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樫の木(仮題)  作者: 山田奇え


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第十話「隣町のスーパーで具材を買って味噌汁を作る」②

 買い物に時間がかかるタイプだという自覚がある。

 お菓子を買おうか延々迷ったり、見たことのない商品に後ろ髪を引かれたり、買うものが決まっていても品定めに妙に時間がかかったり。

 まして、それが見知らぬスーパーでのことだとしたら尚更だ。

 私は、せめて味噌汁の具材くらいは母に希望を聞いておくべきだったと後悔する。

 駅前のデパ地下で買い物カートを押しつつ、たしかお味噌は家に余りがあったはずだったことを思い出しながら、思考を巡らせた。

「豚汁……豚汁って出汁入り味噌で作ってもいいんだっけか……」

 独りごちながら、母がもともとシチューを食べたがっていたので、比較的具材の多い豚汁を作ることを決心する。

 紙片には『味噌汁』とあったので、豚汁がその判定になるかは微妙なところだったけれど。

 ジャガイモ、玉ねぎ、大根、薄い豚バラ肉、それからお豆腐を次々カゴに入れて(ちなみに人参は火の通りを確認するのが面倒なので基本入れない)、それから、主菜をどうするか考える。

 自分から作ると言っておいて、冷凍食品ばかり食卓に上げるのも少し忍びない。逆にウチの母の場合は実際食べてみて冷食のほうが美味しいなんて憎たらしい口を利く可能性も大いにあるにはあるのだけど、私は一応安く売っていたアジの開きも献立へ追加することにした。

 一通り必要なものを揃えたあと、私は一度スーパーの入り口側の売り場に移動して、もう一周店内をぐるりと回ることにする。

 考えるのはこの行動の意味についてだ。

 前回の『三階から二階に階段を使って下りる』というメモの内容について、私の心中に引っかかるものがあったように、この意味不明で迂遠な行為もまた、何か私の過去と関係があるものなのだろうか。

 こうして実際にやってみても全く思い当たるフシがない。

 〝夢〟の中で義父と再会して、その声や身にまとった空気を思い出した時のように、すんなりと頭に浮かんできてくれればいいものを。

 去来する感情は多寡あれど、ともすると、この行動に関係する記憶それ自体は些細なものであったりするのだろうか。

 それか、意味らしい意味などハナからなくて、あるいはこれは何か黒魔術めいた怪しい儀式の条件に過ぎなかったり?

 …………。

 ………………。

 ……馬鹿らしい。

 義父も言っていたではないか。あの〝夢〟は私の想像力の延長線上にあるものだったのだと。

 あれが――仕事に疲れて、人生に飽いた人間のした『ただの妄想』だったのだとすれば、やはり、その世界への鍵となっているのがこの行為のはずなのだ。

 私は記憶の糸を探ってみる。

 幼少期。スーパー。

 子供の頃の私には多少の徘徊癖があった。

 母と一緒に出かけた近所の店で、自分よりも大きかった買い物カートを奪い取ってはふらふらと駄菓子コーナーに歩いていく私。

 何度頭を『バカモノ』と言って笑いながら小突かれたか分からない。

 行き慣れたお店だったから『迷子になんかならない』と反論する私に、『じゃあ、今度は遠いスーパーに連れて行っちゃおうかな。マヤが迷子になっても私そのままオウチ帰っちゃうからね』なんて言って、母はよく脅しをかけてきたものだ。

 後日、そのことを義父に愚痴ると、『それは君にいなくなって欲しくないから言っているんだよ』なんて窘められた。

 ――ああ。

 こうして思い出すと、私はちゃんとありふれた幸福や愛情を享受している。

 父親なんかいなくても、上手くやっていけていた。少なくとも、そう思わせてくれるくらいには母はきっと裏で努力をしてくれていた。

 何が不満だというのだろう。こんな人生のいったい何が。

 ……私は同世代の子たちに比べて、たしかに変わり者であったと思う。

 コンプレックスの裏返しとでも表現するべき、同性になびかず、異性にだって臆さないこの気質は、私の孤独感のようなものをより一層強くした。

 しかし、考えてみれば、私がこの世界で生きていくために、その強かさは必要不可欠なものであったように思う。

 なんと言っても、これが私なのだ。

 頑固で賢しらで、だけど、心を許した相手にはバイト先に押しかけるくらい依存してしまうような、この倒錯した私が。

 こういう人間になることでしか、私は私を肯定出来なかった。

 たとえ、他の誰かに否定をされるようなことがあったとしても。

 名前のない誰かに背もたれのように寄りかかられるようなことがあっても。

 それから……自分自身で引き受けたことの重圧に押し潰されるようなことがあっても。


 ――『自分一人で生きていけるみたいな顔なんかすんなよ』。


 そこまで考えて、私はふと気付いた。

 浮かぶのは、何度となく思い出し続けてきた大学時代の親友の言葉。

 その一つが不意に私の首元を熱くしていた。

(は……? まさか、ここで……?)

 恐る恐る……マスクで半分隠された首の痣に触れる。

 そして、私は――。

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