとう」
「うふふ、どういたしまして。それより、あなたも夕ご飯は食べて行くでしょう?」
そう訊かれ俺は「はい」と答える。
そして、その瞬間、外で大きな悲鳴が響き渡った。
すみません。今月! 今月中には何とか第一章を終わらせますから!