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樫の木(仮題)  作者: 山田奇え


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第十四話「間章~樫の木の下で~」

 色を塗り忘れたキャンバスのような、無垢で空っぽな白い世界。

 そこに五本の樫の木が生えていて、五人の〝私〟が佇んでいる。

 自分の無価値さを知った社会人の私。

 自分の無力さを知った大学生の私。

 何も知らなかった子供の私。

 自分を知った高校生の私。

 そして、今ここにいる私。


 無価値な私が言った。

「私はきっと消費物なのよ。そこにあっただけの、温かみを持たないただの道具。摩耗すれば交換されて、誰も顧みない。付けられた手の垢の数だけ、最後にはきっとよく燃えた」

 この私が答えた。

「そうでしょうね。でも、血の通った誰かの手の温もりを、私は知っていたはずだ。ただ、それを覚えて置くには、最後に〝私〟を焼いた火が、あまりにも熱すぎただけ」

「だとしても、もう手遅れだわ。もう壊れて、灰になって、私は元には戻らない」

「そうね、だから変わるのよ。戻る必要なんか、そもそもどこにもないじゃない」


 無力な私が言った。

「もっと上手くやれると思ってた。輝かしいどこかを目指して走った道は、同じところをぐるぐると回る環状線で、たどり着いた場所にあったのは代わり映えのない景色だけ」

 私が答えた。

「きっと走るのが早すぎたんだよ。もう一周走れば、誰かに寄り添ってもらうことや、手を振ってもらうことだって出来たかもしれない。みんな同じ道を走ってたはずなんだ。忘れたの? 自分が走るのもそっちのけでただただ〝私〟がゴールするのを見守ってくれていた人だっていたじゃない」

「でも、それで後ろから追い抜いたらよく思わない人だっているんじゃないかな」

「そんなの顔見る前にぶっちぎっちゃえばいいじゃんか。きっとスカッとする」


 無知な私が言った。

「どうして私にはお父さんがいないの? 車に乗ってみんなでお出かけしたかった。お母さんはいっつも大変そう」

 私が答えた。

「だから、あのお話が好きだったのかもね。空をどこへでも飛んで行って、誰かを助けられる人に〝私〟はなりたかった」

「うん、それでね、ワルモノもやっつけるの」

「あはは。でも、あれの原作はね、最初は悪者なんか出てこなかったのよ」


 無恥な私が言った。

「私、人と違うんだって。でも、それでいいの。その分きっと誰にも出来なかったことが出来るはずだから」

 私が言った。

「その考えは危ういわ。だって、それってつまり何も出来なかったら〝私〟はただの病人ってことになっちゃうんだもの」

「何よ、後ろ向きね」

「後ろ向きなんかじゃないわ。あなたより少しだけ現実を知ってるだけよ」


 矮小で、脆弱で、馬鹿で恥知らずだった〝私たち〟のなれの果てが言った。

「――〝私〟はずっと……後悔ばっかりしてる。生まれ変わりたい。やり直したい。そんなことばかり考えてる」

 痣が痛んだ。

 そこにいたみんなが首元を抑えていた。

 力なく蹲る――私。

 歯を食いしばって耐える――私。

 泣いて叫ぶ――私。

 おかしそうに笑う――私。


 やがて、彼女たちは群がるように私の元へ駆け寄ってくる。

 そして、その指が私の喉元に向かって伸びた。

「え……? あっ、いや、やめて――」

 五本の手は私の首を強く絞めた。

 それは、この()を覆い隠すかのように。

 あるいは私がもう――何も言えなくするかのように。


 空が赤くなっていた。

 それはよく見慣れた――私がずっと隠し続けてきた【赤】と同じ色をしていた。

 頭に言葉が響く。

 それは五人のうちの誰が発した言葉だったのだろう。

「二回もチャンスがあったのに、あなたは全然考えを改めない」

「う……考えって何よ。私、向き合おうとしてるわ……ちゃんと……!」

「でも、あなたはまだ〝夢〟を見ているじゃない」

「そんなの……私がそう望んだわけじゃ……」

「そんなに自分の不遇の味を確かめたいって言うのなら――今度はちゃんとした不幸をあなたにあげる」

「何……を……」

「嚙み締めなさいよね。三船真矢」


 空が少しずつ黒くなっていく。

 そのどす黒い赤は、この体を流れる血の色のようにも私には見えて。

 やがて、世界は真っ黒く暗転した。

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