第二十八話「いつかここへ戻ってくる」④
私は〝夢〟の中を移動して礼拝堂に出た。
背後では私がくぐってきた告解室の扉が独りでに閉じられていく。
「――や、前々回ぶり。元気にしてた?」
私は片手をあげて、〝彼〟に気さくな挨拶を飛ばした。
私がかつて義父だと思っていた人の〝写し身〟は、 教会の入口から見て右側の一番後ろの席に腰かけたまま、私の姿を認めて困ったように眉をひそめた。
「まさか、僕にまで会いに来るとはね。そこまで覚悟が決まっているとは思わなんだ」
私は早足で歩いて行って、その隣にどっかりと腰を下ろす。
「まあ、これから長い付き合いになるだろうしね。挨拶くらいはしとこうかと」
「長い付き合い? なんだ、君はまだこの〝夢〟を必要としていたのかい。てっきりもう僕はお役御免だと思っていたのに」
「〝夢〟はたぶんもう見なくなるわ。私が挨拶したかったのはあなたよ」
「だから、〝夢〟に来ないなら僕と会うことももうないだろう」
「いいえ」
私はじっと〝彼〟の横顔を見つめながら言う。
「あなたは……元々私の中に欠けていた『父親』という要素を補うために生まれた存在だった。私は、私に足りないものずっとあなたへ押し付けながら、その背中を追うように一緒に歩みを進めてきた」
それから、少しだけ間をとってその先を告げた。
「つまり、あなたは私の自己批判精神。――今の私自身よ」
言い終えると同時に目の前の〝彼〟が姿を変える。
やがて、そこに現れたのはこの私と同じ格好をしたもう一人の〝私〟だった。
その首元には少し赤みがかった痣が刻まれていた。
彼女は鼻を鳴らしながら、私に問いかける。
「――よく気付けたわね。まあ、概ねそんなとこよ。そう認識できたのは大方、今日という日に『おとうさん』を実際に見たことで、実物とのギャップに疑問を持ったからってところかしら」
「……私にとってこの痣は〝過去〟の象徴だった。だから、あなたがその姿をしていたのは、あの人の語ってくれた痣の話が私にとって印象深いものだったからってのもあったんだと思う。でも、その記憶それ自体のせいであの人とあなたの〝違い〟が際立った」
――『僕は本来こういう迷信めいた話をする立場の人間ではないのだけどね、君の首元にある〝それ〟は何らかの「縁」なんだよ』
――『ああ、道しるべのようなものさ。君がやらなきゃいけないこと。心の奥底でそうしたいと願うこと。それを忘れないために付けられた目印なんだと僕は思う』
「あなたはどこか冷たい人だった。それは、あの人が本当は私の父親じゃないという『距離感』を暗示したものだと思っていたけど――違った。本当の〝彼〟を目にして、その温かさに触れて、たとえその『距離感』が事実だったとしても、あの人は私に愛想を尽かしてどこかへ去ってしまうような人じゃ決してないと思った」
「なるほど、そこで差がついたわけね。まあそりゃ、〝私〟が私に遠慮する必要なんてないもの。……あの時、私は私を見放していた。〝私〟が私の元を去ったのは言わば道理だったってこと」
「ごめんね。あなたはずっと私を見守ってくれていたのに」
「ふふ、悪くない謝罪じゃない。タグに感化でもされた?」
「どうだかね」
私と〝私〟は笑った。
〝私〟が言った。
「どう? 〝過去〟は無事に変えられた? 少しくらいマシなものにはなった?」
「少しだけね。直視しがたい記憶や苦い思い出もある。でも、それでもいいの」
せっかく話題にも出たことだ。ここは一つタグの言葉でも借りてみることにした。
「私は今の自分が嫌いじゃない。だから、もしまた人生をやり直せるとしても――私は何度でも〝私〟でいてやるわ」
それを聞いて、〝私〟は嬉しそうに頷くと、間もなくその姿を消してしまった。
彼女は――静かに私の中へと還っていった。
「『善く生きる』って、結局どういう意味だったんだろう。私はまだその答えに至ってはいないけど、一つだけ分かった。これからの旅路を行くにはきっと〝私〟の力が必要なんだ――」
ここが今回の〝旅〟の終着点。
そして、あるいは取り戻した〝未来〟というやつへと続く、新たなスタートラインとなるのかもしれない場所だ。
頭の中に〝私たち〟の声が響いた気がした。
私はその祝福に私の〝決意〟を返した。
「――うん。私絶対幸せになるよ」
私は立ち上がって教会の出口へと歩いていく。
この〝夢〟にもう帰ってくることはないだろう。
だって、私は――。
――自分の居場所をちゃんと〝私自身〟の中に見つけられたのだから。




