表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第一話 深淵を覗く者達

 怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。


_/_/_/_/_/_/


 人が五人も並べば一杯になってしまう程度の広さの通路。

 左右と足元、そして天井は石のような素材で出来ており、光源は一切ないはずなのに不思議と明るい。

 地下にありがちな湿気なども無く、これだけを考えればそれなりにいい環境のようだが、そんなことをここに入る者達へと告げたら鼻で笑われてしまうに違いない。


 では今この通路を歩いている者達へと視点を移してみよう。

 二人は男、もう二人は女。計四人の男女。

 光を反射する美しい銀の鎧を纏い、巨大な剣を背負った黒髪黒目の若い男の人間。

 鈍く光る金属鎧を纏い、ずんぐりとした身体全てを覆ってもお釣りが出るほどに巨大な盾と、片手に持てるよう柄を短く加工された両刃の斧を持つ、髪と髭、その両方が真っ白になってはいるが、茶色の瞳からは強い光を感じる壮年のドワーフの男。

 ふんわりとした乳白色の衣の上から逆十字のペンダントを首から下げ、その柔らかい雰囲気とは正反対の無骨な印象を抱かせる黒い金属製の小手と脚絆を付けた、腰まで届く金の髪と空色の瞳に、特徴的な尖った耳を持つエルフの女。

 頭以外を覆う伸縮性のある黒いスーツの上から、急所部分だけを隠す皮の鎧をパーツだけばらして貼り付けたようなものを着込み、腰回りをぐるりと一周したベルトに幾つものナイフをぶら下げた、肩口で適当にばっさりと切った茶色の地毛に一部赤のメッシュを入れた髪からピンと尖った猫の耳を生やす、金の瞳のワーキャットの女。

 そんな種族も髪の色もバラバラな四人だ。


「それで? 俺は何をすればいいんだリベル」

 人間の男がつまらなさそうに尋ねると、ニヤニヤとした笑みを浮かべるリベルと呼ばれたワーキャットの女が、腰のベルトから一本だけ取り出したナイフを弄ぶように宙へと投げては受け止めつつ答える。

「簡単なことだよ。ここに出てくるクソッタレ共をぶっ殺せばいい。但し、”全力で”な。実にわかりやすいだろ”坊や”?」

 おちゃらけたように話す彼女の言葉を聞き、坊やと呼ばれた男が柳眉を逆立てるのを見て、慌ててエルフの女が横槍を入れる。

「す、すいませんリュウさん! えっと、ここで現れるモンスターはゴブリンとキラーラビットです。そのどちらでもいいので、リュウさんの持てる最大の力で倒してください。それが私達のパーティに入るテストになります。それで、ここに出るモンスターですが――」

「ストップだメル。いくら坊やでもハイハイしてる赤ん坊じゃないんだ。それとも、坊やは今後もずっとお優しいエルフ様に”あんよが上手”なんて言われながらおっかなびっくりこのゲロ以下のドブの底を手を取り合って歩いてくのかい?」

 挑発的なリベルの言葉にリュウと呼ばれた男は怒りを顕にし、無言で背負っている巨大な剣に手をかける。

「り、リュウさんやめて下さい! リベルもやめなさい! ロンズもやめさせて!」

 一触即発の状態に慌てたエルフの女、メルが、ロンズと呼んだドワーフの男へと呼び掛けるが、言われた相手は無言で通路の奥を見つめたまま騒ぎには我関せずを貫く。

 そんなロンズの様子に溜め息を付き、今にも刃物を抜きかねないリュウとリベルをどうやって説得しようかとメルが思案していると、これまで無言だったロンズがピクリと何かに反応した。

「遊びは終わりじゃ(わっぱ)ども。客のお出ましじゃぞ」

 歳を感じさせる低く通るロンズの言葉を聞き、リュウが意識をリベルからやってきた何者かへと切り替える。

 それを見たリベルは哄笑を浮かべながら、メルとロンズを促してリュウを覗く全員で後ろへと下がった。

 必然的に前に取り残された形になったリュウが大剣を抜き放って通路の先をじっと見つめていると”それ”は姿を表した。

「ギッ! ギィッ!」

「キャキャッ! ギィッ!」

「キキキキキキ!」

 現れた影は三つ。

 耳障りな叫び声をあげる口は汚らしい唾液を振りまき、歯並びの悪い黄色い歯の隙間からだらりと紫色の舌を覗かせ、緑の肌には垢が浮かんでおり、身につけた汚い革鎧と呼ぶのもおこがましいような襤褸も相まって不潔さに拍車をかける。

 どろりと黄色に濁った黒目のない瞳で獲物を見つめ、イボの浮き出た鷲鼻をひくつかせるその姿は、醜悪という形容詞がぴたりと合う。

 人の腰ほどしか無い脆弱な邪妖精。誰もが知る邪悪な化け物、ゴブリンだ。

「ゴブリン……ね」

 どこか人事のように呟くリュウは、こちらへとひょこひょこ歩いてくるゴブリンへと蔑んだ目を向けながら、背後のワーキャットに声をかけた。

「なあリベル」

「あ? なんだい?」

「あんたさっき言ったよな? ”全力で”と」

 リュウの言葉にリベルは笑みを深くする。

「ああ、言ったよ。坊やの全力でそのクソ共をぶっ殺してみな」

「一つ質問なんだが――」

 言葉と同時にリュウの身体をぼんやりとした光が包む。

「――相手の身体が消し飛んだとしてもいいんだな?」

 相手が臨戦態勢なのがわかったのか、三体のゴブリンが叫び声をあげながらリュウを威嚇しだすと同時、リュウの口から力ある言葉が紡がれた。

「竜化っ!」

 その言葉により、リュウの全身を包んでいた光ははっきりとした赤い輝きを放ちだし、まるでそれ自体が一つの生き物かのように形を変えていく。

 銀色だった鎧は熱を持って赤く輝き、見えていた皮膚を赤銅色の鱗が覆う。

 人のものだった頭からは黒髪が消え去り、代わりに炎のたてがみとなって燃え盛る。

 どこか冷めた印象を抱かせる顔は今や赤い鱗に覆われ、眉は消え去り、黒かった瞳はギラギラとした黄金色の爬虫類の眼へと変化していた。

 耳まで裂けた口からチロチロと炎を吐き出しながら、熱い吐息を吐き出すその姿は人ではない別のモノへと変化し、まるで産まれたことを賛美するかのように巨大な叫び声をあげる。

『ゴォアアアアアアアアアアアアッ!!』

 古来より人が恐れ、敬い、崇め奉る最強の幻想種。

 ドラゴンと呼ばれる生き物へとリュウは姿を変化させたのだった。


 今までよりも一回り大きな赤いドラゴンへと姿を変えたリュウを見ながら、嬉しそうにリベルがロンズへと話しかける。

「爺さん、あたしの予想通り赤だ。ほら、さっさとしな」

「フン、つまらん」

 本当につまらなさそうに吐き捨てるロンズが指先で銀貨を弾き、嬉しそうに受け取るリベル。

「キシシ、まいど」

「お二人とも! ちゃんと見ていて下さい!」

 賭け事に興じているリベルとロンズにメルの叱責が飛ぶが、二人はどこ吹く風と相手にしない。

「なあ爺さん、あたしは五つだと思うんだけどどうよ?」

「……三つじゃな」

「よっしゃ成立。レートは当然三倍だよな?」

「フン、がめつい餓鬼じゃのう。まあいいじゃろ」

「お二人とも!」

「始まるよ」

 チラリともこちらを見ようとしない二人に再度メルが叱責しようとすると、弄んでいたナイフを握り直したリベルが刃の先を戦場へと向け、口角を釣り上げ楽しそうに言った。

 慌てて視線を戻すメルの先で、最強の幻想種と邪妖精の戦いが始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ