異世界にエナドリはない。だがあくびは伝染する。
仕事が特別忙しいと言うわけではないのだと思う。多分もっと忙しくしている人は山のようにいるし、私はどちらかと言うと暇な部類の人間だ。
だが何をするにも眠いしだるいしやってられない。
でも最低限仕事はしなくちゃいけない。
だから私は仕事の前にエナドリを飲む。
仕事の合間にも飲むこともある。飲み過ぎは良くないとは思うのだが…。
「…飲まないよりはマシじゃあるけど」
飲めば眠気は多少ごまかせる。けど結局、身体はだるい。頭は重い。つまり、エナドリあっても大抵私は眠い。
そんな帰り道。夜の街灯の下を歩きながら、また大きなあくびがこみ上げる。
「ふわぁぁぁ〜……」
涙がにじむほどのあくび。ちょっと足元がおぼつかなくなって――
「わっ!」
そのまま側溝に足を踏み外した。
ーーーーー
気がつくと、私は石畳の上に転がっていた。
冷たい空気。聞き慣れない喧騒。見上げれば月明かりに照らされた城壁、ローブ姿の人々。
「召喚に成功したぞ!」
「聖女様が現れになった……!」
「は?」
意味がわからない。仕事帰りに落ちたら異世界? 召喚? 冗談でしょ。
頭が働かない。いや、眠すぎて考えるのも面倒だ。
と、そのとき、地鳴りのような唸り声が響いた。
広場の先に、角の生えた魔物が現れる。牙を剥き、兵士たちが剣を抜いて震えている。
「来たぞ!」「聖女様を守れ!」
「……えぇ……」
巻き込まれたことを理解する前に、また眠気が襲ってきた。
抑えきれずに――
「ふわぁぁぁ〜……」
と、盛大なあくび。
するとどうだろう。
魔物が、兵士が次々とその場に崩れ落ち、眠りについたのだ。
「……え?」
私はぽかんと口を開けたまま固まった。
すぐに眠りから醒めた兵士たちと、少し遠くにいた兵士たちによって魔物は殲滅された。
そして割れるような歓声に包まれる。
「眠りの奇跡だ!」
「聖女様が我らを救った!」
「え、あ、いや…」
否定しようと思った。
だが正直面倒だった。否定するのも、説明するのも。
なのでとりあえずにっこり笑ってごまかした。
すると人々はさらに沸き立った。
「眠りの聖女様!」
「奇跡のお力だ!」
抗議する間もなく、と言っても面倒なのでしないけど、私は兵士たちに担がれて広場の壇上に運ばれる。
そして気づけば玉座のような椅子に座らされ、冠まで頭に乗せられていた。
「うわぁ……」
もう抵抗する気力もなかった。
だって、エナドリを飲んでない今、私は本当に眠いのだ。
「聖女様!次なる奇跡を!」と誰かが叫んだ。
そんなことを言われても…と思い私はため息をついて――また大きなあくびをした。
その瞬間、壇上にいた兵士や神官までもが次々と眠り込む。
「……あ」
残っていた人々は畏怖の眼差しで私を見上げていた。
「…なんか…すごいなぁ……」
眠い頭でぼんやり思う。
異世界にエナドリはない。けど、あくびはしっかり伝染する。
私は玉座に身を沈め、大きなあくびをもう一度して、目を閉じた。




