9話 登録完了と記録間違い
「ではこれからギルドカードを発行しますのでこちらへお越しください。なお契約書に記述しておいた通り、犯罪や不正を行った場合はその権利を剥奪するものとし、カードの効力を切れてしまいますのでご了承ください」
そう言われて俺はギルドの奥へと通されて行く。ちなみアイは久しぶりにクエストを見て来ると言い残し、この場にいない。終わったら呼びに来てとの事だった。
受付だったお姉さんの後ろに着いていき、進んで行った。なんでも必要事項は記入されたため、今度は魔力などを計るらしい。
魔力を計るというのは二つの意味があった。まず一つはそのまま。魔力の量を確かめるためである。その理由はあの申請書にも書いてなかったようだが、おそらく次に説明する内容のためだろう。
魔力というのはこの世界の住人ならほとんどの人が老若男女問わず持っている力だ。それは個人差があり、また個人によって量や波長が異なるものらしい。
波長。これは特に本人にしか現れないもので、ギルドカードを発行する際、個人を識別するために必要な処置だそうだ。
この波長をカードに繋ぐ(リンク)させる事で個々のデータをカードに反映させ、クエストが達成した時や失敗した時。或いは罪を犯してしまった時などを記録されるようになるらしい。
一度カードを発行してしまえば、あとは自動更新されるので、ランクが上がった時などいちいち再発行せずに済むから便利だった。クエスト成功の判断もカードが自動でカウントしてくれるらしく、清算受付に行って一時的に職員に渡せば報酬を貰えるようだ。
加えて罪や不正を犯してしまった場合。これも自動的にカードに記録されてしまうようで、あの時門番があっさりと俺達を通した理由が分かった気がした。
アイから読んでもらった契約書の内容によれば、罪や不正を一度でも犯した場合でもハンターの権利を剥奪されるらしい。
ハンターの権利というのは主に三つある。
一つは依頼を受ける権利。これはそのままの意味で、ギルドにてクエストを受けるための権利である。クエストというのはハンターの生命線でもあるので、これが受けられなくなるのは相当きつい。
続いて二つ目。武器を所持する権利。正確には街中で武器を使う権利の事だ。なぜ、こういうのが必要なのかといえば緊急時の対応に遅れないためであった。
突如、魔物が門を越えて侵入してきた時、抵抗出来なければ意味がない。ハンターはそんな時に街中で武器を振るう事が出来るようだった。だが、緊急時以外での武器の使用は街の外でしか認められていないので、それを破った場合でも問答無用で犯罪者扱いにされてしまうとの事だ。
最後に三つ目。カードを使った入国許可権利。これもそのままの意味で、ハンターとして各国へ入る事の出来る権利である。なぜそのような事が可能なのかと言うと、さっきも言った通り犯罪歴がカードに記録されるからだった。
門番はそのカードに書かれる内容を見て、その人物が安全か確かめるらしい。逆を言うなら一度でも罪を犯してしまえば、この権利は剥奪され、面倒な手続きや何やらを済ませてからでないと入れないようだ。
しかし、犯罪歴があると国への滞在期間も決まっており、長居は出来なくなってしまう。次にカードを発行し、ハンターに戻れるのは最低でも五年、犯罪の内容によって一生戻れなくなる可能性が高かった。
「では、こちらの石板に片手を触れてみてください」
俺はこくりと頷いてその石板に触れてみる。びっしりと文字が書かれた石板でほの青い輝きを放っている。これはファンタジー世界で俗に言う魔法石の一種なのだろうか?
「カードに魔力を抽出しますので、少々脱力感があると思いますが、頑張って下さい」
「あー、それは別に大丈夫だと思います」
俺は思わずそう返してしまっていた。俺の魔力量ならその心配はないと思ったからだ。お姉さんは一瞬だけ訝しそうな表情をしたが、すぐに引き締めた。
「じゃあ、始めますね」
「お願いします」
その瞬間、石板はより強い輝きを放った。目が眩むほどではなかったが、いきなり光が強くなる事は事前に言ってもらいたかった。俺は自称小心者だから、何事かと思ってしまったではないか。
「…………はい、お疲れ様です。早速、抽出された魔力がカードに反映されたと思います。これでこのギルドカードは貴方のものです」
「ありがとうございます」
「それで石板で調べた魔力量を解析に送りますので少々お待ち下さい」
「…………あの」
「はい、何でしょう?」
俺はまるでマニュアルを読み上げるように進行していくお姉さんを止めて、聞きたかった事を訪ねる。
「どうしてそんな事をやるんですか? 魔力量なんてステータスを見せれば一発なのに」
聞きたかった事とはそれだった。魔力を計るだけだったら、直接ステータスを見せて確かめてもらった方が早い気がするのだが、なぜそうしないのだろう?
「ステータスはご本人様の個人情報が多く刻まれております。そのため、それを嫌がる人も沢山いらっしゃるのです。その点、この方法ならステータスを見なくても魔力量だけを計る事が出来るので、こんなシステムになったんです。
まあ、貴方がそう言ってくれたように、ステータスを見せるのを躊躇わない人もいらっしゃいますが、大抵の人が嫌がりますね」
俺はそうだったのかと納得した。確かにステータスは個人情報の塊だ。本人の名前から、覚えた魔法まで。ありとあらゆる情報がそこには刻まれている。それを見せるのは嫌だという人間は多かれ少なかれ必ず出てくるのだろう。
ましてや俺の場合、よくよく考えればステータス覧に出身地が不明となっているのだ。下手をすれば、何か大きな誤解を招きかねないし、面倒事や厄介事はご免被りたい。まあアイとユウさん曰く、大抵は魔力量と名付魔法に目が行ってしまうらしいが。
「あ、解析の結果が返って来ました」
「え。もう?」
「この部屋から石板を通して別の部屋にある情報局に流しているだけですから、すぐなんですよ。さて、これで終わりです。お疲れさ――」
彼女はそう言って、笑顔で俺に向き直ろうとした瞬間、紙に記録されているのであろう魔力の記録を見て押し黙った。紙と交互に俺の顔を見ている。
「――…………」
「あ、あの~?」
「は、はい!?」
「どうかしました?」
あえて、そんな風に訊いてみた。反応が面白かったのだ。目が点になり、俺が声をかけるまで彼女はきっと固まったままだっただろう。
「も、申し訳ございません! こちらの方にちょっとした不備がありまして、魔力を間違えて記録してしまったようなんです! ですからもう一度――」
やはり、ギルドの職員でも見た事が無い量の魔力だったのか、記録を間違えたと勘違いしてしまったようだ。本当は合ってる事を早々と確かめてもらうために、俺は黙って自分のステータスのウィンドウを開いた。
「――石板に」
「これを見てください」
「え? でも、それは個人情……」
「魔力の所だけ見てもらえれば、それで良いですから」
「……はい、じゃあ、失礼します」
彼女も職員として記録された内容が本当に間違っていたのか、確かめたかったのかもしれない。割とすんなり見せる事が出来た。俺もぶっちゃけ見られてそこまで困る訳でもないし、この現状のように見せなかったら逆に長引く可能性だってあるのだ。
だったら証拠を見せてさっさとウィンドウを閉じた方が手っ取り早いし、簡単でもある。幸い、ステータスは嘘を吐かないとアイが言っていたので、証拠としては申し分ないはずだ。
「…………は?」
「見ましたね? じゃあ」
俺は彼女の反応で見たという事を判断した。そして予定通りステータスウィンドウを閉じた。すると彼女は唐突に俺の肩を両手でがっしり鷲掴みする。意外と力が強い。
「ヤスナギさん……!」
よっぽど衝撃的だったのか、その目は血走っていた。はっきり言って怖い。
「は、はい?」
「もう一度。もう一度だけ見せてもらってもよろしいですか……?」
「いや、あの――」
「…………!」
「――は、はい」
結局、彼女の眼力に負けて、閉じたステータスをもう一度開く事になった。予想ではこれで終わるはずだったのだが、思っていた以上に俺の魔力量がこの人には異常に見えたようだ。アイ達の反応もそうだったが、今度から魔力を提示しなければならない時以外に見せるのは自重するとしよう。
「はあ……」
ようやく解放され、晴れてEランクのハンターとして登録出来た訳だが、正直疲れた。
あの後もずっと俺のステータスを眺め続け、幾度も付加魔法で目の視力を上げまくるお姉さんには辟易したものだ。唯一の救いは俺の魔力以外は注視せずにいてくれた事ぐらいだろうか。
「さて、アイを探すか」
口に出してなぜかポエマーみたいだなぁ、と思いながらギルド内を探索し始める。この建物は日本でいう高層ビルのような見た目をしている。外に居た時にしっかりと見上げる事になったのだから間違えない。
俺の想像していたギルドとは大分違っていたのは否めなかった。もっとこう、狭くてお酒臭い感じの空間を想像していたのだが、ここはかなり発展した場所のようだ。何か本で『行き過ぎた魔法は科学と変わらない』という言葉を目にしたが、正にその通りだと思った。
「あれ? 行き過ぎた科学は魔法と変わらないだったか?」
本当はどっちでもいいが、妙に気になって仕方なかった。というか、行き過ぎたで合ってるのかすら怪しくなってきたが……。
「まあ、いいや」
考えるのも無駄だと分かったので、アイを探すのに集中する事にした。しかし、この広い建物の中で一人の少女を探すのは、非常に面倒な気分になってくる。人も多く、混ざり合った声はまるで雑音のように聞こえる。
「たしか、アイはクエストを見ているんだったか?」
俺があの石板があった部屋に通される前に、アイとはそう言って別れていたはずである。と、なればそのクエストを見せてくれる場所に行けばきっと会えるだろう。
そうと決まれば、早速人に聞くか――
「きゃっ」
――どうやら身体が誰かにぶつかり転ばせてしまったらしい。俺は慌てて声が聞こえた方向へ振り返った。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「いたたたっ」
「…………」
俺は座りながらおでこをさする黒髪でツインテールの女の子を呆然と眺めていた。いや、より正確には愕然としていた。
「だ、大丈夫だよぉ。こっちこそ、余所見しながら歩いてたからぶつかちゃった。ごめんなさい」
そう言って、彼女は立ち上がり俺の前から立ち去ってしまう。胸あてとかもしていたし、武器も抱えていたので、おそらくあの子もハンターなのだろう。しかし、あれは――
「――まだ子どもじゃねぇか……」
もう人ごみで見えなくなってしまった背中を見つめながら、そう呟いた。
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