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樫の木(仮題)  作者: 山田奇え


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17/31

第十七話「ママと〝あの曲〟を一緒に歌う」③

 私は暗い部屋の中にいた。

(何が起こってるの、私に……)

 気が動転していた。

 あのあと、意識を失った私はそのまま〝夢〟の中に入ったようだ。

 今までもここに来るのは突発的なことだった。

 それでも、そんな異変を不思議と冷静に受け入れられたのは、明確な〝トリガー〟があったからなのだと思う。

 『痣に触れる』という何気ない動作は、しかし、この〝夢〟に対して、私がなんらかの選択性を持っているという『心の盾』となっていたのだ。

 しかし、今回、私はこうして否応なくこの世界に連れてこられてしまった。

(――それに、あの何度も意識が途絶える感覚……私は……)

 何かが()()()()()()

 私は――壊れてしまったのだろうか。

 ――『今度はちゃんとした不幸をあなたにあげる』

 数日前に見た悪夢が脳裏に蘇った。

 あれは……きっとこのことを宣告していたのだろう。

 だが、どうして私がこんな目に遭う?

 こんな罰を受けるほどのことを、私はした覚えなどない。 


「――どうぞお話しになってください、益田(ますだ)さん」


 自分の喉から、ここ最近〝夢〟で聞き続けてきた温かな男声が響いた。

 そのことは私をよりいっそう混乱させた。

(私、〝お義父(とう)さん〟になってる……? それに、ここもしかして【秘密基地】……なの?)

 義父。そして【秘密基地】。

 この二つの要素は今まで、私が糾弾される〝対話〟の始まる合図となっていた。

 しかし、今回は様子が違った。

 〝夢〟の中でこんなことを言うのもおかしな話かもしれないが、この……妙に地に足のついたような感覚――。

 これはむしろ()()()()()()()()()()()()()()()

「――先日、主人が亡くなったんです」

 周囲に手を這わせながら状況確認をしていると、正面から女性の声がした。

 この声にも、私は聞きなじみがあった。

「……えっと……それはお気の毒に……?」

 戸惑いながらも言葉を返す。

 少し若いように感じたが、間違いない。

 それは私の母の声だった。

 三船由紀(ゆき)――先ほど違う苗字で呼ばれていたのは、おそらくこれがまだ旧姓に戻る前の出来事だったからだろう。

 私は父親のことについて、ほとんどのことを母に聞かされずに育った。

 知っていることといえば、娘の顔を見る前に事故で亡くなったという情報程度である。

「……たしか交通事故でしたよね、亡くなられた理由は」

「ええ、そうです。彼は車の事故で死にました」

「そう……だったんですか。それで事故を起こしたお相手は?」

 私たちは良くも悪くも距離感の近い親子だったから、こうして敬語で話すというのは少しだけ変な感覚だった。

「……それは」

 少し口ごもったあと、母は言った。

「……()()()()()()()()()()()()。居眠り運転でした。相手に大怪我を負わせて、自分はそのまま――」

「そんな……」

 衝撃だった。

 今までどうして母は父が亡くなった際の状況を教えてくれなかったのか。その理由がやっと理解できた。

 彼女は自分の娘に――父親が罪を犯した人間なのだと知ってほしくなかったのだ。

「夫の両親から申し出がありました。親族関係を切ろうと……。賠償金関係のことで気を遣ってくださったんです。私どうするべきなのでしょう」

「あなたは、その、どうしたいんですか?」

 恐る恐る、私は尋ねる。

「そんなの嫌に決まっています……! 私にはできすぎた夫でした。その縁を丸ごとなかったことにするなんて……でも、こんなの、背負いきれない……」

 その声にはいつの間にか嗚咽が混じっていた。

「私、お腹に子供がいるんです……」

「…………」

 私はかける言葉に迷った。それはとても複雑な気持ちだった。

「大丈夫です。あなたの子供はきっと――」

 ……その先に言おうと思ったことは、あるいはこんな状況に置かれた私にとっても、何か〝救い〟となり得た言葉だったのかもしれない。

「いいえ。私にはこの子の母親になる資格なんてない」

 だけど、それを遮るかのように母は言った。

「どうしてですか……」

「ごめんなさい。私……私は――」

 私は自分の背筋が冷たくなっていくのを感じた。

 母は、これから、きっとすごく怖いことを告げるのだと思った。


「――この子に……死んでほしかったんです」



          φ



 一瞬だけ、目が覚めた。

 私は救急車でどこかに運ばれている最中のようだった。

 隣には思い詰めた表情で顔を伏せる母がいた。

 ――いつか母が私に『愛している』と言ったのを思い出した。

 照れ臭くて笑ってしまうような台詞でも、決して悪い気なんかしなかった。

 どこか不器用そうにそう述べる姿にだって、どこか私と似たものを感じて、『ああ、親子なんだな』なんてことを思った。

 真っすぐにそう告げられないのは、きっと家庭環境もあって、どこか私に負い目のようなものを感じていたからだと、そう解釈していた。

 ……自分はなんておめでたい人間だったのだろう。

 知りたくない、何も。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もういいだろう。

 これ以上、〝私たち〟が〝この私〟に何かを求める必要なんてどこにもないはずだ。

 『知らないでいる幸福』の、いったい何が悪いと言うのか。

 母は、私にとって『最高のお母さん』だった。

 馬鹿で自分の足元さえ覚束ない私の代わりに、重たい荷物を背負い続けてきてくれた母親なのだと、ずっと思って生きてきた。

 友達のようでいて、私よりもずっとたくさんの経験と、それからとびきり強い芯を持った人なのだと思っていた。

 尊敬していた。

 母は言うなれば私の生きる道標だった。

 だから、お願いだ……お願いだから……。


(もう私から〝心の拠り所〟を奪わないで――)


 感情が昂る。そして、また意識が遠のいていった――。

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