第九話「隣町のスーパーで具材を買って味噌汁を作る」①
バスの停留所から人の流れに乗って、そのまま駅舎へと向かう。改札を通ってホームに降りると、まばらな乗降客の間を抜けながら、二号車の乗り口前まで歩く。
長年、通勤に利用していたこともあり、無意識で足がそんなふうに動いていた。行き先は以前勤めていた会社と別の駅なので、降りてすぐそこに改札へ続く階段があるとかでもない。特段意味のない、習慣に基づく行動である。
(――お昼過ぎだとこんなに空いているものなのか)
周囲を見渡しながら、今までずっと目にしてきた光景との違いに少し感慨へ耽る。
電車が来るたびに駅員さんの手で車両に詰め込まれるスーツ集団の姿はそこにはなく、ベビーカーを押す母親や、学生服の旅客が目立った。
(朝方は列がどこにあるかも分かんないような状態だったのになあ)
考えながら、スマホカバーから〝あの紙片〟を取り出して、私は中身を目で追う。
――『隣町のスーパーで具材を買って味噌汁を作る』。
現在一時同居中の母親に提案して、今日の晩御飯は私が作ることになった。
『今日はシチューでも食べたいわね。この頃冷え込んできたし』
『ごめん、今日は味噌汁なの。もしどうしてもって言うなら、シチューと味噌汁になるけど、それでもいい?』
『いいわけないでしょ。いくら年食ってきたからって、嫌よ、そんな流動食もどきみたいな食事。逆に胃が弱るわ』
『あ、そうそう、それと晩御飯作るときは家にいてね。私、もしかするとまた気を失うかもだから』
『……はい?』
そんな会話のあと、訝しげな顔をした母を背に私は家を出た。
少し遠出をするというのに、近くのコンビニにでも出かけるような軽装で。
しかも、どうせマスクをするからと、化粧も最低限眉を描き上げた程度である。
【二番線に電車が参ります。お乗りの方は黄色い線の内側に――】
そんな構内アナウンスと、それから強く吹いた風にダウンジャケットがしゃかしゃかと小気味よい音を立てるのを聞いて、私は顔を上げる。
電車が迫ってきているのを目にした瞬間、私の心に湧き上がってくる感情があった。
(『帰りたい』……? ……いったい〝どこへ〟よ)
刷り込みというやつなのだろうか。
もうあの会社へ通う必要はなくなったというのに、柔らかなフラッシュバックが頭を支配する。
実際、そんな駄々をこねる子供のような気持ちを、初めて具体的な行動へと還元させたのは〝あの会議〟のあった翌日のことだったと思う。
当時住んでいた一人暮らしのアパートに戻って、通勤服のまま私は布団にくるまった。
出勤時間になって、マネージャーからかかってきた電話にも出ないまま、マスカラの混ざった涙で枕を濡らした。
無力感と怒りのないまぜになったような感情を整理できないままに、そんな行動でしか気持ちを表明できない自分にただ嫌気が差した。
(結局、子供なんだろう、私は――)
なぜ、こんな感情ばかりが人生の中であとを引くのだろう。
初めてこの電車に乗ったのは母と遊園地に出かけた時のことだ。
見慣れない街並みと見知らぬ乗客に囲まれる――あの浮き足立ったような不安感が〝自由〟ってものなんじゃないかと、しかし、子供の頃の私は知っていたはずだ。
その瞬間の胸の高鳴りは月日とともに薄れていって、この場所はいつの間にか私にとって牢獄となった。習慣という鎖が私を縛って、そこから離れることがすなわち悪いことだとそんなことを無意識に思うようになっていった。
だから、今は気楽なものだとは思う。あの会社に通っていた頃の鬱屈感に比べれば。
電車が目の前に停まって、降りてきた男性と入れ替わるように、私は車内の角の席に座り込んだ。
まもなく扉が閉まり、流れ始める景色をなんとはなしに眺める。
この街も随分と変わったものだ。
でも、そんな変化に気付けたのは会社を辞めて、私物を取りに行った最後の出勤日のことだった。
それまでは乗車してすぐにスマートホンを開くか、椅子に座れれば、眠りこけるような日々の連続だったから。
(そういえば……)
私は改めて手に持ったままだった紙片を見つめる。
――『いつかここへ戻ってくる』。
それは、五つある箇条書きの最後の一つ。
『ここ』というのはおそらく【秘密基地】のあったあの場所のことを指しているのだとなんとなく分かった。
しかし、思い返してみると、あれがいったいどこだったのか判然としない。
この街のどこかなのか、それとももっと遠い別の場所なのか――。
分からないのも当然のことではあった。〝そこ〟へは、基本的に母が運転する車に乗って通っていたから。
(……帰ったら母さんに訊いてみるのもいいかもしれない)
もちろん、どこまで話すかは悩みどころではある。
自分だってこの紙片を巡って起こったつい先日の〝あの出来事〟をどう受け取るべきなのか迷っているところなのだから。
もし仮に、今回もあれと同じことが起こるのだとしたら、少なからず説明しないといけない部分もあるのかもしれない。
しかし、だとしても私はどこまでを話すことが出来るだろう。
気の置けない友人にだって開示出来なかった気持ちのいくつかを、強がらずにあの母親へ話すことが出来るだろうか。
(まあ、なるようにはなるだろう。これはきっとそういう流れに身を任せる〝旅〟なのだから……)
そう考えながら、私は幼い頃に感じていた〝自由〟というものを少しだけ思い出していた。




