12話 時間の応用
これから俺達は《時間魔法》の応用方法を研究しようと思う。場所はいつもアイと修行で使う岩場だった。限られた魔力の中で出来るのはたったの三回だが、良い方法が見つかれば僥倖だろう。
今現在《時間魔法》で出来る事は三つ。時間を止めて物質の動きを制限する事。時間を巻き戻して、壊れた物や零れた水を元に戻す事。そして時間を早める事だ。
「なあ、二人とも。どんな応用方法があると思う?」
「そうですね…………こんなのは如何でしょう?」
ケース1ラミリ―の考え。
せっかく使える回数が三回あるので、それぞれが考え付いた事をやる事にした。
「じゃあ、説明しますね」
「ああ」
「どんなのかしら」
俺達はラミリ―からどんな妙案が出て来るのか楽しみで仕方なかった。とくにこのラミリ―の場合、たまにババ臭い発想をするのが面白い。今日はどんな発想が出て来るのか、実に見物である。
「わたくしが考えるのは防御方法です」
「ほう。防御方法とな?」
「はい。先日のゴーレム戦で思ったのですが、わたくし達のパーティーは攻められる事になれていません」
「まあ、そうだな」
攻撃担当が二人に後方支援が一人。しかもその後方支援も攻撃に加わる事が出来るが、その逆は不可能という超防御不可チームなのは間違いなかった。だって、弓やナイフで防御するには限界があるんだよ。
「それで、具体的にはどんな方法なんだ?」
「ヨウタ様はわたくしのグランドウォールを覚えていますか?」
「あ、うん。子どもが障子を破るような感覚であっさりとゴーレムに壊された土の壁の事な。覚えてるよ」
「前半の例えがよく分かりませんが、後半はその通りです」
一撃だったしなぁ。あの壁の強度。
「ですが、それを発動した瞬間に時間を止めたら如何ですか?」
「却下」
「なっ!? まだやってもいないうちに却下なんて」
「いや、落ち付けって。確かに防御という案は素晴らしい。だけど、壁なんて造らなくても、正面ならそのまま時間停止を発動させる事で、見えない時間の壁が生じるんだよ。
武器や物を持って通る事が出来ないような壁がな。その時点で防御は何とかなってるし、相手の動きが見えているぶん警戒もしやすい」
しかし、あの方法にも欠点はある。前も発動してみせたと思うが、守る事が出来るのは正面のみなのだ。それでは他の攻撃から身を守る事は出来ない。
「なら、これならどうですか! グランドウォール!」
「うおっ!?」
俺に全面却下された事がよっぽど悔しかったのか、ラミリ―は土で出来た箱の中に閉じ籠ってしまったではないか。おそらく、これはグランドウォールで四方を囲み、上に蓋をしただけなのだろう。
たしかにこれに《時間魔法》を発動させれば、四方八方の攻撃から身を守れるだろう。だがしかし、俺は発動を躊躇った。
「おい。本当に発動するけど良いのか?」
「大丈夫です! これにヨウタ様の《時間魔法》が加われば、最強の防御術になりますから」
その変わりお前はずっと動けないけどな。
「それに空気穴と覗き穴を造ってあるので、窒息の心配もありません。さあ!」
「し、仕方ねぇな。――ほら」
俺はなぜか《時間魔法》の発動を急かすラミリ―のテンションが怖くなったので、とりあえず言われた通りに発動する事にした。
するとその土壁……いや、土箱はいくら殴っても崩れる事のない超防御術となっていた。だが穴の大きさが少し大き過ぎたようだ。
「ふふーん。どうですか、ヨウタ様! これで防御は完璧ですよ」
「いや、まあ、弱点もあるんだけどな」
「弱点? そんなのどこにも――」
「アイ? あれに空いている穴全てに攻撃出来るか?」
「ええ、出来るわよ。ファイヤーアロー!」
「――ああ、空気が! わたくしの空気が!」
さすがはアイさん。容赦がない。ただの攻撃をしろと言ったつもりだったのだが、まさかファイヤーアローを放つとは。
あれは下手すりゃ一酸化中毒になるな、うん。
「という訳でラミリー案は却下だ」
「そ、その前にこれを早く解除して下さぁい!」
ケース2 アイの考え
「ごほっごほっ。ひ、酷い目にあいました……」
「じゃあ、次は私の番ね」
涙目で咳き込むラミリ―はスルーされ、次はアイがアイデアを出す番となった。彼女はこう見えて戦闘では天才的なセンスの持ち主である。きっと俺には思いもよらない方法を編み出してくれるだろう。
「じゃあ、お前はどんな案があるんだ?」
「私は攻撃にアンタの魔法を使う事にするわ」
「ほうほう。して、どうやって?」
「具体的な方法を説明するとね」
そう発して、アイは俺にその攻撃方法の説明を始めた。
「えーと、つまり溜めに溜めたバーニングアローの俺の魔法で直撃させる時間を早めるって事で良いんだな?」
「そうね」
アイは俺の解釈にコクリと頷いた。それはなかなか面白そうな方法だった。一撃しか攻撃できないという欠点はあるが、彼女の命中率なら外す事などまずあり得ない。そこに敵へ被弾するタイムが縮まれば、ただでさえ早い弓の攻撃がおそらく目視では難しいほどのスピードで獲物を射抜くだろう。
云わば矢の瞬間移動攻撃だ。実際は矢を超スピードで進ませている訳ではない。矢が獲物に命中したという時間を早めているだけなのである。
「じゃあ、獲物は……」
「アレなんてどうかしら?」
「ん?」
そこに居たのは一匹のグランドコヨーテだった。今にも俺達を攻撃しようと構えているが、なぜか俺には子うさぎ程度にしか見えない。距離もまだまだあり、多分あの泥団子砲弾も届かないはずである。
獲物を認めたアイは早速弓を構えている。キリキリと矢を弓の弦から引き絞り、使用者本人には熱が伝わる事はないのか今にも燃え移りそうな炎が弓矢全体を包み込んでいた。
『グゥゥワン!』
グランドコヨーテが先に動いた。今まで戦ってきたグランドコヨーテと比べて、やけに軽快な動きで泥団子砲弾の射程距離まで近付いて行く。そしてアイに向かってその攻撃を解き放った。
「バァーニングゥゥゥアァローーっ!」
それに遅れてアイが溜めに溜めたバーニングアローを撃ち出す。それと同時にタイミングを合わせて俺は《時間魔法》を発動させた。アイとは出会ってから既に二ヶ月近く経つので、それなりに息もぴったりになってきている。
さて、発動したのは良いが……どうなっただろうか?
俺は視線をアイからグランドコヨーテに寄越してみると、なんとグランドコヨーテはまだ動いているではないか。まさか、アイが弓の攻撃を外したのか? いや、右半分が酷い抉れている事から、当たったというのは間違いないようだ。
「何でまだ動いて……」
「おそらくあまりにも早く、しかも綺麗に矢が当たったせいでグランドコヨーテは自分が攻撃されて死んだ事すら気付いていませんね」
な、なんだって!? そんなのありなのか!? 鈍けりゃ死ぬ事がないのか、この世界は!?
「駄目だったみたいね」
いや、やけに冷静だなお前。
その後、グランドコヨーテは遅れて絶命した。やはり、あの状態で生きていく事は不可能だったらしい。予想外な事態が合ったので、これも却下。
さて、最後は俺の番である。
しかし、ここに来て言うのもなんだが、全く何も思い付いていない。
簡易魔法と組み合わせるのも良いが、新しく覚えた三つの内、束縛の一つぐらいで後の二つとは相性が悪い。かといって束縛は実験済みなのでもちろん却下となった。
「うーん。俺は思い付かないから良いかな。という訳で今日は解散しようぜ」
「ここまで来てそれはないわよ。あと一回分残ってるんでしょ? だったらスッキリしちゃいなさい」
「いや、なんだスッキリって」
「そうですよ。わたくし達ばかりに案を出させてズルイですヨウタ様」
「いや、だから」
こいつら、人が思い付かないと口にしているのに、言いたい放題だった。俺は仕方なく何か方法はないかと必死に頭を捻るが、何も浮かんで来なかった。
「じゃあ、《断罪魔法》を使ってみれば?」
すると、アイが何気ない口調でそう発言した。