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樫の木(仮題)  作者: 山田奇え


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3/8

第三話「紙片」③

 駅前の図書館は参考書を机に広げる受験生たちでいっぱいだった。

(――そうか、高校生は冬休みの時期なのか)

 本屋さんの真上なんていう、究極の商売敵がすぐそこにいるみたいな立地で、しかし、私が少なくとも大学生の頃にはそんな状況だったはずだから、どちらも随分と長く続いているものだと思う。

 しばらくトイレの個室にこもって、目の腫れが引くのを待ったあと、幸いなことに持ち込みPC専用の作業席が空いていたので、そちらを利用することにした。

 新卒の頃から使っているノートパソコンを机に広げて、元々喫茶店でやる予定だった就活用の書類作りをさっさと終えたのち、どうにも靄がかかったような気持ちで求人サイトをあちこち漁ってみる。

 探してみれば、自分に合いそうな仕事なんていくらでも見つかるものだ。そこまで希望が多い人間でもなし、我儘さえ言わなければどうとでもなりそうである。

 ……だが、なぜだろう。

 すぐに仕事に復帰して、以前の通り働く自分の姿というものをどうにも想像できなかった。

(言いたいんだろうか、私は。『我儘』というやつを)

 ここまで空虚な心持ちのままで手ばかり動かしていると、自分が失業保険をもらうためのポーズとして就職活動をやっているだけなんじゃないかって気にさえなってくる。

(楽しくない。心が動かない。でも、そんなもんだ。労働なんて)

 責任感はそれなりにあるほうだと思う。

 だから、目の前に対応の必要なことがあれば、それが自分の所掌外の仕事だったとしても文句を言わず取り組んできた。

 ただ、それゆえに私は無頓着だったのだ。『自分が何をしたいか』ということに。あるいは『何が得たいのか』ということに。

 そして、無目的な人間であると同時に私は――誰かにとっての『都合のいい存在』でもあったのだと思う。

 いつの日にか私の脳裏に焼き付いて離れなくなった想像。

 ――『私はきっと他人にとっての消費物にすぎない』。

 それは悲嘆とも諦観とも付かない――拗ねた子供のするような浅ましい妄想だった。


 ――三船さんはよくやってくれています。

 ――真矢、ごめんね。

 ――これでも愛してるのよ。あなたをね。


 いくつかの言葉が頭に浮かんで通り過ぎていく。


 ――なんつーかこう、見たい文章があったんだよ。でも、それに出会うことがもう出来なそうだったから、自分で書くことにしたんだ。


(……ああ、誰も、何も間違ってはいないはずなんだ。でも、私は――)

 携帯を開くとタグからの返信が来ていた。先ほどのことへの私の謝罪に対して、さらに謝罪を返してきている。

『我儘じゃなければ、また気楽に店に来てほしい』

 我儘。我儘――。

 反芻とも呼び難いそれは、言わば反響だった。だって、その言葉の意味を、いまいち私は嚙み締められなかったから。

 生真面目で人の好い男の精いっぱいの気遣いに、無難なスタンプを貼り付ける。

 心が少し締め付けられるように感じた。

(ああ、馬鹿だ。本当に馬鹿だ、私は――)

 その時、手帳型のスマホカバーから、小さな紙片が落ちた。

 中身を読むのが怖くて、だけど、捨てることも出来なくて、お守りみたいにそこへ仕舞いっぱなしにしていた。

 他者からの善意だけではない。思い出もまた……自分を罰してくる瞬間がある。

 義父との思い出は純粋で少し輝いていて――()()()()()()()()()()

 『未来は変えられる』なんてどこかで読んだ漫画が言っていた。

 私は違うと思った。

 心を震わせたような感動も、肌のひりついたような情動も、〝今〟という解釈の中で形を変えていく。

 〝未来〟というものが今の延長線上にしかないのだとしたら、変わっていくのは――()()()()()()()()()()()

 絶望、諦観、不信、鬱屈――。

 『輝ける何か』は〝未来〟って資金をカタにして、〝過去〟を少しマイナスにする。

 だが、案外そんな()()こそ、今の私には必要なのではないだろうかとも思う。

 自傷と自罰と自暴自棄。

 私をその気にさせたのは『毒を食らわば皿まで』とでもいうような半分ヤケになったような衝動性だったのだと思う。

 だって、私はもう想像しうる〝未来〟というものを消費しつくしてしまったのだから。

 私は思い切って紙片を開く。

 そこには思ってもみなかったような内容が記載されていた。


『【悩んだ時にやることリスト】


・三階から二階に階段を使って下りる

・隣町のスーパーで具材を買って味噌汁を作る

・ママと〝あの曲〟を一緒に歌う

・好きな人とハンマーヘッドシャークを見に行く

・いつかここへ戻ってくる


※秘密基地では正直になるように!』


 一通り中身に目を通して、それから、何度も見直して。

 気付けば私は周囲の目も憚らず呟いていた。

「……な、何これ?」

 それは自分を罰するにしては、あまりにも淡泊な箇条書きの文章の羅列だった。

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