Chapter3
会場に入って程なく、決められた席に座らなければならず、必然的に佳菜子とはそこで別れることになった。
入社式の最中、私はずっと緊張しっぱなしだった。
高校の卒業式では卒業生代表の挨拶もしたし、先生に気に入られる性格だったこともあり、小学生の頃から発表の場にはよく駆り出されていた。けれど、本来の私は小心者なのだ。
私は昔――昔と言っても、小学二年生くらいまでだっただろうか。
常に自分に自信を持っていた。自分のすることは正しく、他の人とは違うという、根拠のない自負があった。
あの頃は、どうしてあんなふうに思えていたのだろう。
いつからか、その底なしの自信は、部活内でのいじめによって打ち砕かれた。
とはいえ、部活以外では活発な女の子だったし、友人も多く、それなりに学生生活を楽しんでいたと思う。
そもそも、いじめの原因になったのも、先輩の好きだった男子が私に告白してきたことが始まりで――要するに、八つ当たりだ。
それでも当時のことを思い出すと、自分に落ち度があったのではないかという錯覚に陥るのだから、いじめというものが被害者に残す傷の深さは、言うまでもない。
なぜか入社式の間中、私は小学生の頃から大学を卒業するまでの出来事を、走馬灯のように思い返していた。
*
入社式の終盤、いよいよ配属先の発表が行われた。
とは言っても、入社が決まった時点で支店配属は通知されているため、実質的には配属先の同期との顔合わせといったほうが近い。
「では、立川支店の皆さんはこちらへお願いしまーす」
案内の声に従い、私は立川支店の列に並んだ。
先頭には、眼鏡をかけたいかにもインテリという雰囲気の男性が立っている。
その後ろに七人の男性が続き、どうやら私が最後のようだった。
私が列に加わった瞬間、前に並んでいた男性たちが一斉にこちらを見て、「女の子がいたぞ」と言わんばかりの安堵の表情を浮かべた。
その様子に、がっかりされなくてよかったと、私も少しほっとした。
「では、今並んでいるメンバーが、これから皆さんが一緒に働いていく仲間になります。初めてのお仕事で不安も多いと思いますが、切磋琢磨して頑張ってください。それでは入社式はこれで閉会となります。各支店へ移動してください」
《はい!》
会場に一斉に返事が響き、解散となった。
「じゃあ……俺らも移動しよか!」
真っ先に口を開いたのは、列の三番目に並んでいた、いかにも陽キャそうな色黒の男性だった。
「そうだね」
「じゃあ、向かいながら自己紹介しようか」
「せやな」
「てか、女の子おって安心したわー」
「それな」
どうやら、同期の半数は関西出身らしい。
*
私たちは人混みをかき分けながら駅へ向かい、立川方面へ行くため四ツ谷行きの電車に乗った。
四ツ谷までは、先ほどまで同じ会場にいた新入社員たちがそれぞれのグループで車内に溢れており、さらに他社の新入社員と思われる人々も乗っていたため、しばらく会話はできなかった。
四ツ谷で乗り換えた途端、車内は一気に空いたので、そこでようやく、自己紹介が始まった。
「やっと話せるなー。俺は岡田友也。大阪出身で、趣味は……って、なんか合コンみたいやな!部署は、土地開発で営業職!よろしく!」
そう言って、岡田は一人でくすくす笑った。
「じゃあ次、俺な。山本宏弥。東京出身。部署は都市開発で営業、よろしく」
先ほど先頭にいたインテリ風の男性は、淡々と紹介を済ませた。
続いて次々と名乗っていく。
「園田昌也。埼玉出身。一年浪人してるから、みんなより一個上かな。部署は、設計だよ。よろしく」
「神田俊。横浜出身。戸建営業配属です。よろしくー」
(あ、横浜の人って“横浜”って言うんだ……)
佳菜子のことを思い出す。
「えっと~、藤沢啓太です~。岩手出身。好きなことは合コンで、部署はアパート・マンション営業です。よろしく~」
(なんだこいつ……)
思わず心の中で突っ込む。
「じゃあ次、俺。安倍祐大。東京の町田出身で、実家から通うから支店と近いかな。部署は園田君と同じで、設計です。よろしく」
(この中で一番落ち着いてるな)
園田と、安倍が顔を見合わせてぺこりと挨拶を交わす。
安倍の自己紹介を最後に、しばらく沈黙が続いた。
最後は当然、自分だと思って待っていたが、会場を出てから一言も話していない男性が、
窓の外を眺めたまま黙っている。
「次、お前いくー?」と岡田がその男の肩を叩き、声をかけた。
「あ?……おん。わりぃ、俺か。寺沢。寺沢修二。三重出身や。よろしく」
(なんか不機嫌?それとも、顔がいいからって調子乗ってるタイプ?)
少しイライラした。
自分がかっこいいと自覚して、人を見下すような態度を取る人間が、私は一番嫌いだ。
「部署どこ〜?」と藤沢が寺沢に声をかける。
「あー、確か都市開発部。営業やな」と寺沢が淡々と答えた。
「なら俺と同じだな。よろしく!」
「おー」
山本が握手を求め、寺沢は渋々手を出して握手を交わす。
私は、この人とは絶対に仲良くならないだろう。そう確信した。
「じゃあ、私で最後だね。間宮麻衣子です。福岡出身で、東京はまだ都会すぎてちょっと怖いです……。部署は、岡田君と同じ、土地開発の営業だよ。女一人で少し不安だけど、これからよろしくね」
学生時代のバイトで身につけた営業スマイルを浮かべる。
「よっ、まいやん!女の子の営業かっこいいね!よろしく~」
早速あだ名をつけたのは藤沢だった。
私は渋々微笑み返す。
「ほんま、女の子おらんかったらどうしよ思ったわ~!麻衣子と同じ部署で嬉しい!がんばろな!」と岡田。
「それな!女の子いないとやる気出ないよな!岡田はいいな〜」と藤沢。
他のメンバーも雑談を始める中、私は一人だけ窓の外を見続ける寺沢を見た。
視線に気づいたのか、寺沢が一瞬こちらを見たが、すぐにまた外へ目を向けた。
(やっぱり、なんかイケすかないやつ)
私の中で、仲良くなれそうな人と、そうでない人の選別はすでに終わっていた。




