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SF作家のアキバ事件簿270 ミユリのブログ 祝福のあとで

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/09/13

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第270話「ミユリのブログ 祝福のあとで」。さて、今回はヲタッキーズの1人がついに結婚。お相手は敏腕のメイド弁護士。


スーパーヒロインと腐女子の百合はアリなのか?超能力に"覚醒"した秘密を打ち明けるべき?さらに、違う世界線から凶悪な元カレが追って来て…


お楽しみいただければ幸いです。

第1条 結婚行進曲


three days, six hours, 24 minutes

until the wedding


目覚ましが鳴る。

エアリは、目覚ましを止める。


目を閉じたまま、しばらくは動かない。

頭の中で、結婚行進曲が鳴っている。


タタタターン。


タタタターン。


「……起きなきゃ」


花嫁には、起きなければならない朝がある。

結婚式まで、あと3日。


正確には……

three days, six hours, 24 minutes.


その数字だけが、世界で唯一、時間を裏切らない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)の前。


開店前の店先に、ひとりのメイドが立っている。

エアリだ。


メイド服。

スマートフォン。

そして、完全に寝不足の顔。


時計を見る。


「……12分」


御屋敷のシャッターは、まだ開いていない。


「開店が12分遅れてるわよ」


誰に言っているのかわからない。

やがて、シャッターが上がる。


中では、ミユリさんとスピアが

開店準備で右往左往している。


「ミユリ姉様、コーヒー!」

「エアリ、おはよう。今日は早いわね」

「ベーグルとタバスコとコーヒーを頂戴」

「朝からタバスコ?」

「必要なの」


何に必要なのかは説明しない。


エアリは、ボックス席に座る。

スマートフォンをテーブルに置く。


そして、深呼吸。


「さぁ、電話かけなきゃ」


結婚式まで3日。


花嫁の朝は、もっとロマンチックなはずだ。

実際には、


電話。


電話。


電話。


電話だ。


「もしもし、GP印刷さんですか?」


エアリの声が御屋敷中に響く。

ミユリさんとスピアは、顔を見合わせる。


「先週、席札を注文したエアリです」


1拍置く。


「はい。150枚」


さらに1拍。

エアリの眉間に皺が寄る。


「昨夜、深夜便で発送したはずですよね?」


ミユリさんがコーヒーを淹れる手を止める。


「……届いてないんですけど」


エアリの声が、一段低くなる。


「え?」


そして、


「アナタじゃ話にならないわ」


ミユリさんとスピアが同時に振り返る。


「責任者を出してちょうだい」


電話を切る。


エアリは、コーヒーを1口飲む。

そして、溜め息。


「……席札がない」

「席札?」


スピアが聞く。


「150枚」

「……多いね」

「結婚式だからよ」

「そりゃそうだけど」


エアリは、スマートフォンを握り直す。


「あと、ウェルカムボード」


電話。


「もしもし?ヤーン・ウェンさん?」

「あ。引き出物」


電話。


「はい、エアリです。例の件、どうなってます?」

「えっとブーケ」


電話。


「花屋さん?昨日お願いした白いバラ

 30本じゃなくて40本です」

「それから司会者」


電話。


「それ、台本の最新版ですか?」

「うーん音響」


電話。


「入場曲、絶対に変えないでください。

 前のバージョンじゃなくて、最新のやつ」

「ドレス!」


電話。


「裾、まだ長いんです」


ミユリさんが恐る恐る尋ねる。


「エアリ……」

「なに?」

「結婚式って、こんなに電話するものなの?」

「知らないわよ」


即答だ。


エアリは、2台目のスマートフォンを取り出す。


「初めてなんだから」

「2台目……?」


スピアが呟く。


「何で2台持ってるの?」

「1台じゃ足りないからよ」


エアリは、真顔だ。


その瞬間、店の奥から電子レンジの終了音が鳴る。

エアリが反射的に立ち上がる。


「何?」

「パンが焼けただけよ」

「そう」


座る。

再び電話。


「もしもし?衣装室ですか?」


ミユリさんは、黙ってコーヒーを淹れ続ける。

スピアが小声で言う。


「……これ、花嫁なの?」


ミユリさんも小声で答えた。


「たぶん」

「なんか……どこかの司令官みたい」

「本人は、花嫁のつもりよ」


エアリは、2人の会話など聞こえていない。


「はい。エヴァンズです。

 ええ、3日後です。3日後!」


そこで初めて、エアリの手が止まる。

壁の時計を見る。


残り時間。

three days, six hours, 24 minutes.


「……3日しかない」


つぶやく。

そして、目を見開く。


「3日しかないじゃない!」


御屋敷にエアリの声が響く。


ミユリさんが驚いて振り返る。

スピアがベーグルを落とす。


エアリは立ち上がる。


「ミユリ姉様!」

「はい!」

「今日、全部やるわよ!」

「全部って?」

「全部!」


スマートフォン2台を両手に持つ。


「席札150枚!」


右手で電話。


「ウェルカムボード!」


左手で電話。


「ブーケ!」

「エアリ、ちょっと待って!」

「待てない!」


花嫁には、待ってはいけない朝がある。


世界の命運を左右する超能力者であっても。

時空を超えるスーパーヒロインであっても。


結婚式の3日前には、

席札150枚の前で、ただの花嫁になる。


そして、エアリの戦いは、

まだ始まったばかりだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜。


御屋敷のネオンが、ひとつ、またひとつ

消えていく。


「いってらっしゃいませ、御主人様」


スピアが最後の客を送り出す。


「おやすみなさい。また明日」


扉が閉まる。

静かになった御屋敷。


……と思ったら、まだ電話の声がする。


「でも、金曜日に花が必要なんです」


ボックス席。

エアリは、まだ電話をしている。


「3日前にフラワーアレンジメント

 お願いしたんですけど」


額に手を当てる。


「今さら返金すれば済む話じゃありません」


1拍置く。


「確実に届けてください」


さらに1拍置く。


「お花を金曜日に」


エアリの目が鋭くなる。


「良いですね?」


電話を切る。


スマートフォンをテーブルに置く。

そして、そのまま両手で頭を抱える。


「……疲れた」


スピアがキッチンから顔を出す。


「パイ、食べる?」

「いらないわ」


エアリは、しばらく黙っている。


「……ごめん」

「ん?」

「私、1日中ひどい態度だったわね」


スピアは、肩をすくめる。


「仕方ないわよ。式まで3日だもの」


そして、少し笑う。


「私なら秋葉原中に八つ当たりしてる」

「そんなに?」

「何しろ相手は、あのマリレだもの」

「……そうね」


エアリも、ようやく笑う。


「確かに大変ね」

「でしょう?」


2人で笑う。

そこへ、ミユリさんがやって来る。


「エアリ」

「なに?」

「結婚に不安はないの?」


エアリが顔を上げる。


「え?」


ミユリさんは、カウンター席に腰掛ける。

スピアも隣に座る。


夜の御屋敷には、他には誰もいない。

3人だけだ。


「式じゃなくて」


ミユリさんが言う。


「結婚そのものよ」


エアリは、黙る。


「不安はないの?」

「ないわ」


即答だ。


「何の不安も?」

「ないわ」

「それは……尊敬するわ」

「ありがとう」


エアリは、胸を張る。


「私は、ジェシを信じてるもの」

「私もマリレのことは、大好きだけど」


スピアが腕を組む。


「結婚となるとねぇ」

「その気持ち、わかるわ」


ミユリさんがうなずく。


「私もテリィ様と結婚なんて……」


そこで突然、顔が赤くなる。


「……想像できないわ」

「ミユリ姉様?」

「きゃっ」


なぜか嬉しそうだ。

エアリは、2人を見ながら笑う。


「変なの」

「エアリだって、わかるわよ」

「何が?」

「結婚してみれば」

「私は大丈夫」


エアリは、笑う。


「絶対に」


その声は、明るい。

あまりにも明るい。


だから、誰も気づかない。


そのとき、エアリの目が

一瞬だけ遠くを見ていたことに。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


暗闇。音がない。

エアリは、1人で立っている。


何もない時空。


ただ、上から1本の光が落ちている。

スポットライト?その中心に、エアリ。


白いドレスを着ている。


誰かが近づいてくる。

顔は、見えない。


足音だけがする。


1歩。

また1歩。


エアリは、動けない。

逃げようとも思わない。


男が目の前に立つ。

手が伸びる。

頬に触れる。


そして……


唇が重なる。

エアリは、目を閉じる。


「……」


何かを言おうとする。

けれど、声にならない。


時空がゆっくりと歪んで逝く。


スポットライトが遠ざかる。

男の顔は、見えない。


誰なのか、わからない。

なのに……


なぜか、知っている気がする。


「……っ」


エアリは、はっと目を開く。


現実。御屋敷のカウンター。

ミユリさんが心配そうに覗き込む。


「どうしたの?」


エアリは一瞬、何も言えない。


「……いえ」


自分の胸に手を当てる。

鼓動が速い。


「別に。平気よ」

「ホントに?」

「ええ」


エアリは、笑う。

いつもの、強い笑顔だ。


「私は大丈夫」


けれど。


その夜から3日後に結婚する少女の夢の中。

誰かが、彼女の名前を呼んでいる。


その声が誰なのか、どうしても思い出せない。


第2章 花嫁の野望


two days, three hours, 54 minutes

until the wedding


「いや、数日で直ると思うよ。それで?どう?」


カレルはツアートラックの下に潜り込んでいる。

その横で、マネージャーが立っている。


巨大なトレーラーの側面には、


**SHOGO yAMADA**


とデカデカと描かれている。


山田省吾。

稀代の rock 'n' roll スター。


ステージに立てば、観客を数万人単位で熱狂させる男。

そして、その男を運ぶツアートラックが動かなければ、ソレはただの巨大な鉄の箱である。


「おい、答えろよ」

「だから、今調べてます」


カレルは、工具を持ったまま答える。

マネージャーのスマホが鳴る。


「フィルか?」


そのまま、電話に出る。


「土曜の同じ時間枠に延期するんだ。

 後はお前が考えろ。頼んだぞ」


電話を切る。


「……それで?」

「何が?」

「ツアートラックだよ。どんな具合だ?」

「原因を調べてます」

「君に話してるんだぞ」

「僕もあなたに話してます」

「違う。トレーラーの具合だ!」

「だから調べてますって」


マネージャーは、深い溜め息をつく。

そして、マイク付きヘッドホンを耳に装着する。


「カータさん」

「さん付けはヤメろ。気持ちが悪い」

「じゃあ、カータ」

「それでいい」


カータは、電話に向かって喋り始める。


「了解。何しろ、まだ原因がわかりません」


カレルは、工具を置く。


「だから、バンドの皆さんと

 コーヒーでも飲んで待っていれば?」


カータが振り向く。


「……しばらく足止めだ」

「そうですね」

「えっと。ココは……」

「秋葉原ですよ」

「そう。秋葉原だ」


カータは、うなずく。

そして、電話のマイクを手で覆う。


「君に言ってるんじゃない。電話中だ」

「はい」

「だから!」


また電話に向き直る。


「KZA局の取材予定を入れ直せ。

 スケジュールを調整してくれ。いいな?」


1拍置く。


「ところで君は誰だ?」


カレルを見る。


「シャリだっけ?」

「カレルです」

「そうか。カレルか」


もう興味は失せてる。

カータは、怒鳴りながら歩き去る。


「いいか?俺の言ってることをよく聞け!」


その声が、駐車場の向こうへ消えて逝く。

カレルは、ツアートラックの下から顔を出す。


「……山田省吾より、マネージャーの方が

 rock 'n' roll してるな」


そのときだ。


「カレル」


振り返る。エアリが立っている。


「時間ある?」


カレルは、ツアートラックを見る。


「たっぷりあるぞ」

「どうして?」

「動かないから」

「なるほど」


エアリは、隣にしゃがみ込む。因みにメイド服。

そして、少し声を落とす。


「すごく変な夢を見たの」

「夢?」

「そう」

「どんな?」


エアリは、空を見上げる。


「私だったけど、私じゃないの」

「……」

「つまり、自分で自分をコントロール出来ない。  でも、あれは明らかに私なの」


カレルは、工具を置く。

しばらく、考える。


そして、至極真っ当な顔で言う。


「夢は、醒めたらすぐに書き留めなきゃ」

「え。でも、違うの」

「違う?」

「すごく危険な感じがした」


エアリの表情が変わる。


「私は……明らかに興奮してたの」


カレルが眉を上げる。


「いえ」


エアリは、慌てて言い直す。


「胸をときめかせてたの」

「ほう」

「しかも、私はあの男を知っている」

「男?」

「すごくセクシーな夢なのよ」


カレルは、黙る。

百合を熱くする男。


「夢から覚めた後も体が火照ってた。

 だから、冷たいシャワーを浴びたくらいよ」

「……」

「あ、これは誰にも言わないでね」


カレルは、少し考える。


「想像しちゃうな」


エアリの顔が赤くなる。


「いや。エッチ」


ゴツン。

カレルの頭に、エアリの拳が落ちる。


「痛っ!」

「余計な想像をしない!」

「はいはい」


カレルは、頭をさする。


「気にするなよ。

 マリッジブルーって奴じゃないのか?」

「からかわないで」


エアリは、立ち上がる。


「ありえないわ」

「幸せいっぱいの花嫁が見る夢じゃないな」

「私は、幸せいっぱいよ」


その瞬間。

エアリのスマートフォンが鳴る。


「もしもし?」


歩きながら電話に出る。


「え?」


足が止まる。


「ちょっと、それ正気で言ってるんですか?」


さっきまでの花嫁の顔が、一瞬で消える。

阿修羅の形相。カレルが小声で言う。


「イライラ禁止だ」

「OK……」


エアリは、深呼吸する。


「それじゃ、だめです」


声は、穏やかになる。

けれど、目は穏やかではない。


「式の日取りは変えられないわ」


電話を切る。


そして、何事もなかったように歩き去る。

その向こうでは未だカータの怒鳴り声が聞こえる。


「いいか?俺の言ってることをよく聞け!」


山田省吾のツアートラック。

故障中。

マネージャー、錯乱中。

花嫁、爆発寸前。


そしてカレルだけが、作業ツナギのまま

静かに空を見上げる。


「……ああ」


スマホをポケットにしまう。


「電波のない世界に行きたい……」


その日、秋葉原では、誰も未だ知らない。

結婚式まで、あと3日。


花嫁の夢が、現実より先に何かを

知っていることを。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。

エアリは歩きながら、スマホをかけまくっている。


「どういうことですか?」


歩く。


「そんなので、よく商売してるわね!」


また歩く。


「お金だけ払わせておいて!」


立ち止まる。


「私、3日後に結婚するんですよ!」


インバウンドが振り返る。


「3日後よ!3日後!」


電話の向こうから何か言われる。


「はい?」


エアリの足が止まる。


「……今、なんて?」


聞き返す。


「もう1度言ってくださる?」


沈黙。

エアリの眉間に、深い皺が刻まれる。


「なるほど」


ゆっくり頷く。


「つまり、そちらのミスなんですね?」


また何か言われる。


「ええ」


うなずく。


「そうですか」


さらに、うなずく。


「それで?」


1拍置く。


「私にどうしろと?」


電話の向こうから説明。


「……」


エアリの顔が変わる。


「……私が?」


指を自分の胸に向ける。


「私が、そちらのミスを?」


インバウンドの輪が出来ている。


「なんで私が!?」


ついに声が裏返る。


「私は今、結婚式の準備で忙しいの!」


そこへ、


「まぁ、エアリ」


マデラが現れる。2人ともメイド服。

インバウンドは、一斉にスマホを構える。


「どうしたの?」


マデラが微笑む。


「元気?」

「はい。まぁね」


エアリは、電話を切らない。


「じゃあ、私は急いでるから」


歩き出す。


「エアリ」

「今、非常に忙しいの」

「待って」


エアリの足が止まる。

マデラが静かに言う。


「貴女は傷ついている」


エアリは、振り返らない。


「そして、怒っている」

「……」

「でも、わかってほしいの」

「何を?」

「私が貴女の式に参列しないのは、

 貴女を愛しているからよ」


エアリが振り返る。


「この結婚には賛成できない」

「……」

「だから、出ないの」


エアリは、しばらくマデラを見る。

そして、


「……わかりました」


スマホを耳に戻す。


「じゃあ、私は行くわ」


歩き出す。数歩。

突然、また電話に向かって怒鳴る。


「で、席札はどうなったんですか!?」


マデラが目を閉じる。


「……」


エアリは、止まらない。


「150枚ですよ!?1枚じゃないのよ!」

「エアリ」

「150!」

「エアリ」

「私の名前が一番上に来るんですよ!?」

「エアリ」

「花嫁なんだから!」


多国籍な通行人が全員、振り返っている。

エアリは、それに気づかない。


「私の結婚式はね!」


声はアキバ中に響く。


「誰にも邪魔させませんからね!」


電話の向こうにも、マデラにも、

通りすがりの世界の人々に宣言する。


「絶対に!」


そして、ついでのようにスマホに向かって、


「だから席札を何とかして!」


怒鳴る。歩き去って逝く。

メイド服の裾が、怒りに合わせて翻る。


マデラはその背中を見送る。


「……そういうトコロなのよ」


小さく、つぶやく。


「貴女が、まだ子供だと思うトコロは」


パーツ通りのネオンが、2人の間で瞬く。

結婚式まで、あと3日。


花嫁はまだ知らない。


自分の結婚を一番心配している人間が、

自分の母親代わりであることを。


そして今夜、秋葉原で一番怒っている人間が、

席札150枚のコトで怒っているコトを。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。

オープンエアのテーブル席。


エアリは、書類の山に囲まれている。


席次表。

進行表。

花屋の請求書。

衣装の確認書。

そして、なぜか「結婚式当日の緊急時対応マニュアル」と描かれた分厚いファイル。


花嫁というより、これから会社を1社

買収する人間のデスクだ。


そこへ、僕が近づいていく。

元セフレは、顔を上げる。


「蒲田はどうだった?」

「思った通りにはいかなかったよ」

「そう」


エアリは、書類にチェックを入れる。


「こっちはどうだ?」

「忙しすぎる」


溜め息。


「あと2日だもの」

「2日?」

「そう。もう2日しかないの」

「……結婚式って、そんなに大変なのか?」

「テリィたん」


エアリがペンを置く。


「正直に言って」


嫌な予感がする。


「ジェシとの結婚、反対なんでしょ?」

「え?」

「みんな、手放しでは喜んでくれない」

「心配してるだけだ。

 ジェシが嫌いなわけじゃない」

「ジェシを知らないから、そう言うんでしょ?」


エアリの声が少し強くなる。


「結婚を急いだら後悔する。一生後悔する。

 そう言いたいんでしょ?」


げ。よくわかるなw


「まあ……」

「わかってるわ」


エアリは、書類を1枚めくる。


「もう聞き飽きた」

「でもさ」


僕は、向かいに座る。


「みんなが同じことを言うっていうのは

 何か理由があるとは思わないのか?」

「……」

「少しくらい、みんなの意見も聞けよ」


エアリは、僕をじっと見る。


「なぜ私を信用しないの?」

「信用してるよ」

「なら、私を信じて」


エアリは、胸を張る。


「ジェシは、私が選んだ相手なのよ」


そして、少しだけ声を落とす。


「みんなが支えてくれると信じたい」

「認めてるよ」

「そうは思えない」


エアリの顔が曇る。


「マデラとYUI店長は

 結婚式に出席してくれないのよ」

「え?」

「そんなの、受け入れられないわ」

「……知らなかった」

「いいの」


エアリは、すぐに笑う。


「気にしないで」


そして、僕の目をまっすぐ見る。


「大事なことは……」


1拍置く。


「ジェシは、運命の人だってことよ」


そのときだ。


「あら」


妙に爽やかな声。振り返る。

ジェシが歩いてくる。メイド服だ。


僕は、目を疑う。


「……これは?」


エアリがニコッと笑う。


「ごめんなさい」

「何が?」

「仕組んだのよ」

「何を?」


ジェシは、僕の前まで来て

爽やかに手を差し出す。


「テリィたん」


握手。


「これからよろしく」

「こちらこそ……」


僕は、握手を返す。


ジェシは、エアリに向き直る。

そして、軽くキス。


「どうかしら」

「ジェシ。しきたりに従って」


エアリが言う。


「貴女から話すものよ」

「……あー、そうね」


ジェシは、少し考える。法廷で間を置くように。

彼女は、メイド弁護士だ。


「えっと」


僕を見る。


「テリィたんと私、

 お互いのことは未だよく知らないけれど」

「うん」

「これから家族みたいに付き合うことになるし」

「まあ、そうだな」

「エアリと2人で考えたんだけど」


ここでジェシが一瞬、エアリを見る。

エアリは満面の笑顔だ。


「その第1歩として」


ジェシは、言う。


「式の仲人をお願いしても良いですか?」

「……仲人?」


僕は、固まる。


「今どき?」

「ぜひお願いするわ」


すかさずエアリが介添え。


「いや、ちょっと待て」


僕は、ジェシを見る。

ジェシは笑顔。エアリも笑顔。


2人とも、僕が断るという選択肢を

完全に絶っている。


「エアリ」

「なに?」

「これは……」

「お願い」


エアリが頭を下げる。

メイドのお辞儀。深々と。


さっきまで秋葉原中の業者に怒鳴っていた彼女。

突然、礼儀正しい花嫁になる。


ギャップ萌え狙いか?


「……わかった」


僕は、溜め息をつく。


「もちろん、やるよ。喜んで」


エアリの顔がぱっと明るくなる。


「それは、うれしいです!」


そして、


「やったー!」


僕に抱きつく。


「お、おい!」

「ありがとう、テリィたん!」


エアリは、ジェシとはハイタッチ。僕とはハグ。

妙な三角形が完成する。


その時になって、僕はようやく気づく。


これは、単なる仲人の依頼ではない。

エアリは、僕を式の当事者にしたのだ。


仲人という肩書きを与え


「みんなが支えている結婚式」


という形にしようとしている。


確かに、僕が仲人だとマデラもYUI店長も

「欠席」という選択は、かなり非現実的になる。


こいつ。


僕は、元セフレを見る。

満面の笑顔。


「……したたかな花嫁だな」

「何か言った?」

「いいえ」


僕は、笑う。思い切り。


「おめでとう、エアリ」

「ありがとう!」


エアリは、また僕に抱きつく。

結婚式まで、あと2日。


花嫁の野望は、アキバを席巻中だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


マリレの部屋。 


僕は、テーブルに両手をついて

重々しい声で話す。


「調べよう」


マリレが顔を上げる。


「何を?」

「ジェシさ」

「……エアリの?」

「YES」


僕は、声を落とす。


「彼女が時空漂流者(レーンウォーカー)じゃないか、血液を調べる」


マリレは一瞬、黙る。


「それは、簡単よ」

「え?」

「血液を採れば良いんだから」

「……そうか」


なぜか頼もしい。


「次に、家族や友人に聞き込みをする」


僕は、立ち上がる。


「徹底的に調べるんだ」

「どのくらい?」

「全部だ」

「全部?」

「生まれてから今日まで」


マリレの目が……輝く?


「任せて」


珍しく、胸を叩く。

僕は、少し不安になる。


「ただし、エアリには内緒だ」

「もちろん」

「彼女は今、かなり神経質になっている」

「結婚式まで2日だものね」

「そう。だから僕が調査に噛んでいることは

 知られてはならないンだ」

「わかったわ」


マリレは、真顔だ。


「極秘ね」

「極秘さ」

「国家機密レベル?」

「え?……できればそのくらいで」


マリレは、大きくうなずく。

そして、机の上にあったメモ帳を開く。


「ジェシ。年齢、出身地、家族構成、学歴、職歴、 趣味、交友関係、好きな色……」

「待て」

「何?」

「好きな色まで必要か?」

「時空テロリストなら何か出るかもしれないわ」

「……確かに」


僕は、うなずく。


結婚相手の好きな色を調べることが、

いつの間にか国家安全保障になっている。


「それから」


僕は、言う。


「過去に秋葉原へ来たことがあるか」

「重要ね」

「蒲田方面への移動歴も」

「重要だわ」

「突然、知らない言語を喋ったことはないか」

「重要」

「鏡に映らないとか」

「それは……かなーり重要」

「だろ?」


マリレは、真剣だ。

僕は、ふと思い出す。


「そういえば、僕は仲人をやることになった」

「え。仲人?」

「うん」

「テリィたんが?」

「うん。エアリに頼まれた」


マリレは、僕を見る。

1秒よりも、かなり長い時間が流れる。


「……ワナだわ」

「えっ!そうだったのか。しまった」

「どうして引き受けたの?」


僕は、少し考える。


「反対すべき証拠がないからだ」


すると、マリレは大きくうなずく。


「なるほど」

「だから調べる」


僕は、言う。


「何もなければ、僕は仲人として結婚式に立つ」

「何かあれば?」

「そのときは……」


僕は、腕を組む。


「仲人を辞退する」


マリレも腕を組んで言う。


「場合によっては結婚式そのものを止める」

「そ、そこまでやるか」

「やるわ」


マリレは、胸を叩く。


「エアリのためだもの」


僕たちは、顔を見合わせる。

そして同時にうなずく。


結婚式まで、あと2日。


秋葉原では今、花嫁には内緒で、

花婿の身元調査が始まろうとしている。


その調査目的は――


**時空テロリストかどうか**


結婚相談所でも探偵事務所でもない。

ましてや、リアル家族でもない。


僕たちは、結婚式を守るための

極秘時空調査部の別班だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。


エアリとジェシは、並んで歩いている。

2人は、花婿に花嫁だ。メイド服だけど。


「披露宴なんだけど」


エアリがスマホを見ながら言う。


「お友達のロッヂを借りられるかもしれないの」

「ロッヂ?」

「そう。どうやらキャンセルが出そうなの」

「それは、良かったわね」

「ええ」


心から喜んでるジェシ。

けれど、ほんの少しだけ間がある。


「……ジェシ。ホントに良いの?」

「何が?」

「結婚よ」


ジェシは、ピタリと足を止める。

エアリは、慌てて言葉を足す。


「不安とか、迷いとか」

「何の?」

「だから……結婚すること」


ジェシは、笑う。


「何の迷いもないわ」

「ホントに?」

「こんなに迷いがないのは、生まれて初めてよ」


エアリは、その答えを聞いて安心したように笑う。


「それならよかったわ」

「貴女は?何かあるの?」

「私?」


エアリは、胸を張る。


「もちろんないわ」


そして、少しだけ声を大きくする。


「誰にも結婚の邪魔はさせないわ」

「頼もしいわクスクス」

「でしょ?」


エアリは、歩き出す。


「さあ、記念写真の打ち合わせよ」

「今から?」

「今から」


2, 3歩進んだところで、


「待って」


エアリが呼び止める。

ジェシが振り返る。


「何か心配事?」

「え?」

「さっきから変よ」

「変じゃないわ」

「そう?」

「ただ……」


エアリは、言葉を探す。


「ちょっと忙し過ぎるだけ」

「式まで、もうすぐだものね」

「そうなの」


エアリは、笑う。


「少し緊張しているの」

「無理しないで」

「わかったわ」


ジェシが先に歩き出す。


エアリは、その背中を見つめる。

何かを確かめたい。


けれど、何を確かめたいのかわからない。


「……変なの」


小さくつぶやく。

そして、追いかける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その夜。


エアリはベッドに入る。

布団をかぶる。目を閉じる。


眠らなければ。


明日はまた、やることが山ほどある。

席札。

花。

衣装。

写真。

披露宴。


そして……結婚。

やがて、意識が沈んでいく。


暗闇。

また、そこにいる。


何もない。

音もない。


ただ、目の前にブラックホールが開いている。


底がない。

光さえ曲げて吸い込む、真っ黒な穴。


エアリは、その前に立っている。


「……あなたは誰?」


答えはない。


黒い空間の向こうから、男が現れる。

顔は見えない。


けれど、声だけははっきり聞こえる。


「結婚を認めてくれる?」


エアリが問う。

男は、笑う。


「俺の許可がいるのか?」

「……」


男が近づいてくる。


「旦那は、この顔を気に入ったのか」


エアリは、動けない。


「そうか」


男の手が伸びる。

指が、エアリの顎に触れる。


冷たい。


「未だ夫じゃないわ」


エアリは、言う。


「結婚なんかさせない」


男の声は、静かだ。


「邪魔は、させないわ」


エアリは、睨み返す。


男は、まるでそれを楽しむかのように笑う。


「お前は、自分からやめるさ」

「そんなこと……」

「お前は永遠に」


男の顔が、ほんの少しだけ光の中に入る。

エアリは、息を呑む。


「私のものだ」


……目が覚める。

エアリはベッドの上で跳ね起きる。


暗い部屋。

荒い呼吸。


自分の手は、未だ顎を押さえている。


そこには何もない。

誰もいない。


けれど、顎には

未だ、あの男の指の冷たさが残っている。


第3章 冷たい指


御屋敷の前。


スピアが、いつものようにOPENの札を掛ける。

カラン、と小さな金属音がする。


「エアリ。おはよう」


返事はない。スピアはドアを開ける。


「おはようございます……」


誰もいない。


店内には、いつものテーブル。

いつもの椅子。

いつもの食器。


なのに、誰もいない。

スピアは首を傾げる。


「あら……誰もいないわ?」


壁の時計を見る。

秒針だけが、妙に大きな音を立てている。


その瞬間。


カウンターの上に置かれたデジタル時計の表示が

切り替わる。


**ONE DAY, FIVE HOURS, 42 MINUTES**

**UNTIL THE WEDDING**


結婚式まで、あと1日と5時間42分。


昨日までと同じ秋葉原なら、

誰かが怒鳴っていて、

誰かが笑っていて、

誰かが遅刻しているはずだ。


けれど今日は。


静かだ。

静かすぎる。


スピアはもう1度、外に目をやる。


「……エアリ?」


返事はない。

アキバの朝は、未だ始まっていない。


いや。


もしかすると…


昨日までのアキバが、もう終わっている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。エアリの部屋。


ベッドの上に座り、1枚のメモを見つめている。

そこには、何度も書き直した文字。


YOU WILL ALWAYS BE MINE

(お前は私のもの)


エアリは眉を寄せる。


「……どうしよう」


ペンを置く。


「私、何してるの?」


消して、書き直す。

また消す。


「違う……こんなこと、私が描くワケないわ」


もう1度、描く。


YOU WILL ALWAYS BE MINE


「……やっぱり怖い」


そのとき。


コンコン。

窓を叩く音。


エアリが振り向く。


カーテンの向こうから

スピアが顔を出す。


「おはよう」

「きゃっ!」


エアリは、慌ててメモをベッドの下へ隠す。


「お、おはよう……」


スピアは、窓から入ってくる。

アキバでは、ペントハウスには窓から入る。


「大丈夫なの?」

「大丈夫よ。ええ、なぜ?」

「だって御屋敷に来ないから。

 ちょっと心配になって」


スピアが部屋を見回す。


「式の準備は、もう大丈夫なの?」

「式……?」


エアリの顔から血の気が引く。


「え。今、何時?」

「10時半」

「何曜日?」

「土曜日」

「……」


エアリが時計を見る。


「やだ!」


飛び起きる。


「どうしよう! 間に合わないわ!」

「何が?」

「1時間前にフローリストと会う約束だったの!」


ベッドから飛び降りる。


「それから、あなたの付き添い役用のドレス

 受け取りに行かなきゃ!」


クローゼットを開ける。


「それからロッジ!」


書類を掴む。

バサッ。


全部落とす。


「ロッジに小切手を持って行かなきゃ!

 キャンセルされちゃう!」


片手で拾う。

また落とす。


「どうしよう!」


両手で拾う。

また落とす。


「時間が全然足りないわ!」


スピアが両手を広げる。


「エアリ。座って」

「座ってる暇なんか……」

「座って」

「でも……」

「エアリ」


スピアが肩を押さえる。


「心配ないわ。大丈夫」


エアリが止まる。


「みんな、うまくいくわ」


スピアは、優しく微笑む。


「焦っちゃだめ。私が保証するわ」

「……スピア」

「私が手伝うから」


エアリの目が少し潤む。


「ホント?」

「もちろん」

「ありがとう……」


ようやくエアリが座る。


「じゃあ……頼もうかな」


スピアも胸を張る。


「OK。まず、何を頼みたいの?」


エアリは、一瞬考える。


「そうね……」


そして。


「じゃ、全部任せるわ」

「……え。全部?」

「私、行かなきゃ」

「はい?」


エアリは、立ち上がる。


「時間がないの。ありがとう、スピア。

 じゃあよろしくね!」


そのまま、部屋を飛び出して逝く。


ドアが閉まる。

静寂。


スピアは1人、部屋の中央に立っている。


「……全部?」


ベッドの下から、さっきのメモが少しだけ覗く。

スピアはそれを見つける。拾う。


YOU WILL ALWAYS BE MINE


「…………」


スピアは、メモと閉じたドアを交互に見る。


「結婚式って……」


小さく溜め息。


「ホントに、誰のためのイベントなのかしら」


その頃、廊下を走るエアリの声が響く。


「フローリストに電話!」

「ロッジ!」

「ドレス!」

「ジェシには……あとで良いわ!」


アキバの結婚式は、完全なるカヲスに向けて

全速力で加速中だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。


ミユリ、スピア、マリレ。

3人のメイドがテーブルを囲んでいる。


エアリの姿は、ない。


「……エアリらしくないわ」


ミユリさんは、腕を組む。


「きっと何かあったのよ」

「ホントよ」


スピアが山積みになった書類を見る。


「式は明日なのよ」


1枚めくる。


「昨日までにやっておくべきことが

 ほとんど何も出来てない」


もう1枚。


「こっちも」


さらに1枚。


「こっちも」


マリレが覗き込む。


「……これは?」

「席次表」

「空っぽね」

「潔いでしょう?」

「潔さで結婚式はできないわよ」


ミユリさんは、深く息を吸う。


「こうなったら腰を据えるしかないわ」


3人を見る。


「私たちが仕切らなきゃ」


マリレが顔を上げる。


「ということは?」

「明日の結婚式は……」


ミユリさんは、1拍置く。


「お流れになっちゃうってコトね?」

「そうよ」


即答だ。


「……」


3人の間に、妙な沈黙が落ちる。

スピアが手を叩く。


「よし!」

「何がよしなの?」

「こういう時こそ、優先順位よ」


スピアが紙に大きく描く。

"結婚式・緊急対策本部"


「で、1番の急ぎは何なの?」


ミユリさんが聞く。

スピアは、即答だ。


「まず、私たちのドレス」


ミユリさんも即、復唱する。


「私たちのドレスね」


マリレが首を傾げる。


「もっと大事なものがあるんじゃない?」

「ないわ」

「ないわね」


2人の声が重なる。

マリレは、アッサリ諦める。


「……ないことにしましょう」


スピアがカタログを取り出す。


「見て。エアリが選んだの、これ」


ページを開く。

ミユリさんが覗き込む。


「……!」


息を呑む。


「素敵……」


マリレも覗く。


「これ、本当にエアリが?」

「そう」

「ずいぶん……」

「何?」

「花嫁より派手じゃない?」


スピアがページをめくる。


「こっちはどう?」

「素敵」

「こっちは?」

「もっと素敵」

「じゃあ、これ?」

「最凶」


3人の顔は、どんどん真剣になって逝く。


さっきまで「式が流れる」と騒いでた人たちとは

とても思えない。


ミユリさんは、カタログを抱きしめる。


「……結婚式、やりましょう」


マリレがうなずく。


「そうね」


スピアもうなずく。


「絶対にやりましょう」


3人の視線は、ドレスのページに集まる。


同時刻。花嫁は、秋葉原のどこかを

全力で走っている。


そして、誰も未だ気づいていない。


明日、ここで起きることが

決して結婚式だけではないということに。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


コスプレショップ。式の男装服を選ぶジェシ。


「イマイチだわ。ダブルを試したい」


店員にNGを出すジェシ。そこへ、僕たち。


「あら!ジェシ、おめでとう。

 貴方は、最高のメイドを射止めたわね!」


マリレがジェシと握手する。


「どうも。えっと貴女は…」

「マリレよ。1度会ってる」

「ごめんなさい。毎日が怒涛過ぎて」

「いいの。気にしないで。

 あと25時間だもの。緊張してる?」

「まぁね」


ダブルを着こなすジェシ。


「ソレ、かっこいいじゃない。

 テリィたんに聞いたんだけど、

 秋葉原の出身だって?」

「YES。神田佐久間河岸よ」

「法学院は?」

「沖永良部島」

「なんでそんな遠くに?」

「1つは奨学金よ。電気街を出たかったの」

「家族と揉めてたとか?」

「いいえ。閉塞感って言うのかしら。

 冒険心って奴カモね。

 電気街以外の景色を見てみたかった」


大きくうなずくマリレ。


「気持ちはわかる。私も逃げ出したくなるわ。

 法学院の話をお願い」

「美しいキャンパスだったわ。

 湖を見下ろす丘に立っていて

 森の緑が素晴らしい…」

「で、法学院に在学中、引っ越ししてるわね?

 それはどうして?」


さすがに首を捻るジェシ。 


「ねぇ。これって尋問なの?」

「いや。興味があるのさ。 

 狭い電気街にいるとね。絶対カッチョ良いな」


僕が助太刀すると、ジェシは微笑む。

その間に、マリレはダブルの服に針を落とす。


「ジェシがうらやましいんだ。

 アキバの外の世界の話を教えてくれよ」

「そーだったの」

「ほら。試着したらどう?」


マリレが針を落とした背広を薦める。


「痛いっ!」

「どうしたの?大丈夫?」

「ピンが刺さってたわ」


僕は、拳を震わせる。


「それはひどいな!大丈夫か?」

「どうかされました?」


格闘家の秋麗コスプレの店員が飛んでくる。


「袖にピンがついてたわ」

「それは、申し訳ありません!お怪我は?」

「テリィたん、私たちはもう行かなきゃ」

「あ。おやつの時間だった。

 ジェシ。話が聞けて、楽しかったよ」


僕は、ジェシと握手。

マリレは、血のついたティッシュを回収する。


「式まで駆け抜けルンだ」


ジェシの肩を叩いて、真顔で激励する。

僕たちは、コスプレショップを出る。


「ど、どうもありがとう…」


呆然と見送るジェシ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。


マリレは、カルチャーセンターから借りてきた顕微鏡を覗きながら、スマホを耳に当てている。


「テリィたん。悪い知らせよ」


顕微鏡から目を離す。


「ジェシは、完璧に人間。しかも、リア充」


少し間を置く。


「blood type Blue。第2.5使徒だけど……

 時空漂流者じゃなかった」


スマホの向こうで、僕が何か言っている。


「うん。私も残念よ」


そのとき、廊下から声が飛んできた。


「マリレ!団体の御主人様がお帰りよ!」

「はいはい。今、行きますよ」


スマホを切る。


そのまま顕微鏡を横に置き、何事もなかったようにバックヤードを出ようとする。


ドアが開く。

エアリが入ってくる。


「マリレ」

「何?」


エアリの顔は、真剣だ。


「大変よ」

「何が?」

「困ったコトになったわ」


1拍置く。


「時空漂流者が、私を狙ってるみたいなの!」


マリレは、エアリを見る。

そして、顕微鏡を見る。


もう1度、エアリを見る。


「……今?」

「今よ!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


22 HOURS, 7 MINUTES

UNTIL THE WEDDING


「ただの夢じゃないの?」


スピアは、言う。


「ストレスとか、不安とか。

 結婚前には、よくあるそうよ」

「でも、その男は私を知ってるの」


エアリは、腕を組む。


「何か……深い絆を感じたわ」

「夢の中で?」

「夢の中で」

「それはそれとして」


スピアが首を傾げる。


「大体、何を怖がるっていうのよ?」

「もし……彼だったとしたら?」

「誰よ?」


エアリが小さく答える。


「キバァかもしれないの」


空気が止まる。

マリレの顔から笑みが消える。


「……キバァ」


一瞬だけ。

本当に一瞬だけ。


秋葉原から、音が消える。


「奴だとしても、ただの夢でしょ?」

「……そうね」


エアリは、うなずく。


「でも過去に、キバァと貴女は関係があって……」

「私じゃないわ」


エアリが遮る。


「ビララっていう、別の女性よ」

「"母なる世界線"での貴女のことね」


マリレの声が低くなる。


「そのビララの情事のせいで

 ヲタッキーズは皆殺しになった」

「違うわ」

「最後まで聞いて」


マリレは、溜め息をつく。


「夢の説明をしてるの。貴女の潜在意識が

 あの世界線の記憶を拾ってるのよ」

「……」

「貴女は"母なる世界線"での出来事に

 罪悪感を抱いてる」


エアリは、黙る。


「私がそこで何をしたのか、私は知らないの」


小さくつぶやく。


「覚えているのは……大切な人たちを

 彼との情事のために裏切ったってことだけ」


マリレが黙って聞く。


「私、どうしちゃったのかしら」


エアリの声が揺れる。


「誰のせいなの?」


そして、ふと顔を上げる。


「みんなにしたみたいに……

 私はジェシを裏切るのかしら?」

「やめて」


マリレが言う。


「まぁ、座りなさい。エアリ」


ソファに座るエアリ。


マリレも隣に腰を下ろす。


「違う世界線での出来事なんか、関係ないわ」


エアリを見る。


「この世界線では、貴女はエアリ」


そして、少し笑う。


「そして、エアリは、私たちを裏切るような

 メイドじゃない」

「……マリレ」

「もしキバァが話しかけてきたら?」

「……どうするの?」

「それが何?」


マリレは、肩をすくめる。


「ここにはいないわ」

「でも……」

「秋葉原から遠く離れた、違う世界線にいる」


そして、胸を張る。


「もし、そこからキバァが来たら?」

「……」

「みんなで何とかするわ」


エアリは、少し笑う。


「そうね」


そして、うなずく。


「わかったわ」


そのとき。


エアリの目が、テーブルの上に止まった。


「……あら」

「何?」


エアリが顕微鏡を見る。


「これ、何?」

「カルチャースクールの宿題よ」

「誰の血液?」


マリレが黙る。

エアリが顕微鏡を覗く。


「これ……ジェシの血?」

「……YES」

「彼女が時空漂流者かを調べたのね?」


マリレは、観念したように笑う。


「ねぇ喜んで」


胸を張る。


「結果は、見事合格よ」

「……」

「完璧なるリア充」

「……」

「テリィたんにも知らせたわ」


エアリがゆっくり顕微鏡から顔を上げる。


「テリィたんもグルだったの?」


マリレの笑顔が消える。

僕を道連れにするな。


「……」


エアリは、立ち上がる。


「エアリ!」


ソコへ、スピアが飛び込んで来る。


「よかった!ここにいたのね!」

「スピア。今ちょっと……」

「大変なの!」


スピアは、息を切らしている。


「落ち着いて聞いて」

「何?」

「ちょっとトラブルが発生したの」

「何なの?」


スピアが言った。


「あなたのドレスが……」


間。


「今、青森の恐山に行ってるの」

「…………」


エアリの目が点になる。


「ウソでしょう?」

「ホント」

「なんで?」

「配送業者によると

 たぶん経由地を間違えたからみたい」

「恐山?」

「恐山」


エアリの顔が崩れる。


「もう最悪……」


その場にへたり込む。

マリレが心配して、膝をぽん、と叩く。


「エアリ、ファイト」


バシッ。

その手をエアリが払う。


「大丈夫じゃない!」

「……」

「キバァよりドレスよ!」

「え?」

「明日なのよ!」


スピアがうなずく。


「そうよ」

「私、明日結婚するのよ!」

「知ってる」

「なのにドレスが恐山!」


3人は、黙る。


マリレが顕微鏡を見る。

スピアが書類を見る。

エアリは、天井を見上げる。


そして誰も、もうキバァの話をしていない。


世界線を滅ぼす男より、結婚式のドレスの方が

今のアキバでは強敵なのだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


神田リバー沿い。


久しぶりにメイド協会を訪れる。

目的は、白タキシードのコスプレを借りること。


結婚式で着る。


僕はもう、何がどうなった末にこうなったのか

自分でもよくわかっていない。


ただ1つ確かなのは。


僕が仲人をやるコトになったというコトだけだ。

受付へ向かう途中、マデラと鉢合わせする。


「何しに来たの、テリィたん」

「コスプレを借りに」

「何の?」

「白タキシード」


マデラの眉が上がる。


「……式で使うから」

「式に出るの?」

「出る」

「まさか」


マデラが僕を見る。


「今どきの若い人は、仲人なんか立てるの?」

「僕もそう思う」

「そもそも、テリィたん。

 エアリの結婚には反対だったんじゃないの?」

「大賛成ではない」

「じゃあ、なぜ白タキシード?」

「色々あって、なぜか仲人をやることになった」

「なぜか、で仲人になる人を初めて見たわ」

「僕もだ」


マデラは、呆れたように笑う。


「それで? エアリの様子は?」

「元気だよ」

「不安がってない?」

「いや……」


僕は、少し考える。


「エアリのコトだから、

 バラの花びらの枚数まで数えて

 仕切ってるんじゃないかな」

「そうでしょうね」

「ところが」


僕は、声を落とす。


「色々トラブルがあったらしい」

「え?」

「ウェディングドレスが届かない」


マデラの顔が固まる。


「……届かない?」

「手違いで、青森の恐山に行ってるらしい」

「…………」

「結婚式は明日」


マデラが額を押さえる。


「かわいそうに」


僕は、そのまま歩き出す。

数歩進んで、立ち止まる。


振り返る。


「マデラ」

「何?」

「式には出ないつもりか?」


マデラの表情が変わる。


「……あの結婚は、間違いなの」

「うん」

「そんな結婚を、笑って祝福することなんて

 私には、出来ないわ」


僕は、黙る。

しばらくして、言う。


「それじゃ、エアリが可哀想だよ」


マデラは、答えない。


「僕とマデラだって、うまくいってない」

「……」

「今だって、どうして良いかわからない」


僕は、白タキシードの入った袋を見る。


「でも、きっといつか」


少し笑う。


「努力すれば、解決出来るって僕は信じてる」


マデラが顔を上げる。


「結婚式ってさ」


僕は、続ける。


「結婚する2人だけのものじゃないと思う」

「……」

「家族が、もう一度

 歩み寄るための場所でもあるンだ」


マデラは、目を伏せる。


「だから、式を欠席したら……」


僕は、静かに言う。


「もう2度と歩み寄れなくなるカモしれない」


マデラは、長い溜め息をつく。


「……あなたは、本当にズルいわね」

「そうかな」

「そんな格好で言われたら、反対出来ないわ」

「未だ着てないよ」

「これから着るんでしょう?」

「たぶん」


マデラは、また溜め息をつく。

その横を、メイド協会の職員が通り過ぎる。


「テリィ様。

 白タキシード、サイズはLXでよろしいですか?」

「はい。でも、アメリカ製ならLで」


マデラが振り返る。


「……XLなの?」

「そこは今、大事か?」

「仲人でしょう?」

「大事なのは、式を成立させるコトだよ」


僕は、白タキシードの袋を受け取る。

結婚式まで、あとわずか。


ドレスは、恐山。

花嫁は、暴走。

仲人は、コスプレ。


そして家族は、まだ少しだけ、ばらばらだ。

それでも、僕は思う。


"明日は、全員が同じ場所にいる結婚式にしたい"


so say we all


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。


御屋敷のカウンター席では、ラギィ元警部が

スピアにスマホの画面を見せている。


「ねぇ。披露宴で演奏したいの。ダメ?」


画面には、バンドの宣材動画。

どう見ても、結婚式よりライブハウス向きだ。


スピアは一瞥する。


「ダメ」


即答だ。


「御屋敷でデキシーは無理よ」

「どうして?」

「どうしてって……結婚披露宴だからよ」


ラギィは、身を乗り出す。


「だからこそよ!」

「だからこそ?」

「あらゆる機会を捕まえて売りたいの」


元警部の目が輝いている。


「披露宴には親族、友人、業界関係者。 

 場合によっては将来のスポンサーまでいるわ」

「披露宴を営業会議にしないで」

「音楽業界は厳しいのよ」

「警察より?」

「場合によっては」


スピアは、溜め息をつく。


「じゃあ、結婚前夜の独身パーティにでも

 売り込めば?」

「なるほど」


ラギィは、真剣に考える。


「前夜祭ね」


そこへ、カレルが入って来る。


ガソリンスタンドの油まみれの作業着のまま。

ラギィの右隣に腰を下ろす。


「カレル。貴方も口添えしてよ」

「遠慮するよ」

「まだ何も言ってないわ」

「だいたいわかる」


カレルは、コーヒーを注文する。

その左隣に、エアリが座る。


メイド服だ。


「ラギィ」

「はい?」

「結婚式でお願いしたいことがあるの」


ラギィの顔が明るくなる。


「もちろん。演奏の件なら…

 え。もしかして、ブライズメイドとか?」


ラギィは、少し困った顔をする。


「悪いけど、私、パーティドレスって苦手なの」


カレルが小さく頷く。


「制服のほうが似合うからね」

「そりゃ光栄だけど」


ラギィがエアリを見る。


「違うの」


エアリは、少しだけ姿勢を正す。


「親の代わりをお願いしたいんです」


ラギィの表情が止まる。


「……それって」


「ウェディングロードを、一緒に歩いてほしいの」


エアリが微笑む。


「だって、ラギィは私の親同然でしょ?」


ラギィは、しばらく何も言わない。


元警部。

ミュージシャン。

しかし、エアリにとっては親。


「引き受けてくれますか?」


ラギィは、笑う。


「わかったわ」


そして、少し照れながら付け加える。


「喜んで」


エアリがラギィの頬にキスをする。

ラギィは、固まる。


カレルがコーヒーを飲む。

スピアが笑う。


その数秒後。

ラギィが突然スマホを取り出す。


「……ところで」

「何?」

「親代行の謝礼として、1曲くらい演奏しても…」

「ダメ」


スピアとカレルの声が重なる。

ラギィは、スマホを握りしめる。


「……営業チャンスだったのに」


御屋敷の午後は、結婚式まであと少し。

家族の役割は、少しずつ決まっていく。


ただし、演奏の出演交渉だけは

不調なようだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


午後。メイド長代理としてマデラがシフト入り。


「ミユリ姉様。ウェディングケーキのことで

 今、電話があったけど」

「あ。エアリのウェディングケーキです」


伝票を受け取り、目を通すミユリさん。


「あら……なんで?」

「いえ。何か問題でも?」

「うちは慈善事業じゃないし」


マデラは、伝票から目を上げる。


「ちゃんと、お金はいただきますが」


マデラは、眉をひそめる。


「そういう意味じゃなくて」

「わかってます」


マデラは、小さく息を吐く。

そして、何気ない口調で言う。


「それより……お見通しよ」

「何が?」

「式には、テリィたんが来るのでしょ?」

「……」

「テリィたんの出禁を破るつもりょね?」


マデラは、伝票を閉じる。


「でも、そうはさせないわ」

「マデラ。エアリの披露宴パーティは

 御屋敷として正式にお受けした仕事です」


静かな声だ。


「そのパーティに誰を呼ぶかは、御主人様の裁量。

 御屋敷が口を出すコトではありません」

「でも……」

「だから、私は」


ミユリさんは、マデラを見る。


「ゲストの皆さんに、お給仕をするつもりです」


一瞬だけ、2人の間に沈黙が落ちる。

それからミユリさんは、メイドの顔に戻る。


「協会がメイドを檻に閉じ込めない限り」


マデラは、言葉を失う。

ミユリさんは、くるりと振り返る。


「あ、ちょっと失礼」


店内を見る。


「混んできたみたいです」


そして、ホールへ向かって歩き出す。

何事もなかったかのように。


その歩き方には、迷いがない。


ウェディングケーキの伝票だけが

テーブルの上に残される。


式の日は、もう動き始めている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。御屋敷のボックス席。


カレルの向かいにドッカリ座ったのは

ツアーマネージャーだ。驚くカレル。


「相席ですか?」

「OK。わかったよ」

「何がですか?」

「俺が悪かった。秋葉原のヲタクのしきたりに

 気づかなかったんだ。許してくれ」


マネージャーは、溜め息をつく。


「あんたが機嫌を直してくれないと

 俺は、いつまで経っても秋葉原から出られない。 確かに、俺が気が利かなかった」


カレルは黙っている。


「で、いくら出せばツアートラックを直してくれる?」

「……」

「俺も困るんだよ。ツアーを回さないと」


そこへ、御給仕に来たスピアが割り込む。


「ねえ」

「何だ?メイドの姉ちゃん」

「あのトレーラー」


スピアは、窓の外を親指で指す。


「さっきP Street Bandのツアートレーラーが

 パーツ通り(P street)に停まってたけど、何で?」

「何でって……」


マネージャーは、面倒くさそうに答える。


「俺は、こう見えても、

 首都圏の全ポッドキャストの番組編成を

 担当してるんだ。毎日てんてこまいなんだよ」

「へえ」


スピアの目が変わる。


「で、あのトレーラーは誰のツアー?」

「SHOGO yAMADA & P Street Band」

「え?」


スピアが1歩近づく。


「山田省吾が秋葉原に来てるの?」

「いるよ。何の因果かねえ」


スピアは、考える。

ほんの2秒。


そして、にっこり。


「……ちょうど良いわ」

「何が?」


スピアは、カレルの肩をつかむ。


「ちょっと、どいて」

「え?」


カレルを横に押しやる。

そして、空いた席にすっと腰を下ろす。


マネージャーの正面だ。


「マネージャーさん」

「はい?」

「話があるの」

「……何?」

「私は、スピア」

「名札にそう描いてある」


スピアは、名刺でも出すような顔で胸を張る。


「結婚式があるの」

「……は?」

「演奏してほしいの」

「誰に?」


「山田省吾 & P Street Band」


マネージャーの顔が固まる。

カレルも固まる。


スピアだけが固まっていない。


「ギャラ、いくら?」

「いや、ちょっと待てょメイドさん。

 俺はいま、ツアートラックの修理の話を」

「そうそう。そのトレーラー」


スピアが指を鳴らす。


「直さなきゃツアーが回らないんでしょ?」

「よく知ってるな」

「じゃあ、話が早いわ」


スピアは、身を乗り出す。


「修理の話と、披露宴の出演の話。

 まとめてしちゃいましょ」

「まとめる?」

「ええ」


スピアは、涼しい顔で言う。


「お互い、困ってるんだから」


1番驚いてるのはカレルだ。


「スピア。おい、いったい何を」

「黙ってて」


ピシャリと黙る。

マネージャーは、愕然とする。


ついさっきまで、交渉していたのは、

ツアートラックの修理代だ。


それが今では。


いつの間にか結婚式出演のギャラの話に

すり替わっている。


しかも、交渉の主導健を握るのは

アーティスト側ではなくアキバのメイドだ。


「じゃ、まず披露宴の時刻表(タイテ)から」

「……俺、ツアーのマネージャーなんだけど」

「知ってるわ」

「……」

「だから、話が早いンじゃないの」


スピアは、にっこり笑う。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


結婚式前夜。


アキバ恒例のメイドたちによる

バチェラーパーティが開催されている。


いや。


開催されている、というより……

完全にタガが外れている。


中央で、イケメンのストリッパーが華麗に踊る。


「キャーーーッ!」

「ジェシ、見て見て!」

「最高ーーー!」


ジェシも大喜びだ。


その頭には、誰かが投げたパンツが載っている。

パンティではない。パンツだ。


「キャハハハ!」


ジェシはそれを取ろうともせず

そのまま踊っている。


「似合ってるーー!」

「ジェシ先生、最高!」

「きゃー」


そして、その脇で演奏しているのは……

ラギィ率いるデキシーバンドだ。


トランペット。

トロンボーン。

クラリネット。

陽気なニューオーリンズ・ジャズ。


バチェラーパーティとの相性は、限りなく悪い。

しかし、誰も聞いていない。だから問題ない。


元警部は、むしろ堂々と歌っている。

そのころ僕たちは……


ジェシの身元調査を続けている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「司法試験に受かってからは、どうだった?」


僕は、ジェシの元学友に聞く。


「私は、ジェシとは別々の道に進んだわ」

「その時、ジェシは?」

「もう、すでに第一線の企業弁護士だった」

「なるほど」


華やかな独身パーティの裏側で

僕たちは地道に過去を積み上げる。


ところが、元学友は突然キューを構える。


「ナインボール、やらない?」

「やらない。カレル、お相手してくれ」

「そう?」


カレルがキューを握る。

元学友は笑う。


「悪夢を見ているようでしょ?」


カレルが構える。


「崖を転がり落ちていく気分?」


カン。


1球。


カン。


また1球。


カン。


さらに1球。


元学友は、こちらの話など聞いていない。

次々とカレルのボールを沈めていく。


「ゲーム終了」


元学友はキューを置く。


「じゃあ山本五十六(五千円)、いただき」

「……」


カレルは、財布から札を出す。そして……

元学友には渡さずに、プール台に落とす。


「おいおい」


その横では、ラギィが絶好調で歌っている。


「♪~~~」


職務質問のような聞き込みの横で

元警部は陽気なデキシーランド・ジャズ。


完全に何かがおかしい。

元学友は、札を拾いながら言う。


「話を続けたいんだけど」


僕は、身を乗り出す。


「ええ。ぜひ」

「私には霞ヶ関で官僚やってる夫がいるの」

「はい」

「たまにはハメを外したいワケ」


元学友は、イケメンストリッパーの方を見る。


「OK?」

「……OK?何が?」


彼女は、ストリッパーと一緒に去って逝く。

ココは現代の吉原か。僕は深い溜め息をつく。


「もう、何も出て来ないンじゃない?」


マリレが隣に現れる。


「もう良いでしょ?」

「いや」

「どーせ何も出て来ないし」


ソコへカレルが現れる。


「時空漂流者の友よ。我に力を貸してくれ」

「何それ。貸して返ってくるの?」


そのとき。


「カレル!」


ラギィが歌いながら絡んで来る。


「♪~~~!」

「今それどころじゃない!」


カレルは、マリレの手を握って

さっきの元学友を呼び止める。


見回すと無理矢理ビールを飲まされてる男。

僕は、その男と握手する。


「どうも」

「……」

「僕は、仲人のテリィです」


男は、怪訝そうな顔をする。


「ジェシの話を聞きたい」

「……」


僕は、笑顔を作る。


「で」


男の肩をぽんと叩く。


「君は、どんな友達?」


背後では、ラギィのデキシーバンドが絶好調。

ジェシはまだ、パンツを頭に載せている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜。ペントハウス。

エアリは、眠っている。


静かな寝息。


やがて、その夢の中に……

キバァが立っている。


「お前は、私のものだ」


エアリは、肩の片側だけが露わな黒ドレス。

暗闇の中でたたずむ。逃げるでもなく。


ただ、キバァを見つめている。


「……彼女と結婚するわ」


キバァの顔から笑みが消える。


「それが?」


エアリは、目を逸らさない。


「あなたとは、これで終わりよ」


背を向ける。


キバァに向かっていた光が

エアリの背中から遠ざかって逝く。


「エアリ……」


振り返らない。


そのまま、暗闇の向こうへ歩いて逝く。

キバァだけが、夢の中に残される。


そして。

エアリは、眠ったママ、小さく眉を寄せる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


元警部が歌っている。


「♪~~~!」


その横を、イケメンストリッパーが

ポールをくるくる回りながら降りてくる。


拍手。歓声。グラスが鳴る。

完全に何かがおかしい。


僕は、その騒音の中で聞き込みを続行する。


「一時期、内閣調査室の仕事をしてたらしい」

「内調?」

「YES」


相手は、既にぐでんぐでんに泥酔中。

それでも、僕は熱心にうなずく。


「内調……」

「詳しくは聞いてないの。教えてくれないのょ」

「なるほど」

「何でも安全保障関係らしいわ」

「安全保障……」


その瞬間。


「キャーーーッ!」


大歓声。


振り返ると、ストリッパーがポールを1回転。

元警部は、それをまったく気にせず歌っている。


「♪~~~!」


僕は、メモに残す。

**内閣調査室。安全保障。**


そのすぐ横をパンツが飛んで逝く。

パンティではない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。プールバー。


ナインボール。

マリレがキューを構える。


カン。


ボールが弾ける。


カン。


また1つ落ちる。


カン。


さらに1つ。


元学友の顔から、みるみる血の気が引いて逝く。


「……信じられないわ」


マリレは、無表情。


カン。


また入る。


「倍で賭けましょう」

「受けて立つわ」


マリレが微笑む。


「ホントに?」

「もちろん」


隣で、カレルがニンマリしている。

その背後では、元警部が歌っている。


「♪~~~!」


何もかもがおかしい。

そこへ、頭にパンツを載せたジェシがやって来る。


「私の友達を尋問して回ってルンだって?」


ジェシは、泥酔男の肩に腕を回す。

僕は、悠然と微笑む。


「ちょっと話を聞いてただけだよ」

「ふうん」


ジェシも笑う。


「楽しそうね」


カン。


マリレがボールを沈める。


カン。


また沈める。


カン。


さらに沈める。


元学友の顔が引きつる。

マリレは、静かに微笑む。


「まるで、悪夢を見てるようでしょ?」


カン。


「崖から落ちていくような」


カン。


「止まらないの」


カン。


最後のボールが、ポケットへ消える。

一瞬の静寂。そして……


「イェーーーイ!」


別のテーブルから歓声。

元警部の歌がまた始まる。


「♪~~~!」


ストリッパーがポールを回る。

ジェシが笑って、カレルも笑う。


僕は、メモを見返している。

**内閣調査室。安全保障。**


そして、マリレは、もう1度キューを構える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「この前のコスプレ店の続き?」


ジェシが笑顔のママ、僕を見る。


「私の話の裏でも取って

 人物ファイルを作成中なのね?」

「人物ファイル?」


僕が聞き返す。

ジェシは、黙って肩をすくめる。


「元内調らしい言葉だな」

「内調?」


ジェシの笑顔が少しだけ固くなる。


「私、内調でなんか働いてないわ」

「インターンで働いてたって聞いたけど」

「それはきっと……」


1呼吸置く。


「下水道局の間違いね」

「え。下水道局?」

「YES。そりゃ多少の機密もあったわ」

「……」

「でも、それが結婚に何の関係があるの?」


ジェシは、僕を見つめる。

僕は、目を逸らす。


「花嫁のアラ探し?」

「違うよ」

「結婚を壊したいのね?」

「それも違う」

「じゃあ、なんで?」


答えられない……そのときだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「これはイカサマよっ!」


プールバーから怒鳴り声が飛んで来る。


「なんで?」


マリレがキューを置く。


「おい、よせよ」


カレルが止める。

しかし、元学友は止まらない。


「今のは統計学的に不可能なのよ!」

「なぜわかる?」

「私は、統計学者なの!」


一瞬の沈黙。


マリレとカレルが顔を見合わせる。

そして……大爆笑。


「統計学者だって!」

「もぉ最高!」


元学友の顔が真っ赤になる。

カレルが面倒くさそうに言う。


「面倒だから、金を返してやれよ」


僕も騒ぎに気づいて近づく。


「どうしたんだ?」

「アンタのお仲間がイカサマをやってる!」

「……おい!今、なんて言った?」


カレルの顔から笑いが消える。


「イカサマと言ったのょ!」


次の瞬間。


椅子が倒れる。誰かが立ち上がる。

肩がぶつかる。そして……


パンチが飛ぶ。


「うわっ!」


誰かが叫ぶ。


イケメンストリッパーが巻き込まれ

突き飛ばされて悲鳴を上げる。


「キャーッ!」


ソファに転げ落ちる。

それを追ってビール瓶が宙を飛ぶ。


ガシャッ!


瓶はストリッパーではなく

別の誰かの肩に当たる。


「てめえ!」

「何しやがる!」


女子たちの言葉は、ほとんど昭和の女子プロレス。


1人が掴みかかる。別の1人が殴る。

さらに別の1人が参戦する。


テーブルが動く。椅子が飛ぶ。

グラスが割れる。


「やめろ!」


誰かが叫ぶ。しかし、もう誰も聞いていない。

殴り合いは、いつの間にかパーティ全体に広まる。


そして……


「♪~~~!」


元警部だけは、歌っている。乱闘の真ん中で。

何事もなかったように。陽気な歌声が響く。


が、この期に及んでも、誰も聞いてない。


「♪~~~!」


パンツを頭に載せたジェシが突き飛ばされる。


「きゃっ!」


僕が反射的に手を伸ばす。

ジェシを支えようとしたら……


手が胸の谷間に入り込んでしまう。


一瞬。時間が止まる。

僕とジェシの目が合う。


「……」

「……」


僕は、慌てて手を引っ込める。

その拍子に、爪がジェシの皮膚を引っかく。


「痛っ!」


ジェシが顔をしかめる。

指先を見る。赤い。血が一筋、滲んでいる。


その背後では……


「♪~~~!」


未だに元警部は、歌っている。

僕の手にポトリとパンツが落ちる。


誰かがテーブルをひっくり返す。

誰かがまた、誰かを殴る。


ストリッパーがソファから起き上がる。

ビールが宙を舞う。


僕は、血のついた指先を茫然と見つめている。


第4章 結婚式の悪夢


絶句するエアリ。


「テリィたんが……ジェシのパンティをくわえて

 胸の谷間に手を突っ込んだですって?」


何やらスゴい話になってる。


4 hours, 36 minutes

until the wedding


「わざとじゃない。事故なんだ」

「何が事故なの!」


エアリは、天を仰ぐ。

仰ぎたいのは、僕なんだがw


「たまたま胸の谷間に手が入ったって言うの?」

「だから謝ってるだろう。

 バチェラーパーティの席だった。

 みんな酔ってて、もう収拾がつかなくて……」

「それでジェシを調べたのね?」


黙秘権を行使。


「血液検査の追試? 

 Blood type は blue じゃなかったの?」

「それじゃ使徒だ。多分、NERVが追試を……」

「また色々探ってたんでしょう?」

「……」

「どう言い訳するつもり?」


僕は、言葉を探す。


けれど、式まであと4時間36分しかない。

この世界では、言葉を探す時間さえ惜しい。


「聞きたくない」


エアリは、静かに言う。


「もう、わかったわ」

「エアリ……」

「私が信用できないのね?」

「違う」

「いいえ。そうよ」


その声は、大きくない。

だから、余計に怖い。


「私が、自分の結婚相手を

 見極められないとでも思ってるの?」


エアリは、僕を見る。


「時空漂流者だとでも?

 人生補完委員会だとでも?

 そんな人と、私が結婚すると思う?」


僕は、何も言えない。


「彼女の夢なら、何度も覗いたわ」

「……」

「もう何度も調べた。何度も確かめたの。

 それでも、未だ足りないと言うの?」


エアリの目に、怒りとは別の感情が浮かぶ。

ヤバい。


「ひどいよ」


その1言だけが、妙に小さい。


「皮肉なモノね」


エアリは、笑う。

笑うしかなかったのカモしれない。


「私は、テリィたんを信じてた。

 この秋葉原で、テリィたんだけは

 私を支えてくれると思ってた」


僕は、1歩近づく。


「エアリ、違うんだ」

「何が違うの?」

「僕は……」


言葉が続かない。

エアリは、僕を見つめる。


そして、ホンの少し首を振る。


「もういい」


ドアが閉まる。


バタン。

静寂。


御屋敷のバックヤード。

僕は、サッカーゲームの横に立ち尽くす。


結婚式まで、あと4時間36分。

世界は、予定通り花嫁を待っている。


僕だけが、その時間から取り残される。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


22 minutes

until the wedding


外神田教会。


式場では、参列者たちが次々と席につき始める。

開式を告げる時間だけが静かに近づく。


新婦控室。


花嫁姿に整えられたエアリを囲み

ミユリさんとスピアが口々に話しかける。


「素敵なドレスよ」

「エアリの趣味じゃないかもしれないけど……」

「アキバ中のブティックを探したんだから」


エアリは、鏡の中の自分を見つめて

それからゆっくりと微笑む。


「大丈夫。素敵よ」


2人を振り返る。


「ホントに、心から感謝してるわ。

 それに、これも素敵だし」


ミユリさんが微笑む。


「ほんとね。かわいいわ」


そのとき、控室の扉が少しだけ開く。

顔を覗かせたのは、マデラだ。


「……エアリ」

「マデラ?」


マデラは、何かを言いかけて、やめる。

そして両手に抱えていたものを、そっと差し出す。


「もし、よければ……これを着て」


広げられたのは、1着のウェディングドレス。

エアリが目を見開く。


「これ……?」

「私の母が結婚式で着たドレスよ」


マデラは、少し照れたように笑う。


「その前は、私の祖母が着たの」


それは、古いドレスだ。


けれど、丁寧に手入れされたレースには

長い時空だけが持つ柔らかさがある。


「だから……」


マデラは一瞬、言葉を探す。


「次は、貴女が着てくれたら嬉しい」


エアリの目が潤む。

次の瞬間、エアリはマデラに抱きついている。


「ありがとう、マデラ」

「……いいえ」


マデラもエアリの背中に手を回す。


「こちらこそ」


少し離れて、ドレスを見る。


「でも……直しが間に合うかしら?」

「大丈夫」


マデラが笑う。


「何とかするわ」

「ホントに?」

「花嫁を時間に間に合わせるのが

 母親の仕事でしょう?」


エアリが笑う。

マデラも笑う。


控室の時計が、静かに時を刻む。


21 minutes

until the wedding


もう、誰も昨日のことを話さない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


結婚式場には、次々と参列者が集まっている。


その頃、新郎控室。ジェシは鏡の前に立つ。

胸の谷間に僕がつけた傷痕に目を落とす。


「……はぁ」


そこへノック。


「お客様よ」


ジェシのママが顔を覗かせる。

その後ろから、僕とマリレが顔を覗かせる。


「やあ、ジェシ」

「大丈夫?私がレフリーをしましょうか?」

「大丈夫ょママ」

「そう」


それ以上何も言わず、ママはドアを閉める。

僕とマリレとジェシ。3人だけになる。


僕は、手にしていた包みを見せる。


「ステーキの生肉を傷に当てると治るらしい」

「そんなの迷信よ」

「まあ、そう言わずに。先ず話を聞いてくれ。

 せっかく"肉の万才(マンセー)"で買ってきたし」


僕は、ジェシを見る。


「僕は……」

「テリィたん」


ジェシが遮る。


「もう良いわ」

「ダメだ。言わせてくれ」


僕は、頭を下げる。


「ジェシの学友に、過去のことまで聞いた。

 やり過ぎたと思ってる」


ジェシは、黙っている。


「エアリは、君を愛してる。

 君なら、きっとエアリを幸せにしてくれる」


僕は、少し笑う。


「それは、頭ではわかってたんだ。

 でも、なぜか素直に受け入れられなかった」


ジェシが小さく溜め息をつく。


「もう調査済みだとは思うけど……」

「……」

「私は、13才でパパを亡くした」


ジェシは、鏡の中の自分を見ながら続ける。


「4年後、母は初めて別の男と付き合った。

 私は、その人が気に入らなかったわ」

「そりゃそうだ」


僕は、大きくうなずく。


「パパの代わりなんて、いないものな」

「それもあるけど」


ジェシは、少し間を置く。


「でも、それより……

 ママには不足なんだと思ってた」

「不足?」

「どんな男であっても、

 ママに釣り合うほどの男はいない。

 ずっとそう思ってた」


ジェシは、僕を見る。


「だから、きっとテリィたんも同じなのよ」

「……」

「エアリには、どんな相手が現れても

 満足できないんじゃないかって」


僕は、少し考える。


「そんなコトはナイよ」


そして、無理に笑う。


「今は、もう大丈夫だ」

「どうかしら?」


ジェシも少し笑う。


「私は、ダメだったから」

「難しいな」


僕は、肩をすくめる。


「だから昨夜のことは忘れて、仲直りをしに来た」


ジェシを見る。


「リア友にはなれないカモしれない。

 でも……ヲタ友にはなりたい」


ジェシは、僕を見る。

そして、ユックリうなずく。


「……うん」


その顔に、ようやく笑みが戻る。


「じゃあ、仲直りね」

「仲直りだ」


僕も笑う。


そして僕は、手にしていた包みを開く。

ジェシが覗き込む。


「その肉、どうするの?」

「今日のコースは、テリィたんだけステーキ?」

「違う」


僕は、真顔で言う。


「君の治療食だ」

「……」


マリレが呆れた顔をする。


「未だヤル気なの?」

「もちろん」


マリレは、生肉をジェシの胸元に当てる。

僕は、その上から手を添える。


「じゃあ、私が押さえてるから」

「よろしく」


そして3人で、スゴく真剣な顔をする。


「逝くぞ」

「何を?」


僕は、目を閉じる。

神田明神の御加護あれ。


「愛込め……じゃない」


1拍置く。


「萌え込めだ」


マリレが吹き出す。

僕は、真顔で唱える。


「萌え萌えQ!」

「Q!」


マリレまで合わせる。

ジェシは、完全に呆れている。


しばらくして、マリレが肉を外す。


「どう?」


ジェシとマリレが鏡に向かう。

僕は、急いで背を向ける。


「見て!」


ジェシが胸元を見る。

マリレも覗き込む。


「……え?」


そこにあった僕の爪痕は、見事に消えている。

ジェシが信じられないという顔をする。


「そんな……」


僕も、振り返る。


「ほら、効いたじゃないか」

「ホントに?」

「神田明神も照覧あれ。

 アキバでは、何でもアリなのさ」

 

ジェシが笑う。

僕も笑う。


そのとき、廊下から声が聞こえる。


「新郎様、そろそろお時間です!」


僕らは、顔を見合わせる。

結婚式まで、あとわずか。


昨夜までの騒動は、たぶん全部終わり。

僕らは3人で、新郎の控室を出る。


マンセーの生肉だけを置き忘れて。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


結婚行進曲が流れる。


最初に、ミユリさんとスピア。

花を手にバージンロードへ現れる。


その後ろから、元警部のラギィにエスコートされた

花嫁のエアリが歩いてくる。


今日という日を迎えたエアリは、感無量だ。


「いよいよだわ……。全てGOね」

「いいえ。良くないわ」


横から、満面の笑顔でマデラが現れる。


「ラギィ」

「はい」

「良いですか?」

「ああ。助かったわ。お願い!」

「ありがとう」


ラギィは、喜んで一歩下がる。


マデラは、エアリの前に立つ。

その額にそっとキスをする。


「行きましょう」


エアリは、うなずく。

2人は、バージンロードを歩く。


式壇ではジェシが待っている。

エアリを見て、静かにうなずく。


参列者たちは、一斉にスマートフォンを掲げる。


誰もが撮っている。

誰もが笑っている。


やがて、2人は式壇の前に立つ。


ジェシのママも席に着く。

娘の新郎姿を嬉しそうに見つめる。


式は、シンプルでエレガントだ。


「私は、ジェシ・エテバを夫とします」

「私は、エアリ・エバスを妻とします」

「病める時も健やかなる時も。

 喜びも悲しみも。

 共に分かち合うことを誓います」


2人は、互いを見る。


「では、指輪を」


神父に促され、2人は指輪を交換する。


「私は、パーツ通り教会に授けられた権限により

 今、ここにジェシとエアリを夫婦とします」


1拍置く。


「花嫁にキスを」


2人が近づく。

予想外の熱烈なキス。


「おおーっ!」

「ヒュー!」


一斉に冷やかしの声が飛ぶ。


拍手。


花束がミユリさんに渡される。


「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」


教会いっぱいに祝福が広がる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷。貸切で披露宴。


新郎新婦は、握手をし、会釈をしながら

各テーブルを回っている。


僕が立ち上がる。


「みなさん。しばらくよろしいでしょうか。

 仲人のテリィです」


ざわめく。


「え? あの国民的SF作家の?」

「マジ?」

「モノホン?」


余計なところで知名度が高い。

実物は、得てして貧相だ。


さぁ地獄のダンスのお時間だ。

僕は、マイクを握る。


「エアリとミユリさん、そしてマリレの3人は

 万貫森をメイド服で彷徨っているところを

 発見されました」


会場が静かになる。


「彼女たちが、どこから来たのか誰も知りません」


3人を見る。


「僕も、実は何も知りません。

 なぜ、裏アキバの森に3人がいたのかも」


3人が僕を見る。


「でも、マデラが彼女たちに名前をくれました。

 そして、アキバのメイドにしてくれました」


僕は、マデラを見る。


「そのことについては、感謝の気持ちで一杯です」


マデラが小さく頭を下げる。


「その後、彼女たちと知り合った僕は

 いつも心配で、心配で……」


僕は、苦笑する。


「誰にも渡したくない。

 僕が彼女たちを守らなければいけない。

 そんな過保護な御主人様になっていました」


笑いが起こる。


「でも、もう大丈夫です」


3人を見る。


「彼女たちは成長した。

 立派なメイドになりました」


拍手。


「だから、今日からはもう

 僕が守る必要はありません」


少し間を置く。


「では、乾杯を」


グラスが上がる。


「そしてジェシ」


ジェシを見る。


「アキバへようこそ」

「ありがとう、テリィたん」

「これから、僕たちとヲタ友になると

 大変面白い体験をすることになると思いますよ」


会場が笑う。

僕は、エアリを見る。


「そしてエアリ」


少しだけ声を落とす。


「君を推し、愛している」


エアリが僕を見る。


「心から、君の幸せを祈っている」


僕は、グラスを掲げる。


「ジェシとエアリに」

「ジェシとエアリに!」


一同がグラスを掲げる。


「乾杯!」


大きな拍手。その拍手が未だ続いている。

僕は、スピアを見る。彼女はうなずく。


「じゃ、マネージャーさん。お願いね」


スピアがマネージャーの肩を叩く。


「出番よ」

「え?」


扉が開く。


そこから、バンドを従えた山田省吾が現れる。

稀代の rock 'n' roller の登場に会場はどよめく。


そして歌い出す。

曲は……


"Mommy’s town"


青春の旅立ちを歌う曲だ。

朝焼けを告げるSAXのソロ。


その1音が伸びた瞬間

バンドが叩きつけるように入る。


馬力のあるRock’n’Roll。


「スーツケース

 萌えだけ詰めて

 待っててくれ――」


新郎新婦が踊り出す。

参列者が、次々に立ち上がる。


踊る。

笑う。

手拍子。


完全な大団円だ。

マデラが踊るジェシの肩に手を置く。


「ちょっと、良い?」

「え?あ、喜んで」

「エアリ。私と踊りましょう」

「マデラ……」


エアリが笑う。

2人が踊り始める。


僕がジェシに駆け寄る。


「君は、僕が引き受けよう」


ところが、そう言った瞬間。


「テリィ様は、私と踊るわ」


ミユリさんが割り込んで来る。


「ミユリさん」

「披露宴という場を利用するんじゃありません」


僕を見る。


「私が、テリィ様と踊りたいから」


そして、微笑む。

大好きな、あの眼差し。


「ジェシ。私、テリィ様の推しだから」

「OK。素敵なTO(トップヲタク)、逃しちゃダメよ」


ジェシが笑って僕の背中をピシャリと叩く。


「テリィたんを譲るわ」


僕は、ミユリさんと踊り始める。

山田省吾は歌い続けている。


マリレが立ち上がり、ジェシを引き受ける。

3人のメイド。スピア。


新郎新婦。僕。

会場全体が踊っている。


その時だ。


人混みの向こうに

男が立っている。


キバァ。


幻影ではない。

実体だ。


キバァは、踊っているエアリを見つめている。

そして、静かに近づき、耳元でささやく。


「騒ぐな」


エアリの動きが止まる。


「踊り続けるんだ。エアリ」


エアリの笑顔が消える。

真顔になる。


「……あなたは、ここにいるハズがないわ」


キバァは、笑う。


「いや」


1歩近づく。


「私は、存在している」


エアリの顔から血の気が引く。


「そして、お前を迎えに来た」


キバァがささやく。


「"母なる世界線"へ帰ろう」

「……」

「私は、悪い夢を見てるのよ」


エアリがつぶやく。

キバァは、答えない。


横を通り過ぎようとしたメイドの盆から

グラスを1つ取る。


そして、会場を見回す。


「今の幸せに乾杯」


グラスを掲げる。


「そして……」


ほんの少し笑う。


「来るべき未来の幸せに」


1人で飲み干す。


「じゃあ、また会おう」


キバァは、歩き出す。


誰も気づかない。

誰も止めない。


人混みの中へ消えて逝く。


まるで最初から

そこには、いなかったかのように。


そのとき。


「花嫁と踊っても良いかな?」


間の抜けた声。

カレルだ。


エアリは、振り返らない。

必死の形相で尋ねる。


「カレル」

「うん?」

「今の男を見た?」

「今、君と話してた男か?」

「じゃあ……あなたにも見えたのね?」

「え。もちろん、見えたけど」


カレルが首を傾げる。


「あいつ、誰なんだ?」


エアリは、答える。


「いるハズのない男よ」


音楽はまだ鳴っている。

誰も踊るのをやめていない。


笑い声も、拍手も続いている。

その中央で、エアリだけが立ち尽くす。


ゆっくり周囲を見回す。


キバァは、もうどこにもいない。

横ではカレルも、呆然と立っている。


さっきまで、世界は完全に幸福だったのに。

エアリにはもう、世界が同じものには見えない。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"スーパーヒロインの結婚"をテーマに、結婚願望の強いスーパーヒロインをコミカルに描いてみました。休暇を全力投入しながら筆致が上がらず、焦っています。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、夜遅くまでインバウンドで賑わう秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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