#5 ケイタの誘惑
「い、いたたぁ……!」
ケイタはソファの下にうずくまって唸っている。
押し倒されて、襲われる!そう思ったら、咄嗟に体が動いてしまった。
ケイタの左手首をひねり上げ、横腹に膝蹴り一発入れると、勢いよくソファから転がり落ちた。
顔は狙ってないけど、さすがアイドルなのだろうか、咄嗟に顔をかばいながら落ちて行った。
「私、空手の有段者なんです」
近所に道場があったので、小学生から高校まで、護身術として習っていてよかった。
「クライアントに手を上げていいの?」
「う、それは」
「あ、おなか痛い」
「自己防衛とはいえ、すみません」
「明日のダンスレッスン、さぼれるかな。アラタの振り付け苦手なんだよ、クセがあるから」
そんなの知らんがな。
「あの、パンプス取ってもいいですか?片方、脱げてしまったので」
去年の冬のボーナスで買った、dulcis〈ドゥルキス〉のコウキがアンバサダーを務めるBELTAの赤いパンプス。
ケイタの後ろに転がっている。
「反対も脱いじゃいなよ」
もう片方のパンプスを奪われ、ポイッと投げ捨てられた。
「ちょっと、お気に入りなのに!」
「もっといいのを買ってあげるよ。他のメンバーが関わってないブランドのをね」
「は?」
「それより、もう一度やりなおし。こっちは負傷者だから、上に乗ってもらえばいいよ」
よっこいしょ、なんて言いながらソファに這い上がる。
「あの、ケイタさん?」
「それさぁ、ボクの方が年下なんだから、呼び捨てでいいよ。敬語も好きじゃない」
「そういう話ではなく、何してるんです?」
何でベルトを外しているのか分かりません。
「いやいや!待って、お願い、ストップ!」
パンツまで脱ごうとしないで。
個人的には、靴と靴下は先に脱いでおいてほしい。いや、そういうことじゃない。思わず自分で自分につっこんでしまう。
「体を売って仕事を取るみたいなことは、絶対にしません」
「なんで?ボクのことキライ?」
そんな馬鹿なと言わんばかりに、驚いた顔をする。
「自信があります。そんなことをしなくても」
「へえ」
今度は楽しそうに目を輝かせる。ころころと表情が変わるのは、画面の中でもそうだった。
「女を抱きたいなら、さっきのキレイなお姉さんにお願いしてください」
「すぐに足を開くような女だよ。そのくせ、プライドばっかり高くて、抱いても楽しくないもん」
なるほど、彼女たちとはすでにそういう関係っていうことか。
「そういう意味なら、私も同じです」
「同じ?」
「私もプライドが高いんです。仕事に対しては」
妥協しません。どんな小さい仕事でも。
目の前のクライアントが望むなら、望んだ以上を出してやりたい。こりゃやられた!と、思わせるくらいがいい。
もっと賢くできれば、楽に稼げるかもしれない。でも、それができない人間が集まっているのが、ゲンキライブ企画。
新卒で入社した大手広告代理店から、転職すると決めたとき、親には大反対された。任せてもらえる魅力。結婚相手を大事にできないくらい、仕事に夢中になっていた。
離婚したのも納得な結果だと思う。
「仕事やお金のために、寝るなんてありえないってこと?」
「そうです」
「ボクだってプライドがあるよ。顔と身体と、女の子を喜ばせるテクニックには自信はあるんだ」
「ケイタさん、テレビとはだいぶイメージは違いますね」
「アイドルなんて偶像崇拝だよ」
「そうかもしれませんね」
私が同意すると、嬉しそうに頷いた。
「ボクとエッチしたら、考えも変わると思うよ」
「年上をからかうのが趣味ですか?」
「そんなことないよ。とっても真剣」
「とにかく、着衣を整えてください」
ケイタは一度外したベルトを渋々と戻すと、空になったグラスにまたシャンパンを注いだ。
「もう、いったい何なんですか?」
高いであろうシャンパンを飲み干すと、ケイタは少しだけ声を荒げた。
「もう、なんで覚えてないの?」
「え?」
「ひどいよ、杏ちゃん」
――杏ちゃん?
「杏ちゃんは、変わっていないね。まじめで、まっすぐで、キラキラしてる」
「どこかで、会った……?」
接待で行ったホストクラブにいた?いや、こんなイケメンがいたら忘れるはずない。大学時代のバイト、塾の生徒とか?
「ボクのお嫁さんになるって約束したのに」
「ちょっとっ!」
突然、奪われた唇。
考えに集中していて反応が遅れてしまった。私の拳が空を切る。そのまま、ケイタの手に収まる。
「杏ちゃん、本当に覚えてないんだね」
ケイタが寂しそうに、長いまつ毛を伏せた。




