#3 アイドル事務所
「すごいオフィスですね」
営業部のエース、小山君は完全に浮き足立っていた。
大人気アイドルのdulcis〈ドゥルキス〉が所属する事務所。ガラス張りで開放感のある会議室に通された。
「オドオドするな、小山。お前ももう少し服装と髪型を変えれば、ここの所属タレントでいけるぞ」
「合コンでの受けはいいけど、それは言い過ぎですよ」
社内でも人気な小山くんだが、事務所のそこかしこに飾られた、アイドルたちのポスターを見ると、その差は歴然では?
「杏菜さん、ひどいです。でも、そんな冷たいところも好きです」
「おい、よそでやれ」
「よそでもやめてよ」
「遅いですねーー、担当の人」
和泉さんと小山君のいつもの漫才のようなやり取りも、今の私には遠くで鳴っているBGMのようだった。
先週、突然舞い込んだビッグ案件。
それ以来、社内はdulcis一色になった。
ライブDVDを観込み、雑誌を漁り、五色のメンバーカラーに囲まれる日々。
正直、離婚した現実から目を逸らすには絶好の忙しさだった。
「お待たせしました」
入ってきたのは、いかにも仕事ができそうな女性マネージャー・葉山さん。
それから、もう一人。
「こんにちは。dulcisのケイタです」
にっこりとアイドルスマイルを見せたのは、この一週間、画面越しに毎日見ていた「ケイちゃん」本人だった。
ゆるくウェーブのかかった、透き通るような金髪。
耳元で揺れるオレンジのピアスが、彼の白い肌によく映えている。
かわいい男の子、というイメージだったけれど、実物は思ったより背が高い。
何より、タイトな黒いシャツの上からでも分かる、鍛えられたしなやかな体躯。
発光しているかのような圧倒的なオーラに、思わず気圧されそうになる。
「デザイナーの加賀杏菜です。よろしくお願いいたします」
和泉さん、小山君に続いて名刺を差し出す。
すると、彼は名刺を受け取った指先を止めて、私をじっと見つめた。
「杏菜さん、かわいいね」
不意打ちだった。
至近距離で見つめられると、彼の瞳が驚くほど澄んでいるのが分かる。
私の百倍、いやそれ以上にかわいい顔をしたアイドルに微笑まれ、心臓が跳ねる。
「え、あ、ありがとうございます……」
「確かに、名刺からもデザイン力が伺えますね」
すかさず葉山さんが仕事の話に引き戻す。
名刺のことか、と少し安堵した私を他所に、ケイタが不満げに口を尖らせた。
「ジャマしないでよ、葉山のお姉さん」
彼はそのまま、私から視線を外さずに続けた。
唇の端を少しだけ上げ、年下特有の生意気さと、男としての色気が混ざったような笑みを浮かべる。
「本日は、秋の海外公演のグッズについてお話を伺いたいと思っています」
話し始めると、それまでの「甘い弟キャラ」の空気がふっと消え、低い声が会議室に響いた。
会議が始まってからも、私は奇妙な違和感を抱いていた。
何度も、視線がぶつかる。
目が合うたびに、彼は悪戯っぽくウィンクをしたり、挑発するように唇をなぞったりする。
ああ、これが「ファンサ」というやつなのね。
さすがプロ、サービス精神がすごい。
そう自分に言い聞かせたけれど。
(……なんだか、やけに熱い気がするんだけど。気のせい?)
仕事用の仮面の下から覗く、獲物を狙うような鋭い視線。
それはただの仕事相手に向けられるものにしては、あまりに質が違いすぎていた。




