ウサココ
兎が死んだ。
その兎はココという名前で、私が幼稚園生だった時にもらってきた兎だった。
あのときはまだ真っ白だったと思う。けど冬を越すと、眉毛ができていた。あと目の周りも真っ黒。厚化粧しているみたい。どんだけアイシャドウぬったの?
小学校の先生には「落書きですか?」と言われた。地毛です。
体は白だったから違和感満載。
たまに春ごろになると、山の公園と呼んでいるところに遊びに行った。
山があるとかじゃなくて、山にある公園だ。公園じゃないと思うけど。プールとかあったし。
車の中では、いつもと違う空間に慣れないのか、揺れてるのが気持ち悪かったのかは知らないが、
ずっと震えてた。あと偶にぶーぶー言ってた。そんなに嫌か。
広場モドキにある芝生にシート敷いて昼寝をした。
ココは、芝生をもさもさ齧っていた。
ついでにリードもがじがじ齧っていた。
「うおぉぉ!?」と奇声を上げながら止めに入ったが、リードはすでに穴あき。遅かった!
それから家には、犬が仲間入りした。ラッキーという。ペットショップでも捨てられる寸前だったそうだ。
そっちに構ってばかりで、ココのところに顔を出すことは少なくなった。
世話をしている母が言った。「ココちゃん、家入れたらな。もう寒くなってきたし、歳も来てる。」
ココは確かに高齢だ。もう九つになる。家に入れることは賛成だった。ただ、一つ心配事があった。
「ラッキー、ココ襲うよ?」
襲うといっても、ラッキーにしてみれば興味があるだけなんだろう。尻尾ぶんぶん。
それでもココにとっては一大事。母も、そうやなぁ、と言葉を濁した。
ある日、母が買い物から帰ってきて、いつもとは少し違う声色で私に告げた。
「ココちゃん、アカンかったみたい。」
私は、愚かにも聞き返してしまった。何が?と。
母は少し間をおいてから、言った。
「……ココちゃん、死んでたわ。」
「……そう」
私はそう返すしかできなかった。何も感じなかった。実感がわかなかった。
それから母は動き出した。
段ボールを持ってきて、私に綺麗なバスタオルを持ってくるよう言った。
母は段ボールの中にペットシーツを敷いていた。私がバスタオルを渡すと、ペットシーツの上に敷いた。
段ボールを持って母は出ていこうとした。私も追いかけた。ラッキーも来ようとした。尻尾を振っている。部屋へ入れ、外へ出た。
母は、ココを取り出して段ボールへ入れた。目は開いていた。生きているんじゃないかと思った。
けど生きていなかった。母はココを撫でた。ココは固まって動かなかった。
これが死後硬直ってやつか。そうぼんやり思った。実感はわかなかった。ラッキーの声が耳障りだ。
母が手を離した。私は、そろっと手を入れて触ってみた。
冷たかった。
氷のような冷たさじゃない。けど生物のような温かさもない。
硬かった。
石のような硬さじゃない。けど関節が曲がる気がしなかった。ピンとまっすぐだった。
いつもと違う。どこかがそう訴えた。
涙がこぼれそうになった。けど耐えた。
初めて《死》を知った。《死》に直面した気がした。
母はココにバスタオルをかけた後、ココの好きなものを探しに家へ入っていった。
母が家に入った後、私はバスタオルをめくった。
頭を撫でても、いつものように耳を下げたりしなかった。
足を触っても、飛び跳ねたりしなかった。
いつものようにぶーぶー言わなかった。
涙がこぼれた。山に行ったときとか、タンポポの葉っぱをあげたときとか。いっぱい頭にあふれてきた。
それ以上泣きたくなかった。車に寄りかかって、母が来るのを待った。風が寒かった。
母が来て、ココの横にレタスを置いた。私はその下にラビットフードをいれた。反対側にはたくさんの草を。その草やレタスの上に花を置いた。母は言った。ココちゃんは白いから赤が似合うな、と。
私は、綺麗に映るココをぼんやりと見つめていた。
母は葬儀の業者に連絡していた。
母に最後まで一緒に居る?それとも、あっちに置いとく?と聞かれた。
居る、と言ったら、あんた骨も見るんよ、見れる?と聞かれた。私は言葉に詰まってしまった。
無言の時間が続いた。私は切り出した。
「ねえ、」
「あっち、いったら、な、おはか、まいりいける?」私は涙ながらにきいた。
いけるよ。母は言った。
私は諦めてしまった。最後まで一緒にいることを。
車の中で私は、ずっとダンボールを抱えていた。
葬儀場では、待合室が半個室になっていた。そこで、私の涙腺は決壊してしまった。
そこからのことはあまり覚えていない。ただ、泣きながらココの頭を撫でていたことは覚えている。
帰りの車の中で、私は一筋の光を見た気がした。
子供な私にはこれくらいしかできない。家族の誰も知らないところに、君がいたことを、此処に示す。
2012.12.8。ココへ、あっちでは恋兎でも作れよ!楽しくやれよ!げんきで、な。