Chapter1
付き合って半年になる私の恋人は、毎週週末になると最愛の恋人に会いに行く。
「今日は何時に帰ってくる?」
「うーん。どうだろ?とりあえず帰る時に連絡するね」
「……うん。早く帰ってきてね?」
「わかったよ」
不安そうな私の顔を見て、クスッと笑うと彼は私に口付けし、家を出た。
東京の西の方にあるこの家から、彼女の家までは片道1時間半。
私と出かける時間は惜しくても、彼女のためなら惜しくないようだった。
こんなやりとりを半年以上も繰り返している私は、やはりどこかおかしいのかもしれない。
*
付き合い始めてすぐ、私は彼の社宅に転がり込んだ。
男性社員しか住んでいないこの建物で、私は明らかに異質な存在だった。
とはいえ外から見れば、ただの三階建ての古いアパートにしか見えないのだけれど。
住人の大半は独身社員で、なかには単身赴任者もいる。
私たちの部屋は二〇一号室。二階には、彼と同じく一つ年上の先輩たちが多く住んでいる。
なぜか二階だけ同世代が集まり、一階と三階は出入りが激しく、住人もころころ変わる。
それもそのはずで、私たちの会社は業界でも有名な大手建設会社だが、社員数の多さに比例して退職率も高い。
一年続けば根性がある、と言われるほどだ。
いつ誰が辞めてもおかしくない環境で働く私たちは、ほとんど戦友のような関係だった。
*
「なんや、お前今日も一人なん?」
そう言って、ニヤニヤと私の顔を覗き込んでいるのは同期の修二だ。
一階の角部屋に住んでいる修二の部屋は、私にとって唯一の逃げ場となっていた。
彼がいない週末と、彼と喧嘩した日には、必ずと言っていいほどこの部屋で過ごしている。
「うるさいなぁ。だってあの人また彼女さんに会いに行ってるんだもん」
「お前も懲りへんな」
修二は三重県の出身で、どこか独特の訛りがあって、話していると気が抜けてしまう。
「いつか絶対別れさせるんやから」
気づけば私の言葉にも、ぎこちない関西弁のような言葉遣いが混ざるようになっていた。
「最初から俺と付き合っときゃよかったんに」
「またそれ?」
「だってそやろ。なにが楽しくて二股なんかされてんねん」
「……好きでこんな生活してるわけじゃないわ」
このやりとりも、すっかり恒例になっていた。
修二は、入社して割とすぐのタイミングで告白してきた変な男だった。
同期は八人。私以外、全員男だった。
入社式での配属先支店発表の時、女は一人だと気づいた時は正直不安だった。
……でも同時に、少しだけ嬉しかったのも事実だ。七人中三人が好みの顔だったのも良かった。
私は、そういう女だ。
同期の中でも、一番性格的に合わないだろうなと直感で感じたのがまさしく修二だったのだが、私の直感は本当に当てにならない。
修二は他の六人と違い、無口でどこか近付き難い雰囲気があった。 彼は無口で近寄りがたい雰囲気があり、顔もいいから調子に乗っているのだと思っていた。
後になって、ただの人見知りだと知った時、私は腹を抱えて笑った。
そうやって私たちは出会い、この半年でいろいろなことを経験し――今、こうして同じ時間を過ごしている。
この関係に名前をつけるなら、一体なんと呼ぶのだろうか。
*
修二の部屋は、いつ来ても生活感が薄い。
最低限の家具と、無造作に積まれた仕事の資料。
テレビはついているのに、誰も見ていない音だけが流れている。
「飯、食ったん?」
冷蔵庫を開けながら、修二が聞く。
「まだ」
「ほら、カップ麺しかないけど」
「ありがと~」
修二はいつも優しい。
「お前、お母さんと会っとるんか?たまには帰りや」
私はため息をつく。
「わかってるよ」
実は、私は上京する時、田舎の母も一緒に連れてきたのだ。
それは母の長年の願いでもあったし、幼い頃からの私自身の夢でもあった。
《いつか二人で東京で暮らす》
私たち親子は、長年の夢を叶えて東京にいるわけだがーー。
ーー私はいつからこうなったのだろう。




